ゲヘナに漂うお茶の味   作:Mrふんどし

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初めての依頼

 

「まずいわね....」

 

底冷えのする冬の朝、とある事務所の一室にて1人の少女が椅子に座りながら難しい顔をしていた。

 

彼女は陸八魔アル、ゲヘナ学園から離れた場所で営んでいる便利屋68の社長であり、真のアウトローを目指して日々過ごしている。

だがそんな彼女は現在机の上に広げられた帳簿とカレンダーを交互に見比べながら深々と溜息をついていた。

 

彼女の視線の先にあるのはカレンダーに赤ペンで大きく丸がつけられた日付──事務所の家賃の支払い期日である。

しかしそれに反して手元にある帳簿の残高はその期日を無事に乗り越えられるような数字を全く示していなかった。

 

何を隠そうここ最近便利屋としての依頼はパッタリと途絶えており、アウトローとしての悪名を轟かせるどころか明日の生活すら危ぶまれるような財政難に陥っていたのである。

 

「おはようアルちゃーん♪」

 

そんな社長の深刻な悩みを吹き飛ばすかのように、勢いよく事務所の扉が開かれた。

そこから顔を出したのは便利屋68の室長であるムツキ、彼女はいつも通りの軽快な足取りで室内に入ってくるとどこか楽しそうにしながらアルの顔を覗き込む。

 

「何か悩み事〜?アルちゃんが悩んでる姿なんて...まあしょっちゅう見るか、アハハ!」

 

「べ、別に悩んでなんか...」

 

「事務所の家賃でしょ」

 

そんなムツキの背後から静かに現れたカヨコがアルの悩みを正確に代弁するように告げた。

 

「最近依頼も無かったし仕方ないと思うけど」

 

「じゃあまた公園でテント生活かー、まあ私はそれでもいいけどね!」

 

「うぐっ....!」

 

「わ、私が急いでバイトをしてきましょうか?アル様の為なら不眠不休でも....!」

 

「だ、大丈夫よハルカ!そんな事しなくても平気よ!」

 

ハルカの提案をアルは止めた。

自分は社長、ここで弱音を吐くわけにはいかない....アルはわざとらしく咳払いを一つすると笑みを浮かべてみせた。

 

「ふふっ...心配無用よ、そのうちクライアントから必ず大きな依頼が来るわ。今はただ運命の女神が私たちに微笑むのを待っていればいいの」

 

「え〜? でも最近はご飯もろくに良いもの食べれてないけど本当に大丈夫〜?」

 

ムツキが揶揄うように口元に手を当てて笑い、図星を突かれたアルの頬がヒクッと引き攣った。

実際ここ数日の彼女たちの食事といえば特売の売れ残り商品を必死に見つけて食べるくらいのもの、残っているお金がなくなればそれさえ出来なくなるだろう。

 

その時だった

 

ジリリリリリリッ!!

 

静まり返った事務所内に黒電話のベルがけたたましく鳴り響いた。

その音に4人はピタリと動きを止める、数秒後の静寂の後アルは「ほら見なさい!」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべ慌てて受話器へと手を伸ばした。

 

それからコホンと喉の調子を整えると"仕事モード"の声色を作り出す。

 

「...はいこちら便利屋68、陸八魔です。どのような依頼かしら?」

 

完璧な一声、しかし電話口から聞こえてきたのは裏社会の怪しげなブローカーでも、復讐に燃える依頼人でもなく、どこか穏やかで聞き覚えのある少女の声だった。

 

『おはようございます、アルさん。突然のお電話で失礼いたします』

 

「その声...貴方サエ?」

 

「え、お茶っ娘ちゃん?」

 

まさかの人物にアルは思わず素の声を漏らす。

彼女とはアルがまだゲヘナ学園にいた頃に知り合って以来、学園を離れてからも何度か会う機会があったのだが、こうして事務所に連絡をしてくるのは初めての事だった。

 

『朝早くに申し訳ありません、最近の事務所の調子はどうですか?お忙しくされてますか?』

 

サエの問いかけに対しアルの背筋がピンと伸びる、まさかここで"家賃で困っている"だなんて正直に言えるはずがない。

 

「え、ええ!もちろん順調よ!もう仕事の依頼がひっきりなしで息をつく暇もないくらいなの!」

 

アルは声高らかに全くの嘘八百を並べ立てて見栄を張った。

すると電話口のサエは感心したような声を上げ、それから今日かけてきた本題を告げた。

 

『実は今日お電話したのはアルさん達に依頼をしたいと思いまして』

 

「依頼...!?」

 

