「そのままゆっくり傾けてください」
「こう?」
「そうそう、いい感じですよ!」
私の目の前には狭山さんが宇治さんにお茶の淹れ方を教わっている光景が広がっています。
以前そろそろ狭山さんにもお茶を淹れて貰おうと考えていた所、宇治さんから『自分も彼女に教えてみたい』との申し出がありました。
そういう事ならと私は彼女に指導を一任したのですが、宇治さんの教え方が良いからか狭山さんの覚えは中々順調な様子。
始めはお互い言葉数が少なかった彼女達も今ではすっかり仲良くなれたようで、最近はよく二人で話している姿を見かけるようになりました。
何より宇治さんが前よりも明るくなった事に私は何とも言えない気持ちを味わっていました。
(彼女が来た事で宇治さんにとっても良い刺激になったのでしょう...これが雛鳥を見守る親鳥の気持ちというものなんでしょうか)
後輩の成長にしみじみと浸っていると、不意に扉が叩かれました。
「....おや、棗さんでしたか」
「こんにちは朝宮さん」
扉を開けてみるとそこに居たのは万魔殿の棗イロハさん。
彼女を目にした瞬間、万魔殿に連れていかれた翌日わざわざこちらへ訪ねた彼女から謝罪をされた事、その時出来るなら今度私が直接淹れたお茶を飲んでみたいと言われそれを私が了承した事等、私の頭には数日前の出来事が思い起こされていきます。
「まさか本当に来ていただけるとは」
「ええ、楽しみにしてましたから...それと、実は今日は私1人じゃないんです」
棗さんがそう言うと、彼女の背後から突然もう1人の少女がヒョコッと顔を覗かせました。
「おや、貴方は....」
「こんにちは〜」
そう元気に挨拶をする彼女は、あの日の帰り際に廊下で出会った少女でした。
「彼女はイブキです、実は貴方に貰ったあのお茶をこの子が気に入りまして。私がここに来ると知ったら一緒に行きたいと言われたので連れて来たのですが....」
「サエ先輩、イブキも良い?」
首を傾げこちらを見上げながらそう尋ねてくるイブキさん。
「そう言う事でしたら勿論構いませんよ。さあ、お二人ともどうぞお入りください」
折角私のお茶を飲みたいと思ってくれた方を無碍にする訳にはいきません。
私は笑顔を浮かべながら彼女達を茶室へと招き入れました。
茶室にやって来た棗さんとイブキさんは興味深そうに室内を見渡していましたが、それから少しして私の正面に座るとお茶を待つ態勢になりました。
「準備もあるので適当に何か食べて待っていてください。宇治さん、お二人に何かお茶菓子を.....」
「うー.....」
そう宇治さんにお願いしようと振り返ると、そこには何故か棚の前で手を広げて唸っている狭山さんの姿が...
「きょ、キョウカちゃん!イブキちゃんが見てる前だから!」
「....お茶菓子」
宇治さんが棚に近づこうとすると、彼女は全身を使ってそれを阻止してきます。
ま、まさか他の人に食べられたくないからと妨害をしているのですか!?
「さ、狭山さん、無くなった分はまた買ってきますから...」
どうにか彼女に退いて貰おうと説得しますが、彼女の意思は無駄に強く一向に動いてくれません。
(こ、これ以上この状況をイブキさんに見られるのも恥ずかしいですし、何よりお二人を待たせる訳にもいきません...)
「宇治さん!」
「はい!」
「っ!?」
私が宇治さんに一声かけると彼女は私の意図を察したのか、棚の前に陣取る狭山さんを抱き抱えました。
彼女に抱きつかれた狭山さんはジタバタと手足を動かしますが、二人の身長差もあり抜け出す事が出来ない様子。
私はその隙を狙い急いで棚から二人分のどら焼きを抜きり、棗さんとイブキさんの座る場所に戻るとそれを差し出す事に成功しました。
「ふぅ....ど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう〜!」
彼女達は私の手からどら焼きを受け取ると、棗さんは若干苦笑いを浮かべ、イブキさんは満面の笑みを浮かべてお礼を言いました。
...何故か無駄に体力を使う羽目になってしまいましたが、急いで準備に取り掛かるとしましょう....
