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「ねーここで良いんだよね?」
「さあ、でもなんか沢山ベンチあるし合ってるんじゃない?」
時刻は既に夕方を回った頃、ゲヘナ学園内の学生広場には大勢の少女達の姿があった。
ここは普段彼女達が主に通り道として利用している場所なのだが、今はそこにこれでもかと言うほどとてつもない数のベンチが敷き詰められており、中央には謎の壇とその上にマイクが設置されている。
「まさか学校で花火が見られるなんて思わなかった」
「でもわざわざ全員参加にする必要あったか?そもそも計画したの誰だよ」
「チラシには”主催者羽沼マコト”って書いてたけど」
「誰それ」
ベンチでくつろいでいる者、面倒くさそうに横になっている者、適当な話をして暇を潰している者....彼女達は皆思い思いに花火大会が始まるまでの時間を過ごしている。
そんなどこかのんびりとした雰囲気が漂う広場から少し離れた場所にある簡易のテント...そこでは数名の少女達が忙しなく動いている姿があった。
「せ、先輩!お湯沸きました!」
「こっちは十人分淹れ終わりましたよ!」
「わかりました、では終わった分から順次広場にいる人達へ配ってください!残る2人は引き続き私と一緒にお茶淹れをお願いします!」
持っていた予備の茶釜も総動員させ全力でお湯を沸かし、そこから何個もの急須に茶葉とお湯を注ぎ、それらをいくつも並べられた細長いテーブル上に等間隔に配置されている大量の湯呑みへと淹れていきます。
「...腕がプルプルしてきた...」
「も、もう少しだけ頑張ってください!」
『数千人規模のお茶を淹れる』...棗さんから話を聞いた時から少々不安ではありましたが、当然ながらその想像は当たっていました。
基本的に一つの急須に対して普段淹れる人数は数人程度、その為今回はいつもではあまり使わない土瓶も使用してでの作業となっていますが、それでも効率としては雀の涙程...。
...勿論こんな手間をかけずとも楽に大量にお茶を淹れられる方法はいくらでもあります、ですが棗さんが依頼してくれたのは”私達がしっかり淹れるお茶”です。
折角皆さんに味わって貰うのならばより美味しいものを提供したいですし、それで喜んでいただけるのであればこちらとしても嬉しい限りです。
なのでどんなに大変であろうとお茶を淹れる際の丁寧さは忘れてはいけません、ここをいい加減にしてしまえば最終的なお茶の味が大きく変わってしまう事になります。
そこに関しては宇治さん達もしっかりと気をつけてくれていますし、こうして見ると三人ともしっかりお茶淹れの技術が成長したのがわかります。
(やってみて思いましたが、これと似た様な事をほぼ毎日繰り返しているフウカさん達の凄さを思い知らされますね...)
それも彼女達の場合は毎日違ったメニューを考え料理方法も毎回バラバラ、それを昼食という短い時間の中で欠かす事なくやり遂げているのです...今度また疲労回復に効くお茶を差し入れに行くとしましょう。
そんな色んな事を考えながら外を一瞬見てみると、先程よりも大勢の生徒が広場に集まっていました。
「開始まではあとどれくらいかわかりますか?」
「えっと、確か予定ではまだ少し時間はある筈です」
「ふむ、ではこのまま進められればなんとか間に合いますかね...」
そうとなればあとはこのペースを崩さずに乗り切るのみ、最後の踏ん張りどころでしょう。
....そう思っていたのですが、やはり物事はすんなりとは上手くいかないものです。
「大変です!近くで喧嘩が始まっちゃったみたいで、お茶を渡すどころでは無くなってしまって...!」
「このタイミングでですか!?...ちなみに原因は?」
「えっと、誰かが足を踏んだとか...ベンチの席を譲らなかったとかで....」
「そ、それだけで...わかりました、では風紀委員の方を呼んで来てください。お茶の方は私がなんとかしておきますので」
「は、はい!」
「サエ、湯呑み足りない」
「え、本当ですか?予備の分は...」
「それも無かった」
「うぅむ、今から用意するとなると時間が....仕方ありません、食堂で給食部が今回のイベントの為に料理を作っている筈なのでそちらへ行って何か湯呑みの代わりになるものを借りてきてください」
「わかった」
「姐...朝宮先輩!」
「今度は何ですか!?」
「お茶用に用意していた水がそろそろ無くなりそうです!」
「くっ...想定よりも無くなるのが早いですね...わかりました、ではお金は払いますので軟水のミネラルウォーターを買ってきて貰えますか?学校を出てすぐの所にある筈です」
「おまかせください!」
