ゲヘナに漂うお茶の味   作:Mrふんどし

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風邪と温かさ

「こんにちは....あれ?」

 

パラパラと雪が僅かに降り注ぐお昼過ぎ、私は私は今日も変わらず先輩が待つ茶室に顔を出していました。

でもいつもならそこにいる筈の先輩の姿は無く、誰もいない静かな部屋があるだけでした。

 

「アサリ、どうしたの?」

 

「入らないんですか?」

 

「あ、キョウカちゃん、ミオちゃん...うん、先輩がいないみたいだから」

 

「姐御が?珍しいですね」

 

風紀委員会の人達に呼ばれたり、美食研究会の人達に連れ去られたり...よっぽどの理由が無い限りここにいることが多い先輩がいない。

その事に心配しながら2人と話していると、突然私達全員にモモトークの通知が届きました。

 

「あ、サエからだ」

 

キョウカちゃんの言葉に慌てて画面を見てみると、そこには確かに先輩からのモモトークが。

 

『少々体調がすぐれないので本日はお休みします、大したものではありませんのでご心配なく』

 

「風邪ですかね?でも姐御がなんて珍しい...」

 

「うん....大丈夫かな?」

 

それから少し話し合った結果、今日は私達もお休みにしようという事になりそのまま別れて寮の自室へ。

明日先輩が元気に来れるよう祈りながらその日を終えました。

 

 

───その翌日、サエの自室にて。

 

「ケホッ...完全にやらかしましたね....」

 

昨日の突然の体調不良から嫌な予感はしていましたが、完全に風邪を引いてしまいました。

念の為症状に合うお茶を飲み身体を温めて安静にしていたのですが、どうやら手遅れだったようです。

 

(長いこと風邪にかかっていなかったので油断してしまいました...)

 

まあよく考えてみれば最近は寒い日が続いていましたし、外出も以前に比べて多かったので当然といえば当然かもしれません。

何にせよこの体調では今日もお休みするしかないでしょう、そう思った私は顔の横に置いてあった携帯を手に取り皆さんへモモトークを送りました。

 

『風邪を引いてしまったので本日もお休みします』

 

「よし、これでいいでしょう...あとは治る様祈るだけですかね」

 

栄養をつけるために何か食べた方がいいのは理解していますが、身体を起こすのもやっとな状況では仕方ありません。

そうして私は布団を被り直すと、身体の熱さを感じながらひたすらに時間が経つのを待つのでした。

 

 

 

 

 

......どれくらいの時間が過ぎたでしょうか。

 

コンコンッ

 

「...?」

 

いつの間にか眠っていた私が押し寄せる空腹感に目を覚ますと、扉のノック音が微かに聞こえているのに気がつきました。

 

(どなたでしょうか?)

 

眠った事で少し頭がすっきりしていた私はゆっくりとベッドから立ち上がります。

それから音の主を確かめようと若干重い身体を引きずるようにして扉へ向かい、ゆっくりと扉を開けました。

 

「あ...先輩!」

 

「アサリさん?どうしてここに?」

 

するとそこには少し息を切らした様子のアサリさんの姿が。

 

「えっと、ちょっと心配で...さっきまで先輩のモモトークに何度も連絡したんですけど、全然お返事がなかったので....」

 

「そうだったのですね、実は先程まで少し眠っていまして...わざわざ足を運ばせてしまってすみません」

 

「い、いえ!こちらこそ急に来てしまってごめんなさい!」

 

そんなやり取りをする中ふと視線を落としてみると、アサリさんの手にネギや卵などが入った袋が握られているのを見つけました。

 

「アサリさん、それは?」

 

「あ、えっと....多分まだ何も食べられていないんじゃないかと思って、さっきキョウカちゃんとミオちゃんと一緒にお買い物に行ってきたんです。もし先輩が良かったらお粥を作ろうかと」

 

「そうでしたか、でもお気持ちはとても嬉しいのですが、風邪をうつしてしまっては申し訳ないですから...」

 

私が遠慮して断ろうとしたその時

 

きゅるるぅぅ....と静かな空間にお腹の虫の音が響き渡りました。

...どうやら食欲は誤魔化せなかったようです。

 

「ふふっ、先輩やっぱりお腹空いてるみたいですね」

 

顔を逸らして俯く私を見て、アサリさんは安心したように微笑んでいました。

その笑顔と隠しきれない空腹感に負けた私は、大人しく彼女を部屋の中へと招き入れることにしたのでした。

 

