誤字報告ありがとうございます。
皆が寝静まった深夜....
「.....」
周りの4人が小さく寝息を立てる中、私は1人天井を見つめていました。
普段とは違う特別な空気だからかどうにも変に目が覚めてしまい、布団に入ったあとも中々寝付けなかったのです。
どうにか寝ようと目を瞑っても逆に考え事をしてしまう始末。
(...このままじっとしていても無理そうですね)
そう考えた私は小さく息を吐き出すと、隣で眠るアサリさん達を起こさないよう静かに身体を起こして布団から抜け出します。
それから慎重に畳の上を歩いていき、部屋の外へ足を踏み出すとそのままひたひたと薄暗い廊下を歩いていきました。
こんな時間まで起きているのならいっそのこと誰もいない夜中の温泉を味わおうと思い立ったのです。
誰の話し声もせず自分の足音だけが響くことにどこか不思議な感覚を味わいながら、やがて大浴場へと辿り着きました。
脱衣所で服を脱ぎ、中のお風呂場を通り過ぎた私は昼間は味わえなかった露天風呂に入ろうとガラス扉に手をかけます。
そして扉を開けた瞬間、視界に映った光景に息を飲みました。
「綺麗ですね....」
そこに広がっていたのは昼間とは完全に別世界の幻想的な光景....しんと静まり返る周囲と夜空一面に瞬く星々の光。
いつもであればお目にかかれないそんな景色に思わずその場で固まってしまいます。
(今だけは....この贅沢な景色を私が独り占め出来ているのですね)
そんな密かな優越感と喜びに小さく笑みをこぼしながら、私はそっと足先を目の前の湯船の縁へと伸ばしました。
冷えた空気を和らげる様か温かいお湯に足先が触れ、じんわりとした熱が皮膚から染み込もうとした───その瞬間。
「ハーッハッハッハ!!!いやぁ素晴らしい眺めじゃあないか!」
「え?」
静寂に包まれた筈の夜の露天風呂に突如として響き渡る高らかな声.....それは明らかに昼間に旅館前で聞いたばかりのもので、嫌な予感がした私は恐る恐る振り返りました。
するとそこには案の定良く知っている人物である....カスミさんが腰に手を当てながら高笑いをしている姿があったのです。
「カスミさん....」
「おや?驚かせてしまったな!まさかお茶のお嬢ちゃんも先に来ていたとは」
カスミさんはそう言って歩いていくるとそのまま流れる様に湯船の中へと身を沈めました。
「ふぅ....ん?そんな所で立ってどうかしたのか?温泉に入りに来た訳じゃないのか?」
「あ、いえ、そうですね...失礼します」
カスミさんの存在に立ちすぐしていましたが、彼女の言葉に我に返った私は同じ様に湯船へと入っていきます。
隣には岩に頭を預け息を吐くカスミさん、彼女は特に話す事もなく目を瞑って湯の感触を味わっている様でした。
(....流石に無言のままだと気まずいですね)
彼女とこうした状況で2人きりになる事は無かった為どうすればいいかと困惑していましたが、気を紛らわせる為にも私は思い切って声をかける事にしました。
「...あの、カスミさん」
「ん?どうかしたのか?」
「昼間裏山の方へ向かわれていましたが、温泉開発の成果の方はいかがだったのですか?」
私の問いかけにカスミさんは閉じていた目を開け、ふっと口元を歪め答えました。
「ハハハっ!成果か、それが全くの空振りだった!」
「え、何も出なかったのですか?」
「ああ、めぼしい場所は全て爆破させてみたのだがこれが大外れだ、結局出てきたのはただの泥水くらいなものだったな!」
失敗したというのに一切の悔しさや落胆を見せないあまりにもあっけらかんとした物言いに、私は彼女らしさを感じ溜め息をついてしました。
きっと彼女の中では温泉そのものではなく沢山爆破出来たから良しとなっているのでしょう。
「そ、そうですか...でも、何も出なかったとなると他の皆さんは落ち込んだりはしなかったのですか?」
