また、モブによる差別発言もありますが、現実の差別を助長する意図はありません。ご了承ください。
やっちまった……! 何がYou can smileやねん、目の前で復讐劇を魅せられてハイになってしまっていた。
命の恩人を海に突き落とすとか、何やってんだよ……。
合理的に考えれば、あまりに善良すぎるトーヴより、復讐者としての適性が高いハウルを取って正解だった。
だが、やはり心情面として、あれでは裏切りにしか見えない。いや、事実裏切りだ。
というか、万年中二病を自認する
「ぐおおおお、母さんゆるちて……」
記憶の中の母さんは十二人とも、それぞれ困ったような微笑んでいるような。
「でもぉ、ハウルさんめっちゃかっこよかったし……筋肉ハゲより味方したいし……」
ここはミテネ連邦に加盟している国、ロカリオ共和国。その地方都市ドーリの路地裏だ。時刻は夕方、トーヴ爺を海に落下させてから半日ほど経過していた。
人気の無い路地裏で、ハウルと二人で座り込む。ズボンの臀部が汚れるが、仕方がない。
「……助けてくれて、ありがとう。たしか、ヘライクレオスと言ったか」
「その一言だけで救われますよ、ハウルさん。背中を預けた戦友を裏切った甲斐がありました!」
再度笑顔で答える。盲目でも雰囲気くらいは分かるはずだ。
「君は、そこまでして。どうして仲間のはずのハンターを裏切り、私を助けたんだ?」
「そりゃあ、あなたと同じ種族だからですよ」
「君も、クルタの……」
どうやら言い回しで誤解を与えたようだ。手を振って否定する。
「ええっと、違います、復讐者という生き物、という意味でです。母を監禁し、殺した東ゴルトー共和国。国家という巨大な一生物が、僕の復讐相手です。あなたは?」
「そうか。ずいぶん大きい目標だな……。私の場合は、直接の加害者は、三人とも死んだ。だから、本当はあそこで終わらせるつもりだったんだ。だけど……」
「だけど?」
「あいつの言葉に、耳を貸してしまった。そして、納得してしまったんだ。責任は犯罪者にある。問題は人体蒐集家にある。原因は緋の眼にある」
「そう、ですね」
それは、若い女が存在するから性犯罪がある、財宝が存在するから強盗がある、のような暴論と等価だ。
しかし、正論でもある。それに、当事者が語る、魂の籠った暴論を誰が否定できようか。
バドウによる誘導がなくても、いずれたどり着いた結論だろう。
そして、被害に逢わなくても、彼はいずれ自らの眼を抉り抜いたはずだ。大切な人のために。
間に合わなかった後悔は、歯車が狂った信念へと彼を突き動かす。
「外道の犯罪者も、鬼畜の蒐集家も。そして、緋の眼を棄て切れない臆病な私の同類も、この世界には不要なんだ。これ以上、同じ悲劇は見たくない。たとえ――かつての同胞に憎まれることになっても。この世から、『緋の眼』という存在を、抹消する。アレは血に塗れるためだけに悪魔が生み出した、負の宝石だ。嘆き悲しみ、苦しみ絶望するほど美しくなる色など、この世に在ってはならないんだよ」
眼を失っていても、感情は読み取れる。これは、狂気と紙一重の、決意だ。およそ妥協とは正反対の、燃える瞳が幻視できた。
「ハウルさんって、お節介焼きなんですね」
僕の言葉に、ハウルは、少し首を傾げた後、納得したように頷く。
「ああ、そうかもね。私は『死なせたら楽になって眼の色が濁る』と思われたため殺されなかったが、緋の眼は頭部ごとの方が需要が高い。クルタ族を死なせないためにも――」
違う、そうじゃない。
