HUNTEE+HUNTEE   作:砂漠谷

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トラ・トラ・トラ

 三ヶ月。この間色々なことがあった。

 まず一つ挙げられるのはアジトの整備だろう。例の煉瓦作りの家の庭に床を掘り、壁を固めて地下室を作り、主にそこで修行をするようになった。地下室だとオーラの気配が漏れにくく、他の念使いに察されにくくなるはずだ。一つだけでなく、信者の老人たちを生活させるための大部屋なども準備した。元々満足な棲家を得ていなかったのか、多くの人が雨を凌げる大部屋に移住した。家具などは煉瓦の家から持ち出したり、それぞれ持ち寄ったりで共同で使うようだ。彼らの食糧調達は主に僕が担当している。とはいっても山菜や獣を念獣に狩らせているだけだが。

 

「ありがたや、ありがたや、預言者様」

「我らは"その時"までいつまでも待ちますよ」

 

「……ありがとう」

 

 彼らに念能力を覚えさせるかどうかは検討中だ。修行に耐えられる体力があるかどうかが怪しいため、とりあえず教典の模写や儀式に使うという名目の工芸品の作成をしてもらっている。

 

 二つ目に、治療院兼教会の開設。煉瓦の家を改築し、在宅信者(そんなにいない)のための教会や治療院の部屋を造った。"隠"を用いた"海月姫(フラジャイル)"の治療により、スラムの人々の信頼を得た。一応、脳内麻薬による興奮を除けば尋常の治療だと思われる範疇にしている。そのため、スラムの外の市民からも慈善活動をしている医師兼聖職者とだけ思われている。母と過ごした七年間で、医学は基礎理学と並行して念能力のヒントになるかもとかなり重点的に学んだ。医師免許はないのでいつ捕まってもおかしくないが、治療時もマスクと眼鏡を付けており、殆ど顔を見せていない。バレる危険性は低いだろう。

 

「おかあしゃん、痛いの治った」

「お医者様、ありがとうございます! こちらささやかですが、謝礼になります」

 

「いえ、お気持ちだけ頂いておきますよ。皆貧しいのですから、助け合いが大事です。そのお金は御家族のために使ってあげてください」

 

 我ながら反吐の出る偽善だ。だが、その一方で良い評判が広まっており、入信希望者もぽつぽつと出てきている。そのうち貧しい人々は地下の大部屋を広げて住んでもらっている。

 

 三つ目は、これはつい二日前のことだが、イロンディファミリー傘下の構成員が数人来た。闇病院のシマを荒らしている、という理屈らしく。いい加減にしねぇと叩き潰すぞ、という脅し文句を下賜しただけで帰っていた。どうやらそろそろタイムリミットは近づいているようだ。

 

「闇病院はウチのでけぇシノギなんだよ。邪魔されちゃあ困るなァ」

「しかし、そうは言われても困りますね。別の都市に手を広げることはありませんので、この街のスラムだけでも勘弁して貰えませんでしょうか」

 

 イロンヴィファミリーを潰すまでは、別の街には行かないことはほぼ確定事項だ。嘘は言っていない。

 

 そして四つ目。二人の、修行の成果である。

 

「クレオス、変化系修行レベル6、強化放出具現の系統修行もそれぞれレベル4まで行ったわよ、死になさい! あとあたしよりレベルの高いハウルも死になさい!」

 

 なぜかミサトさんと化しているターリル。海月の恒常性コントロールによるドーピングを最初はやっていたが、途中から彼女はそれなしでも自分のホルモン分泌や自律神経をある程度コントロールできるようになりやがった。一応教わったが、僕でも完全な体得には専念して半年はかかりそうな高等技術だ。

 ターリルは、この技術を"精明掌握"と名付けた。

 

「"精明掌握"、かなり難しいな。クレオスは出来たか?」

 

「僕も、レッスン1の"動かず汗をかく"しかまだ出来てませんよ。成長ホルモンを自在に出せる領域まで行けばかなり有益なんですがね」

 

