誤字報告ありがとうございます。
「姐御、お疲れ様です!」
「......」
川根さんが茶室へと訪れた日の翌日、あの時言っていた通り再び彼女がやって来ました。
しかも私が来るよりも前に廊下で律儀に立っており、私を見かけると頭を下げて元気よく挨拶をしてくる丁寧っぷり...まるで帰りを待っていた忠犬の如く無いはずの尻尾が揺れている錯覚をしてしまいます。
「もしかしてずっとここで待っていたのですか?」
「はい!姐御を待たせるわけにはいかないと思って!」
「出来れば普通に授業は受けて欲しかったのですが...」
それ程彼女は本気なのでしょう、川根さんの目や態度からは一切の嘘が見られません。
「....昨日も言いましたが、やはり私は貴方が言うほどの手本にはなれません、申し訳ありませんが....」
「そ、そんな...姐御しかいないんです!あたしが初めて着いていきたいって思えた人は!」
あの時はたまたまああいった対応をしただけで、普段の私は静かに茶室でお茶を飲んでいるだけの存在に過ぎません。
川根さんが目標とする様な人物には程遠いですし、何より本気でそれを目指している彼女にとっても妨げになってしまうでしょう。
そういう思いもあり断ろうとしたのですが、川根さんの意思はとても強く、どうにも納得できない様子。
「....わかりました、今日は帰ります。でもあたしは諦めませんから!それじゃあまた明日!」
そう言って川根さんはこの場から走り去って行きました。
彼女の事です、本当に明日また来るつもりなのでしょう....ですがまあこのまま続けていればいつかは諦めてくれるでしょうし、それまで待ちましょうか。
そうして私の予想通り、翌日も川根さんが茶室へ訪れました。
昨日と同じく私が来るよりも前に茶室の前に立っていた彼女の姿に思わず苦笑いが溢れてしまいます。
「....はぁ、川根さん。ずっとそこで立っていて疲れたでしょう?とりあえず茶室にあがってください」
「い、いいんですか?」
「折角来てくれた貴方を連日すぐ帰すのは悪いですし、川根さんがよければお茶でも飲んでいってください」
そう言うと彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて、腰を直角に曲げたお辞儀をしてきます。
(素直で良い子ではあるのですが....一体これからどうしましょうかね...)
私は内心そう考えながら彼女を部屋の中へと招き入れました。
それからも川根さんが部屋へと訪ねて来る日々が続きました。
流石に毎回何時間も扉の前に立たせる訳にもいかないので私が部屋にいる時に来てもらう事になりましたが、今ではすっかり彼女はこの部屋の常連となっていました。
そのおかげか他の二人とも仲良くなれたみたいです...相変わらず私の弟子になる意思は固くそこに関しては一歩も引いてくれませんが、まあそれ以上特に何かする訳でもないので私としても静観しているというのが現状です。
......が、風向きが変わったのはそれから少しした頃でした。
「ねぇサエ、何か変な事してないわよね?」
「え?」
ある日食堂で昼食をとっていた時の事、忙しそうに働いていたフウカさんが作業の終わり際にそう話しかけてきました。
「突然どうしたのですか?」
「いや、ちょっと噂になってたから気になっちゃって」
(噂?何の事でしょうか...)
「知らないの?着物を着た少女が夜な夜な不良達を襲ってその叫び声が聞こえるって話」
「ぶっ!?」
フウカさんから飛び出たその話に私は思わず口に含んでいた水を吹き出してしまいました。
「ケホっ!ケホっ!.....な、なな何ですかその噂は!?」
「私も食堂で話してるのを小耳に挟んだだけなんだけど、今不良生徒の間でそういう噂が囁かれてるみたいよ。ほら、この辺りで着物を着てるのってサエくらいだから....」
「そ、そんな事私がする訳ないでしょう!?」
「だよね、まあ流石にただの噂だから気にする事ないだろうけど」
「.....ちなみにそれ以外には何か噂はあるのですか?」
私はつい気になりフウカさんに尋ねると、彼女は指を頬に当て思い出す様に唸った後言葉を続けました。
「確か...一人で百人規模の不良達を壊滅させたとか、相手を圧だけで跪かせたとか....」
(ま、まさかそんなとんでもない噂が作られていたなんて....)
