誤字報告ありがとうございます。
パァンッ!
「へ?」
茶室の扉を開けた瞬間聞こえてきたのはそんな少し大きめの破裂音
「「「お誕生日おめでとう(ございます)!」」」
同時に私の耳に入ってきたのは先輩達の声。
驚きながらも視線を横にずらしてみると、畳の上に設置されたテーブルには綺麗なケーキが置かれていました。
「....お誕生日...あっ」
困惑していた私の脳はそれらの情報を繋ぎ合わせることでようやく今の状況を理解しその事を思い出しました。
そう今日は10月6日、私の誕生日だった事を。
「んぐっ....もぐ...」
「狭山さん、そんなに急がなくてもケーキは逃げませんから大丈夫ですよ」
「いやぁやっぱ美味いですね。姐御、なんかこういう菓子も作るの上手くなってません?」
「そうなのでしょうか...きっとフウカさんの教え方が良いからですかね、今回も彼女に助言をいただいて助かりました」
それからテーブルの周りに正座した私はそんな先輩達の話し声を聞きながら目の前のケーキをじっくりと味わっていました。
「宇治さん、お口には合ったでしょうか?」
「あ、はい!凄く美味しいです...!」
私は先輩に尋ねられ素直に答えます。
前にも二人の合同誕生日の時に先輩のケーキを食べた事はありましたが、さっきミオちゃんが話してた様にその時よりも確かに美味しくなってました。
「サエ、また今度作って」
「うぅむ、ケーキはあまり頻繁に食べるものではないとは思うのですが....そうですね、少し違いますが今度は自分でお茶菓子を作るのに挑戦しても良いかもしれません」
(先輩がお茶菓子作り...ふふっ、なんだか凄く似合ってそうです)
私は先輩が台所でお茶菓子作りをしている様子を思い浮かべて思わず一人笑みを溢していました。
そんなやり取りがありつつ先輩達とケーキを食べ終わってから暫くした所で
「宇治さん、何か欲しいものなどはありますか?」
「え?」
突然お茶を淹れ終わった先輩がそう声をかけてきました。
「実は狭山さんと川根さんともプレゼントは何がいいか話し合ったのですが、お恥ずかしながら何が一番良いのか思いつかず....サプライズでは無くなりますが宇治さんに聞くのが確実かなと考えまして」
「そ、そんな!私はこうしてお祝いしていただいただけで十分ですよ...!」
私としては本当に満足だったのですが、キョウカちゃんやミオちゃんからも折角の誕生日なのだからと言われてしまい、私は少しの間考え込みます。
「.......あっ」
「何か思いつきましたか?」
「は、はい欲しいものというより、お願いしたい事がありまして....えっと...」
そしてふと頭の中に思いついた事を私は先輩に告げました。
「...今度のお休みの日に、私と買い物に付き合って貰えませんか?」
「よし、準備完了です」
誕生日から数日経ち迎えた休日、私は鏡で格好をチェックしてから集合時間より早めに寮を出ました。
こういった時は先輩が一番に着いていつも待たせてしまっているので、今日はそうさせないようにしようと思っていたのですが....
「あ、あれ?もう来ちゃってました!?」
なんと早めに出てきたにも関わらず、校門の前には既に先輩の姿がありました。
私の驚いた声に気づいたのか、先輩は顔を上げるとこちらに振り返り口を開きます。
「ん?ああ宇治さんでしたか、おはようございます。何かありましたか?」
「い、いえ大丈夫です!」
(うぅ結局今回も失敗でした、次こそは待たせない様にしないと....)
「おや、今日は着物を着ているんですね。」
そんな反省と小さな決意を固めていると、先輩が私の格好に気付き尋ねてきました。
「あ、はい!そうなんです」
「普段と違ったので驚きましたよ...でもどうしてまた?」
「えっと...実はその、この姿で一度先輩と買い物をしてみたくて...」
「...ふふ、そうでしたか。それは何とも嬉しいものですね」
私が素直にそう答えた後先輩はパチパチと目を瞬きさせ、口元を押さえながら小さく微笑みました。
「そ、それより早く行きましょう!良い物が買われちゃうかもしれませんから!」
その様子に気恥ずかしくなった私は咳払いで誤魔化しつつ、学園を出発したのでした。
「あ、ここみたいですね」
「成る程、骨董品屋でしたか」
学園から歩く事暫く、私と先輩の目の前には一つの骨董品屋さんが建っていました。
お店の上に掲げられている看板は木材で作られており、どこか素朴な感じが表れているようです。
「以前ここに新しく出来たって情報を見た時から先輩と来たいと思ってまして」
「そういえば最近は景気が良いのかこの辺りに色々とお店が建てられて始めていますね。この調子でもっとお茶のお店も出来れば良いのですが....まあそれはさておき、早速中に入りましょうか」
「はいっ!」
先輩の背中についていく形で中に足を踏み入れた途端、すぐに店内の独特な空気を全身に感じました。
微かに鼻を霞めるどこか不思議な...でも決して嫌ではない香りに暖かい色の照明、そんな雰囲気に棚に並ぶ見える品々を見ているだけで心が弾むのがわかります。
「見てください先輩、この急須注ぎ口が二つあるみたいです」
「二口急須ですね、均等な濃さにお茶を注ぐことができるので中々便利な代物ですよ。普段はあまり使わないので揃えてませんでしたが...この機に買ってみるのも良いかもしれませんね」
「こっちのお茶碗も良さげで...た、高い!?こんなにするんですね...」
「品によって色々と変わるものですからね、見た目は良さそうですが流石にそちらは手は出せませんね」
良さげなもの、珍しいものを見つけては先輩に声をかけて話をする...いたってごく普通な、それでいてとても楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
(あ、これ...)
