イズナのセリフに先生がいる事を示唆するものがありますが、当然この世界にも先生は存在しています。
ただ、本作品においては先生が登場人物として出てくる事はこれから先の話でもおそらくありません。
その点に関しては予めご了承ください。
「姐御!今日はよろしくお願いします!!!」
「か、川根さん!ここはもうゲヘナではありませんから出来ればその呼び方は...」
「あ、す、すみません...」
車から降りた後、視界の先にあるのは今年何度も見慣れた色々な店が立ち並んでいる通り。
今私達は再び百鬼夜行の地へと足を踏み入れていました。
「じゃあ改めてよろしくお願いします!あね....朝宮先輩!」
私達が何故ここにいるのか、それは数時間程前に遡ります。
「......」
「...?姐御、あたしの顔に何かついてますか?」
川根さんがそう尋ねる通り、私は彼女の事を見つめながら一人考えていました。
ありがたい事に去年私が立ち上げた同好会は私を含め四人になり、それに加え入学当初から着物を着ている生徒は私一人しかいなかったのですが、今では宇治さんや狭山さんもこの茶室にいる時は進んで着物を身につける様になりました。
が、そうなると四人中三人が着物を着ている中川根さんだけが制服で作業をする事に...いえ、現状そうなってしまっている為、どうにも彼女に疎外感を与えてしまっているのではと心配している自分がいるのです。
それ以外にも万が一お茶を溢したりなどで制服を汚させてしまえば、彼女を困らせてしまう事にもなりかねません。
「...川根さん、私と一緒に着物を買いに行きませんか?」
「え!?あ、姐御達が普段から着てるやつをですか!?いやそんな恐れ多いですよ!あたしなんかまだ来たばっかですし、姐御達と並び立つのは早いというか...それに...」
少し大袈裟に驚きながら首をブンブンと振っていた川根さんでしたが、彼女はどこか言い淀んだ様子で口をつぐみ
「あ、あたしなんかが着ても似合わないというか...あんまりそういうのを今まで着たことなかったんで....」
それから少し恥ずかしそうにそう言葉を発しました。
「そうなんですか?川根さんは綺麗ですし、きっと似合うと思いますよ」
「うん、見てみたい」
「私もミオちゃんとお揃いで着られるなら嬉しいな」
彼女は背も高く、スラッとしたスタイルの為中々いい具合に着こなせそうです。
顔を伏せて呟いていた川根さんへ私達が素直にそう伝えると彼女は先程よりも驚いた声を上げ、それから目を瞑り何やら覚悟を決めた様子でこちらを見つめると
「...わかりました...この川根ミオ、姐御達が恥をかかずに済むよう全力で着物を選ばせていただきます!!!」
「えっと、普通に買い物に行くだけですのでそこまで気合いを入れなくても....」
とまあそんなやり取りがあったのが数時間前の事。
あれから私達三人は川根さんに百鬼夜行を案内しつつ、目的であるお店に展示された沢山の商品を見て目を回した彼女へ色んな種類の着物を紹介していきました。
「す、すげぇ....こんなにあるんですね」
「同じ着物と言っても生地や色合い、見た目等で沢山の違いがありますからね。着た時に与える美しさは勿論、それを手掛ける職人の方の思い、完成に至るまでの長い試行錯誤の過程...その全てが着物には詰まっているんです。だからこそ、私はお茶と同じくらい着物が好きなんですよ」
「成る程...な、ならやっぱり尚更あたしなんかが着るのは合ってないんじゃ....」
「気にする事ありませんよ、あくまで私が勝手にそう思っているだけですから、普通はそこまで考えるなんてしなくても大丈夫です」
「ほらミオちゃん、これはどう?」
「こっちも良いと思う」
「あ、はい!着させていただきます!」
それから楽しそうに着物を選ぶ三人を見守り数十分が経過した頃、川根さんは最終的に黄檗色の着物を選びその後お店を出た私達は通りの方を歩いていました。
「姐御ぉ...ほんどうにありがどうございまず〜!ごの着物は家宝にじまずんで!!!」
「ああ泣かないでください川根さん!それと出来れば折角買ったので普通に着てくれるとありがたいのですが....」
「あはは....でもミオちゃんの気持ちもわかるよ。私も最初は着るのが勿体無いって思ってたから」
「宇治さんもそうだったんですか...ああ狭山さん!匂いにつられて勝手に行かないでください!」
余程嬉しかったのか泣き出してしまった川根さんの目をハンカチで拭いつつ、屋台料理の匂いにつられてフラフラと動く狭山さんを引き止めながら進んでいた私達。
ですがそれにより周囲に注意を向けられず油断してしまい、私達の背後から近づいていた人物に気がつく事が出来ませんでした。
