ゲヘナに漂うお茶の味   作:Mrふんどし

64 / 114
少女の休み

天気も晴れやかな日の朝、風紀委員会の執務室にて机に向かっている一人の少女の姿があった。

 

白く長い髪を僅かに揺らし手にはペンを持ち置かれている用紙に視線を落としているようだが、その目の下にはハッキリとクマが浮かんでおり明らかに休息が足りていない事が窺える。

そんなゲヘナ学園風紀委員会の委員長である空崎ヒナ...彼女は現在猛烈な眠気と格闘している真っ最中だった。

 

何故彼女がそんな風になってしまったのか....それは近頃また徐々に暴れる者達が増え始め、その鎮圧に駆り出されるようになったというのも理由の一つだが、おおよそ書類業務の増加が原因の7割程を占めている。

 

夏休みでハメを外した生徒達による被害の報告を纏めたり、該当生徒の特定や確認、学園内やその他地域の一部建物の修理に関する見積もり書の作成など押し寄せる業務は多岐にわたる。

更に直近でいえば急遽実施された花火大会に関してもそうだろう、開催ギリギリまで報告が伏せられていたという事もあり突然広場の警備やら暴動の抑制などを行う必要が出てしまった。

 

おかげで睡眠時間は全くといって良いほど取れず、この様に殆ど気力のみで机に向かっている状態が出来上がったという訳だ。

 

「委員長、流石にそろそろ休んだ方が良いんじゃ...」

 

「イオリの言う通りです、今日までヒナ委員長が休んでいるのを見てませんし、このままではお身体に毒ですよ」

 

彼女の隣ではイオリとチナツが心配そうに声をかけてくるが、当の本人はそれに気づいていないのか手元の書類を無言で読み込んでいる。

 

「駄目だ、全然聞こえてない...そういえばアコちゃんはどこに行ったの?」

 

「アコ行政官は少し出かけてくるとしか、何か考えがある様な素振りでしたがなんとも...」

 

「失礼します、只今戻りました」

 

彼女達がそう話していると丁度狙い澄ました様なタイミングで執務室の扉がノックされ、そこから件のアコが姿を現した。

 

「アコちゃん、さっきまでどこに...ってソイツは?」

 

「おはようございます銀鏡さん、火宮さん、そして空崎さ...んはなんだか凄く疲れてますね...」

 

「ヒナ委員長はここ最近ずっとあの状態なんです、その理由は....」

 

アコが出かけていたことにも気づいていなかったヒナは、一瞬だけチラッと彼女の方へ視線を向けると、そこには定期的に茶葉をくれる少女の姿があった。

 

(何故あの子がここにいるのかしら...)

 

アコと彼女は何か話をしている様だが頭がぼんやりするせいもありよく聞き取れない、とりあえず目の前の仕事をしてしまおうと再び視線を机に向けるヒナ。

が、その瞬間急速に手の力が抜けて持っていたペンが机を転がり、更には頭を上げることすらままならなくなってしまう。

 

「っ!委員長!」

 

そしてとうとう頭が机に突っ伏した状態になると、そのまま彼女の意識が遠のいていく。

周りにいるイオリやチナツ達が何か声をかけてくるのを感じながら、ヒナは抵抗する気力も無くそのまま目を閉じた。

 

 

 

 

「......?」

 

それから暫くしてヒナは目を覚ました。

ぼんやりとする視界を戻そうと目を擦ると、そこに写っていたのは見知らぬ...ではなくよく知る天井、おそらく休憩室だろう。

 

おまけに手にはふわふわとした感触があり、身体の上には暖かい毛布が被せられている。

どうやら自分は休憩室のベッドに寝かされているらしい、さっきまで仕事をしていた筈だが何故ここに?