そうした中で私が手に取ったのは穂先が綺麗に整った茶筅。
というのも最近になって抹茶を点て始めたのでもう少し穂数の多いものが欲しいと思っていたところでした。
(確か先輩が『始めたばかりの時は穂先が多い方が点てやすい』って言ってた様な....うん、丁度良いかも)
そんな事を考えながら大きさや手触りを確かめている最中、ふと視線を向けられているのに気づいた私はそっちを見てみると先輩がどこか楽しそうに笑いながら私を見ている姿が目に映りました。
「先輩、どうかしましたか?」
「いえ、宇治さんと初めて会った頃の事をなんとなく思い出していたんです。あの頃はお茶の事はわからず慌てる姿が多かったのですが....今の宇治さんを見ているとそれが懐かしく感じてしまって」
「あ、あの時は本当に何も知らなかったので...私としても何度も迷惑をかけてしまっていた頃なのであまり思い出さないで貰えると....」
「確か最初は迷子で困ってた宇治さんを私が偶然見かけて茶室へ連れて行ったのがきっかけでしたね...ふふ、宇治さんのあの時の心から安心した顔は今でも覚えてますよ」
「そ、それは忘れてください!」
予想外にも自身の恥ずかしい過去を思い出してしまうというハプニングがありつつも、私と先輩はそれから暫くの間買い物を続けたのでした。
「先輩、今日はありがとうございました」
あれからどれくらい経ったのか、時刻もいつの間にか夕方に差し掛かった頃私と先輩はゲヘナ学園までの帰り道を歩いていました。
「おかげで欲しかったものも買えましたし、この前もあんなに豪華なケーキも用意していただいて...最高の誕生日でした!」
「お礼を言うのはこちらもですよ、私の方こそ丁度四人分の良い湯呑みを見つけられましたしね。それに誕生日を良いものに出来たのは私だけの力ではありません、狭山さんや川根さんも一緒に考えてくれましたし、ケーキはフウカさんのご助力あってのものですから」
先輩は目を瞑って今日までの事を思い出す様にそう話します。
「あの時キョウカちゃんが言ってた事と同じですが、私もまた食べたくなるくらい美味しかったです。....確か前はあまり料理は得意ではないと言ってましたよね?」
「ふふ、こう見えて時間を見つけては何度も練習していたんですよ。それにケーキ作りとは違いますが最近は狭山さんのお弁当を作るのもあって料理をするのに慣れてきましたから」
「成る程....でもこのままどんどん上手くなったら美食研究会の方達に呼ばれやすくなっちゃうかもしれませんね」
「ハルナさん達ですか?...よく考えれば確かにその可能性もありましたね、まあ料理の腕はまだまだですし大丈夫でしょう.....きっと」
そんな事を先輩と話しながら歩いていた私でしたが、ふと先輩の言葉に途中で足を止めてしまいました。
(フウカさん、ハルナさん....)
