HUNTEE+HUNTEE   作:砂漠谷

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Harmonized Ego Link Architecture

 肺の中に水が貯まっている感覚。

 息苦しい、息苦しいと、叫び声を上げて水を噴き出す。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 

 新生児の泣き声は、呼吸の訓練という。俺という成人者の精神が宿っているので、おぎゃあ泣きはやや恥ずかしかったが、恥ずかしがった末に窒息というしょうもない死に方はしたくない。

 

「ようやく生まれた……絶対、幸せにするから」「こんな世界で、幸せに生きられるかは分からないけど。生んでしまった責任は取らなきゃね」「まずは母乳を与えないと」「無事に生まれてきて……よかった……!」「これからは私が護る。敵は全員殺す」「生まれる前よりオーラが滑らかだね。不思議、赤ちゃんってどれもこんなもんなの?」「赤ちゃん! かわいー!」「でしょ!? 生まれたら絶対可愛く感じるって言ったじゃん!」「どうやって守るか、それが問題だ」「本当に、産んでよかったのかな……、それでも」「この子を守れる力が、私たちにはあるのかな?」「悪くない……本当に、悪くない」

 

 ようやく呼吸が安定して、視界もやや晴れてくる。

 目の前には。頬から顎、開いた胸元に掛けて、口が十個以上もある化物のような女が、俺を抱きかかえていた。

 口は各々、思い思いに言葉を吐いている。

 抵抗する術のない俺は、恐怖で気絶した。

 

 

 

 ぼんやりとした意識から、徐々に覚醒へと浮上し始める。

 口に突起が当たると、無意識にしゃぶってしまう。肉体の本能ゆえか。

 

 俺は母親の乳房をしゃぶっていたようだ。

 

「わー! 目ぇ覚めた! やっぱり可愛い! 女の子だから更に倍、可愛い!」「よしよし、大事な大事なディーヴァ。私の、一番の宝物」

 

 瞼を開く。口の数は、先ほどより少なかった。

 それでも二つ。普通の口と、右頬にある口。ちょうど、某呪術漫画の主人公と宿怨のような二つのそれは、各々俺に語り掛けてきた。

 

「あ、ああ……」

 

 恐怖は先ほどより少ないが、しかしシモの方はゆるく、漏らしてしまう。

 そこで、俺はおむつを履いていることに気が付いた。

 

「わー、おしっこ。ばっち」

 

 頬にある口は閉じられ、それは普通の肌に戻る。口は一つになった。

 

「ディーヴァ。言葉は、まだ分からないと思うけど、私は、あなたの、ママよ。言ってみて?マ、マ」

 

 やはり。この怪物の姿をした女が、俺の母親か。この口は、何か内部に怪物を飼っているのだろうか。

 いや、それよりも、念能力者という筋の方がありうる。念能力の副作用か何かで、口を生やしているのか。

 

「マ、マ」「いいかい?マの発音は、こうだ」

 

 今度は左頬に口が開き、手で口を模して形作る。

 

「こら、ジュン。赤ちゃんにそんなジェスチャー理解できる訳ないでしょ」

「しかしだな、エリカ。赤子の脳は我々と大きさは殆ど変わらない。直観的に理解できるように、手で表現したのだが」

 

 真ん中の口はエリカ。理屈っぽい左頬の口は、ジュン、と言うらしい。

 多重人格者なのかもしれない。

 

 言う通りに、口を動かす。母親を喜ばせてみるのも良いだろう。

 

「ア、ア」

 

「そう、その調子だ。唇の形はこう、こうだ!」

「え、本当にできるの……!?」

 

 失敗した。恥ずかしい。もう一度だ。

 

「マ、マ」

 

 それから、彼女(たち)は全ての口を出し、とても喜んでくれた。

 

 俺は恐怖に幼い脳が耐えきれず、またもや気絶した。

 

 

 

 二年が経った。

 

 この二年で理解したことを書いていく。

 

 俺は女の身体で生まれた、ということがまず一つ。あの空間と、あの邪神の声は脳裏にくっきりと残っている。邪神、存在Zのやりそうなことだ。

 