『はい、アルさんには以前から未来のお得意様と呼んでいただいていましたが結局何も出来ていませんでしたから。折角なら初依頼をしてみようと思いまして』

 

"依頼"という2文字にアルの心臓が高鳴る。

サエがしてくる依頼に検討はつかないが、何であれ今のアルには断る理由は無い。

 

「フッ...いい心がけね、私たち便利屋の力を借りたいというのなら何でも言ってちょうだい。それで、どんな依頼かしら?」

 

『それは....今度そちらの事務所にお伺いして、私が淹れたお茶を皆様に飲んでほしいという個人的なものなのですが...』

 

「....はい?」

 

サエの発言にアルは完全に呆気に取られた。

お茶を淹れるからそれを飲んでほしい、それが依頼?

 

「えっと、ただお茶を飲むだけ....なのよね?な、何か隠れた意味があるとかそういうのじゃ...」

 

『はい、勿論正式な依頼として報酬もお支払いいたします。私の淹れたお茶をアルさんたちにゆっくりと味わっていただく...それが今回の依頼内容です』

 

サエは改めてそう言った。

アルは困惑しながらも後ろで様子を窺っている3人の視線に気づき慌てて言葉を返す。

 

「そ、そう!なかなかユニークな依頼じゃない!でも、さっきも言った通りうちは今ひっきりなしに依頼が来ていて忙しいから....スケジュールの都合を見てみるから少し待っててちょうだい!」

 

「えー、依頼なんて全然ないでしょ?」

 

「む、ムツキ!?しー!」

 

茶々を入れるムツキの言葉を必死に止めながら、スケジュールを確認している"フリ"をする。

それからアルは再度受話器を耳に当てて咳払いをしながら答えた。

 

「ゴホンッ....お待たせしたわね、丁度スケジュールの隙間に奇跡的に空きがあったからその依頼、受けたあげるわ!」

 

『本当ですか?ありがとうございます、それでは今日の午後にお伺いさせていただきますね』

 

それから一言二言やり取りを交わした後電話が切られ、アルは息をゆっくり吐きながら背もたれに身体を預けた。

 

「ふぅ....貴方達、今からクライアントを出迎える準備よ」

 

「クライアントって大袈裟じゃない?」

 

「い、いいのよ!依頼をしてきてくれたんだから、ほら片付け始めるわよ!」

 

「はーい。でも楽しみだね、お茶っ娘ちゃんのお茶飲むのなんて初めてだし」

 

「言われてみればそうかも」

 

「せ、精一杯綺麗にします!」

 

こうして便利屋68にとって久しぶりの依頼に向けた準備が大急ぎで行われていくのだった。

 

 

───そして時間は流れその日の午後。

 

便利屋68の事務所の扉がノックされ、そこから朝に電話をしたサエが姿を現した。

 

「こんにちは、お久しぶりですね」

 

「ええ久しぶり、元気そうで何よりだわ」

 

「久しぶり〜....ってあれ?お茶っ娘ちゃんどうしたのその荷物?」

 

「こちらですか?」

 

ムツキの指摘通り、入ってきたサエの手にはいくつもの大きな紙袋がぶら下げられていた。

お茶の道具は持ってくると話していたがそれにしては数が多すぎる、尋ねられたサエは微笑みながら答えた。

 

「折角アルさん達の事務所を訪ねるということですので、少しばかりお菓子を見繕ってきました」

 

そう言ってデスクの上に並べた袋の中から出てきたのは、カステラや練り切り、焼き菓子セットなどの様々なお菓子だった。

 

「わ〜美味しそ〜♪」

 

「凄い量だね、ありがとう」

 

「こ、こんなにいただいてもいいんでしょうか...!」

 

ムツキはニコニコとしながら、カヨコは小さく笑みを浮かべて、ハルカはその量に驚きながら袋の中身とサエを交互に見ている。

 

「....はっ!い、いい心がけね、感謝するわ」

 

アルにいたってはあまりの量に一瞬固まっていたが、やがて気を取り直し平常であるような態度をみせつつ感謝を告げた。

そんな彼女の様子にサエはわかっているように苦笑いを浮かべると、早速準備に取り掛かり始める。

 

「ではこれからお茶を淹れさせていただきますね、こちらのテーブルを使っても?」

 

「大丈夫よ、好きに使ってちょうだい」

 

サエは持ってきた道具をテーブルに並べると、まずは茶釜へ持参したぬるめのお湯を入れじっくり火にかけていく。

サエはお湯が沸騰した事を確認してから4人へ尋ねた。

 