きっと先輩は何の気なしに話しているだけなんでしょう。
でも、私は心の奥底でずっと燻っていたある事を今改めて考えていました。
「宇治さん?どうかしましたか?」
突然立ち止まった私に気づいた先輩は不思議そうな顔で振り返ります。
「....先輩、最後にお願いしても良いですか」
「お願いですか?ええ大丈夫ですよ、私に出来ることであれば喜んで」
私の真剣な声色に不思議そうに首を傾げながらも先輩は静かに続きを待ってくれています。
そんな先輩に対して私は覚悟を決め、ゆっくりと息をついてから告げました。
「私を....名前で呼んで欲しいんです!」
「.........え?」
私から飛び出した発言に先輩は目を丸くさせて固まってしまったらしく、暫くしてようやく意識が戻ったのかハッとした表情を浮かべて口を開きました。
「....すみません、突然の事で少々混乱してしまいました」
「ご、ごめんなさい!流石に急すぎましたよね...」
「いえ、大丈夫ですよ。....えっと、もしよろしければ理由をお聞かせいただいてもいいですか?何故その様な事を?」
そう尋ねられ私は一瞬考え込んだ後、先輩の問いに答え始めます。
「...変なお願いだっていうのはわかってるんです、ただ、前からずっと羨ましいなって思ってて....」
「羨ましい、ですか?」
『この前フウカさんが新メニューを考えたそうでして、よければ試食に来ないかだそうです。川根さんも紹介したいですし、皆さんで行きませんか?』
『またですかハルナさん、今度は何を...え、珍しい茶葉を手に入れたから是非淹れて欲しい?まあそれくらいなら構いませんが...ちょっと待ってください、そもそもこの茶葉はどうやって手に入れたのですか?』
「最初の頃は先輩のお友達だからと特に気にしていなかったんです。でも、最近になってフウカ先輩やハルナ先輩...お二人以外の方達も先輩が名前で呼んでいるのを聞いていると...凄く羨ましいって思う時があって」
「その、えっと...ほんの少しだけ距離がある感じが寂しいなと......」
「も、勿論私が勝手にそう思ってるっていうだけなんですけど!あ、あはは....」
自分が言ってることの恥ずかしさに気づき慌てて誤魔化うと笑いますが、黙って私の話を聞いていた先輩は小さく頷くと
「そうでしたか.....気づかずにすみませんでした」
そう言いながら私に頭を下げてきました。
「え!?そ、そんな謝らないでください!先輩が悪い事は何も無いですから....!」
「いえ、そういう気持ちにさせてしまっていた時点でこちらの落ち度です。....今更話しても言い訳になってしまうかもしれませんが、実は私も何度か名前で呼ぼうかと考えた事があったんです」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、でもいつのまにかそんな事を考えなくなっていて.....私にとって今の生活は凄く心地良いものでしたので、もしかすると何かを変えるとそれが全て変わってしまうかもしれないと無意識のうちに拒んでいたのかもしれません」
「ですが、貴女がそう言ってくださるのであれば....」
先輩はそう小さく呟いて目を瞑り、ゆっくりと顔を上げて私を見ると
「改めまして...お誕生日おめでとうございます”アサリさん”、これからもよろしくお願いしますね」
その言葉と共にニッコリと笑いかけてくれました。
「...........」
私はさっきの先輩の様に目をパチパチさせながら固まってしまいましたが、先輩が自分を名前で呼んでくれた事にようやく気がつき
「......っ!は、はい!こちらこそよろしくお願いします!”サエ先輩”!」
自分でもわかるほどの笑顔を浮かべてそう先輩に返したのでした。
「〜♪」
休み明けの放課後、私はいつもよりも気分良く茶室へと向かっていました。
理由は当然、この前の買い物での出来事があったからです。
正直その日は嬉しさのあまり殆ど眠れず翌朝寝不足になったりと色々ありましたが、今日はバッチリです!
「こんにちは!」
「おやアサリさんでしたか、こんにちは」
「やっふぉうあはり」
「どうもです!」
茶室の襖を開けると先輩が振り返りながら私の名前を呼びました。
どうやら既に二人とも来ていたみたいで、キョウカちゃんは煎餅を口に含みながら、ミオちゃんは先輩のお茶淹れ姿を傍で見ながら私に手を振って挨拶してくれています。
「皆早かったんですね」
「ええ、先程キョウカさんが一番乗りでやって来まして、その次はミオさんでしたね」
「そうだったんですか、それは......ん?」
「それで今日はこの前のお店で購入した茶筅でより良い抹茶を「ちょ、ちょっと待ってください!?」」
何の気なしに会話を続けようとしたのですが、ふと聞こえてきた先輩の発言に思わず途中で遮ってしまいました。
「ど、どうされたのですか?」
「いえ、その、キョウカさんにミオさんって....」
「え?ああ、彼女達も同じ同好会にいる大切な仲間ですし、折角であればお二人もこれから名前で呼ぼうと思いまして」
「アサリ、ナイス提案」
「姐御から名前を呼んでいただけるなんて感動ものですよ!」
「なんだか今までより皆さんが近くなった様な気がしますね。ふふ、呼び方を変えただけでここまで違うとは...アサリさん、どうかされたんですか?」
「........いえ、別に」
「リスみたいに膨らんでる」
「な、何かあったんですか!」
(た、確かに先輩は何も間違った事は言ってませんけど...けど!何か凄くモヤモヤします......!)
先程まで気分が絶好調だった筈の少女は、その日は無意識のうちに頬を膨らせた状態で過ごす事となったのだった。