 

それから暫くして。

部屋の小さなキッチンからはアサリさんが調理をしている音が聞こえていました。

私はベッドに腰掛けながらぼーっと彼女の様子を見ていると、グツグツという音に被せる様にアサリさんが口を開きました。

 

「なんだか昔あった事を思い出しますね」

 

「昔、ですか?」

 

「はい...ずっと前に私が風邪を引いて寝込んだ時、先輩がこうしてお粥を作って看病してくれましたよね」

 

「そういえば...ふふ、そんなこともありましたね」

 

「あの時先輩が作ってくれたお粥、すごく美味しかったんです。だから、今度は私が先輩を看病する番です」

 

照れくさそうに、そして誇らしげに言うアサリさんの言葉に私は思わず小さく笑みを溢しました。

 

「よし、あとは少し....あっ!?」

 

しかしそんな穏やかな時間は彼女の悲鳴によって破られました。

彼女の横から聞こえてくるシューッという音、そちらを見てみるといつの間にか鍋からお粥が激しく吹きこぼれている光景が広がっていました。

おまけに少しばかり床にお粥が落ち始めている様です。

 

「わわわっ!? と、止めないと!?」

 

「だ、大丈夫ですか...?」

 

アサリさんは慌てながら火を止め、布巾を持って床に溢れたお粥を拭きながら右往左往しています。

その一生懸命で少し不器用な姿がどこかおかしくて、私はベッドの上で小さく笑ってしまいました。

 

そうして調理が終わり....

 

「....先輩ごめんなさい、少し失敗しちゃいました...」

 

申し訳なさそうな顔をしたアサリさんがお盆に乗せたお粥を運んできてくれました。

確かに少し水分が飛んでしまっているようですが、出汁の優しい香りが食欲をそそります。

 

「ありがとうございます、いただきますね」

 

私は受け取ったスプーンを手に取り、ゆっくりとお粥を口へと運びました。

少し焦げ目もありますがそれがかえって香ばしく、全体的に混ざっている卵の優しい味が弱った胃袋にじんわりと染み渡っていくのがわかります。

暫くぶりの温かく優しい食べ物に、私はただ無言でスプーンを動かし続けました。

 

食べ進めながらふと顔を上げてみると、どこか不安そうな顔を浮かべながらこちらを見つめるアサリさんが目に入りました。

私が何も言わずに黙々と食べているので、不味かったのではないかと心配させてしまっているのでしょう。

 

私は最後の一口を飲み込み空になったお椀を横の棚へと置くと、傍に座っていたアサリさんの両手をそっと握りました。

 

「....先輩?」

 

「アサリさん、とっても美味しかったですよ....それと、来てくれてありがとうございました」

 

「い、いえ!そんな...」

 

「...実は先程扉を開けてアサリさんの顔を見た時、自分でも気付いたんです」

 

こちらが何を言いたいのか不思議そうに首を傾げるアサリさんに、私は言葉を続けます。

 

「風邪を引いて一人でベッドに横たわっている間....どうやら無意識のうちに寂しいと思っていたみたいです。アサリさんの顔を見たら、心の底からホッとしている自分がいて....」

 

「だからアサリさんが来てくれて本当に嬉しかったです、ありがとうございます」

 

「そ、そんな!...私の方こそ、先輩の役に立てて嬉しいです!」

 

もう一度ハッキリとそう心を込めて感謝を伝えると、アサリさんは少々動揺し恥ずかしそうに目を伏せながらも、嬉しそうな笑顔を見せてくれました。

 

その後アサリさんは手早く食器の洗い物を済ませると、荷物を持って部屋の外へと出ていきます。

 

「それじゃあ私はこれで....しっかり休んで、早く良くなってください!」

 

「ええ。アサリさんも帰り道は気をつけて...キョウカさんとミオさんにもお買い物のお礼を伝えておいてください」

 

「はい、わかりました!」

 

元気よく返事をしたアサリさんは、こちらに小さく手を振りながら部屋を後にしました。

パタンと扉が閉まり、再び部屋には静寂が戻ります。

 

けれども先程まで感じていたあの孤独感はもうどこにもありません。

お腹は勿論、どこか胸の奥まで満たされたような心地よさを抱えながら私は再び穏やかな眠りへと落ちていったのでした。

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