「この前はありがとね、おかげでようやく食堂前がスッキリ出来たわ」
雪像祭りを終えてから少し経ったある日、私は久々に訪れた食堂でフウカさんと雑談を交わしていました。
「別にお礼を言われる事はしていませんよ、ただ私から雪掻きを手伝っただけですから」
この季節の為食堂へ通う人が少なく、そのおかげかフウカさんも心なしか普段よりも顔に疲れが溜まっていない様子。
とはいえそれでも誤差程度ではあるそうで、毎回食材の買い出しでは牛牧さんと一緒に苦労しているのだとか。
そんなフウカさんの冬への愚痴を野菜炒めを頬張りながら聞いていた私でしたが、不意に誰かが隣に座ったのを感じると同時にポンっと肩を軽く叩かれました。
(...この感じは....)
私の胸中にはこれまで何度も味わってきた感覚に何とも嫌な予感が湧き起こってきましたが、まだ確実にそうだと決まったわけでではありません。
...既に見えているフウカさんの表情を見ればもう確定の様な気もしますが、私は恐る恐る隣を見てみると....
「うふふ、奇遇ですわね」
「...まあ、知ってましたけどね」
そこには座っていたのはニコニコと笑顔を浮かべているハルナさん、溜息を溢しながらお茶を飲み干し諦めた私は彼女に向き直りました。
「ハルナ、あんたまたどこかに連れていく気じゃないでしょうね」
「まあ、ふふ...そんな警戒しなくても大丈夫です。今回はこちらを渡しにきただけなので」
これまで幾度となく彼女達と関わってきたフウカさんは、手慣れた様子で彼女に訝しげな目を向けながら尋ねます。
ハルナさんもそんな反応が返ってくるとわかっていたのか、どこからともなく用紙を取り出しました。
「最近また寒さが目立ってきていますわ、人によっては外へ出る回数も減ってくる事でしょう....ですがその寒さもまた一興、こんな寒い日が続いているからこそ皆さんで楽しめる催しのお誘いにきたんです」
彼女はそう言うと、その取り出した紙を私とフウカさんにそれぞれ手渡してきました。
その紙の中身を見てみると
『美食研究会主催、鍋パーティー』
という文言が書かれていました。
題名の下にはご丁寧にイラスト付きの説明まで添えられているという徹底ぶり。
「えっと....ごめんハルナ、これは?」
「見た通りですわ、今度のお休みの日に私の部屋で鍋パーティーを開催する予定ですので、よろしければご一緒にどうかと思いまして」
「鍋パーティーですか...」
私は彼女の返答を聞きながら再度手元の用紙に視線を落とします。
書かれてある事はいたって普通、特におかしな点は見当たりません。
「そう警戒しなくとも、私はただこの季節だからこそより美味しく感じられる”鍋”の味を楽しみたいだけですわ♪」
私とフウカさんの反応を見て、ハルナさんは更にそう言葉を付け足しました。
普段の彼女達の行動を振り返るに今回も”普通ではない”と頭では警鐘を慣らしていますが...彼女の発言とこの紙の内容を見る限り、ただ純粋に鍋を楽しみたいというのは伝わってきます。
「....それならば折角のお誘いですし、無碍にするわけにもいきませんね」
「まあ、そうね。...本当にただの鍋パーティーなんでしょうね?」
「ええ、勿論ですわ」
自信満々なハルナさんの様子に、私とフウカさんは顔を見合わせると互いに頷き合いました。
「わかったわ、じゃあ今度の休みね」
「!...ふふ♪やはりお二人ならそう言って貰えると思っていましたわ。それじゃあフウカさん、サエさん、当日楽しみに待っていますので」
私達の反応を受け、嬉しそうに笑ったハルナさんはそう言い残し食堂から立ち去っていきました。
そんな彼女の後ろ姿を見送った後、食事を終えた私はフウカさんにお盆を手渡しその日はそのまま茶室へと帰ったのでした。
それから数日が経ち、迎えた鍋パーティー当日。
「おはようございますフウカさん」
「サエもおはよう、じゃあハルナの所に行きましょうか」
私は身支度を軽く整え寮の外へと向かうと、入り口で待っていたフウカさんに声をかけました。
そのまま二人でハルナさんの寮の自室に向かう中、私とフウカさんは今日のことについて雑談を交わします。