私は茶釜に普段より多めに水を注ぐと、そのまま沸騰するのを静かに待ちます。
(イブキさんはあの時と同じ麦茶にするとして...棗さんには番茶を淹れましょうかね)
別の急須にそれぞれ茶葉を入れ終えれば、そこからはいつも通りの作業の開始です。
沸騰したお湯を別の容器に移し適正の温度まで湯冷ましをした所で急須へ注いでいきます。
その後茶葉が開くのを待ってから、急須にお湯が残らないよう最後の一滴まで湯呑みに注げば完成です。
「どうぞ」
彼女達から見つめられていたのもあり少々緊張してしまいましたが、特に変なミスもする事なく無事2人分のお茶を淹れ終えた私は湯呑みを差し出しました。
「美味しい〜」
「...なんだかこの前とは違って香りが強いですね」
「ええ、その種類は味と共に香りを楽しむのも目的ですから」
「成る程....確かに良い香りです」
イブキさんは美味しそうに、棗さんは感心した様に頷きながらそれぞれ湯呑みを傾けていきます。
2人の表情を見る限りどうやら満足してくれたようで私も一安心です。
「サエ先輩〜!」
「わわっ!」
それから暫くすると不意にイブキさんが近寄ってきたかと思えば、私は彼女に抱きつかれてしまいました。
「ふふ、すっかりイブキに気に入られた様ですね」
「そ、そうなんですか?」
「〜♪」
突然の事に驚いていた私は棗さんの言葉に視線を下げると、イブキさんはニコニコと笑いながら私に身体を預けています。
思わずその可愛らしさに心を射抜かれた私は、それから棗さんと話している時も彼女を膝に乗せ頭を撫でたりなど、これでもかという程イブキさんを愛で続けていました。
「今日はありがとうございました」
「ありがとうございました〜!」
彼女達が茶室を訪ねてから暫くが経ち、そろそろ帰る時間という事で私は二人を見送りに外へと出向いていました。
「こちらこそ、喜んでいただけた様で何よりです」
「ねぇねぇ、また遊びに来ても良い?」
「ええ構いませんよ、イブキさんなら大歓迎です」
「ふふ、貴方もイブキの魅力にハマったようですね」
棗さんは頬を緩ませながら彼女に話しかける私を見てクスクスと笑みを溢しています。
「あ、あまり揶揄わないでください」
「でも仕方のない事ですよ、何しろマコト先輩...いえ、万魔殿のメンバー全員はこの子に骨抜きにされてますから」
棗さんはそう言いながらイブキさんの頭を撫でますが、その手つきから彼女をいかに大切に思っているかが伝わってきます。
「それでは私達はこれで、また今度お願いしますね」
「サエ先輩〜さようなら〜!」
棗さんはペコリと頭を下げ、イブキさんはこちらに手を振りながら彼女達は手を繋いで帰っていきました。
(....ふふ、今度彼女達が来るまでに色々と準備しておきましょうか)
イブキさんの為に小さい子でも飲めるお茶のレパートリーを増やしておこうかと考えながら私は茶室へと戻り
「........」
襖を開けた瞬間、何故か不機嫌そうに頬を膨らませている宇治さんが目に飛び込んできました。
「う、宇治さん!?どうかされたんですか...?」
「......」
これまで一度もこんな彼女の姿を見た事がなかった私は、彼女の様子に思わず困惑してしまいました。
理由を尋ねてみても宇治さんはそっぽを向くばかりで何も話してくれません。
私は彼女の近くに寝転がっていた狭山さんに助けを求めるように視線を向けると、私と宇治さんを交互に見た彼女はポツリと呟きます。
「サエ、あの子に構いすぎ」
「え?」
「.....」
私は彼女の言ってる意味がわからずもう一度尋ねますが、彼女は呆れた様にため息をつくばかりでそれ以上答えてくれませんでした。
それからしばらくの間一人はオロオロと慌て、一人はむくれ、残り一人は我関せずといった様子で煎餅を齧っている、そんな3人の少女の姿が茶室には広がっていた。