ゲヘナに漂うお茶の味   作:Mrふんどし

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勝負

周りに広がるのは豊かな街並み、そんな中を一台の車が静かに通り過ぎていた。

 

「わぁ..!こんな所初めてきました」

 

隣に座り窓の外を見ながらそう呟く宇治さん、私は彼女の言葉を聞き後部座席で眠る狭山さんと川根さんの様子を見つつ車を走らせていきます。

現在私達はゲヘナを離れてトリニティのとある某所に向かっていました。

その理由は、数時間前に茶室前の壁に貼られていた一枚の紙...

 

”朝宮サエ、本日14時トリニティ地区の〇〇という場所にて貴方を待つ。—トリニティ総合学園紅茶部所属、本山シズク—”

 

やたらと目立つ大きなサイズの用紙を見て、予想外の事態にその場でしばらく固まってしまったのを覚えています。

何故私の名前が知られているのか、そもそもどうやってこの場所に貼り付けたのか気になる点はいくつかありますが、一番は紙に指定されている時間が今日だという事。

 

『勝負ですわ!!!どちらの方が愛が強いのか...それを決めなければ私のこの気持ちはもう収まりつきませんわ!後日私と貴方の真剣勝負です、逃げるだなんて事は認めませんので、首を洗って待っていてくださいまし!』

 

(確かにああ言ってましたが、まさかここまで本気だったとは...)

 

あの時出会った彼女の姿を思い出しながら茶室へと入り、それからやってきた三人にも事情を話すと宇治さんは驚いた様子で、狭山さんは少し興味ありげに紙を見ていました。

特に川根さんに至っては....

 

「こ、これってよくある果たし状ってやつじゃないですか!流石姐御!!!」

 

と、思い切り前のめりになり目をキラキラと輝かせてしまっています。

私としては別に勝敗を決める必要は無いと思っていたのですが、流石にここまで用意されて無視するのは申し訳ないのでお誘いを受けようと決め、更に場所がトリニティで何があるかわからないというのもあり宇治さん達も同行してくれる事に。

 

そんな経緯もありゲヘナを出た私達でしたが、ついに目的地までもう少しというところまでやってきていました。

この辺りは特に豪華な建物が多いようです、本当にここで合っているのでしょうか。

 

「先輩、もしかしてあの人じゃ.....」

 

そんな事を考えていると宇治さんが徐にそう声をかけてきたので私はつられてそちらを見てみると

 

「...ああ、そうみたいですね」

 

視界の少し向こうにあの日の少女が堂々と建物の入り口で仁王立ちしている姿がありました、どうやら彼女の方もこちらの存在に気がついたのか小さく手を振っています。

私は彼女が待つ場所から少し離れたスペースに車を止めた後、後ろで寝ていた二人を起こし全員で彼女の元へ。

 

「きっちり時間には間に合ったようですわね、感心しますわ」

 

「ええ、いきなりだったのでびっくりはしましたが....」

 

「まずは及第点といった所でしょうか、では早速.....ってちょっと待ってくださいまし!何ですかその方達は!」

 

「「「え?」」」

 

「勝負といったら普通は私と貴方の一対一でしょう!それなのに四人だなんて...ズルですわ!」

 

優雅に髪をかき上げながら建物へ入ろうとした彼女でしたが、私の後ろにいた三人を見て突然困惑の声を上げました。

正直そう言われてもこれから何をするのかもわかりませんでしたし、そもそも一人で来いとは書いていなかったような...