「そういえば、牛牧さんは連れてこなかったのですか?」
「ああそれは....あの子少し前から風邪気味で休んでるの、そこまで酷くはないけど、まあ今は念の為ね」
「成る程、だからこの前も食堂にいなかったのですね」
「そういうサエは?後輩の子達に声をかけなかったの?」
「一応声をかけようとは思ったのですが....どうにも嫌な予感がしましてね」
「...まあ気持ちはわかるわ」
そんな事を話しながら歩く事数分、彼女が待っているであろう部屋の前にやって来た私達がノックをすると、中から物音がしたと同時にガチャリと扉が開かれました。
「お待ちしていましたわ、さあどうぞ中に♪」
「お邪魔します」
出迎えてくれたハルナさんは普段のきっちりとした服装とは違い、どこかゆったりとした私服を身につけています。
私とフウカさんは彼女に促されるまま部屋に踏み入れると、すぐさま中央に設置された鍋が目に入りました。
「準備万端ね」
「ええ、お二人が来たらすぐに始められる様セット済みです」
「...ハルナさん、他の方々が見当たらない様ですが」
「本当ね、あの子達はどうしたの?」
「あら、そういえば言ってませんでした。元々は参加予定だったのですが、運の悪いことに風邪を患ってしまって....なので今日は私とフウカさんとサエさんの三人だけですわ」
「へー、あの子達も風邪ね....最近変に流行ってるわね」
「私達も気をつけなければいけませんね」
まあ鍋の大きさを見るに三人であれば余裕を持って食べ切れるでしょう、となると危惧していた事も無さそうですし今日は素直に楽しめそうですね。
「では始めましょうか」
ハルナさんは軽く咳払いをしてから顔を上げ
「.....”闇鍋パーティー”を♪」
そうポツリと宣言しました。
「「え?」」
「あら、どうかされましたか?」
「いや、ちょっと待って!今闇鍋って言ったわよね!?聞いてないんだけど!?」
初耳の情報に思わず問い詰めるフウカさん、そんな彼女を見ながらハルナさんは全く動じる事なく口を開きます。
「うふふ♪確かに言ってはいませんでしたが....こちらの紙にはちゃんと書いてありますわ」
「え、嘘!?」
フウカさんはハルナさんが取り出した紙をもう一度よく読み込み始め、私も一緒になってじっくり探していると
「「あっ」」
『美食研究会主催、鍋パーティー』
書かれていた文言の”鍋”という文字の前にほんの僅かなサイズで闇とかかれているのを見つけました。
「こ、こんな所に...」
「それに闇鍋といってもその実態は鍋パーティー...ですので嘘はついていませんわ」
「ぐっ....そ、そうかもしれないけど」
やられた、私とフウカさんは顔を見合わせながらそう心の中で呟きます。
「...ですが何故闇鍋をしようと?」
「簡単ですわ、当然今回も”美食”を追い求める為です」
「それだと普通の鍋の方が美味しく味わえるのでは?」
「サエさん、ただ黙々と美味しいものを味わうだけが美食ではありません。誰が作ったか、どこで食べたか、誰と食べたか、どんな思いがその食事に込められているのか...それらを全て組み合わせた先にあるのが真の美食なのです」
「は、はあ...」
「友人達で一つの鍋を囲いながら、互いに何を入れたのかわからない様々な食材を入れてそれを食す...その果てにはどの様な味が待っているのか、それこそが今回の目的なのですわ」
ビシッとまるで決め台詞を言った時の様なハルナさんに、私とフウカさんはもはや諦めるしかありませんでした。
ここにここに来てしまった以上、途中で帰るのは失礼に当たります。
「はぁ....わかったわ。それで?肝心の食材はどうするの?私達何も持って来てないんだけど」
「それについては問題ありません、こちらで予め用意していますので...少々お待ちを」
フウカさんの問いにハルナさんは立ち上がると、いそいそと奥の方から大きめのケースを運んできました。
「この中には色んな食材やスパイスが分けられて入れてありますわ。電気を消したら各自この中から選んでそれを鍋に入れてください」
「選ぶ本人も見えないのですか?」
「ええ、そちらの方がより闇鍋というシチュエーションが活かせるでしょう?」
