ゲヘナに漂うお茶の味   作:Mrふんどし

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同好会

真夏日だった頃よりも僅かに気温も下がり、外の空気が八月の終わりを感じさせる様になりました。

とうとう夏休みも残り数日、あと少しすればまたいつも通りの学園生活が再開するのでしょう。

 

「今年は本当に色々な事がありましたね...」

 

部室棟へと向かう道中私は一人これまでの事をひとつひとつ思い起こしていきます。

 

狭山さんの希望したお饅頭を買いに出掛けて、喧嘩した方達を止めたり...私が川根さんの持ってきた衣装のコスプレをしてフウカさんに勘違いされかけたり...四人で海へ遊びに行って、そこで不良の方達やハルナさん達と一緒に夏を満喫したり...万魔殿に頼まれて数千人分のお茶を淹れたり...空崎さんを一日休ませる為に奮闘したり...何故か変に広まってしまった噂で勘違いされたり....あれ、もしかして大変な事の方が多かったのでしょうか?

 

しかしそれと同時にどれも大切な思い出でもあります、それは間違いありません。

本当に今年に入って色々と身の回りの事が変わったと実感できますね...どれもこれも皆さんに感謝しなければいけません。

 

しみじみと思い出を振り返りながら、辿り着いた部室棟の廊下を進んだ私は茶室の入り口を開こうと扉に手をかけた瞬間、不意に壁に何か用紙が貼ってあるのを視界に捉えました。

 

「おや、これは...?」

 

貼ってあった用紙を壁から剥がし目を通すと、それを見た私は思わず目を開いて固まってしまいました。

 

『部活動への昇格について』

 

それは、私が立ち上げた同好会を部として昇格させるか否かの確認用紙。

 

「.....」

 

私は無言のまま静かに用紙に書かれている内容へ目を通していきます。

要約すると、当初の頃よりも人数が増え更にはこれまでの学園への貢献度を鑑みて今回の提案に至ったらしく、この提案を受ける場合はこの紙に名前を記載して提出してくれとの事。

 

....確かに初めは私一人のみで細々と活動していたこの同好会、こっそりとポスターを隅の方に掲示してみたりなどささやかな勧誘も行ってはいましたが、去年は結局誰一人来ることはありませんでした。

ですが今では宇治さん達が来てくれたおかげで茶室も少し賑やかになり、風紀委員会や万魔殿の方達とも交流する様になりました。

 

「私は...どうしたいのでしょうか」

 

茶室の前で立ちすくしている私はそう小さく言葉を溢します。

去年までの私であればこれほど喜ばしい知らせは無かったでしょう、きっと柄にも無く大喜びして即署名していたに違いありません。

ですが、今はそれに飛びつくのを少し躊躇っている自分がいる事に気がつきました。

 

「...とりあえず、宇治さん達を待つとしましょうか」

 

これは私一人だけで勝手に決める事ではありません、そう考えた私はもう一度だけ用紙に視線を向けた後、静かに扉を開けて茶室へと入っていきました。

 

 

 

 

 

「お、おはようございます先輩...!」

 

「おはよう」

 

「姐御!おはようございます!」

 

それから暫くして私がお茶を静かに淹れていると、襖が開かれ三人が姿を現したました。

 

「皆さんおはようございます、今日もお変わりない様で何よりです」

 

私は三人を茶室へ通すと彼女達は普段通り準備をし始め、同時に室内にはどこか穏やかな空気が流れ始めます。

 

そんな彼女達の姿を見守っていた私ですが、内心では先程の事をどう切り出そうかと悩んでいました。

本来であればそこまで考える必要はない事なのでしょう、ですが口にしようとすると何故か変に緊張してしまいまうのです。

 

「あの先輩?もしかして具合でも悪いですか?」

 

「え?」

 

話をするだけなのに躊躇うとは何とも私らしく無いと思いながら一人自分自身と格闘している最中、宇治さんが怪訝そうな顔をして声をかけてきました。

 

「その....どこか普段の先輩と違って何か無理をしているような感じがして...」

 

「本当だ、なんか変」

 

「姐御、体調が悪いなら我慢は毒ですよ。安心してください!あたしがすぐに運んでみせるので!」

 

そ、そんなに表情に出てしまっていたのでしょうか?

