HUNTEE+HUNTEE   作:砂漠谷

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あけましておめでとうございます。


ペーパーズ、プリーズ

『以後、お見知りおき――になる必要はないですね。皆さん、どうせ死ぬのですから』

 

 虎面の少年が再度バレーボールのように手を組む。タメの後の大きな斬撃。だが、同じ手は二度と喰らわない。筆槍銃で調整したオーラと共に、周囲の白霧も凝集させて、予測できる幾つかの斬撃軌道上に置く。

 

「――"紙様(ペーパーズ、プリーズ)"」

 

 少年の呟きの後に来たのは、大きな斬撃――ではなく、小さな斬撃が複数個。

 

「その程度なら、白霧で吸収できッ――何!?」

 

 その斬撃は、先ほどの斬撃よりも大きくなく、鋭くもなかった。

 ただ、白霧に溶けにくかった。それだけだ。

 たったそれだけで、刃こぼれも小さく斬撃は僕たちの身体に届いた。

 ハウルと僕は"堅"により無事だった。だが、白霧にオーラを吸収されるのを避けるために"堅"を最低限にしていたターリルは、頬と腕に手傷を負ってしまった。

 

「っ、かすり傷! さっさとやっちゃって!」

 

 ターリルは逃げ――いや、あの方向は地下の大部屋か。老人たちを逃がそうとしているのか。

 

「ああ!」

 

 任せた、の言葉は口にせず。ハウルと共に仮面の二人と向かい合う。

 

「クレオス。私のこの黒球を、あの少女にぶつけさせてくれ。それで勝てる」

 

 どうやら、血でできた黒球に、なんらかの効果があるらしかった。

 

「タネは?」

 

「後で説明、するっ!」

 

「っ!」

 

 二度目の溶けにくい斬撃。肌にバチバチと当たる感覚にうめき声を上げる。斬撃というよりは、鞭の連撃に近い。

 

「分かった。やってやる――!」

 

 精緻に、素早く、念魚を描く。表現すべきは人が乗れるようなエイ。腹部には大きな孔を複数開け、そこから白霧をジェット噴射して加速できるような器官を搭載する。

 

 描いている間に、再三の鞭のような斬撃。ハウルが庇ってくれたが、鞭の斬撃のうち一つが傷ついている腹部に当たり、ハウルは呻く。

 

「ぐぅ……!」

 

「ハウル、乗れる!?」

 

「っ、ああ!」

 

 白いエイに飛び乗り、ハウルは滑るように高速で移動する。更に僕はトビウオ型の小さい念魚を描き続ける。

 

 迫るハウルに向けて、仮面の二人は鞭の斬撃をいくつも放つが、それは強度の高い"堅"でほぼ弾かれる。しかし、エイに当たったソレは確実にダメージを蓄積させていた。

 仮面の二人まで、50m、30m、10m、1m。エイはひどくぼろぼろになりながらも、ハウルを仮面の二人の場所まで送り届けた。手に浮かせている血の黒球を振るうが、それは少年が低くかがむことにより躱される。更に乗り物に直接の打撃を加え、エイは白霧に戻ってしまった。

 乗り物が消失した事で、空中への跳躍を余儀なくされるハウル。空中で身動きが取れないという、致命的な隙。僕は念魚たちを支援に向かわせたが、間に合わない。

 

『お命頂戴』

「こっちの台詞だ、死後の情念」

 

 小さいタメの後の斬撃。そうであっても、消耗したハウルの身体を切断するのは難しくなかっただろう。

 だが、ハウルは防御を捨て、迎撃を選んだ。斬撃に垂直に"硬"を叩き込み、斬撃を()()()()

 

『んな、お兄様の"紙様(ペーパーズ、プリーズ)"が!』

「やはり、紙のオーラか。薄さと鋭さを両立した紙は、堅さを持ちえない。斬撃が厚く鈍くなった時点で分かったよ」

 

 血の黒球が、虎面の少年に背負われた少女の念獣に叩き込まれた。

 

 その黒さは、一瞬で少女の髪や体表、服に至るまでの全てを黒く染め、彼女は少年にしがみつく力すら失い、地面に倒れた。

 