「まさか!メグ達は皆次の温泉を探すための良い勉強になったと大喜びだったぞ」
「それはそれで凄いですね....というよりカスミさん達もこの旅館に泊まっていたんですね、全然気づきませんでした」
「温泉開発で発散した体力を休める為に皆とっくに寝てしまっていたからな、私も寝ていてついさっき目が覚めた所だ。まあお茶のお嬢ちゃんとこうして会えたからある意味良かったのかもしれんな!」
そう言いながら湯をパシャリと手で叩くカスミさん、私はそんな彼女を見ながら無意識のうちに口を開いていました。
「本当に凄いですね...カスミさんは」
「凄い?私がか?」
「ええ、あんなにもエネルギーに満ち溢れた多くの方達をまとめ上げ常に先頭に立って引っ張っていく....それは決して誰にでもできることではありませんから」
それは私が思う本心でした。
確かに彼女達はゲヘナ問わずあらゆる場所で問題を起こしているので褒められた行動では無いのかもしれません、ですがあれだけの人数をカスミさんがまとめて行動出来ている....そこに関しては素直に感心出来る部分です。
私自身普段からアサリさん達と一緒に活動していますが、そんな彼女達の先輩として茶室という場所を守り続けることだけでも精一杯なのです。
だからこそ、私の何倍もの仲間と共に常に前へと突き進むカスミさんの姿は、方法の是非はともかくとしてどこか眩しい存在に見えていました。
私の言葉を静かに聞いていたカスミさんは、それから少しだけ遠くを見るような目をしながら静かに口を開きました。
「まとめているか....現実はそんな大層なものでは無いさ、私はただ己が信じるものに向かって全力で突き進んでいるだけだ」
「信じるもの....」
「そう、ただそうしたいから、そうあるべきだと信じているからこそ立ち止まらずに続けられる。大義名分なんてものは後からついてくるただの飾りに過ぎん」
カスミさんの声にはいつもとはまた違ったどこか揺るぎない芯の強さが宿っていました。
「それにだ、サエ。上に立つ者がほんの少しでも迷いや恐れを見せてみろ、そうなれば後ろを信じてついてくる後続は一瞬で足元を躓かせてしまうだろう?であれば私が止まる理由は全く無い、進むしか道はないというわけだ!」
「....それに率いる人の数が多かろうが少なかろうが、誰かの前を歩くという重さに本質的な変わりなど無い。それは君のところも同じじゃあないのか?」
「......」
その言葉を投げかけられた瞬間、私は思わぬ返しに固まると同時に納得感として胸に突き刺さるのを感じていました。
彼女達が自分を慕ってくれることを私は心から愛おしく、そして誇らしく思っています。
けれど同時に"彼女達にとって良き先輩であり続けなければならない"という見えない責任感を、私は無意識のうちに抱えていたのかもしれません。
それ自体は決して苦しいものではありません、ですが"良い責任感"であるそれに今のカスミさんの言葉が深く重なった事は事実でした。
カスミさんは私の様子を見てか、それ以上追及するようなことは言いませんでした。
ただ静かに視線を上へと向け、満天の星空を仰ぎ見ています。
私もそんな彼女につられるようにして再び頭上へと目を向けました。
しんと静まり返った空気の中、数え切れないほどの星々が湯船の中の私達を照らしています。
(....少しだけ、彼女の気持ちがわかった気がしますね)
破天荒で傍若無人にすら見える彼女の行動、けれどもその根底には彼女を慕う方々への絶対的な覚悟と愛情が存在しているのだと思いながら、私はその思いを口に出すことはせずしませんでした。
それを口にすれば、今隣の彼女と味わっているこの場の空気が崩れてしまうと考えたのです。
今は....今はこのままで良い、そんな思いを浮かべながら私は暫くの間カスミさんと共に夜空を見つめ続けたのでした。