「へへっ、いただき!」
「え....あっ!」
気づいた時には時既に遅し、完全に油断していた川根さんが持っていた買い物袋が盗まれてしまったのです。
「ど、泥棒です!」
「待てぇ!!あたしの家宝がぁぁぁぁ!!!」
川根さんが走り出したのを見て慌てて私達三人もその犯人を追いかけ始めます。
彼女は郊外で鍛えていたのもあり走りは速く何とか犯人に追いつこうとしますが、やはり先程の油断のせいか既にかなりの距離が離れてしまっています。
「はあっ、はあっ!」
「だ、大丈夫ですか宇治さん?狭山さんは無理しないでくださ...ああ!狭山さん!」
「す、少しキツイかもです...!」
「......きゅぅ...」
残念な事に私はあまり運動が得意という訳では無いので犯人や川根さんとの距離は広がっていく一方...宇治さんも同様に息を切らしてしまっています。
更に先にスタミナが切れた狭山さんは私達の後方でバタンと地面に倒れてしまいました。
このままでは犯人に逃げられてしまう....そう思った時です。
「忍法!『雁字搦めの術』!」
「へ?...おわぁっ!」
突如上空から謎の少女の声がしたかと思えば、遠くを走っていた筈の犯人がいきなりその場で転倒しました。
「い、一体なにが...」
倒れた狭山さんは宇治さんに任せつつ、私は急いで犯人の元に向かいます。
すると盗まれた買い物袋は取り返したのか川根さんの手に握られており、肝心の犯人は何故か身体中をロープで動けない様拘束されていました。
「か、川根さんがこれを?」
「いやあたしは何も...」
いきなりの出来事に不思議に思っていると、それからシュタッという音と共に一人の少女が私達の傍に降り立ちました。
突然現れた彼女は制服と花柄の着物を組み合わせた様な格好をしており、首元にはマフラー、足にはクナイの様な刃物を装着しています。
あまり見ない様な格好ですが、それよりも更に目を引いたのは彼女の頭にある狐耳に背後から見えている大きな狐の尻尾...
「捕縛完了です!大丈夫でしたか?」
「え、は、はい....えっと、貴方は...?」
「はっ!そうでした!...コホンッ、忍術研究部の久田イズナと申します!」
ひとつ咳払いをしながらこちらを見た目の前の少女はニコニコと笑顔を浮かべながらそう名乗ったのでした。
「本当にありがとうございました、久田さんがいなければあのまま逃げられてしまっていましたから」
「姐御達があたしの為に選んでくれた大事なものだったんで本当に感謝してます!」
「いえいえ!イズナは忍者として当然の事をしたまでですので!」
あれから宇治さんと狭山さんも無事合流した私達はお礼も兼ねて団子屋へと向かい、そこで色々と彼女から話を聞いたりいくつか忍術を見せてもらったりしていました。
どうやら久田さんは百鬼夜行連合学院の一年生らしく、そこの忍術研究部という部活に所属しているそうです。
彼女はキヴォトス最高の忍者になる事を夢に掲げてそれを実現させる為日々努力しており、先程も気配を消しながら素早く移動する修行をしていた所に偶然私達を見かけて助けに入ったとの事。
「成る程....確かに一瞬であの犯人を拘束した事といい先程見せて貰った忍術といい...久田さんはいつか素晴らしい忍者になれると思いますよ」
「本当ですか!?えへへっそう言ってくれたのは主殿や部長とツクヨ殿以来です!」
(他の部員の方々の名前ですかね?...主殿という言葉は若干気になりますが部長とは別の方なのでしょうか?)
少々久田さんが発した言葉に疑問を浮かべていると、彼女は尻尾を振り嬉しそうな笑顔を浮かべながら団子を頬張り勢いよく立ち上がりました。
「ではイズナはそろそろ部室に戻らなければいけないので、皆さん気をつけてお帰りくださいね!」
「そうでしたか、では久田さんもお気をつけて」
「今日はありがとうございました!」
「うん、ありがとう」
「こちらこそ美味しいお団子をご馳走していただきありがとうございました!それではまたいつかお会いしましょう....サササッ!」
それからもう一度感謝を伝えると、久田さんは擬音を口にしながらまるで瞬間移動の様にこの場から去っていきました。
「凄い...やはり本当に忍者みたいですね」
「サエ、前行った喫茶店行きたい」
「え、たった今団子を食べたばかりだと思うのですが...」
「胃が刺激されてお腹空いた、ミオもいるしみんなで行こう」
「狭山さんがただ食べたいだけの様な気もしますが....まあ折角来ましたし、お二人が良ければ行きましょうか」
それから彼女が走り去った方向を見つめていた私は狭山さんの提案により、団子を食べ終えた三人を連れて今年三度目となる百夜堂へと向かうのでした。