今日も普段通り部室棟の廊下を歩き茶室へ向かっていると扉の前に一枚の張り紙が貼ってある事に気付きました。
「...?何処かの宣伝ポスターでしょうか?」
数千人の規模を誇るこの学園には様々な活動をしている方達がいらっしゃるので、てっきりその広告の類かと思ったのですが...よく見てみると張り紙に書かれてある文面はやけにシンプルでした。
それはまるで重要な連絡事項を伝える為だけのレイアウトのような.....
「.....え?」
一体何が書かれているのかじっくり見ようと顔を近づけた私は、そこに書かれていた内容を一読した瞬間思わず固まってしまいました。
”ゲヘナ学園お茶飲み同好会所属の朝宮サエ、これに目を通し次第至急万魔殿に来い”
やけに威圧感の強い文章に一目見ただけで只事では無いのが伝わってきますし、更にはご丁寧な事にバッチリ私を名指ししています。
「万魔殿.....」
右下の方にチラッと視線を向けると、そこに印字されていたのは万魔殿のマーク...この時点でとても面倒な事が起きそうだという予感が私の中で確信に変わりました。
以前は空崎さんの弱みを知る為に呼び出された事はありましたが、あの件は結局私が何も知らないという事で一応解決した筈....今回はそれとは別なのでしょうか?
色々と考えられそうな出来事を思い浮かべようとしますが、とくにこれといって呼び出される程の記憶はありません。
「....まあこのままここで過ごしていても何も解決しませんね」
仕方ありません、わざわざ私を名指ししてまでの呼び出しです。
正直気は進みませんがまた何かの手違いの可能性もありますし、誤解を解くためにも素直に向かうとしましょうか。
前も通った事のある少し重苦しい雰囲気の廊下を恐る恐る歩いていき、やがて目的地である部屋の前に辿り着いた私は深呼吸をしてから数回扉をノックします。
「....入れ」
それから少しもしないうちに中から聞こえてきた返答に従い、私は扉に手をかけ部屋の中へと足を踏み入れました。
部屋の内装は以前訪ねた時と変わりありません、ですが奥に配置されたソファの方から異様な雰囲気が漂っていました。
原因はそこに座る一人の人物、以前対話した時とはまるで別人かの様な顔つきでこちらを睨みつけている羽沼さんです。
(な、何故あれ程私に敵意を向けているのですか!?もしかして私が気づいていないだけで本当に何かやらかしてしまったのでは....)
羽沼さんは万魔殿の...このゲヘナ学園のトップです、そんな彼女があそこまで怒りを露わにする程の問題.....一体何なんですか、私は何をしてしまったのですか....!
「朝宮サエ、だな」
「は、はい!」
ひたすら記憶を遡っていると、羽沼さんがこちらを刺すような視線を向けたまま恐ろしい程低い声で私を呼びました。
羽沼さんのその圧に私はゴクリと唾を飲み込みながら彼女に目を合わせ、それから暫くお互い無言で見つめ合う時間が続きあまりのプレッシャーに私が額に汗を流し始めた頃
「....は...んだ」
「え?」
ようやく羽沼さんが話し始めましたが、上手く聞き取る事が出来なかった私は思わず彼女に聞き返してしまいます。
「....っ!お前は!何故イブキを誑かしたんだ!」
彼女は私の態度によりキツイ視線を向けると、部屋に響き渡る程の声量でそう言い放ちました。
心からのその叫びに私は.....
「.....はい?」
まるで意味がわからず、ポカンと間抜け顔を披露してしまいました。
「貴様があの日イブキを懐柔しようと企んだのは知っている!どんな手段を使った!何が目的だ!答えろ!!!」
「あの、どういう事ですか...?」
「おのれ、まだシラを切るつもりか!」
「いえ、本当に仰ってる意味が....」
私は必死に理由を尋ねますが、羽沼さんは気持ちが昂り過ぎてそれどころでは無いのか全く聞く耳を持ってくれません。
(不味いですね、このままでは一向に話が...)