 ハウルは、"精明掌握"のような細かい身体操作はあまり得意ではないようだが、オーラ出力とその操作精度には目を見張るものがある。ゼロコンマ1秒で右手から左足に"硬"を切り替えることができるのだ。それに、"流"があまりにも素早い。凪いだ海で魚雷が爆発し、直後に凪の海に巻き戻るように、瞬時に攻防力10から80に、80から10に切り替えることができる。系統修行も、僅か三ヵ月で強変放具操全てレベル6まで成し遂げた天才だ。"円"も既に半径10メートル(2.5ノブナガ)を超えており、三ヵ月で僕を追い越した。

 

 そして、僕の修行の成果が一番ショボい。修行に専念することなく信者たちの治療や渉外もやっていたので仕方がないが、"円"も2mしか延びず、合計8m。オーラ量も"堅"換算でプラス1時間しか延びなかった。今のところ型稽古をしながら5時間は持つので、命がけの戦闘時でも1時間は持つだろう。念能力者歴は五年なので、系統修行はハウルさんに追い越されることがなかったが。

 

 ターリルは全力戦闘に耐えられるのは連続で15分と言ったところか。サポート役に徹して貰った方が良いな。

 ハウルは全力でも30分は持つだろう。速攻を掛けるならメインで動いてもらっても問題なさそうだ。

 そして僕は全力で1時間。ばかみたいに白い恋人(アウターサイエンス)を吐き出しながらでも40分は動ける。

 

 

 

 うん、二人とも、そろそろ"発"を作って良いころだ。本当はもっと時間を掛けて基礎を練らせた方が良いだろうが、イロンヴィファミリーは既にこちらの存在に気付いている。

 早く目的を達するために、二人には早熟してもらおう。

 

「で、二人とも。"発"のアイデアはある?」

 

 ターリルは首を縦に振り、ハウルは横に振る。

 

「たとえば、オーラを電気に変えるには、電気を数年間浴び続ける修行が必要って言っていたわよね」

 

「ああ、そうだね」

 

「あたしには、力が必要よ。それも今。そんな修行をしている暇はないわ。だから、あたしはオーラを常に浴び続けているものに変化させる」

 

「それは、どんな?」

 

 だいたい想像は付くが、一応聞いておく。

 

「……あなたには、完成した時に伝えるわ、クレオス。今のところ完成度は八割という感じね。ハウルはどうなの?」

 

 話を逸らされた。だが、方向性が定まっているなら良いだろう。

 

「私は……人間の、他人を害する邪悪な欲望と、それを刺激するものを、この世界から滅ぼしたい、浄化したいと思っている」

 

 それに頷く。

 

「ええ、ハウルさんは悪しきものを浄化したいというのは、普段の言葉からもよくわかります」

 

「だが、それに必要な能力がどのようなものか、分からない。操作系で意志を歪めるのも何かが違うし、具現化系で相手の行動に制約を掛けるのも何か違う」

 

 それは、自分で見つけるべき答えだ。僕の助言はむしろ有害だろう。いや、誘導して、今僕が欲しい"発"を作らせるのも選択肢としてはアリだろう。

 しかし、そんなことをしたくはない。たとえ目的のために人を裏切ることがあろうとも、念能力には誠実でいたい。

 

「――正直、自分が何を求めているのかすら、細かくは分かっていない。クルタの緋の眼は潰すべきだと考えている。だけど、"潰したい"と心の底から欲している訳でもない。ターリルの兄を殺したのだって、後悔はある。警察に突き出しても、十数年して釈放されたら同じことを繰り返す。そういう、彼への不信は間違っていたのかもしれないと、この三ヶ月考えて思った。自分を見失っている状況で、一生付き合うことになる念能力を開発すべきじゃないと思う――幾つか、選択肢はあるが、選びきれていない」

 

 ハウルは、正しい。ひどく正しい。

 その正しさが、眩しかった。正義感で人を殺し、義務感で人の眼を刳り貫き潰す狂人から脱し始めている。

 

 僕はどうだろう。狂ってはいないだろうか。死んだ母のために、国すら滅ぼそうとするのは、狂気かもしれないな。

 

 だけど、もう。決意してしまったのだ。坂道を球体が転がるように、もう僕の理性では僕の決意を止められない。

 

