冬の寒さも少しずつ本格化し始めた頃、
「ここも久しぶりに来ましたね」
視界の先に広がるどこか古風な建築が施されている街並み...雪が降り始めれば車で遠出する事も難しくなってしまうと考えた私は百鬼夜行に訪れていました。
一応雪が積もっても出ようと思えば出られますが、まあわざわざリスクを負うこともないでしょう。
「ふふ、中々良い品も買えましたし今日来て正解でした」
両手にぶら下げている袋を見て一人微笑んでいると、私のお腹から小さく唸る音が聞こえてきました。
(そういえば朝早くから行動したのでまだご飯を食べていませんでしたね...どこかで食事出来れば良いのですが...)
そんな事を思いながらぶらぶらと歩き続けていた所
「おや、あの方は....」
不意に私の目の前に見知った少女が大量の箱を抱えながら歩いている姿を見つけました。
「河和さん、お久しぶりですね」
「え?あ!朝宮さん、お久しぶりです!」
彼女に近づき声をかけると、こちらに気づいた河和さんは一瞬驚いた後に笑顔を返してくれました。
流石はお店の看板娘、その笑顔ひとつとっても動作が完璧で感心してしまいます。
「お買い物ですか?」
「ええ、雪が降る前に済ませてしまおうと思いまして.....河和さんはお店の準備で?」
「まあそんな所ですね〜、実は昼からイベントを開くんですよ」
そう言って彼女は箱を持ちながら器用にチラシをこちらに見せてくれました。
成る程、どうやら感謝祭のようなものが百夜堂で行われるようです。
河和さん曰くそれでいつも以上にお客が来るとの事で、今まさに準備中との事。
折角でしたらお腹も空きましたし、百夜堂にお世話になるのもいいかもしれません。
そう考えていた時、
「部長!」
「い、委員長大変です...!」
遠くの方からこちらに向かって二人の少女が駆け寄ってくる姿が見えました。
彼女達は私達の前までやって来ると、息を切らす二人を見て河和さんは不思議そうに声をかけます。
「二人ともそんなに急いでどうしたの?」
「そ、それが......あれ?お話中でしたか?」
「こちらのカタは部長のお知り合いデスか?」
「前に何度かゲヘナからお店に来てくれたお客さん、フィーナ達は会った事なかったんだっけ」
確かに私としても以前お店を訪れた際彼女達には会えなかったのでどういった方達なのかはわかりませんが、河和さんの口ぶりからしてかなり親しい間柄の様です。
「Wow!そうだったんデスね、ハジメマシテ!ワタシは朝比奈フィーナといいマス!」
「は、初めまして、里浜ウミカです。以後お見知り....って、そうでした!委員長緊急事態なんです!」
朝比奈さんは元気よく挨拶をし、里浜さんもそれに続いてペコリと頭を下げますが、ここへ来た用事を思い出したのか慌てた様子で再度河和さんに視線を向け口を開きました。
「今日のお昼からお店でイベントを行う予定ですよね?それで、その....イベントに来られる来客者の人数に少し手違いがあって、予定よりも増えてしまったというか...」
「手違い?大丈夫、少しくらい増えてもそういうのは慣れてるし、その分私達はお客様に楽しんでもらえる様頑張るだけ。十数人変わったところでそんなに慌てる必要は...」
「流石部長デスね!確かに五倍に増えても問題アリません!」
ガラガラガラッ!