 

「おや、目が覚めたみたいですね」

 

その時不意に聞こえて来た声に首を横に向けると、そこには机の上で何か作業をしているらしきサエが居た。

彼女は手に持っていた急須を机に置くと、ヒナの元へと近づいてくる。

 

「...何でこの部屋に?私はいつからここで寝ていたの?」

 

「私が天雨さんと話している時、突然机で寝てしまったようなので彼女に頼まれて先程空崎さんをここに運んだんです、時間としては一時間程経ったくらいでしょうか」

 

「そう...」

 

サエの言葉を聞きベッドから立ちあがろうとするヒナ。

が、それを彼女はヒナの肩に手をかけて制した。

 

「駄目ですよ空崎さん、いつから休んでいないのですか?」

 

「平気よ、これくらいは慣れているわ」

 

「答えになってませんよ...天雨さん達からお話は聞きました。殆ど睡眠をとっていないそうですね、皆さんとても心配していましたよ」

 

それを言われてほんの少しだけ目を逸らすヒナ、彼女自身も最近は仕事詰めで疲労が限界まで溜まっているのに気づいていたが、だからといって自分だけ休む訳にはいかないと長い事誤魔化してきた...その結果先程途中で寝てしまうという失態を起こしてしまった訳だが。

 

「でも大丈夫よ、少し寝てスッキリしたから。それにまだ仕事は沢山残っているもの」

 

そう言ってヒナは再び起きあがろうとするも、同じ様にサエに肩を掴まれまたベッドに戻されてしまう。

 

「駄目です、今日一日は絶対に空崎さんには仕事をさせないように天雨さんから頼まれています。仕事は彼女達や他の部員の方々で終わらせるのでゆっくり休んでくださいとの事です」

 

「何でそこまで...」

 

「皆さん空崎さんの事が大切だからですよ。いつも前線に出て誰よりも早く争い事を鎮めたり、弱音を一切吐く事なく人一倍仕事をこなす空崎さんの姿を常に見ているんですから。そんな貴方が疲れたり辛そうにしている所を見れば誰だって心配になるのは当然です」

 

「......」

 

「空崎さん、たまには自分自身を大切にする時間も必要ですよ。他の風紀委員の方々も、私達一般生徒の中にも貴方に感謝している人は沢山いるんですから....まあただの一生徒に過ぎない私が言うのも偉そうかもしれませんが」

 

そう言ってサエは苦笑いを浮かべつつ、机から先程淹れたばかりのお茶が入った湯呑みをヒナに手渡してきた。

 

「よければどうぞ、疲労回復や眠る前に飲んでも大丈夫な様に低カフェインのほうじ茶を淹れました」

 

「.....そうね、貰うわ」

 

ヒナは一瞬考える様な素振りを見せつつ小さく息をつくと、彼女の手から湯呑みを受け取りそっと口をつける。

どこか強めだが不快にならない香ばしい香りにサッパリとした舌触り、それらを味わいながらゆっくりと中身を流し込んでいき、落ち着く様に再度ほっと息をついた。

 

「...美味しい」

 

「お口に合ったのなら良かったです」

 

ヒナの感想を聞き嬉しそうに微笑むサエ、そんな彼女を見つつ湯呑みを傾けながらヒナは彼女に問いかけた。

 

「貴方はこれから同好会の方の活動があるんじゃないの?」

 

「うーん、あるにはありますが...今日は空崎さんを一日思う存分休ませると頼まれましたからね、途中で投げ出すことはしませんよ。三人には既に連絡しておいたので大丈夫です」

 

「そう....なら今私が無理矢理出て行こうとしたらどうする気?」

 

「その時は全力で止めますよ。...まあ当然力では絶対敵わないのはわかっているので出来れば大人しくしていただけると嬉しいですが...どうでしょうか?」

 

少し自信無さげに笑うサエの姿を見て、溜息を吐いたヒナは飲み終わった湯呑みを彼女に渡すとベッドに背中をつけた。

 

「....はぁ、わかった。貴方を怪我させる訳にはいかないし、折角アコ達がやってくれると言うなら今日だけ休むとするわ」

 

「え、もしかして説得に失敗した場合怪我をする可能性があったのですか!?」

 

「...ふふ、冗談よ。もう一杯くれる?」

 

「....ええ勿論です、少々お待ちください」

 

サエはヒナの言葉を受け再び机に用意してあるお湯を急須に注いでいき、そんな彼女の姿を見ながらヒナは自分の意思でゆっくりと目を閉じた。

 

 

いつも慌ただしさに呑まれる執務室とは違い、その日の休憩室はとても穏やかな雰囲気が漂っている....そんな空気の中、普段気を張ってばかりの風紀委員長の顔には、本人の自覚とは裏腹に僅かながら”普通の少女としての顔”が浮かんでいるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。