宇治さんに続き狭山さんと川根さんも私を見て心配そうにしています。

 

「い、いえ、別に体調が悪い訳では無いので大丈夫ですよ。ただその...少しだけ悩んでいる事がありまして」

 

「悩んでいる事、ですか?」

 

「ええ、実は...えっと....」

 

私の言葉に首を傾げながら静かに待つ三人、そんな彼女達を見て私はいよいよ話を切り出そうとしますが、やはり言おうとする直前で喉元に引っかかってしまいました。

何故ここまで言葉が出てこないのか、自分でも困惑してしまいます。

 

そうして暫く私が言い淀んでいると、不意に私の手が優しい感触に包まれるのを感じました。

 

驚いた私がそちらを見ると、自身の手に重なる様に置かれている三人の手...そして顔を上げた私の目には小さく笑みを浮かべた宇治さん達が映っていました

 

「先輩、ゆっくりで大丈夫ですよ。どんな事でも、私は先輩の助けになりたいですから」

 

たったその一言

 

その言葉を聞いただけで先程まで悩みどこか重かった気持ちが不思議と軽くなるのがわかりました。

宇治さんの横に座っている二人は口にはしませんでしたが、私の手を握るその感触から同じ気持ちであるというのが伝わってきます。

 

「....そうですね、ありがとうございます」

 

それを受けて私は静かに息をつくと、先程剥がした用紙を袖口から取り出し畳に置きながら、私が感じている気持ちを伝えました。

 

この同好会が部に昇格できる様になった事、それについては努力が認められた様で嬉しいと思っていること。

でもそれと同時に、私自身その事にどこか”寂しさ”を覚えている事。

 

側からすればくだらないと思われる事かもしれません、ですが、彼女達は笑う事なく真剣に私の話を聞いてくれました。

 

「それで、この申し出をどうしたらいいのか考えてまして...」

 

話を終えると、徐に目を閉じた宇治さんが静かに口を開きました。

 

「きっと先輩は怖いんだと思います」

 

「怖い、ですか?」

 

「はい...部に変わる事でこれまで過ごしてきた”同好会”が過去のものになって、ある意味で存在が無くなってしまうのではないかと...無意識の内にそう思ってるんじゃありませんか?」

 

「.....」

 

(そう、なのでしょうか....?)

 

当然部になったからといってこれまでの思い出が消えるなんて事はあり得ません、今まで通りこの茶室も残りますし過ごしてきた日々が無くなる事もありません。

ですが、私はどうにもその言葉を否定する事が出来ませんでした。

 

自分が昔から好きなお茶を自由に淹れたい、正直に言えば当初の目的はそんなシンプルなのものです。

ですが時が経ち、彼女達が入ってくれて、去年以上に周りとも深く関わるようになって...いつしかこの同好会がかけがえのないものになっていったのは事実です。

....それを、いつしか私は心の奥底で変えたくないと思っていたのかもしれません。

 

「私は今年入ったばかりなので、偉そうに何か言う事は出来ないですけど....私は先輩がそう決めたならそれについていきます」

  

「姐御が決めた事なら間違い無いですからね!」

 

「うん、私も」

 

....ああ、やっぱり私は彼女達が...この空間が好きなのでしょうね。

彼女達を見ていると、自然と私の顔に笑みが浮かんでくるのがわかります。

 

私は目を軽く閉じてふぅとひとつ息を吐き、彼女達の前に置いていた用紙を手に取り丁寧に畳んでいきます。

それからゆっくりと立ち上がると小さく折り畳んだ紙を棚に置いてある小物入れにそっとしまいました。

 

「....さて、では始めましょうか。折角ですし今日は抹茶の点て方を教えますかね」

 

「本当ですか?実は前から気になってはいたんです...!」

 

「なんか姐御が抹茶を作る時の動きって渋くて良いですよね!是非あたしも学ばせてもらいます!」

 

「抹茶に合うお菓子食べたい」

 

 

こうしていつも通りの静かながら、楽し気な雰囲気が部屋の中を漂い始める。

彼女達の”同好会”がこれからも続いていく事を示す様に、今日も茶室からはお茶が注がれる音が聞こえるのだった。

 





終わりそうな雰囲気になってしまいましたが、これから先の話は考えてあるのでまだまだ続きます。
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