 少年の顔の虎面が黒く染まり、それが灰のようになって消えた。

 燃えた、としか表現できない消失だった。

 

「――っ、ふぅ。操作されてるって、信じてくれてありがとう、助けてくれてありがとう。」

 

 正気に戻った少年は、頭を僕に下げる。

 

「僕じゃない。ハウルさんが信じたんだ」

 

 少年は、黙ってハウルに向けて改めて頭を下げる。

 

 ハウルは、腹部から血を流し、失血量の観点で危険な状態にある。

 素早く海月姫(フラジャイル)、個体名カノンを呼び寄せて被せた。これで大丈夫だろう。水分も海月姫カノンが体液から補給してくれるはずだ。

 

 そして、地面に倒れ伏した少女の念獣は、這いずりながら、燃え尽きながら、それでも兄と呼ぶ操作対象に近寄ろうとする。

 

『お兄様、お兄様! こんなに愛していたのに、こんなに愛してくれたのに! 貴方と結ばれるために、命すら捧げたのに! どうして、どうして……!』

 

 どうやら、複雑な事情がありそうだ。

 だが、未だ家屋爆破の犯人は見つかっていない。念能力によるものだとすれば、おそらくかなり強力な強化系もしくは変化系能力者だろう。この念獣の命運はここで尽きた。

 ターリルを一人にしているのは少し不味い。負傷の少ない僕は、ターリルの援護に行くことにした。何もなければ良いのだが。

 

 

 

――――――

 

 

 

『どうして、どうして……』

 

 私は、海月の念獣を被り、緊急の治療を施されている。意識は明瞭だ。脳内麻薬の強制分泌の影響か、やや高揚している。

 この状態でも、ややくぐもった声にはなるが喋れはする。これは老人たちで実証済みだ。

 

「君たちは、どういう関係なのかね?」

 

 白髪の少年は、自身の妹に距離を取りながらも向き合い、その質問に答えた。

 

「俺たちは、呪殺稼業の家に育ちました。そこで邪術――念能力のことです――の基礎を学びました。で、ウチには代々、リレーバトンのように受け継がれる一つの秘儀があったんです。それが"転生林檎(トラ・トラ・トラ)"。死ぬ時に、最愛の相手に自分の精神を憑けて操作対象にすることで、自我の生存を図る念能力です」

 

『お兄様、そう、お兄様――貴方は私が世話しなければ何もできない、だからこそ愛おしかったのに。私は死んでも世話をしなくちゃならないのよ』

 

「妹は天才でした。"転生林檎(トラ・トラ・トラ)"の前提条件を10歳の時にマスターし、一人では呪殺できない、念も身体も病弱なオレを、介護するかのようにいつも付き添っていました。そして、とある大きな仕事で死に、"転生林檎(トラ・トラ・トラ)"を発動して念獣に転生したんです」

 

『お兄様! 貴方を健康な身体にしてあげたのも、操作して訓練を代わりにしてあげたのも、全部私のお陰じゃない! なのになんで、どうして裏切るの!?』

 

「妹が本当の意味で今度こそ死ねば、今度はオレが"転生林檎(トラ・トラ・トラ)"の種を持つ番です。そして、オレが誰かを愛して死んだら、今度はオレが念獣になってその愛する人を操作し、支配する醜い念獣になり下がる。妹が生きていた頃は、仄暗い愛情も感じてはいましたが、それでも尊敬に値する立派な女性だった。こんな、支配欲と悪しき母性の権化じゃなかった。この"発"は、人を獣に変えるものです。だから、今後は誰かを愛することなく生きようと思います」

 

 妹の身体は、既に半分以上燃え尽きていた。

 

「いや、それには及ばない。私の"暗黒神話(M&M)"は除念の能力も兼ね備える。心配は要らないよ」

 

「それは――本当ですか?」

 

 白髪の少年は、仄かな希望を眼に湛えてこちらを見つめる。

 

「ああ、そうだ。妹さんにも、尋ねて良いかな。なぜ、私たちを襲ったんだい?」

 