 そして残りの一つは、母親は、やはり多重人格者だった、ということだ。それも十二人格。妖怪漫画の敵役、仙水忍の七人格を超える十二である。多い。

 各人格が持つ『口』を具現化する共通の念能力の他に、人格にそれぞれ一つの念能力を持っているようだ。

 肉体の名前はヘラ。二十三歳だという。黒髪の長髪で、美人であることは間違いないが、人格によって表情筋の使い方が異なり、かなり印象が変わるので、どんな感じの美人かは一概には言えない。

 『口』の念能力名も"H.E.L.A(Harmonized Ego Link Architecture)"。人格を統御し、民主制機構によって人格と肉体の暴走を防ぐ仕組みを持つ、操作系と具現化系の複合型念能力だという。

 

 操作系と具現化系の複合と言って、ピンと来た人もいるかもしれない。そう、彼女の、肉体の系統は特質系である。だが、人格がそれぞれ持つ固有の念能力の系統はバラバラだ。

 

 主な人格であるエリカの念能力は"風の歌を聴け(トワイライト・プリンセス)"。手を翳した相手の疲労を和らげる強化型能力。

 理屈っぽいジュンの念能力は"Last Resort(ホットスポット)"。機械を破壊せず、その内部を露出させる操作系能力。

 

 他の人格も、それぞれ能力を持っており、それは後々説明することになるだろう。

 

 俺と彼女が住んでいる場所は、とても豪奢な座敷牢のような場所であり、そこに閉じ込められている。

 

 外は鉄格子の嵌った窓から見えるだけであり、外に出してもらったことは一度としてない。

 

 本棚は十台以上あり、そこは本で埋め尽くされていた。百科事典から専門書、小説まで大量にある。

 鍵の掛かった扉は一日一回開き、銃器を持った女性兵士と一緒に、女性給仕が一日分の料理を持ってくる。

 料理は、冷めてはいるがかなり手間が掛かっていることが味と見た目から見て取れる。

 母が人肌で温めてから食べさせてくれる離乳食はとても美味しい。

 母はかなり細い体型の割には大食いで、男三人分程度の食事を平気でぺろりと食べていた。食事はココ(幼い言葉使いをする、ストレス発散担当人格)担当であることが多いようだ。

 

 ここ二年間は、食べては寝て、母から本を読み聞かせてもらい、母が寝静まった後に、こっそり"練"や"凝"などを我流で修行する日々だった。

 なお、文字はハンター文字ではなかったし、今はすらすらと読めるが、最初のうちは読めなかった。

 

 とても驚いたことが一度だけある。一歳の誕生日を迎え、母たちから祝われた日の夜、念の応用技、"円"によって外部の人間を把握しようとオーラを広げた十数秒後である。

 銃を持った男の兵士が十人ほど部屋に突入してきて、母と俺を引き離して拘束した。

 

 母は数日ほど、別室に連れていかれたようだ。その間、俺は一年間ずっと一緒にいた今生の母親と、初めて離れ離れになった。

 

 戻ってきた母は、泣き腫らし、頬に痣を作った状態で戻ってきた。一応の手当はされていたようだが、拷問とはいかないまでも、かなり厳しく尋問されたようだ。

 母(全ての人格が俺の無事を確認するために表に出ていた)と俺は、互いに互いを抱きしめて、泣いた。その後、念の制御についてしっかりと、母に教えてもらうこととなった。母親は心源流ではないようで、水見式については知らなかったが、人格の一人であるカオルに、手相によって系統を占ってもらった。変化系にかなり寄った具現化系であるようだ。

 

 そして、今日が二回目の誕生日祝いである。一年間ほどナオ(天才肌のオーラ操作担当人格)やアヤ(恨みつらみばかり口にする記憶担当)、セラ(負けん気の強い修行担当の人格)に念の修行に付き合ってもらい、既に得意な系統の修行はレベル5まで到達した。

 "発"の開発は止められているが、母たちの態度を見るとそろそろ許しが出そうだ。

 

 二歳の誕生日である今日、母に、今まで隠していた告白をしなければならない。

 

 『俺は転生者である』、つまり、真の意味であなたの娘ではないと、言う。

 

 これで見捨てられても構わない。これ以上、大切な女性(たち)に自分を偽って過ごすのは耐えられない。

 

 それを、誕生日ケーキの前で、母にぶちまけた。

 

「母さんたち。全員、出てきて」

 