「アルさん達は特に苦手なお茶などありませんか?」

 

「ええ、なんでもOKよ」

 

「そもそもちゃんとした温かいお茶って全然飲んだ事ないからわからないけどね〜」

 

「確かにそうかも、多分特にないだろうからおまかせで」

 

「わ、私も大丈夫です...!」

 

「わかりました、では....比較的飲みやすいほうじ茶にしましょうか」

 

そうして別の容器への湯冷ましは少なめに、それを茶葉を入れた急須に移し替えると浸出を濃くするために軽く急須を回していく。

 

「ほうじ茶は苦味が少ないですから、しっかりと味わって飲めると思います....このくらいですかね」

 

約30秒ほどその動きを繰り返した後、サエは4人分の湯呑みへと均等にお茶を注いでいく。

その瞬間、近くに座って観察していた4人の元に甘く香ばしい香りが漂い始めた。

 

「良い香りね」

 

「ほうじ茶ならではのものですからね、気持ちを落ち着かせてくれる効果もありますからオススメです」

 

やがて最後の一滴まで淹れ終えたサエは、アル達それぞれに湯呑みを手渡し頭を下げた。

 

「お待たせしました、どうぞお召し上がりください」

 

そうサエに促された4人は受け取った湯呑みをゆっくり口元に近づけていく。

そして一口すすった途端、その驚くほどまろやかで甘みのある味わいに驚いて目を見開いた。

 

「....美味しい」

 

そんなシンプルながら素直な感想がアルの口を衝いて出る。

ムツキもお茶を飲みながら横に置かれた和菓子をパクリと口に放り込んだ。

 

「ん〜っ!お菓子もすっごく美味しい!」

 

「うん、すごく落ち着く味」

 

「こ、こんなに美味しいお茶は初めて飲みました...!」

 

各々が美味しそうにお茶やお菓子を頬張る姿を見つめながら、サエは静かに微笑んだ。

 

「お代わりもまだ作れますから、いつでも仰ってくださいね」

 

「あ、じゃあ私おかわり!」

 

「私も貰おうかしら、お願い出来る?」

 

「ふふ、わかりました」

 

それから暫く、事務所の中は普段とはまた違った空気が流れていた。

 

 

 

やがて用意していたお茶も飲み終わり、後片付けを全員でしたあとサエは4人に頭を下げていた。

 

「今日は私のわがままを通していただいてありがとうございました」

 

「気にしないで大丈夫よ、元々依頼として受けたんだもの。私も貴方のお茶が飲めて嬉しかったわ」

 

「そう言っていただけるとこちらも嬉しいです、では今回の...」

 

そしてサエが用意してきた依頼料を払おうとした時、アルは手を伸ばして彼女の持つ封筒を押し返した。

 

「えっアルさん?」

 

「必要ないわ」

 

「しかしそれだと依頼としては...」

 

困惑するサエだったが、アルは笑みを浮かべながら堂々とした態度で告げた。

 

「あんなにお菓子を貰ったんだもの、それに....依頼料ならあの淹れてくれたお茶で十分よ、これ以上貰ったら逆に罰が当たっちゃうわ」

 

「....ふふ、そうですか。アルさんは優し....いえ、格好いいですね。では皆さん、身体にはお気をつけてこれからも頑張ってください」

 

アルの言葉にサエは頷くと、4人に挨拶をしてから事務所を後にしていった

 

「社長、良かったの?結局依頼料断ったから家賃の問題は変わってないけど」

 

「まー良いんじゃない?アルちゃんらしいし♪」

 

「か、格好良かったですアル様!」

 

「ふふ...」

 

3人の声にアルは不敵な笑みを浮かべながら背を向ける、そんな彼女は....

 

(や、やっちゃったぁぁぁぁぁぁ!?凄く流れに任せて断っちゃった!?だ、だってしょうがないじゃない!あそこで素直に貰うのもなんか違うって思っちゃったんだもの!ビシっと決まると思ったんだもの!!!)

 

内心激しく叫びを上げていた。

 

「それじゃあまた別のお仕事来るまでお菓子食べよーっと、アルちゃんも食べる?」

 

「え?そ、そうね食べましょうか!これから沢山依頼が来るんだから今のうちに休んでおかないといけないわよね!これも立派な作戦よ!」

 

「流石アル様です....!」

 

「....はぁ」

 

家賃の支払いという現実的な問題はまだ解決していないが、少なくとも今日の彼女たちのお腹と心は、これ以上ないほど満たされていたのであった。

 

...それから依頼の連絡があったのかは別のお話。

 

 

 

 

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