『お兄様――お兄様のためですもの! 家から抜け出した私たち二人の居場所を作ってくださったんですのよ、ドッジ=イロンヴィ様は! ああ、その恩も返せぬまま――お兄様、裏切れば殺されます、どうか今からでもドッジ様の下に――』

 

「嫌だよ、あんなクズの変態に誰が下るか。……なぁ、カザネ。お前には感謝してるよ。お陰で家から自由にもなれたし、この年まで生き延びることもできた。でも、だからってこれ以上お前に支配される道理なんて、無いんだよ」

 

『お……兄ぃ……』

 

 妹、カザネの身体が燃え尽きる寸前。

 

「さよなら、カザネ。ありがとう」

 

 その言葉を受け、カザネは笑顔で散った気がした。

 兄は、こちらに振り返る。

 

「俺は虎林雷行(ライギョウ=コリン)と言います。今、この瞬間からイロンヴィファミリーに追われる身になりました。匿ってくれとは言いません。一緒に、戦わせてもらえませんか? 念の技術は一通り身に着けています」

 

「それは……クレオスが決めることだが。彼女はきっと頷いてくれるはずだ」

 

 地下に行ったクレオスとターリルは、無事だろうか。

 

 

 

――――

 

 

 

「ターリル、大丈夫か?」

 

 老人たちが住んでいる地下の大部屋に急ぎ赴く。

 そこには。

 

 命は、一つしかなかった。

 

 

 

 黒いスーツを着た死体が六つ、血塗れで直立するターリルの側に倒れている。へし折られた銃器もそこにあった。

 

 そして、二ヵ月の間同じ場所で共同生活をした教徒たちは全て、致命的な箇所を撃たれて、息絶えていた。

 

「あたしが……来た時には、こいつらが最後の一人を――は、ははっ」

 

 ターリルは、眼を見開き、瞼を腫らしていた。もう、涙は枯れているようだ。

 

「……そうか。家屋を爆破したのは?」

 

「それもこいつら。TNT(トリニトロトルエン)の匂いが鞄の中に染みついてた。時限爆弾を設置した後、おじいちゃんたちを殺して回ってたみたい」

 

 一回目は凌げた。だが、問題は次だ。

 

「たぶん、これで僕たちを殺せないってことが分かったら、第二波が来る。こういうヤクザは、面子を潰した相手を絶対に許さない」

 

「何!? ここまでやられて逃げろってことかよ!?」

 

 ターリルは、僕を本気で睨む。僕はそれにNOで返す。

 

「逃げない。二波が来る前に、こっちから潰しにかかる。戻るぞ、ターリル」

 

「――アンタだ。アンタも、狙われていることを知りつつ、自分を信じる人たちを逃がさなかった。ハウルはあたしと一緒に爆破されたが、アンタは一人安全な場所にいた。部屋は違うとはいえ、同じ地下にいてこの惨劇に気付かなかったのか?」

 

 それに、違うとは言えない。せめて抗弁はさせてもらうが、言い訳にしか聞こえないだろう。

 

「警告があったのは数日前だ。まさか猶予が殆どないとは思わなかった。逃がす計画自体を練っていたのは知ってるだろ? それに地下とはいっても修行場と大部屋では入り口が違う。爆破音に気を取られてそちらにリソースを回せなかった。まさかここまでやるとは――」

 

「――そうか。全部油断か。全部、お前の愚かさで――いや、気付かなかったのはアタシも同じだ」

 

 裏切りではないと信じてくれたようだ。

 だが、認めざるを得ない。僕の、いや、俺の推測が足りなかった。子供気分の、甘えがあったんだろう。

 もう母さんはいないんだ。守ってくれる(ヒト)も、注意してくれる(ヒト)もいない。

 

(あがな)うよ。奴等の血で。(つぐな)うよ。俺の痛みと疵で」

「アタシも、そうする。アンタもそうしろ、クレオス」

 

 逆襲の時間(カウンターアタックパート)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1979年1月。

 

 ロカリオ共和国ドーリ市で、とある小規模宗教団体による集団無理心中事件が起こったという報道は、ミテネ連邦内を震撼させた。

 

