誤字報告ありがとうございます。
ある日の事、私は今日も部室棟の茶室にて静かにお茶を淹れる準備をしていました。
皆さんと海に遊びに行くというイベントを終えて数日、それからは特に変わった事はなくいつも通りの日々を過ごしています。
...まあ普段と違う点と言えば、一応まだ夏休み期間中ですので宇治さん達と一緒に過ごす時間が増えた事でしょうか。
今宇治さんと川根さんは私の抹茶作りの工程を正座しながら見守っていますし、狭山さんは気持ちよさそうに畳の上で眠っています。
皆思い思いに過ごしている姿を横目で見ながら、私は着々と作業を進めていきます。
取り出した抹茶を茶こしでしっかりとふるいにかけ、お茶碗に落とし少量のお湯を加えます。
それから予めお湯で穂先を温めておいた茶筅を持って、ゆっくりと手首を前後に動かして点てていきます。
焦らずお湯を回し過ぎない様に動かし、最後に浮かんでいる泡を茶筅で無くせば殆どの工程は終了です。
点て終わった抹茶を湯呑みに淹れ、追加でお湯を加えれば抹茶の出来上がり....うん、色も香りも良い感じですね。
久々に点てた抹茶の出来に満足していると、丁度そのタイミングで誰かに扉がノックされました。
来客でしょうか?
「あ、私出ますね」
宇治さんがそう言って立ち上がり襖を開けて入り口に向かうと、そこには見覚えのある人物が立っていました。
「おや、棗さんでしたか」
「お久しぶりです、サボりに来ましたよ」
そう言って顔を見せたのは万魔殿の棗さん、最近は仕事の方が忙しかったのかあまり顔を見る機会がありませんでしたが、どうやらお変わりない様で何よりです。
「姐...朝宮先輩のお知り合いですか?」
「ええ、以前お茶を飲みに来てくれたんですよ。どうぞお入りください」
私がそう促すと、棗さんは軽く頭を下げて茶室へと上がり私の前に座りました。
折角来てくれたとの事で、私はたった今完成した抹茶を彼女の前に差し出すと、棗さんはお礼を言ってゆっくりと湯呑みを口につけて飲み始めます。
「これは...やはりいつ飲んでも朝宮さんのお茶は落ち着きますね」
「そう言って貰えるとこちらとしても嬉しい限りです...宇治さん、川根さん、棚から全員分のお茶菓子を持ってきて貰えますか?折角であれば私達もお茶にしましょう」
それから(気持ちよさそうに眠る狭山さんを除いて)しばらくの間お茶を楽しんでいると、不意に棗さんから話を切り出されました。
「そういえば、実は今日はサボりにきた以外にも朝宮さんにお願い事があって来たんです」
「お願い事?」
ふむ、つまり万魔殿からの頼み事という事でしょうか?
....正直羽沼さんの事があるのでほんの少しだけ警戒しつつも話を聞いてみると、どうやらつい先日万魔殿の部屋であった話の様です。
『ねぇねぇイロハ先輩!イブキ、大きい花火見てみたい〜!』
『花火ですか?』
マコト先輩は何やらまた風紀委員長への良い作戦を思い付いたと言って、サツキ先輩は催眠術の成果を確かめると言って、チアキは新聞のネタを探しに少し前に出て行った事で少しガランとしている万魔殿の執務室。
その部屋で私がイブキを膝に乗せてソファで座っていると、イブキが不意なそんな事を言ってきました。
『うん!この間テレビで大きな花火の映像を見たの!凄いキレイだったから、イブキも目の前で見てみたいな〜って』
ふむ、今は夏休みシーズンですし時期的にもそういう番組が多いのでしょう。
それにしても花火ですか...確かにわざわざ花火を見に行く事自体最近は減りましたし、イブキが興味を持つのも当然ですね。
『キキキッ...安心しろイブキ、このマコト様がどんなものよりも立派な花火を見せてやろう!』
『...いつの間に帰ってきたんですか?さっきまでいませんでしたよね?』
『本当っ!?』
『ああ!このマコト様に不可能は無い!よし、そうとなれば早速準備だ、イロハ!』
『聞いてませんね』
「....とまぁ、そんな事がありまして。それで今度広場で花火大会をする事になったんです」
「成る程...」
確かにイブキさんの為ならあの羽沼さんもやる気になるのは納得です。
目の前で面倒くさそうに溜息をついている棗さんですが、彼女もイブキさんの事が大好きなのは知っているので羽沼さんの考えには賛成なのでしょう。
「話はわかりました、ですが...それで私は何をすればいいのでしょうか?」
今の話から考えても私に出来ることはあまり無い様に感じるのですが....そう思っていると、棗さんは続きを話し始めました。
「実はそれからマコト先輩が、『折角ならマコト様の偉大さを改めて知らしめるチャンスだ!』と言って広場に他の学生が座るスペースを作る事になったんです。そこで当日来てくれた方々の為に朝宮さん達にはお茶を用意して貰いたいと考えてまして...よろしいでしょうか?」
「そういう事でしたか...」
まあ特にこれから何か用事があると言う訳ではありませんし、わざわざ私達のお茶を頼りにして来てくれたのです、断る理由はありません。
「私は構いませんよ、お二人はどうでしょうか?」
「私も賛成です!」
「ええ、姐...朝宮先輩が良いならあたしはついていくだけですので!」
二人はそう言って賛同してくれました。
狭山さんは....まだ寝てますね、まあもし彼女がやらないとしても来る人数はそこまで多くはないでしょうし、問題ありませんね。
「皆さんありがとうございます」
棗さんは私達の反応に頬を緩めると、手元に残っていたお茶を飲み立ち上がりました。
「ではそろそろお暇しますね、マコト先輩に報告しなければいけませんし...では詳細はまた後日という事で」
「わかりました、気をつけてお帰りくださいね」
「はい...お茶ありがとうございました、とても美味しかったです」
そう言ってニッコリと笑った棗さんは、ゆっくりとした足取りで部室棟を去っていきました。
それにしても花火大会ですか....私も小さい頃に見に行った事があるくらいなので、何だかとても楽しみになってきました。
「さて、では当日何のお茶を配るか決めないといけませんね」
私はそう呟きながら、再び茶室へと戻るのでした。