 

「ふんっ!まあいいでしょう、人数が変わった所で私の勝ちは揺るぎないのですから。さあついて来なさい!」

 

が、私が口を開く前にそう言って自己解決したらしい彼女はズンズンと建物の中に入って行ってしまいました。

...まだ全然状況が飲み込めていないままですが、ここまで来てしまった以上引き返す訳にはいきません。

そうして私達は頷きあうと、遅れて彼女の後ろ姿を追いかけて行ったのでした。

 

 

 

 

 

それから少しして、彼女に連れられるまま廊下を歩いていた私達は、外見に負けず劣らずの立派な内装を見渡し惚けていました。

そんな物珍しさに驚いている私達に比べ彼女は慣れた様子で進んでいきます。

 

「あの、少しお聞きしても良いでしょうか?えっと...」

 

「本山でもシズクでも構いませんわ、どうぞお好きなように呼んでください」

 

「では本山さん、この建物はいったい....」

 

こちらに振り返らずにそう返してくる本山さんに私はやけに豪華な建物の事を尋ねます。

 

「何も特別なものではありません、ただ今日の勝負の為に借りただけですので」

 

「借りた!?」

 

「ええ、勝負に最善の場所を選ぶのは当然の行いですので」

 

「な、成る程?ではあの壁に貼ってあった紙はどうやってあそこに?それに私の名前まで...」

 

「ああその事ですか、別に難しい事はしてませんわ。ただちょこっとゲヘナに潜入しただけです」

 

「潜入ですか!?」

 

「ええ、服で羽などは隠してしまえばわかりませんし、それに名前なら適当な方々にこの学園でお茶を淹れている子は誰かと聞いたら快く答えてくれましたわ、苗字はあの時聞いていましたので」

 

これまた淡々ととんでもない事実を伝える本山さん、行動がアグレッシブ過ぎますね彼女は....。

 

「先輩....何だか凄そうな人ですね」

 

「結構個性的」

 

「大丈夫ですよ姐....朝宮先輩、どんな奴だろうと姐御なら勝てますって」

 

後ろを歩く三人からの小声を受けつつそれから歩き続けること数分、ようやく目的の部屋についたのか本山さんは躊躇なくその扉を開けました。

 

「おおっ!」

 

「す、凄く広いです...!」

 

「こんな場所見た事ない」

 

私は言葉にこそ出しませんでしたが、彼女達同様視界の先にある光景に驚きを隠せませんでした。

まずこれで一部屋と言うのが信じられない程の大きさ、床にはいかにも豪華なカーペットが敷かれ、中央のテーブルはこれまた綺麗で縦に長く連なっています。

 

そしてそのテーブルの上に置かれていたのは普段見慣れない高級感溢れるティーカップやポット、触らずとも見ただけでどれだけ上質なものか伝わってきます。

 

ですが更に驚いたのはその先にあった空間。

 

「あれは....畳?」

 

なんとそこには若干部屋の内装とミスマッチしてる感が否めない茶室のような空間が作られていました。

ご丁寧に茶釜や各備品も良い具合に再現されている徹底ぶり。

 

「こちらにお呼びする以上条件は公平にしなくてはいけませんので、勝手ながら用意させていただきましたわ」

 

「まさかここまでとは....それで、今日私は何をすれば?」

 

「言ったでしょう?勝負ですわ。ルールは単純、最初は私が貴方に紅茶を、その後貴方が私にお茶を淹れどちらが本気の愛を注いでいるのかを評価をするだけです。ではそちらに座ってお待ちいただけますか?」

 

そう言って本山さんは私達を席に促すと、早速紅茶を淹れる準備を進めていきます。

 

(正直紅茶とお茶を比較しようにも無理がある気がするのですが...)

 

それに判断基準がここにいる私達しかいない以上、お互いが譲らなければ決着がつく事はないでしょう。

その事に果たして気づいているのか一瞬声をかけようかと思いましたが、本山さんの表情を見て私は口を閉じました。

 

その表情には絶対的な自信が満ち溢れており、何より彼女からは”とても楽しい”という感情が溢れているのが垣間見えたのです。

 

本山さんは静かに、それでいてしっかりとした動作で銀製の水差しを用いてお湯を私達四人分のティーカップに注ぎ丁寧に温めていきます。

綺麗な装飾が取り付けられたガラスのポットにティースプーンで人数分の茶葉をすくい、そこへ先程沸騰したお湯を流れる様に加えていきます。

 

