ゲヘナ学園風紀委員会執務室...そこで私は机の上に山積みとなった報告書や始末書の束を片付けていました。
日夜を問わず巻き起こるトラブルにトラブル、そしてトラブル....何よりヒナ委員長に降りかかる過度な負担を少しでも排除することこそが私の責務です。
そうして作業を進めていた時、控えめなノック音が執務室の扉を叩きました。
「……失礼します」
扉がわずかに開きそこから顔を覗かせたのはお茶飲み同好会の朝宮サエさん、彼女は困惑の色を滲ませた瞳で私を見つめています。
「あの天雨さん?今回はどういったご用件なのでしょうか...?何しろ急な呼び出しでしたので....」
「来ていただいてありがとうございます朝宮さん、ご足労をおかけしましたね」
私は出来るだけ圧が乗らない様な声音で告げると手元の書類をまとめ立ち上がりました。
「単刀直入に申し上げますと貴方に直接確認していただかなければならない案件が発生しました、詳しい話は現場で...早速ですが私についてきてください」
「え...あ、はい」
要領を得ないといった様子で小首を傾げる朝宮さんを促し彼女と共に執務室を出て歩いていきます。
向かう先は一般の生徒は当然立ち入ることのない重厚な鉄の扉を超えた先。
「あの、天雨さん?ここはその...」
「ええ、ここは学園の風紀を著しく乱した問題児や自治区内で武装蜂起を企てた不穏分子を一時的に拘束しておくための特別牢です」
「な、何故私をこのような場所へ?」
事態のあまりの唐突さに目を丸くする朝宮さん、そんな彼女へ私はある方向へ指を向けながら例の件を告げました。
「──彼女達が理由です」
「彼女達?...ちょっと待ってください、あの中にいるのはもしや!」
朝宮さんは息を呑み思わず鉄格子へと歩み寄ります。
そこにいたのは傷だらけのヘルメットを被ったヘルメット団の面々と派手な改造制服に身を包んだスケバン達....
「あっ!朝宮さん!」
「朝宮さんだ!本当に来てくれたッ!」
「ウチらのこと見捨てないでくれたんすね、朝宮さん....っ!」
鉄格子の隙間から手を伸ばしながら叫ぶ不良達、そんな光景を横目に私は事の経緯を語り始めました。
「...本日未明自治区の郊外において『武装した不審な大集団が列をなして練り歩いている』という通報が風紀委員会に入りました。ヒナ委員長は別の通報場所に向かっていた為私達で現場に向かったのですが....そこで彼女達を見つけたんです」
私の脳裏にはその時の現場の光景が浮かんで来ました。
到着した際に視認できた数は優に30名を超える武装集団....ヘルメット団とスケバンという普段であれば縄張り争いで等で銃撃戦を繰り広げている集団が何故か奇妙な連帯感を持って行進していたのです。
即座に私はイオリ達と共に包囲陣を展開し投降を勧告、その後一斉射撃の末に彼女達を完全制圧し拘束する事が出来ました。
当然その後何が目的だったのかと厳しい尋問を行いましたが、彼女達は頑として口を割りませんでした....それどころか一向に問題を起こそうとしていた事実を認めようとせずおかしな主張をし続けたのです。
『違ぇよ!アタシらはただこの辺りを見回ってただけなんだって!』
『怪しい連中がいないかウチらなりにパトロールして治安を守ろうとしてただけっす!』
『信じてくれよ!....そうだ!そっちの学園に朝宮さんって人いるんだろ?聞けば絶対にわかるから!』
『朝宮さんならウチらの無実を証明してくれる!』
「....という訳で、彼女達は口を揃えて自分達の潔白は貴方に聞けば全て分かると供述していました、なのでこうしてあなたを呼んだんです」
私の話を聞いた朝宮さんは見るからに冷や汗を流しながら目を泳がせていました。
「朝宮さん、この無法者集団が何故貴方に全幅の信頼を寄せているんですか?....まさかとは思いますが貴方が彼女達を裏から糸引き、自治区郊外で何らかの私兵組織を組織しようとしていた...ということですか?」
「ち、違いますよ天雨さん!全くの誤解です!その....彼女達とは以前夏休みに海へ遊びに行った際に少々ご縁がありまして....」
「ご縁ですか?こんな不良達と?」
「そ、そうだ!アタシらが浜辺で彷徨ってた時朝宮さんが美味い肉を食わせてくれたんだよ!」
「そうそう!あん時はマジで助かったし、あそこから帰ってからもう一回も悪い事なんてしてないんだよ!」
「本当にあの時は見回りをしてただけなんだって!」
鉄格子の向こうから必死に弁解する声が聞こえてきますがどう考えても信じられません、海でバーベキューをした?その後悪い事をしていない?そんな子供騙しのような美談を鵜呑みにするとでも思っているのでしょうか。
しかも朝宮さん....彼女にはそれなりに変な噂もあるのは知っています、流石に判事半疑でしたがあの様な方々と面識がある以上もしかしたら...
