初雪が観測されてから暫くが経ち、道端にも雪が積もり始め気温も下がる中、私はいつもの様に茶室でお茶の準備を進めていました。
(ふぅ、やはり落ち着きますね)
私は小さく息をつきながら、シャカシャカと抹茶を茶こしで点てる音に耳を澄ませます。
側から見ればただ適度にかき混ぜるだけのシンプルな作業ですが、作業の間はリラックスした気持ちで集中出来るので私としてはかなり好きな時間なのです。
(こうしている時は変に何かを考える事もありませんし....)
シャカシャカ
(....)
シャカシャカ
(......)
シャカシャカ
(.............)
....すみません、嘘をつきました。
今私の頭の中はある事に関していっぱいいっぱいだったのです、それは...
チラッと顔を上げ視線を向けた先にあるのはいくつかの座布団、いつもであればアサリさん達が座っている場所なのですが、今はそこに誰もいません。
そう、私を悩ませているのはここ最近彼女達が茶室へとやって来なくなった件についてでした。
その兆候が見られ始めたのは二週間程前のこと。
『すみません、私達暫く茶室に顔を出せないかもしれません』
ある日の帰り道、どこか申し訳なさそうな顔を浮かべるアサリさんにそう言われた私は、その場は特に気にする事なく彼女達の言葉を受け入れました。
三人一気に来られないという事は、おそらく一年生としてどうしても外せない用事があるのでしょう。
茶室に集まる事に関しては普段から強制はしていませんし、用事が終わればきっとまたいつもの様な日常に戻る、そう考えていました。
....が、それから一週間が経過しても彼女達が来る気配は全く無く、その頃になると流石の私もそわそわとした気持ちを抱き始めます。
あまり深く追求するのは良くないと理解していますが、それでも気になってしまうのが人の心というもの。
そうしてその日の夜、アサリさんに何か困っている事でもあるのかとそれとなく連絡をしてみたのですが
『えっと...確かに悩んでる事はあるんですが、先輩には相談出来ないというか....すみません!もう少し時間をください...!』
と返されてしまい、結局それからこちらから何か言う事も出来ず今日に至るという訳です。
「....まさか、知らないうちに彼女達を傷つけてしまったのでは...?」
あれから一度たりとも来ない三人、私には話せない悩み、それ以外にも存在する数々の点と点を結びつけていった私は一つの結論を導き出します。
(私としてはそんな態度をとった覚えは無いのですが...しかしこういうのは当人に自覚がない事が多いと聞きますし...)
少しずつそんな悪い考えが脳裏をよぎり始め、茶こしを回すスピードが無意識のうちに早まる中...
タッタッタッ、と廊下の方で誰かが走っている音が響きました。
けれども考えることに夢中になっていた私はそれに気づくことなく、突然開かれた襖の音に驚きそこでようやく意識をそちらに向けたのですが、そこに現れた人物に思わず声を上げてしまいます。
「お久しぶりですわ!」
「し、シズクさん!?何故ここに!?」
「理由?そんなの決まってますわ、久しぶりにライバルとの勝負をしに足を運んだのです」
やたらと大きな声で挨拶をしてくるその人物の正体は、トリニティの紅茶部に所属しているシズクさん。
彼女は濃いサングラスに顔全体を覆うマスク、おまけに厚手のロングコートという相変わらず目立っている変装コーデをこれでもかと堂々と披露していました。
とうとう連絡も無く当たり前の様にゲヘナに来る彼女に呆れて溜息が漏れてしまいますが、当の本人は気にも留めずに靴を脱ぐと足早に茶室へと足を踏み入れてきます。
「もう私は慣れたからアレですけど、トリニティとしては大丈夫なのですか?周りから色々言われたりしてしまっているんじゃ...」
「全く問題ありませんわ、もしそんな方々がいたとしても私の意思は何も変わりませんもの」
そんな力強い返答にある意味感心してしまいますが、その時ふとシズクさんが私の顔を覗き込み呟きました。
「あら、サエさん。何か悩みを抱えていらっしゃるのでは?」
「えっ」
「まさかそれで隠し通せるとお思いで?今の貴方の顔はまるでブルーベリーの様に青ざめているというのに」
「流石にそれは嘘ですよね?」
「こういう時は細かい事を気にしないものですのよ。ともかく、何があったか話してくださいな」
小さく笑みを溢すシズクさんでしたが、不意に私の正面に座り直すとそんな言葉をかけてきました。
「い、いえ、別に大したことでは....」
「...サエさん、人は自分の悩みを過小評価しがちなものですわ。そんな風に吐き出さず我慢すればどんどん心の内側に悩みを溜め込み続け、ついには崩壊してしまう....」
「だからこそ、適度に愚痴や悩みは吐き出すのがベストなのです。それに私としてもライバルがいつまでもそんな顔をしていれば折角の勝負のやる気が出ませんもの、話してくれるまで今日は帰りませんので」
そう言って持ってきた鞄を自身の傍に引き寄せると、意地でも動かないというオーラを放つシズクさん。
多少強引な彼女の行動に再び溜息が溢れる私でしたが、彼女の言う事に一理あるのは確かです
....正直相談した事に対しちゃんとした回答が返ってくるのかは怪しい所ですが、彼女の厚意を無下にするのも良くありません。
「....わかりました、ではありがたく」
そうして私はすっかり泡立ってしまった抹茶を自身の湯呑みに淹れつつ、彼女用の湯呑みとお茶菓子を手渡したのでした。
「成る程.....」
それから暫くして、彼女にお茶を振る舞いながら先程考えていた悩みを素直に告げたところ、シズクさんは湯呑みを置き頷きました。
「実に推理しやすい内容ですわね」
「す、推理?」
「ええ、彼女達が何を考えているのかが予想出来たという事ですわ」
シズクさんは帽子のつばをピンっと弾きながらどこか得意げな態度で笑っています。
....おそらく最近そういう推理ドラマを見たのでしょう、そう考えると今回の格好もどこか探偵の様に見えますね。
「サエさん以外の三人が全員一年生、彼女達の怪しげな動き、トップであるサエさんには相談出来ないという言葉....答えはもう一つ!それは!」
「そ、それは?」
「それは.....」
「謀反ですわ!」
「......え?」
バッとそう宣言しながら立ち上がったシズクさん、彼女は指をこちらに突きつけながら話を続けます。
「これはサエさんをリーダーから引き摺り下ろし、代替わりを狙う為の下準備なのです、だからこそサエさんには相談出来ない...今頃彼女達はその時が来るまでの作戦を考えているんです!」
「....流石にそれは考えすぎでは?」
「サエさん、普通あり得ないと思っている事が突如として起こるのが人生というものですわ」
「いや、確かにそうかもしれませんけど...」
(....なんだが余計にわからなくなってしまっただけの様な...)
「はぁ...まあ一応参考にはさせて貰います」
「お力になれて嬉しい限りです、お礼はお茶のおかわりでお願いしますわね♪」
結局解決は出来ませんでしたが、彼女のお願いを受け入れた私はそのまま茶釜に水を継ぎ足したのでした。