母さんを納めた棺が、スラムに住んでいるとは思えない生き生きとした老人たちに運ばれる。
老人たちは、古布を洗濯してなんとか仕立てた中世ゴルトー式の伝統衣装を身にまとい棺を担ぐ。トーヴ市民から奇異の眼で見られながら、彼らは街の外に出る。
目指すのはトーヴ市の近くの山。標高は二百メートル程度の低山だ。山の山頂での火葬が、東西に別れる前のゴルトー伝統の葬儀方式。もっとも、当時は貴族や豪族しか行えなかった手法だが。
西ゴルトーでは、中流家庭でも略式で行われるという。それよりやや豪華にするために、ターリルにスラムの人々を集めてもらい、
スラムの人たちも、流星街の人間ではないため、国際人民データ機構に登録されている。もっとも、登録されているのは名前と幼少期の顔写真、そして年齢と性別だけだったりするため、なり替わるのは容易だ。
ターリルから聞いた話だ。東ゴルトーとは別の路線で腐敗がスゴいな。
あの日から二週間が経った。必要なことをこなしながら、しかし頭では母の死とそれからの大波乱、始めての殺人などの事実が頭を巡っていた。
本当にアレで良かったのだろうか。何が悪かったのだろうか。そもそも、あの部屋から出るべきではなかったのだろうか。
思考は今も渦を巻きながら、母さんの棺の後を歩き、山頂にたどり着く。
山頂は特に整備されておらず、野原だ。山火事にならないように草を刈り、そこに可燃性の高い木材で木組みをし、その上に母さんの棺を載せる。
ハウルは僧侶役だ。僧侶の資格を持っている訳ではないが、以前そういったアルバイトをしたことがあるという。儀式の手順を伝えたら、手際よくリハーサルをこなしてくれたため、信頼してこの役割を任せた。
「マサドル=ヘラ。死した御身は王に仕え、王との間に出来た息子を愛し、この世を去った。その生涯に喝采を」
拍手をする。それを聞いた参列者(ほとんどスラムの老人)が釣られるように拍手をする。
「その死に、黙祷を」
拍手を止め、眼を瞑る。数秒ほどして、他の参列者も沈黙し、周囲と合わせるように眼を瞑る。
「煙は
棺の土台に火が付けられる。瞼を開き、眼の裏にその炎の光を刻みつける心地で。
「√~」
読経が為される。これは最初の十六節だけは暗記していたものの、全部覚えていた訳ではない。そのため、最初の方を繰り返して唱えさせている。
母さん。東ゴルトーを、赦すことはできない。なんでだろうね。ターリルは、実の兄を殺されて、それでも条件付きとはいえ、僕らを赦したのに。
母さんも、マサドルディーゴの他の奥さんたちを殺して、閉じ込められていた。禁固の理由としては正当ですらある。
それでも。それでも。それでも。
東ゴルトーに、あいつらに赦しを与えることなんて、僕には無理だ。僕の性根が悪いのかな、どうなんだろう。わかんないや。
でも。腐った性根から発された情動であろうと。僕の魂は、復讐を欲している。それを確信してしまったから。
だから、まあ。母さんが望んだように、自分を鍛えながら、楽しみながら。それでも復讐を、目指していこうと思う。
「ありがとう。母さんたち。エリカ。ノア。ジュン。ミヤ。レイ。ナオ。ココ。リナ。カオル。アヤ。セラ。ユウ。そして、会ったことのない、ヘラ母さん。全員……大好きだった!」
自分の中で、一つの折り目がついた気がした。
それと同時、なのだろうか。
ガチャリ、と。母さんの死後の念の一つである、首輪が外れた音がして。イヤリングと共に、僕自身へと溶解する。
『マサドル=ヘライクレオスによる、マサドル=ヘラおよび内包人格の死の受容を確認しました。最終決議"
身体に死後の念が浸み渡る。紛れもなく母の念だと確信し、それを、抵抗なく受け入れた。母の、最期のプレゼントを受け取る時だ。
『マサドル=ヘライクレオスに、誓約を求めます。第一誓約、生き続けますか?」
「はい」
死ぬ気は一切ない。
『第二誓約。母を忘れませんか?」
「はい」
当然、忘れられる訳がない。
『第三誓約。歩みを止めませんか?」
「はい」
生きるためには、成長を止めないことは必須だ。
『第四誓約。誇りを持ち続けますか?』
「はい」
心に誇りを。母の子であることは、この世で最も尊い事実だ。
『第五誓約。二十年以内に出産を行いますか?』
「えっ……はい」
そういえば、セラ母さんが孫作れって言ってたな。性的に難しくはあるかもだが、最期の望みなら否はない。
『第六誓約。幸せを、目指し続けますか?』
「はい」
もちろんだ。
『――全誓約の締結を確認。助言装置は無用と判断――全質量を、
母さんの棺から発されている火と光と煙。それらが、意志を持ったかのように僕の身体に飛び込んでくる。
光は心臓を貫き、火は瞳に宿る。煙は口から肺を通じ、全身に巡る。
「クレオス! 攻撃か?」