私は彼女の話を聞きながら頭を抱えてしまいます。
「...ご馳走様でした」
「大丈夫?何か顔色悪いけど」
「ええ、問題ありませんよ、それでは...」
私は少々痛む頭を押さえながら食堂を出ると、その場で大きく深呼吸を行います。
...幸いな事にその噂の発端が私であるとは周囲にはバレていない様です、今日まで大人しく過ごしてきた賜物でしょう。
「そうです、焦る事ありません。私は気にすることなく普段通りに過ごしていれば....」
「あっ!姐御!こんな所で会えるなんて!」
そんな時、最近良く聞き覚えのある声が何処からか聞こえてきました。
「か、川根さん....」
「はい!....あれ姐御、何か調子悪いですか?」
川根さんは心配そうに私に声をかけてくれますが
(た、タイミングが悪すぎます!)
先程聞いた噂話、フウカさんは不良生徒の間に広まっていると言っていましたが、それはここゲヘナ学園に所属する生徒の大半が該当します。
現に周りにいた生徒の何名かは私と川根さんを見てヒソヒソと何かを話している様な動きをしているのがわかります。
「姐御!気分がすぐれないならあたしが保健室に....」
「か、川根さん!茶室に行きましょうか!」
「む、むぐ....」
私は素早く川根さんの口を手で塞ぎながら大急ぎで部室棟へと駆け込んでいき、そのまま茶室の襖を閉めました。
「あ、姐御どうしたんで....」
「....川根さん、まさか噂を流しましたか?」
「え、噂?」
私はもしかしたら川根さんが噂を流したのではと思い、先程のフウカさんの話を彼女にしながら問い詰めます。
「いや、あたしは何もしてないですよ...!」
ですが彼女は首をブンブンと横に振りながらそう否定しました。
....どうやら嘘は言ってないようです、であればあの時のヘルメット団のどなたかが話していたのをどこかの不良生徒が耳にしたのでしょう。
それで伝達されるうちにあれ程までの内容になったと.....。
「....はぁ....すみません川根さん、疑ったりしてしまって」
「い、いえ!別に気にしてないですから!」
私は彼女に疑いを向けた事を深々と謝罪すると、彼女は焦った様子で許してくださいました。
....ただ、これ以上川根さんが私をああ呼ぶとなると流石に周りにも怪しまれます。
だからといってもう絶対呼ぶなと言ってもそれでは単に私の都合を彼女に押しつけてしまっているだけです。
彼女は心からこちらを慕ってくれているのはわかりますし、そんな彼女を突き放すように抑圧するのも.....
「......わかりました、良いでしょう」
私はふぅと一呼吸置いて彼女を見つめると
「川根さん、貴方が私の弟子になるのを認めます」
「.....っ!ほ、本当ですか!?」
私の言葉を聞いた川根さんは眩しいくらいに目を輝かせ、満面の笑みを浮かべています。
「ただし、私が出来るのはあくまでお茶に関する事を教えるだけです。川根さんが思っている様な強さ等を教える事はできませんので」
「はい!見て学べってやつですよね!」
「あと姐御と呼ぶのも構いませんが絶対にこの茶室にいる時か、私と宇治さんに狭山さん、この三名のいずれかが傍にいる時だけにしてください。周りに他の子がいる時は絶対に呼ばない事、また茶室に居ても他の誰かが訪ねて来た時も同様です、いいですね?」
「は、はい」
私の必死さが伝わったのか、冷や汗を流しながら頷く川根さんは慌てた様に姿勢を正すと私に頭を下げました。
「これからよろしくお願いします!姐御!」
私はこれでよかったのかと自問自答していましたが、何とも嬉しそうに笑う彼女の顔を見てその考えを隅に追いやり、小さく溜息を溢すのでした。
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ゲヘナ学園1年川根ミオ加入。
(お茶飲み同好会メンバー:現在4人)