 宗教団体の名前は『栄光の手(ヤングガン・ヘレティクス)』。スラムの高齢浮浪者を主な信者層として集め、地下で共同生活を営ませていたという。

 当初は指導者が医師を名乗り、スラムの人々を治療して人々の信頼を得ていたが、結成から三か月後、地下で共同生活を営んでいた高齢者たちを唐突に銃で殺害。同時にスラム内にある教会を爆破し、主要幹部ら三人は姿を消した。

 

 そしてその三日後。主要幹部ら三人と若い信者一人はロカリオ共和国クウェン市に出現し、任侠団体イロンヴィファミリーの構成員を襲撃した。噂では、魔獣の使役や超能力の使用をしたとあるが、真偽は不明である。幹部層は軒並み死亡し、生き残りの構成員も、体表が黒く染まり、極度の精神摩耗や幼児回帰などの症状を患っていた。

 

 これら一連の事件を受け、国際刑事警察機構は『栄光の手(ヤングガン・ヘレティクス)』の現存メンバー四人をB級犯罪者に認定し、一人1億ジェニーの懸賞金を掛けた。

 

 加えて、ロカリオ共和国はハンター協会に討伐を依頼し、ダブルのテロリストハンター、ボトバイ・ギガンテを中心とするチームが派遣された。

 

 

 

 1979年10月。

 

 しばらく行方が分からなかった『栄光の手』の四人は、ロカリオ共和国内の私有自然公園に建築されていた建造物を破壊。内部の居住者はその殆どが行方を眩ませた。

 これを受け、『栄光の手』の四人をA級犯罪者に昇格。クレオスと呼ばれる指導者に50億の、その他メンバーに10億の懸賞金が掛けられる。これを受けてボトバイはミテネ連邦の全飛行場・港に部下を配置し、人々の出入りを厳重に警戒した。

 

 なお、自然公園の建築物が違法な薬物の精製工場であること、及び内部の居住者が違法な労働契約を結ばれていたことが、後にとあるニュースハンターによって解明された。しかし、それを報道したマスメディアはドーリ市の小規模新聞紙だけであった。なお、その新聞紙はその一ヶ月後に廃業している。

 

 

 

 1980年1月。

 

 死亡したドッジ=イロンヴィの孫娘、リリィ=イロンヴィが全財産の9割をはたいて指導者クレオスの暗殺をゾルディック家に依頼。ゼノ・ゾルディックがこれを受諾した――という情報を、"彼"はその一ヶ月後に入手した。

 

 

 

「奴、指導者クレオスが出現する三か月前に、"石壁"の奴らは東ゴルトーで"白い鯨"を見たという。んで、イロンヴィファミリーの襲撃にも"白い鯨"が使われていたという噂がある。東ゴルトーの高官によると、"三大怪異"のうち一人が脱出した、しかもその怪異には娘がいた、っつー情報も同時期に。ここまで漁るのに何ジェニー使ったか知れねぇ、なぁ? ドゥーン」

 

「お前なぁ、暇つぶし暇つぶしつってそれに何億使ってんだよ」

 

 髪が逆立った少年と、髪がチリチリになっている少年が、ゴミ屋敷で語り合う。

 

「人材探しだよ、人材探し。念能力者向けのゲームを作るには、大量のいろんな念獣や念人形が必要だ。情報によれば、こいつは多種多量の念獣を"描く"んだろ? ぴったしじゃねぇか。とっ捕まえて司法取引して、ゲームのシステムを担ってもらいたい」

 

「でも、相互協力(ジョイント)には本人の合意が必要だろ。説得できんのか? 仮にもカルトの指導者だぞ」

 

 チリチリ髪の少年が言う。それに、逆立った髪の少年が返した。

 

「いんや、ああいう奴は、少人数団体のリーダーの器はあっても宗教団体の指導者をする器はないね。なんつったって"徳"が足りねぇ。おおかた念能力で神秘体験を演出しただけだろ」

 

「お前と同じか、()()

 

 逆立った髪の少年は、それ以上言葉を発することなく、笑顔を浮かべた。




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