「……あの、流石に皆殺しは行き過ぎじゃないですか? というか、薬の売人ってだけで死に値しますか? 子供を攫って幼児以外は殺してもいたこの死体とは違いますよ」
「そうだな。では、どうやって彼らに薬物の売買を辞めさせるんだ? 他者の人生を滅茶苦茶にするしか生きる術の無い畜生共の増殖を、死以外でどうやって止める?」
「そ、それは……」
優秀なクライムハンターあたりであればそれに答えが出せたのだろう。しかし念使い歴七年の僕では、そんな都合のいい手段を念能力以外に思いつくことはできず、そして
「――そうだ、よりクリーンな薬物とかで」
原作の王位継承戦編でバショウが口にしていたものをそのまま口に出す。
だがハウルは、更に正論を叩きつける。
「だが、そのクリーンな代替物が出回るのを既存の薬の売人が許すと思うか? まず、薬の売人を殺さなければ、こんな悲劇の再生産は止まらない」
ぬぐぐ、反論が出来ない。こんな時は。
「ハウルさん! 今は、確かに皆殺し以外の手段が見つからないかもしれません。ですが、それはハウルさんが"念"の世界を知らないから! "念"の他にも、色々な知見を集めて、色々な世界を知って、その上で、どうしても殺戮しか手段が無いようならそうしましょう」
秘技、先延ばし。割と前世でもよく使っていた技術だ。
「ふむ。では、その間に起こる悲劇に、見ないふりをするというのか?」
ハウルさん、それは悪手だ。言葉を続ける。
「いいえ。でも、薬の売人にも家族が、友人が、恋人がいるかもしれません。薬の売人の死も、"悲劇"ですよ。これはどっちの悲劇を取るかって話です」
我らながら実に傲慢な話だ。世界に生まれる悲劇を選択し、そのために人を見殺しにするだけでなく、直接殺すことすら許容しようというのだから。
「……なるほどな。君のいう通りだ。それに、子供ではないというのも納得だ。神童の類ではない、確かな試行錯誤の跡を感じる。良いだろう、これからは君がリーダーだ」
「ハウルさん。では、今後とも仲間としてよろしくお願いしま――え?」
今リーダーっつった? え? マジ? クレオスちゃんななちゃいだぞ?
「うん? そもそも盲人の私にリーダー格は無理があるだろう」
「いやこんな僕に……そもそも僕ななちゃい」「四十を越えているんではなかったかね?」
有無阿吽すら言わせぬ
「はぁー。分かりました! 僕がリーダーやります! まだ二人だけど!」
「ああ。では、ターリル=ヴェンとやらに頭を下げに行くか。"あなたの兄は、私が殺しました"と」
死体が増えませんように……増えた場合、それが僕やハウルではありませんように。
ターリルの居場所はすぐに見つかった。都市部の端にあるスラム街の住人に尋ねたところ、トタン板で出来たあばら屋にいると言われ、そこを尋ねると、扉の向こうから少女の声がした。
「はい、兄は不在です……え、あたし? ――誰、あんた」
「ハウルという。君の兄は帰ってこないということを伝えに来た」
ドア越しに、会話を続けるようだ。
「――そう。で、次はあたしって意味? この年だと客は取れてもマニアにしか受けないとおもうケド」
「いや……違う。そんなことはさせない。君の兄、ヒャイを殺したのは私だ。だから」
ドアが勢いよく開かれる。日焼けしたラテン系の少女が、ナイフを振りかぶっていた。
半身で急所から外すハウルは、それでも胸に浅く傷が入る。なぜだろうか、オーラによる防御はしていない。
ナイフ術を磨いているようだ、無駄のない動きで二手目を打つ少女。しかし、こちらもナイフは母に教わった護身術の一つだ。横から入り、手首を掴む。年齢は十二歳ほどだろうか。肉体の年齢では五歳ほど差があるが、鍛えた時間はこちらの方が上だ。そのまま相手の力を利用して組み伏せる。
「っチ、離せガキ! こいつを殺して」「おちついて。あなたに殺せる相手じゃないですよ。僕も、彼も」
組み伏せられながら、頭を僅かにもたげて視線をハウルに遣る。少女は、その顔を驚愕に染めた。
「めくら……? こんな奴に、こんな奴に兄さんが殺される訳ねぇ! それに兄さんはヒャイなんて名前じゃねえ、キルト=ヴェンっつー立派な名前が!」
「すまない。だが、君の兄さん、キルトは今まで多くの悲劇を生み、今後もっと多くの悲劇が生まれることになる。それを阻止するために、必要なことだったんだ」
得体のしれない物を見る目で、少女はハウルを見つめる。
「……は? お前、何をいってやがる? 狂人か? もっと多くの悲劇が生まれるって? 恨みや欲望で兄さんを殺したならまだ分かる。いつか、そういう死に方をする気がしたから。でも、でも! "他人に害を及ぼすから"? そんな理由で、兄さんは殺されたっていうのかよ――!」
「ああ、君の兄さんたち三人に襲われたので、形式上は自己防衛で殺したってことになりますね。圧倒的な力の差があったので、殺さないこともできたんですが、それを選択しなかったことになります。そういった意味での謝罪ですね」
