「キキキッ!いいか、まずこのマコト様が直々にお前達に.....」
冷たい空気が吹き付ける屋外、大きな雪山の頂点にわざわざ設置された台の上で、羽沼さんが拡声器を使ってスピーチをしていました。
そんな彼女の前に集まっているのは、私を含め今回の雪像祭りに参加する多くの生徒達。
中には様々な理由で参加していない者もいるにはいますが、それでもこれだけの人数が集うのはいつぞやの花火大会以来でしょうか。
(...それにしても、誰一人彼女の話を聞いていないのですが羽沼さんは良いのでしょうか?)
他の万魔殿の方々も、イブキさんの雪遊びを見守るのに夢中の様です。
まあ、本人が気にしていないようですので良いのでしょう。
そんな事を考えている内にスピーチもそろそろ終わりに近づいていた様で、羽沼さんはより一層声を張りついに開始の合図を告げました。
「よし、これより雪像祭りを開始する!とにかくマコト様が楽になるようn....良い雪像を作るために掻いて掻いて掻きまくるのだ!」
若干本音が見え隠れする宣言と共に、広場に集まっていた生徒達は一斉にその場から移動し始めます。
「私達も行きましょうか」
「そうですね.....ところでキョウカさんは大丈夫ですか?」
「うん、平気。これを何枚も敷き詰めてるから」
雪が積もり始めた頃は寒さで動けていない様子の彼女でしたが、今日はどこか普通に見えます。
より寒さが強くなってきている中で大丈夫なのかと不思議でしたが、彼女は頷きそう言いながら少しだけ前のチャックを開け中を見せてくれました。
そこにあったのは大量のホッカイロ、逆に心配になってしまうほどの量ですが、彼女にとっては丁度良いみたいです
「成る程、ですが一度にそれだけ使うとなるとかなり出費になるのでは...」
「大丈夫、最近臨時収入が入ったから」
「....その出所は聞かないことにしましょうか」
概ね予想出来る答えに私は溜息を溢しながらも、アサリさん、キョウカさん、ミオさんを連れて自分達の持ち場に向かって歩き始めます。
今回私達が割り当てられた場所は部室棟前の敷地。
羽沼さん曰く、『普段からあそこを使ってるのは私達くらいだから』との事。
まあここ最近は毎日雪掻きをしていますし、それ自体は他の場所と比べると楽かもしれませんね。
棗さんの話によれば、今回の雪像祭りは雪を掻きたくない羽沼さんが私達に自ら掻かせようとする為の建前。
ですがやるからには私としても真面目に取り組む気ではあるので、可能な限り手を尽くすとしましょう。
「とはいえ、雪像はどうやって作れば良いのでしょうか...流石にそういった知識は持ち合わせていませんし....」
「私もです、作ろうとしてもすぐに崩れちゃいそうで...」
これからどうすればいいのか、そう悩んでいた私でしたが
「姐御、ここはあたしに任せてください」
「ミオさん?」
不意に背後に立っていたミオさんがどこか真剣な表情を浮かべながらそう呟きました。
「折角の機会ですから、姐御に恥をかかせるわけにはいきません。必ずやビックな奴を作り上げて優勝を狙いますよ!」
「そ、それは頼もしいですね....ミオさんは雪像作りが得意なのですか?」
「はい!前はあたしが読んでる本のキャラの像を作ったりもしてましたから」
(そういえば、以前砂で巨大な像を作っていましたけ.....)
