「むぅ....」
ある日の茶室にて、私は1人考え込んでいました。
私の目の前には様々な茶葉やお茶菓子が保管されている棚...そして、その中に置いていた残り僅かとなってしまった茶葉がありました。
「はぁ...普段は忘れないように予め取り寄せておくのですが、最近は色々ありましたからね」
そう、本来であれば茶葉が無くなる少し前の段階で私が良く利用しているお店に取り寄せの連絡をしておくのですが、私のミスによりその連絡をすっかり忘れてしまっていました。
届くまでは残りをちまちまと使えば恐らく大丈夫なのですが、それはこれまでこの同好会に私1人しか居なかった時の話。
最近やる気絶好調の宇治さんにそんな無理をさせる訳にもいきませんし...
「失礼します!」
どうしようかと悩んでいた時、件の宇治さんが茶室へとやって来ました。
「あれ、先輩?どうかされたんですか?」
「あぁ、実は....」
私はひとまず事情を話そうと宇治さんに向き直りますが、彼女の姿を見た時に突然名案が浮かんできました。
(確か今彼女には私が昔使用した予備の道具を使ってもらってましたね....この茶室に来るようになってしばらく経ちますし、そろそろ彼女専用の茶道具を用意した方がいいのでは?)
「....宇治さん、出かけましょう」
「え、で、出かけるって今からですか!?あ、ちょっと先輩...!」
私は困惑する宇治さんを他所に、彼女の手を掴むとそのまま茶室を飛び出しました。
車で揺られる事数時間、私はゲヘナの備品である車から降りると新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込みます。
「先輩、ここって....」
続けて降りてきた宇治さんが目の前の風景を不思議そうに見つめながら私に尋ねてきます。
「百鬼夜行です、名前は聞いた事があるでしょう?」
「は、はい。どんな所かは詳しくありませんが...えっと、どうして此処に?」
「実は茶葉の残りが少なくなってしまいまして、その補充もあるのですが...1番は宇治さん用の道具を揃える為です。宇治さんには私のおさがりを使ってもらっていましたが、宇治さんの入会祝いも兼ねてプレゼントしようと思いまして」
「そ、そんな!私は別に大丈夫ですよ!」
「私からの気持ちですから。ほら、行きましょうか」
「あ、ま、待ってください...!」
そうして2人並んで歩いていくと、段々と視界の先には様々なお店が立ち並ぶ通りが見えてきました。
「うわぁ...!」
宇治さんは見るもの全てが珍しいのか、幼い子供の様に目を輝かせて辺りを見渡しています。
やがて湯呑み等の道具が売られている店の前に着き、私は彼女に好きに選んで良いと伝えると、彼女は私にお礼を言ってから商品を選び始めました。
(....まさか誰かと一緒にお茶の道具を買う日がくるとは...人生わからないものですね)
私が思わずしみじみとしていると、どうやら宇治さんは道具を選び終えたようで、私はそのままお金を支払うと次なるお店へと向かい歩き出します。
「先輩、本当に良いんですか...?」
店を離れた後も申し訳なさそうにしながらこちらを窺う宇治さん。
「勿論です、宇治さんへのお祝いなんですから。偶には先輩らしい事もしなければいけませんからね」
私の言葉に宇治さんは少し笑みを浮かべると、再度お礼を伝えてきました。
それから茶葉に急須に買い替えの道具等色んな物を購入していき、私と宇治さんの片手がそれらが詰められた袋でいっぱいになった頃。
「あの、先輩?もう必要な物は揃ったと思うんですが....」
目的の物は全て購入したにも関わらず、未だに歩き続ける私を疑問に思った彼女が声をかけてきます。
「実はまだ最後に残ってるものがありまして...あ、見えてきましたね」
「最後?......えっ」
私の言葉につられ視線を奥に向けた宇治さんは、それを見た瞬間その場に立ちすくしてしまいました。
それもその筈、彼女の視線の先には色とりどりの美しい着物が並んでいたからです。
「も、もしかして....」
「はい、宇治さんの着物です。では早速行きま....」
「だだだだだ駄目ですよ!?流石にあんな高いもの受け取れません!」
宇治さんは店に向かおうとする私の腕を必死に引っ張りながら、首を凄い勢いでブンブンと横に動かしていました。
「私だけ着物を着て宇治さんはずっと制服でいさせるのも申し訳ないので...それにお金なら心配ありませんよ、これまで活動資金として受け取ってきた貯金が沢山ありますから」
そう言って安心してもらおうと思ったのですが、それでも彼女は変わらず首を横に振り続けています。
ですがここまで来たからにはこちらも引くわけにはいきません...私は敢えて力を抜き宇治さんの方へと倒れると、それに驚いた彼女は一瞬引っ張る手を緩めました。
その隙に私は宇治さんの背後へと回り込み、勢いに任せて彼女の背中を押し込むとそのまま店の中へと連れて行きます。
「あ、先輩!そんな、あああああああ!?」
「お客さんいらっしゃーい」
店内には宇治さんの悲鳴と店番の呑気な声が響いていました。
「ありがとうねー」
背後からは先程の店番の声が聞こえてきます。
初めは遠慮からか俯きがちだった彼女ですが、試着していく内に雰囲気に当てられ徐々に着物選びに乗り気になっていき、最終的に桜色の着物を手に抱え店を出る事となりました。
「ふふっ、段々乗り気になっていく宇治さんを見れて私も楽しかったですよ」
「か、からかわないでください....でも、こんな貴重なもの本当に良いんですか?」
「ええ...宇治さんが同好会を訪ねてくれた時、私は本当に嬉しかったんです。今まで1人でいる事に慣れてきたつもりでしたが、やはり私は心のどこかで寂しく思っていたんだなとあの時わかりました」
「ですから、初めて出来た後輩である宇治さんに喜んで欲しくてついこの様な事を...すみません、無理矢理連れてくる様な真似をしてしまって」
私はそう言って彼女に頭を下げます。
「い、いえ!少し驚いてしまっただけなので...私も凄く嬉しかったです!大切にします!」
宇治さんは先程買った着物を大事そうに抱えながらそう言ってくれました。
「ありがとうございます....そろそろ小腹が空いてきましたね、何処かで何か食べましょうか」
気づけば時刻は既にお昼過ぎ、私と宇治さんは小腹を満たす為のお店を探し始めます。
が、そんな中であるものが私の目に映りました。
「...宇治さん、少し待っていてください」
「え、は、はい!」
私はこの場に彼女を待たせると、”それ”を購入し店を出ました。
宇治さんは突然店に入り何かの袋を抱えて戻って来た私を不思議そうに見つめていましたが、私はそんな彼女の目の前に立つと袋から中身を取り出します。
「宇治さん、少し失礼しますね」
「え...な、何を....?」
私は宇治さんの髪に触れると”それ”を優しく彼女の前髪に留めます。
宇治さんはお店の前に置いてあった鏡を覗き込むと、自身の髪に留めてあるそれを驚いた様子で見つめていました。
私が彼女に渡したもの、それは白い花が象られた髪留めでした。
「その、以前話していたヘアピンの事なんですが....先程そちらが偶然目に入って綺麗だなと思ってつい...勿論、宇治さんが迷惑なら外しても構いませんので....えっと、宇治さん?」
未だ鏡の前に立ち微動だにしない宇治さんを不思議に思った私は彼女に声をかけ...ようとした瞬間、彼女はゆっくりとこちらに振り返りました。
振り返った宇治さんの顔....そこには彼女と出会ってから1番と言える程の笑顔が浮かんでいました。