その日もいつものように宇治さんが来るのを1人茶室に座り待っていた所、不意に入り口の扉が叩かれる音が茶室に響きました。
「お客さんでしょうか?」
今日は特に誰かが訪ねて来る予定は無かった為、私は疑問に思いつつも入り口の方へと向かいます。
襖を開け下駄を履き、すぐ側の扉に手をかけ外にいるであろう客人を出迎えます。
「はい、どちら様で.....」
ですが、私はそこに立っていた人物を目にした瞬間思わず身動きが取れなくなってしまいました。
「貴方が朝宮サエね、入ってもいいかしら?」
そこにはこちらをじっと見つめている風紀委員長...空崎ヒナさんの姿がありました。
「ど、どうぞ....」
「ありがとう、いただくわ」
私はあれから空崎さんを茶室へと通した後、用意した座布団に座る彼女の元へ恐る恐る淹れたお茶を運んでいました。
彼女は私が手渡した湯呑みに口をつけると、ゆっくりとその中身を啜っていきます。
「....美味しいわ」
「そ、それは良かったです...」
「.......」
「..........」
き、気まずい!
宇治さんはまだ来ていない為、今この茶室には私と空崎さんの2人きり。
初めに彼女が飲んだお茶の感想を口にして以降、会話という会話は全く無くただただ無言の時間が続いていきます。
(まさかあの風紀委員長がここを訪ねて来るだなんて想像できませんよ!ど、どうして彼女はここに?まさか私、知らない内に何かとんでも無いことをやらかしてしまったんじゃ....)
この小さな同好会の為にわざわざ風紀委員会のトップである彼女が足を運んだ理由を脳をフル回転させ必死に考えますが、当然そう簡単に答えが出る筈もなく気まずい時間だけがただ過ぎていくばかりです。
(お、落ち着くのですよサエ、とりあえず何が来ても良いように謝罪の準備はしておかなければ....)
「....そろそろいいかしら?」
そんな混乱する私を見かねてか、とうとう空崎さんの方から話を切り出してきました。
「あ、は、はい!」
「...別に怖がらなくていいわ、貴方達の活動に何か言いにきた訳じゃないから」
「あ、そうなんですか...?」
完全に頭の中が謝罪モードとなっていた私は彼女の発言に思わず呆気に取られてしまい、ついそう聞き返してしまいました。
そんな私を気にすることなく空崎さんは口を開くと
「....この前貴方に貰った物の事よ。今日はそのお礼に来たの」
「空崎さんに渡した物....あっ」
そこまで聞いて私はようやく自分の過去の行動を思い出しました。
以前私が射撃訓練場前で生徒同士の喧嘩に巻き込まれてしまった際に空崎さんに助けて貰った事。
その時彼女がとても疲れた様子だった事。
それがどうしても気になった私は後日お礼も兼ねてゴボウ茶の元になる乾燥ゴボウを手作りし、それを彼女に渡すよう見回り中だった風紀委員の1人に預けた事....。
「近頃は問題を起こす生徒も学園内外問わず増えてきているの。....その対応もそうだけれど、万魔殿の方から送られてくる書類の多さにまともに休めない日が続くのも珍しく無かったわ」
「あぁ...」
空崎さんの話を聞き、私は彼女があそこまで疲弊していた訳を理解しました。
やはり風紀委員長として行わなければならない業務は私が想像するよりも遥かに大変なのでしょう。
「だからここ最近は眠れない日も多かったのだけれど、貴方のメモにあった...ゴボウ茶?...を飲んだら自分でもびっくりするくらい気持ち良く眠れたの。疲れもとれたおかげで溜まってた仕事も終わらせる事ができたわ」
「だから貴方には感謝してる....風紀委員会としてではなく、いち先輩としてね」
その言葉を聞いた私の目に映っていたのは、あの時見た威圧感や噂に聞く恐ろしさを秘めた人物では無く、ただ1人の少女が小さく微笑んでいる姿でした。
(....私は誤解していたんですね)
いくら強くても、いくら恐れられていたとしても、彼女もまた私達と同じ生徒である事には変わりありません。
私はそれを“ゲヘナ最強の風紀委員長“という肩書きからくるプレッシャーで忘れてしまっていたのでしょう。
「...すみません、空崎さん」
「?」
私は今まで空崎さんの事を何も知らぬまま自分勝手に怖がっていた事を彼女に謝りました。
それを聞いた彼女は呆れたようにため息をこぼすと
「別に気にする必要ないわ、普段関わらない相手の事なんて知らなくて当然でしょう?私だってあの時たまたまあそこで会わなければ、今でも貴方の事を良く知らないままだったでしょうし」
空崎さんはそう言うと座布団から立ち上がり入り口へと歩いて行きました。
「....じゃあ用事も済んだ事だから私は帰るわ、そろそろ戻らないとアコ達に迷惑だもの」
「あ、空崎さん!」
「...どうしたの?」
「....よければ今度また遊びに来てください。美味しいお茶をご用意しますので」
彼女が帰ろうと廊下に出た瞬間、私はそう口にしました。
空崎さんは目を丸くしていましたが
「ふふっ、ええ、楽しみにしてるわ」
私の言葉を聞いてニッコリと微笑んだ彼女は軽く手を振りながら今度こそ部室棟を去って行きました。