私は彼女の返答を聞き、かつて海へ遊びに行った時のことを思い出しました。
あの時は最終的に私を模した像が出来上がったのですが、あれはかなりの大きさだった筈です....もしかするとミオさんは何かそういったものを作るのが得意なのかもしれませんね。
「わかりました、では雪像作りはミオさんにお任せするとしましょう」
「っ!はい!必ずや期待に応えられる様全力を尽くします!」
ミオさんはパァッと顔を輝かせると、並々ならぬ闘志を燃やし始めました。
「とりあえず私達は雪を集めましょうか、何事も雪がなければ始まりませんからね」
「はい!」
「おー」
こうして、私達の雪掻き...もとい雪像祭りがスタートしたのでした。
それから経過すること一時間、全員で雪を掻いていた為か、部室棟前の光景はかなりスッキリしたものへと変化していました。
「ふぅ...これだけ掻けばある程度降っても大丈夫でしょう」
「それにしても凄い量ですね...ここだけでもこんなに...」
動いたことで流れた汗を拭いながら、私はアサリさんの言う通りこれまでの作業で出来上がった雪の塊を見上げていました。
アサリさんも暑さにより先程まで着込んでいた防寒着を脱いでおり、キョウカさんは予想以上の作業量に雪山に寄りかかりグッタリとしているのがわかります。
「ミオさん、作業の方はどうですか?」
「それが...一応進んでいるんですけど....」
一方で雪同士を固める作業をしていたミオさんでしたが、中々難航している様子。
どうやらかなりの大作になるそうで、その場合ここにある分では足りないのだとか。
「わかりました、では他の方達の所に行って雪を分けてもらえないか聞いてきますね」
「すみません姐御!お手を煩わせてしまって...」
「あ、私も行きます」
「ではアサリさんは私と一緒に向かいましょう、ミオさんはそのまま作業の方をお願いします。キョウカさんは....あまり無理をしない程度に手伝ってあげてください」
「おー....」
黙々と夢中になって制作するミオさんと、弱々しいサムズアップをするキョウカさんを見ながら、私はアサリさんと共にその場を後にしたのでした。
それから歩くこと十分ほど。
「あ、サエっちじゃん!はろはろ〜」
「ほんとだ、久しぶりだね」
「夜桜さん、それに旗見さんも、お久しぶりです」
「サエっち達もやっぱ参加してたんだね〜」
広場から少し離れた所で夜桜さんと旗見さんのお二人と出会いました。
「何か良いの作ろうと思ってたんだけど、中々上手く出来なくてさー。ま、それでも楽しいからいいけどね♪」
「私もキララちゃんと同じかな、ところで何か用事だった?」
「ああ、実はご相談がありまして...もし使わない雪があれば分けていただけないかと思いまして....」
「何々?結構凄い奴作ってる感じ?おっけー、じゃんじゃん持ってっていいよ!」
私の話を聞き快くお願いを聞いてくれた夜桜さん達に感謝しつつ、後で台車で運ぶ事を伝え次の場所へと向かう事に...
「あ、サエっち!今度また前みたいに遊びに行かない?」
「いいね、この前も楽しかったし」
「あの...先程から気になってたんですが、先輩とはお知り合いなんですか?」
した所で、夜桜さんからそんな事を提案されました。
アサリさんは私と親しそうに話すお二人を見て疑問に思ったのか、彼女達にそう問いかけています。
「サエっちの後輩の子?そうだよ、この間サエっちとヒナっちも一緒にカラオケ行ってきたんだー」
「か、カラオケですか!?せ、先輩が...?」
「そうそう、あれ?サエっち言ってなかったんだ?」
「ま、まあ伝え忘れていたといいますか....そ、それよりアサリさん、早く向かいましょう!」
なんだがとても嫌な予感がした私は慌ててアサリさんを呼びますが、旗見さんが徐に携帯を取り出すと手慣れた様子で画面を操作しアサリさんの方へ向けてきます。
「その時の写真とか録画とかあるけど見る?」
「え、み、見たいです...!」
「よーし、じゃあ可愛かった先輩の姿を後輩ちゃんに見せてあげよう!」
「お、お二人とも!それは....!」
...夜桜さん達の元を離れてまた十分程。
