心を落ち着かせ、一度に淹れきらないよう急須を何度か傾け湯呑みへと注ぐ作業を続ける。
やがて最後の1滴まで注いだ事を確認すると、私はほっと息をついて湯呑みに淹れ終わったお茶をゆっくりと飲み始めた。
私が先輩の同好会に入ってしばらくが経ちました。
初めは全然上手くお茶を淹れられず先輩に迷惑ばかりかけてしまっていましたが、今ではかなりマシになったと言えるくらいには成長できていると思います。
....た、多分その筈です...そうだと信じたいです。
私はたった今自分の淹れたお茶の味を確かめながら心の中でそう納得させます。
ですが、いくら成長できたと言っても先輩が淹れるお茶の完成度には全く敵いません。
勿論最近になってお茶について学び始めたばかりの私と先輩を比べれば当然ではありますが、あれだけ美味しいお茶を淹れられるようになるまで一体どれ程の試行錯誤をしてきたのか....。
「ふぅ....よしっ」
先程淹れたお茶を飲み終わった私は再度茶釜に水を入れると二煎目の準備を行います。
お湯が沸騰するまでの間私は何となく先輩の方を見てみると、先輩は目を瞑りながら静かに正座をしていました。
一切微動だにせず綺麗な姿勢を維持し続けるその姿には相変わらず関心してしまいます。
きっと私が真似しようとすればすぐに姿勢が崩れ、足が痺れて動けなくなってしまうと思うので...。
やがて沸騰した音が聞こえてくると私は先輩の方から意識を茶釜に移しました。
先程とする事は同じ...ただし最初と比べて湯冷ましの回数を減らし温度を高め、茶葉を蒸らす時間を少な目に調整する...この茶葉で二煎目を淹れる場合はそうした方が美味しくなると以前先輩が話していた通りに作業を進めていきます。
そうして完成したお茶を飲んでみると、確かに先程よりもさっぱりとした味が口の中に広がりました。
「......」
ついついそのお茶をゆっくりと味わって気が緩んでしまっていたからか、いつの間にか先輩が私の前に歩いて来ている事に気づく事ができませんでした。
ようやく反応できた時には既に先輩との距離は30センチもありませんでした。
「....あ、すみません先ぱ...」
慌ててそう声をかけようとした瞬間、不意に私の視界が広がりました。
「.....?」
私は一瞬何が起こっているのかわかりませんでしたが、やがて先輩が私の前髪を捲りじっとこちらを覗き込んでいるという事だけははっきりしました。
「....綺麗な目ですね.....」
「へっ!?!?!?」
おそらく無意識にそう口に出してしまったのか先輩は全く気にしている様子がありません。
ですが私にとって不意打ち過ぎたその言葉は、ようやくはっきりしてきたばかりの頭を再び真っ白にさせるには十分過ぎました。
身体も硬直し一切動けなくなってしまった今の私には、もう目の前の先輩の顔をただ見つめ返す事だけしか出来ませんでした。
一体どれ程の時間が経ったでしょうか。
1分...いえ、きっと本来10秒も無かったのでしょう....ですが私の中では永遠にも感じられたその時間は、先輩が手を退けた事で終わりを迎えます。
「宇治さん、その前髪では作業時に色々と支障が出てしまうかもしれません...勿論、宇治さんの好みもあるでしょうし髪を切れとは言いませんよ。なので、この茶室にいる時はヘアピンなどで前髪を留めてみては如何でしょうか?」
「...うぇ!?あ、は、はい!します!そうします!」
「...?」
あまりに上擦った私の返事に首を傾げていた先輩は、それからハッとした表情を浮かべると何故か頭を抱えてしまいました...が、今の私にそんな先輩の態度を気にする余裕は無く、それから暫くの間不思議な沈黙が茶室内を支配していました。