 二人を、利用する。仲間としての、能力者としての敬意は払うけど、それだけだ。

 僕の目的(フクシュウ)のために、彼らを扱おう。

 

 

 

「……どうした? クレオス、深刻そうな顔をして。何か失敗でも思い出したか?」

 

 考え込んでしまったようだ。ハウルから眼をそらし、適当に答える。

 

「ああ、いや。寝不足みたいだ。オーラを使い切って寝ることにするよ」

 

 "堅"を限界までぶっ続けでやると、気絶するように眠れる。副作用のない眠剤代わりだ。

 地下で眠っているため、地上の家屋で寝泊りしているハウルとターリルの二人とはやや離れている。寝る前に岩を入り口で塞いでいるため、寝込みを襲われることはあまりないだろう。

 

 ――母が死んでから、まともに眠れていない。それは事実だ。

 

 

 

 次の日の早朝。目覚ましは小鳥の鳴き声でも、ハウルとターリルの喧嘩声でもなく、爆発音で目が覚めた。

 

 瞼が開き、身体は飛び起きる。

 何が起きた。爆発音は上から。ハウルとターリルは無事?

 言語化する前の思考が無意識下で動き、それが言葉として脳裏に浮かび上がるころには入り口の岩を退かして外に飛び出ていた。

 

 そこには、爆破された煉瓦の家。既に瓦礫となっていた。

 二人はどうなった、死んだ? とにかく瓦礫の中を探索すべきだ。

 

 "夜は短し歩けよ乙女(モノクローム・デヴォーション)"!、走る。瓦礫に駆け寄りながら白霧(アウターサイエンス)を筆槍銃内部に発生させ、そのまま調整し蛇型の念獣を素早く筆記。瓦礫撤去用の大蛇と捜索・救出用の小蛇の二種類をそれぞれ五秒で十匹ほど描く。

 

「ハウル! ターリル、無事か!」

 

 瓦礫の中から声が聞こえてきた。

 

「あたしは無事、でも、ハウルが、私を庇って!」

 

 声の響く側から場所を特定し、その場所に蛇たちを向かわせて――殺気。身体を前方に投げ込み回避する。

 前転しながら視界の端に映ったのは、瓦礫に刻まれた3メートルほどの斬撃痕。どこから攻撃された。

 眼に"凝"を籠め、斬撃を放った方向に目を向ける。

 

 虎の仮面を被った、白い髪の中学生くらいの少年と、同じ背丈と髪色の、狐の仮面の少女。手を握り合っている二人が木陰に立っていた。

 

「おい、コレをやったのは、お前らか?」

 

 "絶"と気配隠蔽の精度からして、おそらく殺し屋(プロ)。二人とも赤と白の巫女服を着ている。

 

「はいと言えばはい」

「いいえと言えばいいえ」

 

 そう言って、音を立てずこちらに足を進める二人。静かに、滑らかに、しかし疾く。その動作は奇妙でありつつ美しくもあった。

 

 だが、美しさに眼を奪われるような状況ではない。すばやく筆槍銃を振るい、白い念魚を描出する。性質はそこまで特化させていないが、熱の吸収に偏らせている。

 凍傷狙いの小手調べ。どう出る。

 

「行け、念魚」

 

 念魚を仮面の二人に射出すると同時に、蛇にも指示を遣ってハウルとターリルを救出させる。ハウルはおそらく負傷している、早急に"海月姫(フラジャイル)"を被せて治療しなければ。

 さらに筆槍銃に白霧をチャージし、調整を開始する。同時に、メモリを地面に挿して"海月姫(フラジャイル)"を地面に潜航させる。ハウルの場所に行くように。

 

「念獣使い――具現化かな?」

「いえ、放出系かも」

 

 虎仮面の少年は両手をバレーボールの選手のように握りしめる。狐仮面の少女は、その少年を背後から抱き締める。

 オーラの流れが一体となるのが分かる。こちらは"凝"を更に高め――放たれるのは、一つの巨大な斬撃。先ほどより長さは倍、威力は未知数。後ろにはハウルたちがいる瓦礫。回避は――すべきではない!