何故か予想外に気力と体力を削られた私は食堂前にやってきていました。
「大丈夫です先輩!凄くお上手でした!」
先程旗見さんが撮っていた私が歌っている動画や写真を見たアサリさんはそう言ってくれますが...一方の私は恥ずかしさやら何やらでまともに顔を上げられずにいました。
「あれ、サエじゃない。.....どうしたの?何か顔赤いけど」
「い、いえ何でもありません。コホンッ...フウカさんはお一人ですか?」
「ううん、あっちの方でジュリが雪像を作ってるの。私は雪掻きと雪集め担当」
「そうでしたか、実は余っている雪があればいただけないかと思いまして」
「必要なの?うーん、ジュリがどれくらいのものを作ってるかによるけど」
そう言ってフウカさんはスコップを置くと、私とアサリさんを連れて牛牧さんの元へ歩いていきます。
「ジュリー、像の方は順調?」
「順調ですよ!....あ、サエ先輩とアサリちゃんも、こんにちは!」
フウカさんが声をかけると、振り返った牛牧さんは私達を見て笑顔で挨拶をしてくれました。
「わぁ!凄いですね」
そんな彼女の前には何かの生き物を模した様な雪像が鎮座しており、アサリさんはそれを見て感嘆の声をあげています。
「これは.....すみません牛牧さん、この生き物はいったい?」
「パンちゃんです!」
「ぱ、パンちゃん?」
「はい、元はパンケーキを作ろうとして生まれてしまった子なんですが....」
....生まれたという時点で既におかしい事になっている気がするのですが、牛牧さんは至って普通の事の様に話しており、フウカさんも特に驚いたりはしていない様子。
(そういえば、前に彼女の料理を食べた時もこのような形をしていた様な....まさかあれがそのパンちゃんだったのでしょうか?)
「あ、そうそう。サエ達が使わない雪を分けて欲しいんだって、あげてもいい?」
「はい、良いですよ。とりあえずこれで完成したので!後は周辺の雪掻きですよね」
「そうね、はぁ....こっちは二人しかいないのに何でこんな広い場所を任されちゃんたんだろ...確かに食堂は私達が使ってるけど」
牛牧さんの了承を得たフウカさんは、それから疲れた様子で残りの雪を見て嘆いていました。
何でも食堂前だけではなく、そこへ通じる道やその周りまで二人の担当場所として割り当てられているのだとか。
確かにその広さをたった二人で行うとなるとかなりきついものがありそうです。
「そうですね...もしよろしければ、私もお手伝いさせてください」
「え、でも...」
「早く終わるのであればそれに越したことはありません、それにこの辺りは私も通りますし、他人事ではありませんからね」
「...そうね、ありがとう」
「じゃあ私はミオちゃんの所に雪を運んできますね!」
「あ、それならうちの台車使って。こっちも手伝って貰ってばかりだとあれだし」
「ではすみませんがアサリさん、後はよろしくお願いします。お二人にはフウカさん達の所を手伝ってから戻るとお伝えください」
こうしてアサリさんは雪を積んだ大きめな台車を引いて戻って行き、私は彼女達の雪掻きを一緒に手伝うこととなったのでした。
それからどれ程時間が経ったのでしょうか。
プルプルと震える腕を支えながら、私はゆっくりとアサリさん達の元へと向かっていました。
空は既に赤みがかっており、雪像祭りが始まってから長い時間が経ったことを証明しています。
何故この時間まで戻ることが出来なかったのか....実はフウカさん達の所の雪掻きはとっくに終わっていたのです。
ですが作業を終え帰ろうとしていた私の元に、たまたま通りがかった他の生徒から雪をどかすのを手伝って欲しいとお願いされてしまい、断るに断れなかった私はそのまま彼女に着いて行き一緒に雪掻き兼雪像の雪集めをする事に。
更にそれが終わるとまたもや別の生徒から応援の依頼をされ、その後また手伝いを....と、何度も繰り返している内にこんな遅くまでかかってしまいました。
「ふぅ、ふぅ...あ、明日は筋肉痛が酷そうですね...」
動かしすぎで痺れる腕に嘆きながら、何とか三十分以上かけて到着した部室棟前。
「あ、せ、先輩お帰りなさい!....だいぶお疲れの様で...」
