「はぁ...なんで私がこんな役目を....」
ゲヘナ学園部室棟本館の廊下にて、1人の少女がため息をつきながら歩いていた。
ボリュームのある臙脂色の髪を揺らす彼女は万魔殿の戦車長である棗イロハ。
「全く、いつもあの人は無茶ばかり言うんですから...」
羽沼マコト。
彼女と同じ万魔殿に所属する議長、そしてこのゲヘナ学園の生徒会長を務める人物である。
だが流石はゲヘナのトップと言うだけありその言動は少々破天荒な部分も多い。
度々変な奇策を思い付いては周囲(主に風紀委員)に被害が及ぶ事も多々あり、今回もイロハは彼女の命令でこの部室棟へと足を運ぶ事となったのだった。
『キキキッ、聞けイロハ!あの風紀委員長を打倒する素晴らしい作戦を考えたぞ!』
『...また変な事を思いついたんですか?』
『聞いて驚け、近頃空崎ヒナと突然関係を持ち出した人物がいるとの情報を得た』
『はぁ』
『どう考えても不自然極まりないだろう?奴は何かしら風紀委員の情報を握っているに違いない』
『...たまたま交友を持っただけでは?』
『イロハ!そいつをここへ連れてくるんだ!』
『絶対勘違いだと思いますけど』
「.....」
イロハはつい先程のやり取りを思い出し再度ため息をこぼしてしまう。
「こういう時に限ってチアキもサツキ先輩もいないんですから...」
同じ万魔殿の仲間である2人の事を考えながら、イロハは彼女から受け取った資料に目を通す。
「朝宮サエ...お茶飲み同好会所属....今年になってメンバーが2人追加...どこから見ても普通ですね、やはりマコト先輩の勘違いでしょう」
そうは言っても命令通り連れていかなければそちらの方が十中八九面倒くさい事になる。
彼女には悪いがここは素直に来てもらうしかない。
未来の自分を楽させる為そう決意した彼女は、丁度たどり着いた部屋の扉をノックした。
それから少しするとこちらに向かってくる足音が聞こえ、向こう側から扉が開かれる。
「はい、どちら様ですか...?」
そこから出てきたのはゲヘナでは珍しい着物を着た少女、彼女が朝宮サエ本人で間違い無いだろう。
「こんにちは、朝宮サエさんですね」
「え、はい。貴方は...棗イロハさんでしたか?」
「ええ、実は貴方に用がありまして」
「私に?一体何の....」
「それは....」
ふむ、ここで率直にマコト先輩が呼んでいると伝えても良いですが、生徒会長からの急な呼び出しとなると色々理由を話さなければいけません。
ですが『貴方が知っている風紀委員長の情報をマコト先輩が知りたがっています』なんて正直に言ってしまえば警戒され着いてきてくれなくなる可能性もありますし....。
「...ここではお話し辛いので、今から一緒に来てくれませんか?どうしても貴方の力をお借りしたくて」
「今からですか?...まあ必要な事なのであれば...」
ふぅ、どうにか誤魔化せました。
それから彼女は少しだけ待ってて欲しいと私に言い部屋へと戻ると、中から微かに話し声が聞こえてきます。
『先輩、何処か行かれるんですか?』
『万魔殿の方に呼ばれましてね』
『サエ、何かやらかした?』
『何もしてませんよ...悪いですが二人ともしばらく留守をお願いします』
どうやら中に他のメンバーの方がいらした様です。
うちの議長がすみませんと内心彼女達へ謝罪していると、準備を終えた朝宮さんが出てきました。
「お待たせしてすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは行きましょうか」
「キキキッ、お前が朝宮サエか」
「は、はい」
彼女を万魔殿の部屋へと通した私は朝宮さんを見てケタケタと笑うマコト先輩の隣に立ち、目の前の状況を静かに見守っていました。
何の理由も告げずいきなりこの部屋に連れてこられ、更には突然生徒会長と顔を合わせる事となった彼女は当然の如く緊張してしまっています。
(本当にマコト先輩がすみません....)