ううむ...自分すら何を取ったかを視認出来ないのは不安ですが...まあハルナさんの事です、いくら闇鍋であるからといってそこまで変なものは候補にあげたりはしていないでしょう。
「さあさあ、始めますわよ♪」
それからハルナさんは部屋の明かりを消すと、一気に視界が闇に覆われました。
「ほ、本当に殆ど見えないわね...じゃあとりあえず私から...」
一番手はフウカさん。
ハルナさんが持って来た箱を開けると、彼女はそこから素早く食材を取り出しかろうじて見える鍋へ入れていきます。
「フウカさん、どうですか?」
「わかわない...多分野菜だと思うけど」
やはり見えないというのがある種のスパイスとなっているのか、普段ではあまり味わえない緊張感が部屋の中を支配するのがんかります。
「ふふ、では次は私の番ですわね」
続いてハルナさんの番。
彼女も先程のフウカさん同様箱から食材を取り出し終えたのか、鍋へと投下していく音が目の前から聞こえて来ます。
「さあ、次はサエさんの番ですわ」
「....わかりました」
ハルナさんに促された私はコクリと小さく喉を鳴らしながら手元に箱を手繰り寄せ、直感で食材を選んで取り出しました。
(これは....何でしょうか?感触は少し硬めの様な...野菜、ではないですね)
視覚という情報が無い分余計に謎が深まり困惑してしまいますが、ここで時間をかけるのはよく無い為すぐさま鍋の中へと投入します。
「皆さん入れ終わりましたね?ではこれをあと二週ほど続けますわ」
ハルナさんの言葉に再びフウカさんへと箱が回されていきます。
「あ、何か瓶みたいなもの掴んだんだけど」
「そちらは調味料になるので、そのまま鍋へ振りかけてください」
「砂糖とかじゃないでしょうね?」
そう言いつつもフウカさんが何振りか瓶を傾けた後、ハルナさんの番となり、それからすぐにまた私の番となりました。
今度私が手にしたのは薄くスライスされ穴が空いている物体、おそらく蓮根でしょう。
まあ鍋には合うでしょうし、これは当たりですね。
そのまま三巡目となり、もはや慣れた手つきでフウカさんが中身を取り出していきます。
「ん?何か柔らかいんだけど、ちゃんと食べられるものよね?」
「勿論ですわ、そこは安心してください」
ハルナさんに言われ渋々鍋の中へと投入し終え、彼女の番も過ぎ去りとうとう最後に私の番がやって来ました。
「どうぞ」
ハルナさんから箱を受け取りながら、私はこれまでの予想を立て始めます。
初めフウカさんが取り出したのは野菜、二度目の時に私が取り出したのがおそらく蓮根....ハルナさんが何を引いているのかはよくわかりませんが、箱の大きさもそこまで無い以上今回は比較的まともなものが用意されていると考えられます。
(お、瓶でしたね)
そんな中、最後に手にとったのは一本の瓶。
私はそれを鍋の上へと持っていくと、逆さにして何度か振りかけてゆきました。
「お二人とも入れ終わりましたわね?ではこれで火を通しましょう」
こうして綺麗に三巡した後、ハルナさんにより鍋に火がかけられ部屋にはぐつぐつという音と鍋の香りが少しずつ充満し始めます。
それらが丁度良い具合に空腹を刺激し始め、初めは警戒していた筈の自分がいつの間にか完成を楽しみにしている事に気がつきました。
(もしかすると、ハルナさんは本当にただ私達とお鍋を楽しみたかっただけなのかもしれませんね)
『友人達で一つの鍋を囲いながら、互いに何を入れたのかわからない様々な食材を入れてそれを食す...その果てにはどの様な味が待っているのか、それこそが今回の目的なのですわ』
闇鍋というワードに囚われすぎていましたが、あの時ハルナさんが話していた言葉と、今楽しそうに笑っている彼女を見るとそんな風に思えてきます。
それから暗い部屋の中で他愛もない雑談を三人で行うこと暫く
「どうやら完成した様ですわね」
ついに闇鍋が出来上がりました。
立ち上がったハルナさんによって部屋の明かりがつけられ、真っ暗だった視界に一気に光が差し込んできます。
「ついに出来たのね...」
「ええ...開けてみましょうか」
匂いはまだ普通、これで見た目も普通であれば完璧な鍋なのですが....