「ええ、少々他の方々のお手伝いが長引いてしまいまして...すみません、結局殆どお任せしてしまいましたね」
「いえ、それは別に気にしていないので!....それでですね、実は先輩がいない間に雪像が完成したんです」
「おお、凄いじゃないですか」
私が見た時はまだ土台の様なものを作っていた所でしたが、あそこからミオさんが時間をかけて頑張ったのでしょう。
「...アサリさん、どうかしましたか?」
「えっと、その....み、ミオちゃん本当に頑張って作ったんです。あんな大きなもの一人で作れるんだってくらい凄くて...」
私は早速向かおうとしたのですが、何故か困った様な顔でこちらを見てくるアサリさんが気になり思わず声をかけました。
が、彼女はどこか濁す様な言い方をするのみ、そんなアサリさんの様子を不思議に思いながら歩いていくと
「あ、サエお帰り」
「キョウカちゃんも頑張って雪運びを手伝ってくれたんですよ」
「そうでしたか、お疲れ様です」
「ミオはあっちで倒れてる」
「ありが....え、倒れてる?って、ミオさん!?」
キョウカさんが指差す方を見てみると、そこには言われた通り雪の上でうつ伏せに倒れているミオさんの姿が。
私は慌てて彼女の元へ駆け寄ると、こちらに気づいたミオさんはゆっくりと顔を上げると口を開きました。
「あ、姐御...あたしは、やり遂げ、まし....たよ」
その一言を呟いたあと、ガクッと頭を落としてそのまま寝息を立ててしまいました。
余程気を張り詰めて作成したのでしょう、私は彼女を持ち上げ雪を払ったベンチの上に寝かせると、彼女の力作を見るために奥の方へと向かっていきます。
(彼女があそこまで疲労するほどの作品、どんなものであれ後でしっかり労わなければいけませんね)
そして建物の角を曲がり、雪像があるであろう場所に視線を向けた瞬間。
「..........」
私は思わず言葉を失ってしまいました。
いえ、確かにそれは巨大で凄いものでした。
大きさらおおよそ十五メートル程、これだけの大きさの雪像を殆ど一人で、それも半日で作り上げたとなるとその凄さは何も知らない私でもわかります。
ただ私が固まったのはそういう事ではなく、その”題材”です。
「これ...完全に私ですよね....!?」
そう、そこにあったのはまるで巨大化したと言わんばかりの私に限りなく似せて作られた雪像だったのです。
その細部はかなり凝られており、着物の柄は勿論、髪型や滑らかさまで雪で精巧に再現されていました。
(本当にこれを彼女が...?そ、そもそもここまで上手いのなら私でなくてもいいのでは....)
いえ、確かに海で遊んだ時は私の砂像を作ってはいましたが!まさか雪像でそれを進化させるとは思いませんよ!?
「い、一応完成が難しいって悩んでたミオちゃんに別のものにしてみたらいいんじゃないかって提案したんですけど、難しくても作るなら絶対先輩が良いって話してまして....」
「そ、そうですか...」
後ろからやってきたアサリさんが私がいなかった時の話を聞かせてくれますが、私は目の前の衝撃的な光景にただ雪像を見上げる事しか出来ません。
(ま、まあそれだけ彼女に慕われているという事ですよね。彼女との出会い方は少し特殊でしたし...姐御という呼び方にもすっかり慣れましたが、これも素直に受けとれば嬉しいもので....ん?)
何とか納得した私でしたが、そのタイミングである事に気づき冷や汗を流します。
(ちょっと待ってください、まだ冬になったばかりですよね?これだけ大きく、気温が下がるとなると中々溶けることは無いでしょうし....まさかこれから数ヶ月の間部室棟に残り続けるという事ですか!?)
「あ、あはは...はは....」
「せ、先輩?大丈夫ですか?」
私はその事実に何とも言えない感情を抱きつつも、それから暫く乾いた笑いを溢し続けたのでした。
ちなみに後から棗さんに聞いたのですが、雪像祭りの優勝者は羽沼さんの特徴を模した雪だるまを作ったイブキさんに決まったそうです。
こうして、大掛かりな雪掻き...もとい雪像祭りは残すものを残しながら静かに幕を閉じたのでした。