お茶を啜る音が静かに響く茶室にて、私は一人静かに携帯の画面を覗き込んでいました。
「もうすぐ夏休みですか...」
画面に表示されている日付はもう7月の中頃、あと少しすれば夏休みとなる時期です。
とはいえ授業自体が無くなるだけで寮や部活動等の動きは特に変わらない為、あくまでいつもよりも自由な時間が増えるだけというのが認識としては正しいでしょう。
(...まあこの学園はほぼ毎日夏休みの様なものですけどね)
大半の生徒が授業をサボり各々が好きに行動している事から、正直あまり普段と夏休みの違いはないかもしれません。
私も去年は変わらず毎日ここでお茶を淹れ続ける日々でしたし....今年は宇治さん達がいるので折角なら何かしてみたいとは思っていますが...。
そんな事を考えている内にやがて彼女達が茶室に訪れ、いつもの様に各々お茶を淹れたりお菓子を食べたり雑談したり等平和な時間が過ぎていきます。
「...そういえば、皆さんはテスト勉強は進んでいますか?」
それから暫くたった頃、ふとその事が頭に浮かび気になった私はそう三人に尋ねました。
いくら他よりも治安が悪いこの学園だろうと、私達が学生である以上テストは存在します。
...正直授業を受けて真面目に勉強している生徒がどれ程いるのかわかりませんし、大半が無断欠席の常連である以上最早成績を決める事自体に意味はない気もしますが...それでも受けないよりは受けた方が良い筈です。
「わ、私は一応それなりには勉強してるので、多分大丈夫かと...」
私の問いに宇治さんはそう答えてくれました。
まあ彼女はこの学園の中では珍しく毎日ちゃんと授業を受けている子なので、確かに心配いらないでしょう。
そう思い宇治さんの言葉に頷きながら、狭山さんと川根さんの方に視線を向けてみると
「「........」」
「えっと、狭山さん?川根さん?」
そこには顔を横に背け無言を貫いている二人がいました。
よく見るとお二人の顔には汗が浮かんでおり、私が彼女達を覗き込もうとすると更に首を動かし意地でも私と目を合わせようとしません。
「大丈夫です、別に怒ったりしませんよ。狭山さんが普段バイトをしてる事は知ってますし、川根さんも最近までは学校にいなかった事はわかってますから」
私は二人を安心させる様に声をかけてから、どの程度わからないのかを改めて尋ねてみました。
言ってしまえば勉強はわからない部分や苦手な部分を無くせば良いだけですので、それさえわかってしまえばそれなりに対策も....
「全部」
「え?」
「あたしもキョウカさんと同じです...」
「.....全部というのは、本当に全部ですか...?」
私が恐る恐る尋ねてみると、同時にコクリと頷いた狭山さんと川根さん。
「な、成る程....それは...」
それを聞いた私と宇治さんは思わず顔を見合わせ苦笑いを浮かべてしまいました。
まあ点数が悪くてもこの学園では別に何か不利益を被る事は無いでしょうし、最悪当人が気にしなければそれで済む問題ではありますが...
「サエ、教えて欲しい」
私が頭の中でどうしようかと悩んでいると、狭山さんがこちらを見つめながらそう口にしました。
「ま、まさか試験範囲全てをですか?」
「うん」
「あ、あたしも出来れば教えていただきたいです...」
「うーん、まあ可能といえば可能ではありますが....」
流石に全て教えるとなるとその量は膨大、残りの日数を考慮して計算してみますがこれから勉強するとなると明らかに彼女達はキャパオーバーしてしまうでしょう。
「お願い」
「あたしも、やってこなかった自分が悪いっていうのはわかってますが...不甲斐ない結果になれば姐御達にも恥をかかせてしまうと思うと何とかしたくて....!お願いします!」
そう言って私に頭を下げる二人。
「ま、待ってください!別にそこまでしなくても大大丈夫ですから、頭を上げてください!」
まあ少し無理はあるかもしれませんが彼女達は大切な後輩、頼まれた以上元より断るつもりはありません。
「...わかりました、ですが教えると決めた以上お二人もそれなりに覚悟してください....あともしよければ宇治さん、一緒に手伝って貰えませんか?」
「勿論良いですよ!話を聞いてからそのつもりでしたし、私にとっても良い復習になりますから」
彼女達は同じ一年生、やはり同学年である方が理解しやすい事もあるでしょう。
「サエ、アサリ、ありがとう」
「感謝します!絶対姐御達の期待に答えられる様頑張りますんで!」
私達の言葉にやる気満々といった様子の狭山さんと川根さん。
(....ですがこれからが問題ですね)
確かに今はやる気がありますが、人間いくら続けようと思っていても必ずどこかで飽きや諦めの気持ちを持ってしまうものです。
それにお二人はこれまであまり勉強をしてこなかった分、その集中力等をいつまで続けさせる事が出来るか....
(ふむ、古典的ですがあの方法を使いましょうか)
「では頑張って50点をとったら何かご褒美をあげましょう。勿論私が叶えられる範囲ではありますが、物でもしたい事でも何でも良いですよ」
「....本当?」
「あ、あたしも良いんですか?」
「ええ、その方がよりやる気も出るでしょう?」
「うん、じゃあ早速教科書取ってくる」
「はい!行ってきます!」
どうやら作戦は上手くいったようです、二人とも目を輝かせて茶室を出ていきました。
「とりあえず初日は特に苦手な部分を探すのに使うとして...ん?宇治さん、どうかしましたか?」
私が試験までの計画を頭の中で練っていると、不意に隣から視線を感じました。
見てみるとそこにはこちらをジッと見つめる宇治さんの姿が....
「....ご褒美」
「え?」
「私もご褒美...欲しいです....」
「....あ、ああご褒美...勿論構いませんよ」
「っ!じゃ、じゃあ私も準備してきますね!」
そう言って嬉しそうな顔を浮かべた宇治さんも駆け足で茶室を出ていきました。
思わず一瞬固まってしまいましたが、彼女を見送った私は首を振ってパンッと両頬を軽く叩き気合を入れ直します。
「....よし、頑張りましょうか」