「....んんっ」
気持ちのいい早朝、私は布団から起き上がるとぐっと背筋を伸ばしました。
いつもと違う環境...いつもと違う空気...そんな特別感溢れる雰囲気の中、ふと障子の向こうを見てみるとそこには既に起きていらっしゃったサエさんの姿が。
「あら、もう起きていたんですのね」
「シズクさん...おはようございます、起こしてしまいましたか?」
「大丈夫ですわ、バッチリ目が覚めただけですので」
私はそう言い布団から出ると、まだ夢の中にいる3人を起こさないよう静かに移動しサエさんの座る向かい側の椅子に腰掛け、それから何をするでもなく私は彼女と共に窓の外を見つめます。
いったいどのくらいそうしていたでしょうか....ひとしきり朝焼けの景色を堪能させていただいた私はサエさんの方を向くと口を開きました。
「サエさん、今回私をご一緒させていただき本当にありがとうございました」
「ふふっ、改まってどうしたのですか?」
「いえ...まさかこうしてゲヘナの皆さんと一緒に旅行をする時が来るだなんて、昔の私なら思ってもみないことだなと考えてしまったものですので」
「....確かにそうですね、出会い方が違えば今の結果も別のものになっていたかもしれません」
「懐かしいですわ、あの時山で初めてサエさんと会った時のことは今でも覚えてます」
「私もあれは忘れられませんね....気を失っていたシズクさんに声をかけようとしたらいきなり勝負を突きつけられたんですから」
私とサエさんはお互いにあの日のことを思い返しておりました。
今考えればあの時の私は少々喧嘩っ早すぎましたわね....サエさんもよく私との勝負を引き受けてくださったものです。
「でもあれがあったからこその今でもありますからね、私としては良い思い出でもありますよ」
「ということはあの時の対応は大正解だったというわけですわね♪」
私がそう告げるとサエさんは苦笑いを浮かべておりましたが、その顔はどこか否定している訳では無いように見えました。
私はそんな彼女の反応に小さく笑みを溢しますが、やがて背中の方からモゾモゾという音と共に微かな唸り声が聞きえてきました。
「ふわぁ.....あ、先輩...それにシズクちゃんも...おはようございます」
「おはようございますアサリさん、よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで....あっ!も、もしかして寝坊とかしちゃいましたか!?」
「大丈夫ですわ、まだ早い時間ですもの」
慌てて立ちあがろうとするアサリさんの音につられたのか、そこから残りのお二方も順に目を開け始めます。
「ふわぁ.......う〜....よし!おはようございます姐御!」
「.....おはよう...おやすみ」
「お2人ともおはようございます、部屋を出るのはまだですが、出来るだけ片付けは進めておきましょうか」
「わかりました、ほらキョウカちゃん?起きて〜」
一瞬にして部屋の中が賑やかな空気に包まれると、そこからは皆で協力し荷物の整理などを進めていきました。
お世話になった場所にはきちんと最大の敬意を持って去っていく....そんな言葉の通りに片付け終えた私達は時間になると部屋を出て帳場へと足を運びます。
「あ、お客様方...お帰りになられますか?」
「はい、本当に良い時間になりました、ありがとうございます」
「凄く居心地が良かったですわ!」
「お料理も美味しかったです」
「味付け最高」
「また来たいなって思いました!」
「それはそれは、こちらとしても嬉しい限りです。是非またお越しください....それではお気をつけて」
それから私達の言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべた女将さんに見送られ外へと一歩踏み出すと、冷え込んだ空気が鼻を通る感覚が押し寄せてきました。
「あとは帰るだけですね....何だか寂しいです」
「そうですわね、ですがこういうものは時間が決まっているからこそ、その時その時を楽しめるのですわ」
「シズクさんの言う通りですね、毎日経験しないからこそ思い出に残るのかもしれません....それに大丈夫ですよ、また皆さんでこうして集まる機会はこれから先も沢山あるのですから」
サエさんがおっしゃった言葉に彼女達は笑って頷いていました。
その中に私も含まれていると思うと、やはりどこか嬉しくなりますわね。
そんなことを考えながら旅館の敷地を後にし乗ってきた車の元へ向かおうと駐車場へ足を進めたその時でした。
「ハーッハッハッハ!いくぞメグ!この地でやり残したものはもう無い、次なる爆破が私達を待っているぞ!」
「うん!どんどん温泉開発しちゃおう!」
辺りの静寂を豪快に切り裂く高笑い、昨日旅館前でも出会った方々の姿が目に入ってきました。
確かサエさんのお話ですと、温泉開発部...?という集まりだった筈です。
「おや....?やあサエ!昨日は実に良い温泉だったな、あれから良く眠れたかな?」
「ええ、おかげさまで。カスミさん達も変わりないようで何よりです」
「?姐...サエ先輩、何かあったんですか?」
「まあ...その....色々と」
「ハッハッハッ!恥ずかしがることなど何も無い!あれだけ語り合った仲じゃあないか」
カスミさんと呼ばれている方はそう言いながらサエさんの肩をバシバシと叩いておりました、お2人の間で何かあったのでしょうか?