 

 白霧は"オーラ吸収"に偏らせている。()()()すればおそらくは!

 

「"白い石壁(アウターサイエンス:ウォール1)"!」

 

 筆槍銃を大きく一振り。斬撃に対応した軌道空間に、調整した白霧の絵具を塗りたくる。その絵具は斬撃を吸収しきることはできず、しかし確実に減衰させた。

 ぼろぼろに『刃こぼれ』したオーラの刃は、"堅"で十分に対応可能だった。背後の瓦礫の中のハウルたちにダメージは徹らなかったはずだ。

 

「吸収されたね」

「吸収されたわね」

 

 仮面の二人は、襲い掛かる念魚たちに細かい斬撃を浴びせ、それぞれ二枚から五枚に卸した。細かく放てるのは厄介だが、威力はそう高くはなさそうだ。"堅"と私の体表強度なら大丈夫だろう。

 警戒すべきは、タメの後の大きな斬撃。それも調整した"白い恋人(アウターサイエンス)"ならばなんとかなる。

 

 遠距離戦はここまでだ。直に叩いて素早く殺す。成長した肉体も、この三ヶ月で十分に把握し動かせるようになった。問題は何もない。

 

 少年が自然体で拳を握る。格闘態勢に入ったことが見て取れる。少女は後ろに退いた。

 

「一人で敵うと?」

 

 虎仮面の少年は、声色一つ変えずに返す。

 

「はいといえばはい」

「……」

 

 苛つく態度だ。いきなりの爆破テロ、おそらくイロンヴィファミリーの刺客。このまま返すとかなり念の情報が漏れることになる。

 合理的にも、感情的にも。

 

「殺す」

 

 それ以外の理由がない。穂先と拳が、衝突する寸前。

 

「モビー」

 

 気配を"隠"で消しながら地面から飛び出た巨大質量。白鯨の衝角が、狐仮面の少女、その腹部に叩き込まれ――るが直前で回避された。しかし白鯨の口ががぱりと開き、少女の身体を呑み込んだ。

 虎仮面の少年は、後ろに飛んで手を伸ばすが、しかし届かない。

 

「ん?」

 

 違和感。モビーの腹の中には、濃縮された"白い恋人《アウターサイエンス》"の白霧が詰まっている。だが、筆槍銃から伝わってくるモビーの感覚からして、オーラが吸収されている気配が殆どない。

 

「――女の方は念獣か!」

 

 少年の、虎の仮面が徐々に透け、数秒で消失する。現れたのは中性的な顔をしたアジア(エイジアン)系の美少年だ。

 

 少年は、驚いた表情でモビーの方を見つめる。殺気が消えている。何か分からないが、とりあえず戦闘不能に追い込む。

 

 筆槍銃の切っ先でそのうなじを貫こうとして、躱される。

 

「待って、待ってくれ! 頼む、()()()()は敵対するつもりはない!」

 

「はぁ? 何を言ってる、命乞いかブラフか?」

 

 筆槍銃の穂先を喉・鳩尾・丹田に向けて突くが、全て曲芸染みた動きで躱される。先ほどより動きが鋭い。

 更に何度か薙ぎ叩きを繰り出すが、白髪を揺らす彼がこちらを攻撃することは一向になかった。こちらを反射的に攻撃しようとしてそれを制止することはあったが、それでも。

 

「待て待て待て! アンタも念使いなら分かるだろ、あの妹は操作系念能力だよ! 死後強まる念は憑念型の形を取ることも多いんだ! なんで操作が解けたかわからんが」

 

 操作の指示を媒介するオーラを白鯨モビーの血と肉と骨が遮断吸収したからだろうが、それを伝える義理はない。

 

「知るか死ね。こっちはさっさと仲間を救出してぇんだよとっとと死ね」

 

 鯨からあの少女念獣が脱出したら元の木阿弥だろう。生かす理由はない。

 

「殺すな……クレオス。彼にもきっと家族が、帰りを待つ人がきっといる。たとえ殺すに値する罪の持ち主でも。私はそれをようやく理解した」

 