私は二人が見守る中、蓋に手をかけるとそれを一気に持ち上げました。
「......」
「......」
「......」
私達は鍋の中を静かに見つめていました。
まず目に入ったのは汁の色、想像していた普通の鍋と比べて明らかに赤いスープがそこにはありました。
その汁の中にはラーメンが浮かんでおり、それと混ざる様に大根や蓮根、アスパラガスなどが点在しているのがわかります。
更にそれらの上には盛り付けの様に水分を吸ったパンと何故かビスケットが並べられていました。
「.....これは、鍋なのでしょうか...?」
「一応”野菜”は煮てるから、分類上は多分鍋ね」
あまりに見覚えのない鍋の姿に私とフウカさんは箸を片手に固まってしまいます。
「フウカさん、サエさん、まだですわ」
「え?」
「確かに見た目は違うかもしれません、ですが....肝心なのはその味、食べてみない事には批評は出来ません」
「...そうですね、折角作ったのですから」
「こんなによそるのに緊張するのは初めてね」
ハルナさんの一声でようやく動きを再開させた私達。
フウカさんによって鍋から具材が取り鉢に盛り付けられていきます。
やがて三人分に取り分けられた後、私達は一斉に手を合わせてそれらを口の中へ運びました。
「「「.....」」」
全員が無言で食べ進める音だけが静かに部屋の中。
まず初めに野菜類ですが、食感が全てバラバラなので口の中が混乱し、そこへ汁を吸ったパンと細かくなったビスケットが攻撃を行うことで、その感触は更に混沌を極めたものへと変化していきます。
またラーメンというこれまた別の食材により味や食感が大きく変わり、スープの辛さも相待って一体何を食べているのかを一瞬忘れてしまう感覚に陥るほどでした。
(一つ一つを単体で考えればそこまで悪くはないのですが...いかんせん纏ってしまったがばかりに味に脳がついていけません...)
ものすごく不味いという訳ではないのがまた厄介な所です、フウカさんも同じ気持ちだったのか、なんとも言えない表情を浮かべています。
(...ハルナさんはどうなのでしょうか)
結果がこうなってしまったとはいえ、元々はあれだけ楽しみにしていた彼女の事です。
現に今も顔を俯かせているのを見るに、かなり落胆してしまっているのでは....
「ハルナ?やっぱり今度は普通の鍋にしましょう?何なら明日でも私が具材を用意するし」
目の前のハルナさんを見かねてか、フウカさんも優しく声をかけていました。
「.....ふふ」
ですが、私達が彼女を見守っていると不意にハルナさんから小さく声が漏れ
「ふふ、あはははっ!」
顔を上げたかと思えば勢いよく笑い声を上げたのでした。
彼女にしては珍しい反応に面を食らった私とフウカさんは、まさか鍋のせいでおかしくなってしまったのではと慌ててしまいます。
「ふふふっ、ああすみません、我慢が出来なくてつい声が大きくなってしまいましたわ」
やがて目に薄らと浮かべた涙を拭いながらそう誤ったハルナさんは、それからなんと取り鉢の中の具材を次々と食べ始めたのです。
「は、ハルナ...?」
その光景にまたもや固まってしまう私達、ハルナさんはそんな私達を気にする事なく取り鉢の中身を完食し切ると、ふぅと満足そうに息をつきました。
「....確かに、期待していたよりも鍋の味自体は良くはありませんでしたわ。しかしそれは闇鍋というものを作ると決めた時からわかっていた事、それについては私の落ち度です」
「ですが....」
「こうして友人同士で鍋を作り、一緒にそれを味わうという行為....それによって引き起こされる”味”はこんなにも素晴らしいものだと改めて知る事が出来ましたわ。フウカさん、サエさん、ありがとうございます」
ハルナさんはそう言うと、私達を見て満面の笑みを浮かべながら告げました。
「「.....」」
「はあ....いつもそんな感じだったら良いのに」
「フウカさん、顔が赤いですよ」
「...それはサエも同じでしょ。ほら!片付けもあるんだから残りも早く食べちゃいましょ」
「ふふ、そうですね」
お互いに顔を背けながらも食事を再開する私達。
その後再び口にした鍋の味は、不思議と先程とはどこか違ったものに変化していたのでした。