「部長〜早く行かないと〜」
「おっとそうだったな、ではまた何処かで会おうじゃあないか!」
それから温泉開発部の方々はカスミさんを先導に駆け足でこの場から去っていかれました。
(温泉....もしトリニティ自治区にもこの旅館のような温泉があれば皆さんをお誘い出来るのですが...今の方々にお願いしてみるのも良いかもしれませんわね)
「...シズクさん、気のせいかもしれませんが今変なことを考えていませんか?」
「いえ!何でもありませんわ」
(まあ私が勝手にご依頼するとしても正義実現委員会の方々が許可を出さないかもしれませんし...今はやめておきましょうか)
「はあ....全く本当に元気があり過ぎる方達です...ふふ、では帰りましょうか」
「はい!」
溜息をつきながらも小さく笑うサエさんの言葉に私達は頷き車へと乗り込むと、サエさんは帰りの方向へとゆっくり車を走らせ始めました。
「シズクさんはトリニティ学園前でよろしいですか?」
「ええ、助かりますわ。サエさん達が帰るのに遠回りをさせてしまいますけれど」
「気にしないでください、ゆったりとドライブも楽しいものですよ」
「今度お礼に皆さんをトリニティでおもてなしさせていただかなければなりませんわね、きっと気に入ってくださると思いますわ」
「わぁ、楽しみです!」
「しかし私達が行って問題が起こらないものなのでしょうか...?」
「それは大丈夫ですわ!何しろ私こそサエさん達に会いにゲヘナまで何度も行ってますもの」
「.....その時は何かしら変装をしていかなければいけませんね」
「姐御なら何でも似合いますから大丈夫ですよ!前に姐御が着た衣装なら今すぐにでも用意できますから!」
「あ、あれは恥ずかしいので今度はもう少し落ち着いたものをお願いしますね...」
そんな話で盛りがりながら車はどんどん進んでいきます。
やはり楽しい時間というのはあっという間で、気づいた頃にはトリニティの学園前まで来てしまいました。
「ここでよろしいですか?」
「はい、送っていただいてありがとございました」
私は車から降りるとサエさん達に改めて感謝を伝えました、ここトリニティにいるだけでは味わえない経験....それを楽しめた事へのお礼の気持ちでもあります。
「こちらこそご一緒できて嬉しかったですよ、シズクさん。ではまたいつか」
「ありがとうございました」
「またね」
「お元気で!」
そうして走り去るサエさん達を見送った私は学園の中へと歩いて行ったのでした。
「あらシズクさん。昨日はお顔を見ないと思っていましたが....どこかへお出かけにでも?」
敷地内にある建物の一室、そこには丁度紅茶を淹れていた紅茶部の1人が座っていました。
彼女は私がやって来たことに気づくとそう尋ねてきます。
「温泉旅館の方に少々」
「まあ温泉ですか?それは良いですわね、誰か他に同行した方でも?」
その問いかけに私はただそう答えました。
「.....ふふ...はい、"とっても大切で大好きな方々"と一緒に」