「クルタ族じゃなくて、その友人、家族、恋人が、拷問されて殺されることが、嫌なんでしょう? "たかが色鮮やかにするために"、ね。本当はあなた、緋の眼を棄てないクルタ族が死ぬこと自体は、半ば自業自得とも思ってる。違います?」
このままじゃ、彼は自分を正しいと勘違いしたまま事に及ぶ羽目になる。
それは、同じ復讐者として止めたい。
復讐は、正しいからやるんじゃない。やりたいからやるものだ。
論理的整合性は、倫理的正当性を、人道的正統性を担保しない。
なーんて経験済みみたいなことを思っているが、僕も復讐者志望でしかない。説教できる立場にないからこそ、気付いてもらうことしかできない。
「――そうだな。森の奥に棲む癇癪持ちの土着民族なんて、好きになれる奴の方が少ない。あの偏屈な空間が、ずぅっと嫌いだった。ずっと、ずっと。だから出奔したんだ。それでも、そんな奴らが他者を愛してしまった時。愛する人が苦しんで死んでいく。そんな悲劇は、嫌だ。……これは、確かにエゴだな」
「ええ、そうです。僕もそう。完全に、百パーセント、エゴで。一国の、国という形を滅ぼすつもりです。ですから――お互いに、協力しませんか?」
そうだ。ここからが。僕らの、長い長い旅路の始まりだった。
ああ、なるほど。最初の念能力のルビに、これを選んだ理由が、ようやく判った。
"目を刳り貫く"男に、出会う運命と。
僕が、自他の復讐に"ひっそり笑い出す"という性質に目覚める予知。
ああ、存在Zのような。もしくは心臓を呑み込む蛇のような悪辣さを体現したくはない。母の教えを戒めとして。
それでも、僕自身の性質を愛そう。
「おいおいおい、こんな路地裏に不用心なガキとメクラはっけーん!」
「ぎゃはは、メクラはともかくメスガキはいい感じに売り飛ばせそうじゃねーか」
「ふひひ、クスリ代になりそうだ」
数秒の沈黙が路地裏に流れた後、舌なめずりをする不良が三人、ひょっこりと現れた。本職という訳ではなさそうだが、それでもそちら側の業界に両足を突っ込んでそうな輩だ。
「話は中断だ。"責任"が、やってきたな」
ハウルが拳にオーラを宿らせる。そういやこの人、怒りのパワーもあるだろうが、念に目覚めてから一瞬で"纏"どころか"絶"・"練"・"凝"の応用技である"硬"を習得した天才だった。
「言い回しまでバドウに影響される必要は無いと思いますよ? ま、ちゃちゃっと捕らえて"親"を吐かせましょうか」
「あ、そうか。殺す必要は無いな」
フ、と"硬"を解くハウル。無意識に"硬"に怯えていた輩たちは、それを合図にしたかのように思い思いの凶器を持って突っ込んでくる。
「"
霧を身体から噴き出す。オーラ吸収除外指定はハウル。
「な、なァっ、寒ぃぞ!」「あのガキが噴き出した霧だ!」「寒くて見ぇにきぃ、なんかの手品だろ!」
「ハウルさん、分かりますよね? お願いします」
「ああ、大丈夫だ」
ついでに槍筆銃、"
「ひぃ、蛇も来た!」「うろたえんな、たかが蛇だろ、ぐぁっ!」
熱量吸収に特化させた蛇だ、触れただけで凍傷になることうけあい。噛まれたら液体窒素を流し込まれるような羽目になる。そうなると死ぬので足に絡まるくらいだが、それでも凍傷になり皮膚が剥げるだろう。
「ふん、やぁ」
気の抜けた声で、ハウルが拳を振るう。視覚が無くても、非念能力者が無意識に垂れ流しているオーラを察知する形で相手の形状を把握しているらしい。的確に鳩尾に拳を叩き込んでいる。オーラによる強化抜きでも、十分に強力な拳だ。
「ぐぅ、痛ぇ、いてぇよぉ」「おげぇ、げっほげほ」「くそぉ、お前ら……」
三人は無力化したようなので、描いた白蛇でやや強めに拘束する。