 背後から、瓦礫が崩れる音と共にハウルの声が聞こえた。

 振り向かず意識だけ後ろにもやる。声色は途切れながらだが安定している。命に別条はなさそうだ。

 

「ハウルさん、助かって良かった。早く"海月姫(フラジャイル)"を被ってくれ」

 

「お前が白蛇を、寄越したお陰で、瓦礫に隙間ができた。お前のおかげでもある。だが、その頼みはまだ聞けない。殺すべきじゃない」

 

 "海月姫(フラジャイル)"を被らせるには操作されてない意志による同意が必要だ。無理やりの治療や気絶状態の治療はできない。

 

「しかし、ハウルさん。こいつはターリルの兄キルトとは違う。僕たちを殺せる能力の持ち主だ。それに操作が再開すれば僕たちを殺しにかかる」

 

「それでもだ。死によって悲しむ人がいる。それだけで、人を殺してはいけない、十分な理由になる」

 

「あなたが死んだら僕が悲しむ!」

 

 いくら利用する相手とはいえ、三ヵ月共に過ごした相手が死んで何も感じないほどの冷血ではない。

 槍の穂先と楕円に歪ませた"円"を白髪の少年に向け、視線のみハウルの方に振り向く。そこには、腹部から大きく血が滲んでいた男がいた。

 

「分かっている。だから、この"発"に、この念にしたんだ。殺めず、踏み躙らず、禁ぜず、奪わず。ただ()()、ただ()()()。浄化は白のものじゃない。黒い、黒い念だ」

 

「ハウルさん、早く治療を!」

 

 ハウルの腹部から流れた血液が、一つの球になる。それは、赤いというより黒く。その黒さはどんどん色が深まり、数秒で純粋な漆黒に変異した。

 

 その過程と同時に。少女を閉じ込めていた白鯨の腹が引き裂かれ、狐面の白髪の少女――の姿をした念獣が、姿を表す。

 白鯨モビーはその形を失い、霧に還元される。

 

「ンナっ、モビーが!?」

 

 白鯨モビーには、内部空間(胃袋)の空間拡張能力がある。

 "白鯨(リヴァイアサン)"が記録されているUSBメモリは、放出系のセラ母さん由来のメモリだ。

 念獣を取り込んだ後の"十二人の優しい日本人(ALIVE)"の余剰容量は、念獣自身に追加の"発"を開発させることを可能とした。

 本来、"夜は短し歩けよ乙女(モノクローム・デヴォーション)"で描いた念獣には、画材である変化系オーラ由来の能力を除けば特殊な異能を持たない。

 だが、USBメモリは、『メモリから出現する時の再描出の過程の省略』及び『メモリに保存された念獣による追加の"発"の作成』を可能とした。

 

 モビーの胃袋の直径は、現在約200メートル。その空間内は、人間大であれば重力と釣り合う程度の浮力すらあり、呼吸すら難しいほどの濃密な"白い恋人(アウターサイエンス)"で満たされている。中堅念使いが全力の"練"を行えば、数分も持たずにオーラが枯渇するだろう。その前に窒息するのが早いだろうが。

 

 だが、具現化物の維持補助効果のある白霧を味方に付け、念獣の少女は白霧の中を素早く泳いで胃袋の裏面にたどり着き、モビーの腹を切り裂いた。モビーに捕食されたのち、数分ほどでだ。

 

 モビーの体内の白霧があふれ出し、周囲が白霧に包まれる。咄嗟にハウルをオーラ吸収の除外対象に指定する。ターリルには最低限の"堅"で我慢してもらうしかない。

 

「あぁっ、クソ、ようやく解放されたと思ったのに、またかよ――……」

 

 少年の顔に虎面が戻る。狐面の少女は、虎面の少年の背に抱きつき、おぶわれる。

 

『フフ、お兄様が粗相をしてしまったようで。では改めて。ワタシの名前は虎林風音(カザネ=コリン)。そして、受け継がされる死者の憑念、"転生林檎(トラ・トラ・トラ)"の五代目を務める女でもあります。以後、お見知りおき――になる必要はないですね。皆さん、どうせ死ぬのですから』

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