この状況をどうしようかと悩んでいた時、不意に背後から扉が開かれる音が聞こえこちらに駆け寄ってくる何者かの足音が聞こえました。
「サエ先輩〜!」
「っ!...おっと、イブキさんでしたか」
背中に軽い衝撃が走り驚いた私が振り返って見てみると、そこには丁度羽沼さんが話題に出していたイブキさんが私の腰に抱きついている姿がありました。
彼女は私を見上げながらニコニコと笑顔を浮かべており、そんな彼女の笑顔につられてこちらもつい頬を緩ませてしまいます。
「あああああああ!!!い、イブキぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
ですが何故かそんな私達を見た羽沼さんは突然絶叫し出し、頭を抱えてソファから崩れ落ちてしまいました。
「だ、大丈夫ですか!?」
「マコト先輩っ、どうしたの〜?」
突然倒れてしまった彼女に声をかけますが、羽沼さんは私達の声が聞こえていないのか、「あああ...」とひたすら声にならない声を漏らし続けるのみです。
結局彼女が何を伝えたかったのかが分からず、この状況に少々ゲンナリしていたのですが
「イブキ、そんなに急いでどうしたんで.....あっ」
そんな時、先程イブキさんがやって来た扉の向こうから棗さんが姿を現しました。
彼女は私とイブキさん、そして床に倒れている羽沼さんを一目見ると何かを察した様子でため息を溢し
「.....うちのマコト先輩が申し訳ありませんでした...」
全てを悟ったかの様な顔をして頭を下げました。
『キキキッ、今回もご苦労だったなイロハ』
『はあ...』
『話は変わるが、前にここへ来た奴の元へ行ったそうじゃないか』
『朝宮さんの事ですか?ええ、彼女が直接淹れたお茶を飲んでみたくて...そういえばあの時イブキも一緒だったんですが、あの子も大層気に入ったらしく彼女にとても懐いてましたよ』
『........』
『また今度時間がある時にでも訪ねるつもりなんですが.....マコト先輩、どうかされました?』
『.....そうか、初めからそれが目的だったのか!』
『マコト先輩?』
『空崎ヒナに近づけば私が食いつくと思って...そして見事この部屋に潜り込み....まさかあの日廊下でイブキと接触したのも!』
『マコト先輩、おそらくとんでもない勘違いをしている所申し訳ないんですが...』
『おのれ!許さんぞ朝宮サエ!イブキは絶対に渡さん!!!!』
『駄目ですね、全然聞こえてません』
「........えっと、つまり羽沼さんは私がイブキさんを万魔殿から奪おうとしたと勘違いを?」
「正解かはわかりませんが、まあこの人の事ですし十中八九そんな感じでしょう」
あれから棗さんから実際にあった羽沼さんとの会話を教えて貰い、ようやく今回私が呼び出された理由を知る事ができました。
...まあその真相は何とも言えないものでしたが....
「まさかわざわざ貴方を呼び出す程とは....苦労をかけてしまいすみません」
「い、いえ別に私は構いませんよ。むしろスッキリできて良かったです」
あの時棗さんから羽沼さんはイブキさんの事を第一に添えるくらい大切にしていると聞かされてはいましたが、私の予想以上にそれは大きいものだった様です。
「あー...ひとまず今日はお帰りいただいて結構ですよ、今回の事は私から誤解を解いておきますから」
「いいのですか?」
「ええ、今のマコト先輩はいつ起きるかわかりませんし、それまで貴方をこのまま待たせるのも申し訳ないので」
棗さんはソファに寝かされ目を瞑りうわ言を呟いている羽沼さんを横目で見ながらそう言いました。
「わかりました、ではお言葉に甘えて....それではまた」
「サエ先輩、またね〜」
「今度また遊びに行かせてください」
「ええ、勿論歓迎しますよ」
そうして長い様な短かった様な時間を過ごした私は万魔殿を後にしたのでした。
後日茶室を訪ねた棗さんから事の顛末を教えて貰ったのですが、『キキキッ、まあアイツが変な事を企んでいないのは理解した、この件は水に流してやろう』と彼女の機嫌はすっかり元に戻ったとの事。
...少々腑に落ちない部分もありますが、まあ一応解決できた様なので良しとしましょう。
今後これ以上変な言いがかりをされなければ良いのですが....私はそんな願いを込めつつ、たった今淹れたお茶をゆっくりと飲むのでした。