「はい、終了。ハウルさん、初戦でしたが大丈夫でしたか?」
「ああ、特に問題ない」
「ぐぅう」「痛ぇよ」「何だよお前ら、というかこの蛇はなんなんだよ!」
呻く二人とは対照的に、地面に倒れ伏す弟分っぽい輩の一人は怒鳴る。
「あ、しまった」
一つ、失敗に気付いてしまった。正確には、薄々気が付いていたが、メリットの方が大きいと無視していた
「どうした?」
念によって攻撃すれば、精孔が開く。つい半日ほど前に見たばかりの事実が、こいつらにも適応されかねないということを。
ハウルの問いに、答えるべきか。それとも黙って尋問を続けるべきか。
前者。今は、ハウルとの信頼を優先すべきだ。
「いえ。念による攻撃には、相手の精孔を開く副作用があります。それによって、オーラが枯渇して死ぬか、もしくは……」
「私のように、ネンに目覚めるか、だな。しかし、私はオーラを解いて殴ったが」
「いえ、僕が原因です。寒ーい霧の中に取り込む分には"攻撃"に入りませんが、念獣による拘束は黒に近いグレー。縄も手元になかったので致し方なかったのは確かですが。申し訳ありませんが、後顧の憂いを断つために」
「――こいつらを殺す必要がある、と」
輩三人に視線を遣る。他の二人は、精孔が開いてはいないようだが、弟分っぽい一人は精孔が開き、更に"纏"に目覚めかけているようで、オーラを身体の中に戻そうと藻掻いている。
「ひっ、クソ、だっ、誰かぁ! 助けて!」
優先度は低いが、白霧には音波エネルギーの吸収能力もある。顔を突き合わせての会話程度であれば少し聞こえづらくなる程度だが、遠くに響く大声は殆ど無効化されるだろう。
「誰にも聞こえませんよ。大人しく諦めて、来世に期待した方が良いのでは? 痛くはしないので」
このまま本当に覚醒されると面倒だ。冷静になってオーラ操作を体得されても面倒なので、適当に恐怖を煽っておく。この人がハウル並みの天才だとしたら、ここから念に目覚めて逃げおおせるくらいはできるだろう。
「僕が殺るので――」「いや、私が殺す」
おや。念使いの先達として、ここは手本を見せたかったのだが。
「子供に、そんなことをさせてはいけないだろう」
子供扱いをされていることに気が付き、少しだけ、腹にムカムカとしたものを覚える。
母に子ども扱いされるのは、少しも立腹しなかったのに。なぜ、この男に子ども扱いされることに、腹が立つのだろう。
――ああ、なるほど。自分の、ヘライクレオスの親という立場に、
「いえ。こう見えても、四十を越えているんですよ?」
無垢な(と自認する)瞳で見つめる。前世も含むと嘘ではない。
まあ、ハウルに僕の瞳は見えないわけだが。誠意だよ誠意。
「……協力者になるなら、嘘偽りは止した方がいい」
眩い。余りにも誠実過ぎる。この男、信頼に足る。そう思わせる言葉選びに、語気の強さ。流石は(かつて)二児の父(だった男)である。性別迷子で妄想好きのコミュ障念能力キチガイとは性根の美しさが違うのだろうか。
いや、穢れた魂は母によって産み直され、教え導かれ、浄化されたハズだ。今の僕は
なんて言っても、彼と比べることに意味はないな。正直に言おう。
「そう、ですね。嘘ではないです、ある意味では。話せない事情があって、子供の身体になっています。僕が言う母は、この身体の、生み育ての親、というだけです。この世界で、一番大事な人だった、という事実には変わりありませんが」
「そうか。それで、君の母親は、君の手が汚れることを望んでいるのか?」
それは違う。即座に首を横に振る。
「いえ。僕の母は、息子に対して"殺人者であれ、我が死の報復をせよ"などと教える外道じゃないんです。そこは誤解しないで頂きたい」