「さあ、どうぞお召し上がりください」

 

それから数分、丁寧に蒸らした茶葉を確認し終えた本山さんはティーストレーナーを通して四つのティーカップに紅茶を注いでいき、それらを座る私達の目の前に差し出しました。

 

私はカップを持ち上げるとまず目にしたのはその色。

紅茶自体の色は薄めですが、微かに香る爽やかな甘い匂いが鼻を刺激してきます。

 

ゆっくりとカップを傾け口に含むと、先程の香りとは別に口の中には嫌にならない渋味が広がりました。

 

「これは....ダージリンですか?」

 

「あら正解ですわ、よくお分かりで。まさか紅茶の事もお知りだとは」

 

「いえ、そこまで深く知っている訳では無いですよ。一応軽く紅茶にも触れた事はありますので最低限の知識くらいのものですが」

 

「ふぅん.....」

 

私の返事に腕を組みどこか探る様な目で見つめてくる本山さん...な、何か変な事を言ってしまったのでしょうか?

私は彼女の視線から何となく逃れる様にもう一度カップに口をつけます。

 

「美味しい、おかわりしてもいい?」

 

「すごく落ち着く香りです」

 

「何か初めて飲みましたけど美味いですね!」

 

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう!やはり私の紅茶は完璧ですわね!」

 

宇治さん達も彼女の紅茶が気に入ったのか満足そうな顔で感想を口にしており、本山さんもそんな彼女達の反応に対し嬉しそうに頷いています。

 

それから何口かに分けて紅茶を飲み終え、とうとう私の番がやってきました。

 

「さあ、次はそちらが私にお茶を淹れる番ですわ。道具は一通り用意してますのでどうぞご自由に...勿論持参したものを使っても構いません」

 

そう言って椅子から立ち上がった本山さんは片目を瞑りながら私を奥の茶室を模した空間へと促してきます。

 

「....わかりました。では宇治さん、狭山さん、川根さん、道具を渡してもらえますか」

 

「りょ、了解です!」

 

「はい、サエ」

 

「どうぞ姐...朝宮先輩!」

 

設置された畳に正座した私はそれぞれ彼女達が持っていた小袋を受け取ると、中から普段使っている道具を取り出し並べていきます。

私の正面に同じく正座した本山さんは、こちらの動作ひとつひとつを確かめる様にじっと観察していました。

 

(では、始めましょうか)

 

私は小さく息をついて心を落ち着かせる為に一瞬目を瞑り、その後何度も慣れ親しんだ動きでお茶淹れを開始しました。

 

まずは水です、真ん中に設置してある茶釜にぬるま湯を注ぎ時間をかけて沸騰まで待ちます。

そうして湯冷ましと同時に湯呑みを温めておく為にいくつかの湯呑みに少しお湯を注ぎ、急須に茶葉を入れていきます。

 

(彼女を満足させるなら玉露も良さそうですが....そうですね、やはりここは普段から淹れ慣れているものの方が気持ちは伝わりやすいでしょう)

 

私は始めに手繰り寄せようとした茶葉を取りやめ、別の茶缶に手を伸ばしそれを茶さじですくって急須へと落としていきました。

そこへ先程湯冷ましを終えたお湯を注ぎ込むと、蓋を置いて茶葉が開くまで一分ほど待機します。

 

「「「......」」」

 

「....」

 

その間私を静かに横から見守る三人と、目を逸らす事なくこちらの手元を見つめ続けている本山さんの視線が静かな空間に突き刺さるのがわかります。

そんな中、私は慎重に急須を傾けると中身のお茶を湯呑みへと淹れていきます。

 

「どうぞ」

 

「.....いただきます」

 