あと少しと言うところで次々と発生する問題...その後も大小関わらずいくつかアクシデントが発生しましたが、その度にギリギリのところでなんとかやり過ごす事数十分。
「ラスト数人分です!」
「後はこれを....!」
私は今日だけで何度手に取ったかわからない急須を慎重に傾け、中に残った最後の一滴を垂らしていきます。
そしてついに
「しゅ、終了です...!」
「はぁっ、や、やり切りましたねあたし達....」
「明日は腕動かないかも....」
「皆さんお疲れ様でした...本当に」
永遠ともとれる程長い時間にもとうとう終わりの時がやってきました。
最後のお茶を残りの人達に提供した私達は達成感や疲れ、安堵感から思わず芝生の上に膝をついてしまいます。
空はいつの間にか暗闇に包まれており、それに気づかない程夢中で動いていたのでしょう。
私達が終わったことへの溜息をついていると、不意に足音が聞こえてきました。
「お疲れ様です、本当にご協力ありがとうございました」
「棗さん...」
そこに立っていたのは臙脂色のふわふわとした髪を揺らしながら、水の入ったお盆をこちらに差し出している棗さんでした。
「すみません、こんな無茶な事を頼んでしまって」
「いえ、棗さんが謝る事ではありませんよ。そもそもそれを受けたのは私達ですから」
「はい、確かに疲れましたけど...なんだか楽しかったです!」
「あたしも、あんまり経験しない事だったんでなんか新鮮でした」
「うん、私もみんなと出来たから」
私達の反応に笑みを溢す棗さん、そんな彼女の後ろからもう一人の人影がこちらに向かって飛び出してきました。
「サエ先輩〜!」
「わっ...!」
突然私に飛び込んできてきた人影をなんとか受け止め視線を向けると、そこには満面の笑みを浮かべたイブキさんがいました。
「イブキさん...お久しぶりです、元気でしたか?」
「うんっ!」
私が彼女の頭を撫でていると、丁度花火大会が始まったのかいつの間にか壇上に立っていた羽沼さんによるスピーチが聴こえてきました。
「キキキッ、よく集まってくれたゲヘナの学友どもよ。今回の催しはこの偉大なるマコト様の功績によるものだと言っても過言ではない!お前達はその事を....」
「あー...また長くなりそうですね、半分以上は聞いていないですし」
棗さんは壇上に立つ羽沼さんを見ながら溜息をついています。
「では私達も呼ばれる気がするのでそろそろ行きますね、また後で話しましょう。イブキ?行きますよ」
「はーい!じゃあねサエ先輩っ!おねえちゃん達もまたね〜」
そう言って棗さんはイブキさんの手を引きながら羽沼さんの近くへと移動していきます。
それから十分近く羽沼さんによる万魔殿の素晴らしさ...というよりかは羽沼さん自身の偉大さやイブキさんの事について語られ続け
「つまり、それらを全て含めてこのマコト様の...」
「マコト先輩、そろそろ始めないと帰る生徒も出かねませんよ。それにイブキに早く花火を見せて上げてください」
「むっ、確かにそれはそうだな。ではこれよりゲヘナ花火大会を始める!キキキッ!その眼にとくと焼き付けるがいい!」
その合図を機に、彼女の背後からドンッ!と音がしたかと思えば夜空へ向かって一直線に花火玉が発射されました。
ヒュルヒュルと音を立てながら昇っていく白い光、それが最高点に達すると
ドォォォォォォン!!!
「わぁ...!」
「凄い大きい!」
辺りに響く程大きな音を立てて爆発し、頭上に大きな光の花が現れました。
それを皮切りに次々と花火玉が発射され、暗い夜空に色とりどりの花々が咲き乱れます。
その美しさは普段から争いや騒ぎを起こしている生徒達も、皆が見惚れて静かに空を見上げている程です。
そんな彼女達から少し離れた芝生の上で、私達も静かにその光景を並んで見上げていました。
「綺麗ですね...」
「うん、凄く綺麗」
「花火ってこんな近く見れる事あるんですね」
私の傍に座っている三人は空に広がる美しい花々に小さく言葉を溢しながら目をキラキラさせています。
「なぁぁぁぁ!!!何故だ!全然マコト様の顔の形になっていないじゃないか!!!」
「まあイブキが喜んでいるから別に良いんじゃないですか?」
「ぐぅっ!偉大なるマコト様の威光を知らしめる計画が...」
「すごーい!綺麗!マコト先輩ありがとう!」
「っ!....キキキキッ、これくらい当然だイブキ」
「はぁ...」
遠くからそんなやり取りが聞こえてきた私は苦笑しつつもう一度三人を見てみると、宇治さんが私の視線に気がついたようでこちらを向き笑顔を浮かべました。
「先輩...夏休みが終わっても、これからもずっとよろしくお願いしますね」
「...ふふ、ええ、勿論です」
そう答えた私はそれから皆さんと同じ様に空を見上げ、静かに花火を目に焼き付けていきます。
ゲヘナ学園の夜空には、それから十五分程に渡って花が咲き続けるのでした。