カレンダーのページがめくられ、月も変わり2月を迎えました。
寒さもいよいよピークになりつつあるこの時期、外を歩く生徒たちが皆マフラーに顔を埋めながら足早に通り過ぎていく姿が目に入ります。
そんな厳しい冬の寒さから逃れるように、私は今日もいつもの茶室で過ごしていました。
「はぁ....生き返りますね」
冷えた身体を温めるようにお茶を飲む私の目の前にいるのは同じく湯呑みを傾けるアサリさん、キョウカさん、ミオさんの3人の姿。
「また雪も積もってきちゃいましたし、寮からここに来るまでも大変でしたよね」
「そうですね....ミオさんが雪の塊を抱えてきた時は驚きましたが、まさかそれがキョウカさんだったとは...」
「あたしも驚きましたよ、道で倒れていた所を気づけて良かったです」
「ミオは命の恩人」
それから暫くの間4人で他愛もない雑談やお茶のおかわりをしながら過ごしつつも、やがて私は今日彼女たちをここに集めた本来の目的を切り出しました。
「話は変わりますが、今日は皆さんに少しお話...というより相談したいことがあって集まっていただいたんです」
私が少し改まった声でそう言うと、3人はピタリと動きを止め不思議そうにこちらを見つめてきます。
「相談、ですか?確かに今日は茶室で話したいことがあるって言ってましたけど...」
「何か大変なことでもあったんですか!?面倒ごとならあたしに任せてください!」
「い、いえ、そんなに身構える事でもないので大丈夫ですよ。相談というのはですね...今度のお休みの日に皆さんで温泉宿へ泊まりに行かないかという事なんです」
その言葉が茶室に響いた瞬間、3人の目がパッと見開かれました。
「お、温泉ですか!?」
「はい、以前夏休みで海に行った時に少し話題にしましたよね?実はその時のことを最近考えていたんです」
私の脳内に浮かんでくるのはあの日の帰り道、運転中の車内での会話です。
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『私、みんなと遊びに来れて良かったです』
『うん、私も』
『絶対また来ましょう!何なら今度は温泉なんかどうです?』
『今から温泉となると少々気が早いですが...そうですね、その時になったら行ってみてもいいかもしれません』
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「た、確かにそんな話していたような...もし行けるのなら是非行きたいです...!」
「みんなで温泉宿、最高じゃないですか!」
「私も、あと美味しいご飯が出るなら完璧」
温泉というワードに各々の反応を示しながら、彼女達は二つ返事で...それ以上の熱量で大賛成してくれました。
寒いこの時期だからこそ温かい温泉が身に染みるはずです、雪が降る中で露天風呂に浸かり冷たい空気と温かいお湯の対比を楽しむ....想像しただけでも自然と心が躍るのがわかります。
それに個人的な理由ではありますが、最近は色んな事がありましたし私自身少々疲れが溜まっていたということもあります。
だからこそ、いつも私を支えてくれる彼女達と一緒に日常の喧騒から離れてゆっくりと羽を伸ばす時間が欲しかったのです。
そう考えるとこの温泉旅行を1番楽しみにしていたのは私なのかもしれません。
「行き先は郊外にある静かな温泉宿を考えています、ご飯も美味しいと評判の場所ですし、綺麗な景色の見える露天風呂もあるそうですよ」
「わぁ、楽しみです!」
「もう断る理由なんか無いですね、絶対行きましょう!」
「今からお腹減らして沢山食べられるようにしないと」
すっかり乗り気になった3人は早くもどんな服を持っていこうか、お土産は何を買おうかと盛り上がり始めていました。
「あとは当日までの細かい準備や宿の予約を進めるだけなのですが....その前に皆さんにもう一つ相談がありまして」
私はそう切り出すと、ある顔を思い浮かべながら言葉を続けました。
「今回の小旅行にはシズクさんもお誘いしてみようかと考えているんです」
「え、シズクちゃんですか?」
シズクさん...彼女との始めの出会いは中々に不思議なものでした。
気を失っている所を声をかけたらいきなり勝負を突きつけられ、その後は電話などのやり取りも沢山するようになり、更にはゲヘナまで足を運んで直接会いに来ることも何度もありました。
そうしたことも含めて彼女とは今では色々なことを話せる仲になれましたし、学園は違えど同じ『茶』への道を志す者として深く通じ合う間柄でもあります。
そんな彼女の名を出してから少しして、目の前に座っていたアサリさんはすぐにパァッと明るい笑顔を浮かべました。
「いいですね...!きっとシズクちゃんも喜ぶと思います!」
「この間も姐御当てに色々送ってくれましたもんね、恩返しとしてもいいんじゃないかと!」
「私も賛成」
彼女に続いてキョウカさんもミオさんも全く異論はない様子で力強く頷いてくれています。
「ありがとうございます、皆さんがそう言ってくれて嬉しいです。まあ急なお誘いになってしまいますからね、彼女の予定次第ではあるのですが....ん?」
3人の了承を得た私は早速彼女へ連絡を取ろうとしたのですが....まさにその瞬間
プルルルルルッ!