「では、何故……?」
それは、当然僕の意志だ。僕のわがままだ。僕の憎悪が、所以だ。
「だって、苛つくじゃないですか。最愛の
「認めたくないな。君のような、醜悪な動機と、悲劇を生む
「浄化が、醜くないワケないですよ」
「ああ、そうだ。認めざるを得ない。私は只の復讐者」
「僕も、只のリベンジャー。普通と違うのは、チョッと目標がド
筆槍銃を振り下ろし、呻いていた輩の一人の頭蓋を潰す。
「いかないな、確かに」
呻いていたもう一人の頭を、ハウルが"硬"の籠った足で潰す。靴への"周"も無意識に出来ているようだ。
脳漿は、白霧の作用で徐々に凍っていった。
「ひ、ひひ、ひひひひひ!」
念に目覚めかけていた弟分っぽい人は、余りの恐怖に尿を漏らし、狂ったように笑う。湿ったズボンは白霧の冷気によって凍り始める。
「……えーっと、狂ったフリですか? お二人は痛みのないように一瞬で殺しましたけど、あなたはもっと痛いのがいいんですかね?」
「ひ、ひっ、いい……頼む、助けて、たすけてくだひゃい……」
流石に可哀想に思えてきた。まあ、こういう類の輩は、女子供をもっと可哀想な目に遭わせていると思うし、良心を苛むことは特にないが。
ハウルが尋問を始める。
「お前。名は?」
「ひゃ、ひゃい……」
「ヒャイか。お前の組織で一番偉い奴の、住んでる場所と名前を教えろ」
「ドッジ=イロンヴィ……場所は、クウェン市のどっか……たひゅっ、たしゅけて!」
「そうか。次に、お前が攫った人間の数、殺した人間の数を教えろ」
「あひっ、にょ、あの! 俺、はちゅ、初仕事で……えっと、じぇ、ぜろでしゅ、えへへ」
真偽を判別する手段はない、が。コイツを殺せないとなると面倒だ。カマを掛ける。
「ダウト。嘘ですよね?」
二コリ、と筆槍銃を突き付けて笑顔で問う。原作が、ゲンスルー先生が教えてくれたんだ、こういう自分が優位の交渉事では、如何に自分をイカれて見せるかが勝負だって。
イカりじゃなく、イカれて見せる。I can smile!
「ひっ、ひぃ……し、仕方なかったんでひゅ、クスリ、おくひゅり、父ひゃんに無理やり打たれてぇ、
幼少期に父親から薬物の使用を強要され、その後、薬物と引き換えで借金取りやら児童誘拐やらをやらされていた、と。少年に薬物を使わせる理由は想像がつく。不良にしてはそこそこ見目もいいし、推測は容易だ。
――悪役にありがちな悲惨な過去が出やがった。これでハウルの手が鈍るとこちらとしては困る。復讐者として磨きを掛けて相棒になってほしいのにクズの過去に同情されてはね。
ハウルは、深刻な顔でそれを聞きながら、しかし拳は"硬"いまま。油断はしていないようだ。
本当に油断していないなら全身を"堅"で覆うがそれはさておき。ハウルは、それを聞き終えてゆっくりと口を開いた。
「――そうか。何か遺言は?」
ヒャイ(仮称)は、ハウルが口を開く前までは、一瞬の希望を抱いていたが。
遺言を問われ、希望は潰えたようだ。命乞いの鼻水と涙は止まり、最期に一滴の涙と共に。
「ひ、
言い切って、彼は眼を瞑る。最期を待つ死刑囚のように。
――綺麗だ。そう思って、彼の頭蓋が砕かれるまでの十数秒を、眺めていた。
その場に三つの死体を埋め、少しの黙祷を経た後。
「――、まず、最初にやることは決まったな」
「ええ、とりあえず、スラムに行って」
「薬の売人を皆殺しにするぞ」「ターリル=ヴェンを探しに行きましょう」
同所同刻異口異音。早速、復讐者としての方向性の違いが明らかになった瞬間だった。