朝宮さんは時折助けを求める様に私へ視線を飛ばしてきますが、今の私にはどうする事も出来ずただ頭を下げるのみです。
「お前もここへ呼ばれた理由はわかっているだろう?」
「い、いえ何のことだか...」
「何?イロハから聞いてないのか?」
「すみません、訳を話せば来てくれないかと思いまして」
「そうか、まあいい私から教えてやろう。朝宮サエ、お前は空崎ヒナと通じているな?」
「通じて....?まあ少しだけ交友はありますが...」
「キキキッ、どうだイロハ!私の言った通りだろう!」
マコト先輩は誇らしげに私に声をかけると、そのまま朝宮さんへと言葉を続けます。
「そしてお前は空崎ヒナの...いや風紀委員の情報を握っている!そうだろう?さあ、それを教えてもらおう!」
「........」
マコト先輩の追及に彼女はポカンとした顔を見せた後
「いえ、何も知りませんけど」
「......何ィ!?」
さも当然のようにキッパリと否定しました。
「はぁ...だから言ったじゃ無いですか。マコト先輩の勘違いだって」
「ま、待て!では何故お前は空崎ヒナと最近になって交友を持ち始めた!」
「以前、空崎さんに生徒間の喧嘩に巻き込まれた際助けてもらった事がありまして。それからたまにお茶をご馳走する様になったんです」
「お茶だと!?」
「はい...」
(なんだか頭が痛くなってきました...)
あまりに予想通り過ぎる展開に私は思わず頭を押さえてしまいました。
そんな私の目の前では未だにマコト先輩が何度も彼女へ追及し、その度に彼女から正論で返されるという状況が繰り広げられています。
やがてとうとう何も言えなくなってしまったのか、マコト先輩は腕を組むと不気味な笑みを浮かべたままじっと座るのみとなってしまいました。
(これ、勘違いだったのを言い出せずに格好つけて誤魔化してますね)
「朝宮さん、もう帰っても大丈夫ですよ」
「え、いいんですか?」
「ええ、今日は急に連れてきてしまいすみませんでした....」
「は、はあ...じゃあ私はこれで...」
朝宮さんはなんとも不思議そうな表情を浮かべながら部屋を出て行かれました。
彼女が去っていった後、私とマコト先輩の間には静寂が流れます。
「...マコト先輩」
「......キキキッ心配するなイロハ。今回は当てが外れてしまったが、風紀委員への策はまだある!」
「いえその件に関しては全く心配してませんよ」
相変わらずの先輩の振る舞いに私は何度目かわからないため息を吐いてしまいます。
後で個人的に彼女へお詫びをしておこうかと考えていると
「あ、マコト先輩!イロハ先輩!」
「おお!イブキじゃないか!」
扉の向こうから同じ万魔殿に所属するイブキが私達を見て走り寄ってきました。
マコト先輩も先程の事はすっかり忘れたのか、飛び込んで来たイブキを抱きしめながら頬をデロデロに緩ませています。
(まあイブキに抱きつかれたならそうなるのも仕方ないですが....ん?)
「イブキ、それは何ですか?」
マコト先輩に抱きついたイブキが手に何かを持っている事に気づいた私は彼女に問いかけます。
「これ?さっき部屋から出てきたお姉ちゃんから貰ったの〜」
「朝宮さんから?見せてもらっても良いですか?」
イブキから手渡されたものを良く見てみると、それは中に細かい葉が入ったティーバッグでした。
「みんなで飲んでだって〜」
イブキの言う通りそのティーバッグは複数ある為全員が飲めそうです。
「そうでしたか、では折角のご厚意に甘えるとしましょう」
「イブキも飲みたーい!」
私は早速お湯を沸かすと3人分のカップを用意し、ティーバッグを用いてお茶を作りました。
早速出来上がったそれを一口飲んでみると、不思議と心が落ち着いていくのがわかります。
(美味しい...サボる時にこのお茶があればより休めるかもしれませんね)
出来るなら今度は彼女が手ずから淹れたお茶を飲んでみたい...そんな事をイロハは1人考えながら再びカップへと口をつけた。