「.......」
試験も無事終わった数日後、私は茶室にていつも通り一人お茶を飲みながら三人を待っていました。
(大丈夫でしょうか....いえ、あれだけ彼女達は頑張ったのです、心配する事ありませんよサエ...)
...いつも通りとは言いましたが本当の所、私は内心緊張を隠すのに精一杯でした。
何故なら今日が数日前に行った試験の結果が返ってくる日だからです。
試験までの一週間ちょっとは本当に大変な日々でした。
何しろこれまでの授業でやる筈だった内容を一度に頭へ詰め込むのですから、普段勉強し慣れていない二人にとっては一番の苦労と言っても過言では無かったでしょう。
私としてもどうすればわかりやすくなるか、どこを重点的に教え、最悪どこを捨てるか...それらを見極める時間も圧倒的に足りないため、その都度瞬間的な判断を何度も求められましました。
ですが幸いな事に宇治さんは二人と同学年、彼女が手伝ってくれたお陰で随分と楽になった部分も多々ありました。
(....皆さん本当に頑張ってましたから、万が一結果がどうであれ何かしら労いはしましょう)
噂によると、トリニティ総合学園では成績不振の方は容赦なく留年や退学処分を下すそうなので、その点まだそういう審査に緩いうちの学園で助かった所もあるかもしれません。
そんな事を考えながら再び湯呑みに口をつけようとした時、バンッ!という大きな音が鳴り響きました。
驚いた私が顔を上げると、そこには襖をギリギリまで開き少し息を切らしている様子の狭山さんが立っていました。
「さ、狭山さん!どうしたのですか...?」
「サエ、これ!」
私の問いに珍しく興奮気味の彼女は一枚の紙をバッと見せつける様に前へ突き出してきました。
それはテストの答案用紙、そして上には54と数字が書かれて....
「おお...狭山さんやりましたね!おめでとうございます!」
「うん、サエとアサリが教えてくれたおかげ」
まさか本当に目標点を取れるとは....私は彼女の努力が身を結んだ事に嬉しくなり、思わず狭山さんを抱き抱えてしまいました。
「あ、姐御!これ見てください!」
そんな事をしていると、廊下を走る音と共に川根さんも息を切らしながら姿を現しました。
彼女の手に握られていた答案用紙...そこには51と書かれており、彼女の頑張りも形になった事を示していました。
(良かった、本当に良かったです...)
それから川根さんも混じえて私達は手を繋ぎ、輪になってその場でクルクルと回り始めました。
傍から見れば一体何をしているのかと困惑される事間違いない光景が今の茶室には広がっていますが、そんな事が気にならない程私は嬉しかったのです。
「お疲れ様です先ぱ......えっと、先輩達は何を...?」
そんな謎空間に最後にやって来た宇治さんは、ニコニコと笑いながら回り続ける私達を見て予想通り困惑の表情を浮かべるのでした。
「本当ですか!?おめでとうキョウカちゃん!ミオちゃん!」
「ありがとうアサリ」
「はい!アサリさんも凄くわかりやすく教えてくださったおかげです!」
私は宇治さんにも先程の件を話すと、彼女は私と同様に嬉しそうな顔をしました。
あの時は宇治さんも相当頑張ってくれていましたからね、その分彼女の喜びも大きいのでしょう。
「....そうだ、サエ、50点超えたよ」
そんな三人を見守っていると、不意に狭山さんがそう口にしました。
「50点...ああご褒美の事ですね。勿論構いませんよ、もう考えてあるのですか?」
「これ」
そう尋ねると、狭山さんはポケットから何かのチラシを取り出しました。
どうやら外に出かけた際に配っていたのを貰った様で、彼女が指差す先には一面にデカデカと載っている饅頭の写真が....
「これは...?」
「最近出来たお店の限定品」
成る程...確かに写真を見る限り立派な箱に入っていますし、値段も中々にお高い....それにどうやら売られる時間が決まっており競争が激しいとの事なので手に入れるのに苦労しそうです。
ですがこれは狭山さんが頑張ったご褒美、私も出来る限り彼女の要望は叶えたいので今度朝早くに並んでみましょうか。
「わかりました、では川根さんは何かありすか?」
「はい!えっと...な、何でも良いんですよね?」
「ええ、まあ以前も言った様に私の出来る範囲にはなりますが...」
「そこは大丈夫です!むしろ姐御じゃないと出来ない事なんで!」
私にしか出来ない?少々彼女の発言が気になり疑問に思っていると川根さんは一冊の本を手渡してきました。
「これは....『ストリートオブヤンキー』...?」
「はい!あたしが憧れた本です!姐御にはこの本に出てくる主人公の格好をして貰いたくて!」
「も、もしかしてコスプレをするのですか!?私が!?」
彼女から渡された本の表紙や中の絵を見てみると、主人公は金髪に黒マスク、帽子を深く被り襟を立てた制服を身につけているまさにスケバンという格好をしていました。
(こ、これを私が...?)
「で、でもコスプレは結構準備が大変だと聞くのですが...」
「そこは大丈夫です!あたしこのキャラのウィッグとか小道具とか全部持ってるんで!」
そう目を輝かせながら自信満々に答える川根さんの姿に、私はそれ以上何も言えませんでした。
....いえ、元々ご褒美をあげると言ったのは私です、こんなにも彼女が望んでいるのですからいくら恥ずかしかろうと逃げる訳にはいきません。
「わ、わかりました...では今度着替えるので持ってきてください....」
川根さんは私の返事に大変嬉しそうに笑っています、まあそこまで喜んでいただけるのなら私も一肌脱ぐとしましょう。
「コホンッ...う、宇治さんはどうですか?」
「...へ?」
「ほら、あの日宇治さんにもご褒美をあげると約束していたでしょう?今思いついていないのであればまた後日にでも....」
「あ、そ、その...実はご褒美というか、みんなにお願いがあって....」
そう言って少し恥ずかしそうに言い淀む宇治さん、私達はそんな彼女を不思議そうに見つめていると、やがてゆっくりと口を開きました。
「その.....も、もしみんなが良ければ...う、海に行ってみたいなって....」
「海...ですか?」
私が聞き返すと彼女はコクリと小さく頷きました。
「...前からみんなと何処か遊びに行ってみたいなって考えてたんです....でも他の人の都合もあるので、中々言い出せなくて...」
確かに彼女の言う通りです。
宇治さん、狭山さん、川根さんの三人が私の同好会に来てくれてから一緒に出かけたのは精々買い物くらいのもので、純粋に遊びに行くというのはこれまでしてきませんでした。
私もいつか皆さんとそういう事をしてみたいと考えてはいましたが、結局今日まで実行に移す事はできていません。
折角であれば彼女達と一緒に思い出を作りたい...良い夏休みを過ごしたい...そう心の奥で思っていた私にとって、今の宇治さんの言葉はまさに助け舟でした。
「海....うん、行ってみたい」
「いいですね!あたしも楽しみです!」
狭山さんと川根さんも彼女の提案に賛成の様で、宇治さんに頷いています。
「.....ふふ、ええ行きましょうか。海に...みんなで」