そうして最終的に出来上がったのは、私が普段からあの茶室で淹れていた煎茶でした。

湯気の立ち昇る湯呑みを本山さんの手前まで運び差し出すと、これまで静かに私の動きを見つめていた彼女は一言呟いて渡した湯呑みを手に取りました。

 

先程の私の様に色、香りを僅かに確かめ、それからズズッと煎茶を喉へと流し込んでいきます。

一口、また一口と無言のまま湯呑みを傾けていく本山さん、私はそんな彼女をただ静かに見守っていました。

 

やがて全てを飲み終えた本山さんはふぅと息をついたかと思うと、私の目を見据え口を開きました。

 

「.....朝宮さん」

 

「...はい」

 

「.....とても、美味しいお茶でしたわ。悔しいくらいに」

 

彼女はそう言って一瞬顔を俯かせると、次の瞬間勢いよく顔を上げ

 

「ああああっ!悔しい、悔しいですわ!!!この私が紅茶以外を褒めることになるだなんて!!!」

 

腕をぶんぶんと動かしながら本気で悔しがり始めました。

 

「生まれてこの方紅茶に勝るものなどないと思ってましたのに!うぅっ....貴方のせいですわ!どう責任をとってくださいますの!!!」

 

「ええっ!?わ、私のせいなのですか!?」

 

「そうですわ!先に私の紅茶を飲んだのですから少しくらい手加減してくださいまし!」

 

(本気で勝負しようと言ったのは本山さんの方な気がするのですが...)

 

なんとも理不尽な怒られ方をされてしまい私や三人も困惑する中、深呼吸しようやく落ち着きを取り戻したらしい彼女は髪をいじりながら再度口を開きました。

 

「ふぅ....申し訳ありません、少々取り乱してしまいましたわ」

 

「い、いえ、大丈夫ですよ」

 

「それで勝負の結果ですけれど...よく考えたらここには私達しかいませんし判定も何もありませんでしたわね、仕方ありません...引き分けです、引き分けで手を打つことにしましょう」

 

まさに先程思っていた懸念点が彼女の口から言われ、私はですよねと内心思いながら予想通りの展開に苦笑いを浮かべてしまいます。

 

「お茶に心が少しでも傾いてしまった以上、私もまだまだだと言う事ですわ。もっと研鑽を重ねていかなくては...ああ、後片付けはこちらでしておきますので、今日はお帰りいただいて結構ですよ」

 

「いいのですか?...わかりました、では皆さん行きましょうか」

 

彼女の言葉をありがたく受け入れ、私は宇治さん達を連れて部屋を出ようとします。

が、部屋から出て行こうとした瞬間私は振り返り、テーブルのティーカップなどの小物を纏めている本山さんに声をかけました。

 

「本山さん」

 

「はい?何でしょうか」

 

「紅茶、とても美味しかったです。今日はお招きしていただきありがとうございました」

 

「.....」

 

「普段あまり紅茶は飲まないのですが、そんな私でもそう言えるほどあの紅茶からは本山さんの情熱や愛が込められているのがわかりました...あまり偉そうな事は言えませんが、それだけは伝えたかったので」

 

そう言ってペコリとお辞儀をしてから、私は三人と共に廊下を歩いていきました。

 

「お疲れ様でした、先輩」

 

「いやぁマジで凄かったです!あのシズクさんって人の紅茶も美味しかったですし、それに姐...朝宮先輩の普段と少し違う真剣な顔見れたんであたしは大満足ですよ!」

 

「大袈裟ですよ、私はただお茶を淹れてただけですので」

 

「サエ、お腹すいたから何か甘いもの食べに行こう」

 

「そう言えばもう良い時間ですね...折角トリニティまで来ましたし、何か買って帰りましょうか」

 

 

どこか緊張感のあった空気から離れ、いつも通り平和な空気がお互いに流れ始めたのを感じながら車へと戻り、その後少しだけトリニティを見て回ってから私達はその日ようやくゲヘナへと帰っていったのでした。

 

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