補足する。ハウルが、人に害を掛けそうな奴を見つけては殺しに行く狂人だと誤解されては困る――いや、そこまで間違いでもないが。
「……。"地雷を踏んだ"。そういうことか。兄さんは最期になんて?」
冷静になったのか、少し和らいだ声音での問いに、ハウルは答えた。
「妹に、薬物はやるなと。自分に憧れているところがあるから、と。それと、これを」
ヒャイ――キルトの懐にあった札束を、組み伏せたままの少女ターリルの懐にねじ込む。
感触で札束の重みを察しただろうターリルは、少し眼を瞑った。そして、眼を開く。
「っ――! 兄さんは、復讐しろとは言ってなかった?」
「はい」「ああ」
僕もハウルも、異口同音に頷く。
「神に誓って?」
「母の名誉に誓って」「妻と、二人の子に誓って」
逡巡すべきではない。二人とも、迷うことなく本音でそう答えた。
「分かった。一つ、条件を飲んでくれれば、今後一切、アンタらに危害は加えない」
「リーダー、良いか?」
「とりあえず話を聞きましょうか。あとリーダーじゃなくクレオスって呼んでください」
ターリルの拘束を解く。少々長く拘束していたからか、少女は腕や首を回して異常が無いか確認している。
「――ガキがリーダーなのか、つくづく頭のおかしい二人組だな。まあいいか。イロンヴィファミリーのボス、ドッジと、その幹部三人。兄さんみたいなすぐ切れる末端に人身売買臓器密輸をやらせながら、自分たちは任侠を重んじてる面をしている外道共。そいつらを、殺してくれ」
「分かった」
「あの、僕がリーダーって言ってませんでした? 承諾は僕がするつもりなんですけど」
このアラサーイケメン、もしかして安請け合い癖があるのか?
「すまない」
シュンという擬音を尻目に、僕はいくつかターリルに質問をする。
「そのボスの名前だけ言われても分かんないんですけど、手がかりとなるものはありますか?」
「写真がある。数年かけてなんとか手に入れた。古くても一年前のものだから、顔は変わってないはずだ」
「期間はいつまで?」
「……別に、いつまででも。たしかドッジが70前後だったから、そいつが自然死する前に殺してくれ。――おい、あたしが何を言ってるのか、分かってるのか?」
意図は分かる。念を知らないこの少女が何をやらせたいかくらいは。
「"死にに行け"って言いたいんでしょ? 分かるよ。あなたは復讐を諦めてない。だって、僕らと同じ目をしてる」
じぃと、ターリルの瞳を見つめる。綺麗な目だ。こんなスラムには惜しいほどに。
ターリルは、睨み返してくる。ああ、同族贔屓なのかもしれないが、良い目だ。
「僕らは、そのくらいじゃ死なない。盲目の男と幼女の二人組で、屈強な男たち三人を殺したタネがあるんだ」
「チ、そうか。じゃあ、条件をもう一つ追加だ。あたしに、そのタネとやらを教えろ」
うむ、そう来たか。おそらく、念について詳しくは知らなくても、今までのやり取りで何かしらの超常の存在を察しているな。
「うーん、それだと僕らの仲間になってもらうことになるけど、それでいい?」
「いいぜ。この国の街々を牛耳って、あたしたち兄妹をこんなとこまで追いやった外道共を殺してくれるなら。肉親の直接の仇でも赦すし、味方にだってなってやる」
「やれっこないから?」
この口調では、そういう意図を感じてしまう。だが、ターリルは首を横に振る。
「いや、本当だ。兄さんに誓って」
嘘をついているような特徴は感じ取れない。もっとも、母さんに教わった嘘の見抜き方がどれほど使えるかどうかは分からないが。
「じゃあ、先に仲間になって貰っていいかな? 約束は守るから」
「破ったら裏切るよ」
「うん。一つ、手伝ってもらいたいことがあってね。僕の母さんの葬儀と埋葬。略式でもいいけど、きちんとしたゴルトー式でやりたいんだ」
少女ターリルは、舌打ちをしてから頷く。
「ッチ。殺した相手の妹にそれを頼むかよ。いいぜ。凝ったものは出来ないが、指示さえしてくれれば人手は集められる。全員腹の減ったガキばっかだが。報酬は飯で良い」
そういえば。一文無しであることを再確認してしまった。
東ゴルトーの"あの部屋"から、金目の物は持ち出したが、それはバドウ一味に奪われ今は奴隷船と共に海の藻屑だし、ハウルは言わずもがなだ。
「うーん……報酬は怪我の治療とかで良い?」
「何? お前、医者なのか? まあ、それでも良い。ただし人手の多くは老人になる。怪我拗らせて死に体の姥捨て山出身が多いんだ」
「それで構わないよ」
約束は結ばれた。
殺しの対価に得られるのは、赦しと仲間。仲間の方は、先払いで。
国家転覆の予行演習と思って、頑張るとするか。
「赦し、かぁ……」
微かに口が動き、自然に呟いた言葉は、それと共に吐かれた白霧に吸収され、誰にも聞こえずかき消えた。