「さあ朝宮さん、"本当の事"を仰ってください。もしこれ以上嘘をつき続ける気なら貴方も....」
その瞬間、カツカツと何者かが歩いてくる音が扉の向こうから聞こえたかと思えばすぐに扉が開かれました。
そしてそこにはヒナ委員長が立っていたのです。
「ひ、ヒナ委員長...!?べ、別の地区の鎮圧に行っていた筈では...」
「それはもう終わった....執務室に行ったらアコがいなかったからイオリ達からここにいるって聞いて来たけれど...何か問題でもあったの?」
「お手間を取らせてしまって申し訳ありません!実は先程郊外で拘束した不審な武装集団の件で少々不可解な点があったので事情を聞いていたところです」
「不審な集団...?」
ヒナ委員長はそう言いながら鉄格子の中へと視線を移しました。
先程まで威勢よく騒ぎ立てていたスケバンやヘルメット団達も委員長の姿を認めた瞬間一斉に固まっています。
ふふん、流石ヒナ委員長です。
「...サエ?どうして貴方がここにいるの」
「お久しぶりです空崎さん、その....少々事情がありまして」
「委員長聞いてください!この集団は郊外を行進していたところを拘束したんですが、自分達は無実であると主張しながら彼女の名を挙げていたんです!これは彼女が裏でこの集団を掌握し自治区内で独自の勢力を築こうとしていた可能性があると思います!」
私が熱弁を振るうとヒナ委員長は無言で鉄格子の前へと歩み寄りました。
「...貴方達、そこで何をしてたの?本当に街をどうにかしようと?」
「ち、ちが...本当に違うんだって!ウチらはただあの周辺をパトロールしてただけで....」
「そうです!それに朝宮さんは何も悪くありません!」
それにしても随分と罪を認めない人達ですね、ヒナ委員長にまで嘘をつくなんて....
「...サエ、貴方から見て彼女達は問題ないのよね?」
「は、はい...話を聞く限り彼女達の規模や見た目は少々危ういところがあったかもしれませんが、少なくとも誰かを害したり悪意を持った方々では無いと思います...私もそんなに長い事彼女達と関わっていた訳じゃありませんけど...」
「...そう」
ふふふ、これでもう彼女達はおしまいですね。
「アコ、その子達を出してあげて」
「わかりました、では....ってえええ!ひ、ヒナ委員長いいんですか!?彼女達は郊外で武装行進を行っていたのですよ!?」
「アコ達が向かった時も実害は出てなかったんでしょう?」
「た、確かに具体的な被害はまだ出ていませんけど....このような危険分子を野放しにするのは──」
「郊外を歩いていただけで発砲も破壊工作もしていないならここで拘束し続ける理由は無い、ただの予防拘禁でいつまでも縛り付けておけるほど私たちの牢屋も暇じゃない...それに本人達もサエも問題ないって言うならこれ以上疑う理由は無いと思うけれど」
「そ、それはそうかもしれませんけど....!」
「アコ」
ヒナ委員長に静かに名を呼ばれた私は言葉に詰まりました、これ以上反論することは委員長の判断に泥を塗ることに他なりません。
「...っ、わ、わかりました....」
私は言われた通り鉄格子の錠前を外すと彼女達を解放しました。
「た、助かった...!」
「朝宮さん、本当に助かりました……っ!」
「いえ、私は特に何も....それより見回りをしてくださるお気持ちは嬉しいですが、集団で重火器を構えて練り歩いては天雨さん達が警戒されるのも無理はありませんよ?」
朝宮さんの諭しに大型犬のように素直に頷く不良達。
「....朝宮さん、一応彼女達とお知り合いである貴方にそこの方々の身柄と以後の監督を一任します...速やかにこの場から退去してください」
「はい、色々とご迷惑とお手数をおかけしてしまい申し訳ありませんでした....空崎さんも本当にありがとうございました」
そう言って不良達を引き連れて特別牢を出て行く朝宮さん、そして騒がしい連中が完全に去りこの場に残されたのは私とヒナ委員長の2人のみ....暫く黙っているとヒナ委員長が不意に振り返り私をじっと見つめてきました。
「アコ」
「は、はい...!」
「迅速な行動はいいけれど、ちゃんと話は聞かないといけないでしょう?怪しいだけで頭ごなしに捕まえて拘束してたら余計な仕事が増えるだけ...違う?」
「うっ...そ、それは...わ、私はただ自治区の平穏を守り、何より委員長にこれ以上の厄介事が降りかからないようにと!」
「気持ちは嬉しいけれど空回りしたら意味がないわ」
「う...も、申し訳ありません....」
ぐうの音も出ない正論に私は小さくなるしかありませんでした。
委員長のお役に立ちたいという一心だったはずが結果として委員長の時間を奪い、無駄足を運ばせてしまった....その事実が私の胸を激しく苛みます。
それだけ言うとヒナ委員長は小さく肩をすくめ踵を返して通路へと歩き出しました。
そして去り際にぽつりと告げたのです。
「....戻ったら反省文ね」
「はい...」
──それから数時間後。
執務室の私のデスクには尋常ではない程の原稿用紙の山が築かれていました。
「...アコ、それ何枚目?」
「はい!ちょうど今百五十枚目を書き終えたところです!」
「そう....なら後半分ね、私は別の書類を見てるから終わったら声をかけて頂戴」
「わかりました!」
それから作業に戻ったヒナ委員長を見ながら私はペンを走らせたのでした。
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『──よって我が敬愛するヒナ委員長の判断は今回もまた神速にして完璧、慈悲深き英断であったと言わざるを得ない。薄暗い特別牢に現れた委員長のお姿はまるで混沌の世界に降り立った一筋の救済の光であり、その息を呑むほどに凛々しい立ち振る舞いは私の胸を打つと同時にその神々しさに己の未熟さを恥じ入るばかりだった。そして同時にこの命尽きるまで委員長にお仕えしその玉歩の邪魔となる障害をすべて排除せねばならぬと血の涙を流さんばかりの決意をしたのである。ちなみに本日の委員長は長旅の疲れからか髪の毛がいつもと比べて僅かに数センチ程乱れており、その痛々しくも儚げな美しさは筆舌に尽くしがたく即座に私が手入れを差し上げるべきであったと深く反省(中略).....また休憩として茶葉を取り出す所作は芸術品と見間違える程で、あれを間近で目撃できたことこそが本日の最大の収穫であり委員長の疲労を癒すためならば私もお茶のより良い淹れ方を早急に学ぶべきであると具申する次第であり──』