「だっ、大丈夫です。これ、遺言と遺産みたいなものですし」
身体が、ミシミシと鳴る。骨格が成長し、筋肉が引き千切られては再生していく。各臓器も成熟していくのが分かる。当然激痛を伴っているが、無痛よりむしろ嬉しい。母の愛を実感できるからだ。
少しずつ生長していく僕を、葬式の参列者は驚いて見つめている。ああ、秘匿は無理だなこりゃ。
「せ、聖人じゃ。我らを救うために地においでなさった聖者の降臨じゃ!」
「偉いこっちゃ、偉いこっちゃ! こりゃ天使かね? それとも悪魔かね?」
十二分。それが、肉体の変容にかかった時間だった。棺と土台は燃え尽き、残ったのは木灰だけ。母の骨は灰一つまみも残らず完全に火と光と煙に変換され、僕に宿った。
「はぁ。年上みたいになったわね、あんた」
「無事……みたいだな、クレオス」
参列者から少し離れたところで、ターリルは僕を見上げて呆れ、ハウルは僕を心配する。
「参列者を集めた人間として、何か一言欲しいんだけど。聖人説? 天使説? 悪魔説? この期に及んで普通の女の子に戻りますって無理よあんた」
ターリルはキレていなければ普通に女口調だ。
さて、どうしようか。将来的に国家転覆を遂げるにあたって、手数は欲しい。
だが、今これを目撃しているのは老人だけだ。使い物になりそうにはそんなにない。
流石に無辜の貧者を口封じに殺すほど外道のつもりはないため、そういう部分でも困る。
悩む。悩む。妙に頭の回転が早いため、それでも数秒ほどで結論は出た。
「うーんと……預言者で」
「は? 正気? あんたもこの男もだいぶイカレね」
「いや、曖昧な未来予知はできるし。それを活かそうかな、と」
原作通りに物事が進めばだが。貧乏老人でも少しは役に立つかもしれないという期待もある。
「イカレ度合いが倍になったわね。例えば?」
うーん、最近だと、何かあったかな……1999年以降だと割と知っているのだが。
あ、そういえば。ジンってこの頃少年だったよな?
「ジン=フリークスっていう少年がハンター試験に合格する。単独で」
「いや、それ証明しようがないでしょ。合格者が新聞に載る訳じゃないし」
……そうなのか。確かにハンター協会は情報公開とかしてなさそうだが。
「まあいいわ。とりあえず適当に終末思想でも煽って秘密結社作りましょ。人死に無しでこの件を秘匿するなら全員身内に巻き込んだ方が良いわ」
ターリル、スラムの少女の割にかなり頭が回る。先生と呼んで良いだろうか。
「殺すわよ?」
脳内を読まれた。
「そろそろ下山させた方が良いかもしれんな、帰りたがっている人もいる」
「今そんな状況じゃないだろうが!」
ハウルは老人たちを心配し、ターリルは危機感の無い物言いに怒りを覚えている。
「とりあえず、僕が預言者であることを説明します。細かいことは後で詰めますから、とりあえず今は人の口に少しでも戸を立てますね」
「頼むわ」「わかった」
さて。ここからが口の回しどころだ。野原に集まって、再度火を点けた焚火を囲っている子供と老人たちにゆっくり歩いて近づく。
「あんたは、一体何者なんじゃ?」
「聖者じゃ。聖なる御方に違いない」
「人間なのかねぇ」
人々から言葉が尽きるまで数分。彼らの前にただ佇む。
沈黙が流れてから、語り始める。新約聖書っぽい言い回しを意識して。
「この火を見たものはすべて、責務を負う」
「それは一体、何なのじゃ、聖なる御方」
「いやじゃの、責務なんて。好きに生きたいわい」
「この火を、正しいものにしか伝えてはならない。この火を見たものは、正しいものである。この火を眼にせぬものは、全て正しいものではない」
「はぁ、ありがたや、その御言葉」
「うむ。黙ってろということか」
「火は、意志であり、未来であり、標である。あなたがたは、なぜ、この火を見たのか」
「もちろん、貴女に導かれてであります」
「そりゃあ、身体治してくれたからじゃが――手遅れだと医者に見放された怪我を、治してくれた」
そう。最新医療によるものと誤魔化していたが、それでも、"隠"で見えなくした
培養液オーラが身体に注入され、有害な物質や壊死した細胞が排出され、その痕を培養液で殖やした健康な細胞で埋められた感覚。それは痛みと共に、えもいわれぬ不思議な感触がしたはずだ。
二度の神秘体験。これで、回心せぬ常人などそうはいまい。
「あなたは、これから意志を得る。未来を得る。標を得る。それらはわたしである。意志はわが母の灰から生まれる。未来はわが母の熱から生まれる。標はわが母の光から生まれる。すべてはわたしのもとにある」
最後だけ、人間らしく伝える。
「ですから。わたしの後ろを歩いてください」
老人たちの表情から、疑念の心は読み取れなくなった。
最高の微笑みで、彼らの信心を、得たことを確信する。
僕に従え。大きな敵の打倒のために。