「か、河和さん大丈夫ですか!?」
「ケホっ!ご、五倍!?」
朝比奈さんから漏れた言葉に河和さんは思わず持っていた荷物を落として咳き込んでしまい、二人に問いかけます。
「何で急にそんな増えるの!」
「く、詳しいことはわからないんですが、なんでも予想以上に今回のイベントの件が広まっていたらしくて」
「だ、だからって五倍は急に増えすぎでしょ!」
何となく離れる事も出来ずこの場で皆さんの話を聞いていましたが、なんだか大変なことになってしまったようです。
河和さんは落ちた荷物を積み上げると頭を抱えてしまいました。
「どうします?今からお断りの電話を...」
「それは駄目」
ですが、里浜さんがそう提案しようとした瞬間彼女はそれを制し、首を振ります。
「折角イベントを楽しみに来てくれるお客様をこっちの都合で帰すのは絶対に駄目、皆が楽しんでくれるように私達は頑張らないと」
「委員長...わかりました、やりましょう....!」
「ハイッ!フィーナも頑張りマス!」
「でもどうします?入れる場所は限られていますし、何より注文をこなす為の人員も正直足りないですよね...?」
「うーん......」
予想外の問題が起きながらも、お客の為に予定通り続ける事を選択した河和さん達。
しかし次なる問題は肝心のお客への対応について、どうやら基本的に彼女達三人でお店を運営しているらしいのですが、今回の人数の注文対応・料理・提供をこなすとなると明らかに人手が足りない様子。
そんな中、三人のお話を聞きながら百夜堂のチラシに書かれているメニューを見ていた私はある事を考えていました。
そして、
「.....河和さん、少々よろしいですか?」
「え?」
「もし皆さんが良かったらなのですが....」
それから暫くして、私は百夜堂のテーブルに座っていました。
目の前には私が淹れたお茶を手に取りゆっくりと口に含んでいく河和さんの姿。
「.....合格」
「え、本当ですか委員長!?」
「うん、甘味を引き立てる丁度いい苦味もあるし、それでいて飲みやすい。これならお客さんに出しても全然問題ない」
「即戦力デス!」
そう、私は先程の話を聞き何か協力出来ないかという事で、料理のセットにつくお茶淹れ作業を手伝えないか提案したのです。
「という訳で朝宮さん、お願いしてもいいですか?」
「ええ、私としても百夜堂のお役に立てるのであれば嬉しいです」
正直ただの客の一人である私が言うのは差し出がましいとも思ったのですが、三人はこちらの提案を温かく受けてくれました。
あの時はアサリさん達も含めた四人でしたが、一応三千人規模のお茶を淹れた経験もありますし、ある程度の人数であれば対応も難しくは無いでしょう。
「じゃあまだ少し時間もあるし、最低限接客の仕方も覚えられるかも」
(....ん?)
「デハ制服を用意しないとデスネ!」
「確か予備で一着置いてあった筈です、取ってきますね」
「え、あの」
(あれ、何だか予想していたよりも話が大きくなっていませんか....?)
そう思った時には既に遅く、着々と動き出す三人に私の声はかき消され、流されるままに時間が進み....
───時刻は昼、
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
「シズコちゃん今日も可愛いねー」
「ありがとうございます!こちらメニューです!」
イベント限定の新商品目当ての者、普段から常連の者、目的は違えど百夜堂は多くのお客で賑わいを見せていた。
そんな店内のとある一角で、
「....お、おかえりなさい、ませ...!」
顔を限界まで赤くさせ、あまり着慣れない制服をプルプルと震わせながら接客をする一人の少女がいた。
「新しい店員さん?」
「恥ずかしがってるの可愛いー」
「め、メニューはこちらに....」
(な、何故こんな状況に....!)
その少女....朝宮サエは現状を嘆きながら、必死にシズコへ助けの視線を送る。
「...っ!」
(ち、違うのです!激励を飛ばして欲しい訳ではなくてですね...!)
だがその意図は伝わらず、シズコはサエを見て笑顔と共にサムズアップを返していた。
「店員さーん、注文お願い」
「は、はい、ただ今向かいますので!」
とにかく今は無心で乗り切ろう、そう心に決めたサエは急いで客から注文を取りフィーナとウミカの元へと駆けていく。
サエはお茶を淹れ、二人が作り終えた料理を受け取り早速運ぼうとしたが、置かれている料理を見て困惑してしまう。
「あ、あの、注文の品と違うのですが」
「ああ、それはドジっ子サービス用なので一度そのまま持っていっても大丈夫ですよ」
「ど、ドジっ子サービス?」
「ハイッ!部長のオハコデス!これをされたお客さんはメロメロになる事間違い無しデス!」
(そ、そういえばアサリさんと初めて来た時に河和さんがそういう動きをしていた様な....)
結局押し切られてしまったサエだったが
「ご、ご注文の....えっと、す、すみません間違えました!」
「え、あ、はい」
(駄目です、私にはドジっ子というのは荷が重すぎます.....!これを堂々と完璧に披露している河和さんは凄いですね....)
改めてプロの接客の凄さを感じられたサエは、恥ずかしさに耐えながら百夜堂の仕事をこなしていく。
それから数時間後、ようやく解放されたサエはシズコ達からの感謝の言葉を受けながら、どこか重い身体を引きずりゲヘナへと帰還していったのだった。
....後日、百夜堂を訪れる客の一部であの時の新人の子が初々しくて可愛かったと噂になり、再びシズコが彼女を呼ぼうと企てるのだが、それは別のお話。