「えっ?」
突然、私の携帯からけたたましい着信音が鳴り響きました。
恐る恐る画面を見てみると、そこにはなんと"シズクさん"からの連絡通知がはっきりと表示されています。
「シズクさんから?」
「え?すごい偶然ですね」
あまりのタイミングの良さに戸惑いながらも私は通話を開始しようと携帯を耳元に当てました。
「もしもし、シズクさんでしょうか?ちょうど今、こちらから連絡しようと思っていて──」
『ごきげんようサエさん!温泉旅行だなんて本当に素晴らしい提案ですわね!是非とも私もご一緒させていただきますわ!!』
「....はい?」
通話越しに飛び出してきたシズクさんのあまりにも勢いのある、そして今この状況を完全に把握している言葉に私は思わず固まってしまいました。
(えっ、どういうことでしょうか?)
私は携帯を持ったままゆっくりと茶室の周囲を見渡しました。
ここは間違いなく私たち4人しかいない密室です、ドアの外に誰かの気配があるわけでもありませんし、温泉旅行の提案をしたのはたった数分前の筈....。
(何故彼女に今回の旅行の話が伝わっているのでしょうか?....まさか盗....いえ、流石にそれは考えすぎでしょう)
若干背筋に冷たいものが走るような感覚を覚えますが、電話越しにこちらを呼ぶシズクさんの声に意識が引き戻されます。
『サエさん?もしもし?サエさん?』
「あ、い、いえ聞こえていますよシズクさん。えっと、その通り温泉旅行へのお誘いだったのですが...問題ないということでいいんでしょうか....?」
『はい!日程に関してもいつでも合わせられますのでサエさん達のご都合の良い日で構いませんわ。何なら宿の予約や車の用意も私の方で準備出来ますが...』
「あ、いえそこまでしていただくのは流石に申し訳ないので予約はこちらでやりますね....その、一緒に来ていただけるならとても嬉しいです」
『ふふっサエさん達と共に過ごす温泉旅行...今から胸が高鳴ってきましたわ、それでは当日を楽しみにしておりますわね!』
そう言い残してシズクさんとの通話が切れ、私は呆然としたまま携帯をゆっくりと畳の上に置くと小さく溜息をつきました。
「先輩、どうしましたか?」
「何か疲れてる?」
「...いえ、シズクさんは是非ご一緒したいとのことでした、日程も私達に任せると言ってくれましたよ」
心配そうに覗き込んでくる3人に私は顔を上げると笑みを浮かべてそう答えました。
「本当ですか?良かったです!」
手放しで喜ぶ彼女達を見ていると、先ほどのシズクさんの発言についての疑問を口に出すのはなんだかとても野暮なことのように思えてきました。
というよりこれ以上深く追求してはいけない、何かパンドラの箱のような気がしてなりません。
(まあひとまず彼女自身が乗り気なのであればこちらとしてもありがたい限り、ですよね...?)
深く考えるのはやめましょう、皆心から楽しみにしているのですから今はただ今度の旅行を最高のものにすることだけを考えれば良いのです。
「では皆さんの参加も決まりましたし、今度の旅行の予定を決めてしまいましょうか」
私が気持ちを切り替えてそう告げると、茶室は一気に旅行の計画会議の場へと早変わりしました。
「とりあえずいつにしましょうか、車で行く事を考えると混んでない時がいいですよね...」
「予約をしてからになりますけど、そこの近くに何あるかも調べておきましょう!何か楽しめる場所とかあるかもしれませんし!」
「何の料理があるのかも大事、それは私に任せて」
ワイワイと意見を出し合う彼女達の姿を見つめながら、私は心からの笑みを溢します。
厳しい冬の寒さを乗り越えるための、温かくて賑やかな温泉旅行....大きな期待を胸に抱きながら、その日私は彼女達と一緒に計画のページを作り上げていくのでした。