「ん?なあに?もう二歳だね、時間が経つのは早いねぇ」「ここまで来られたのは奇跡だよ……産婆もなく生まされて、よく健康に育ってくれた」「二歳か。自己主張がこれから強くなるな。どう接すべきか……」「二歳、おめでとう! えっ、感動で涙が……」「共有の涙腺で泣くな、ミヤ! ――まあいいか、今日くらい。この先も私がずっと守ってやる」「二歳で凄い念能力の伸びだね。ファーストティーチャーとして感慨深いよ」「おめでとう~! 一緒にケーキ食べようケーキ!」「ウチの娘は本当に最高ね、将来有望すぎて怖いわ、ウフフ」「油断はできないわ。ここからどんな危険な目に会うか。そろそろ自衛の手段も教えないと」「あなたとの思い出に、後悔が無くて良かった。素敵なメモリー、ずっと抱きしめているわ」「ナオ以上の天才肌で、我らが娘ながら嫉妬するんだけどォ。でも、その何百倍も嬉しいな!」「二歳か、悪くない――本当に、悪くない」

 

「伝えなきゃいけないことがある。実は私――いや、俺は。生まれる前の、記憶を持っているんだ。お腹の中の記憶とかじゃなくて。別の世界の別の国で、生きて、死んだ、大人の男の記憶。母さんたちは、前世とか信じる?」

 

「……ショックだわ」

 

 最も接した時間が長かった人格、エリカが、小さくつぶやく。

 

「ごめん。こんな気味の悪い魂が、この身体に入ってて」

 

 俯いて、顔を見せないようにする。

 

 殺されても構わない。でも、母が俺に憎しみの感情を向けた顔を、見たくはないのだ。

 

「……違う。エリカがショックを受けたのは、隠し事をされていたことだ」

 

 最も知性的な人格、ジュンがそれを否定する。

 

「あなたの魂は、まぎれもなく私たちの娘。無垢でも、幼くなくても」

 

 直観に優れたレイが、それに付けたす。

 

「確かに、あなたの前世が男の人だったことも、ちょっとはショックよ。でも、それは私たちの二年間と、血の絆を否定するものじゃない」

 

 負の記憶に囚われているアヤも、同様のことを話す。

 

「よくわかんないけど、中身は男の人ってこと? 私たちの娘で、大人の男の人。ちょっぴりヘンだけど、なんだかワクワクする!」

 

 幼く、しかしポジティブなココはいつも通りスマイルで。

 

「お互い愛しあってるからね。それ以外はどうだっていいかな」

 

 無気力な休憩担当、ノアはぼんやりと。

 

「エッぐ、ごめんねぇ、今まで女の子扱いしてて。ごめんね、恥ずかしかったよね」

 

 泣き虫の感情発露担当、ミヤは涙腺を使って感情を表現する。

 

「ふふふ、私たちの娘、いや息子、やはり娘? 実に面白いじゃないか。私の好奇心は、今までになく躍動している、ありがとう、世界を渡り生まれてきてくれて!」

 

 若干マッド入ってる天才肌、ナオはニヤニヤを止められずにいる。

 

「ウチの子が、成人男性の過去を持つ……つまりIQ200!真性の天才よ!最高すぎるわね」

 

 自信家で社交家、あまり出てこないコミュニケーション担当のリナは、自慢の種が出来たことで頭がいっぱいなようだ。

 

「前は男の人だったのね、そう。それでも夜道を歩いたりしてはだめよ? 今は女の子なんだから。危ないことはしちゃダメ。昔の意識をそのまま持ち込んではダメ」

 

 謎めいた口調の危機管理担当、カオルは少しズレた説教をしてくる。

 

「て、転生者――! ねぇねぇ、チートとか持ってるの? いや私たちの娘だもの、存在自体がチートよね。うぐぐ羨ましい、私も異世界転生したいぞォ!」

 

 負けず嫌いなセラの意外な一面があらわになる。オタク気質なのだろうか。

 

「前世の経験と記憶、か。それはそれで、悪くない。本当に――悪くない」

 

 何担当かいまいちよく分かっていないユウは、いつも通りにニヒルに笑う。

 

「えっと、つまり……!」

 

「「「それでも、あなたを愛します(するよー)(すわ)!」」」

 

 十二の人格は。

 母は。

 偽っていた、俺の存在を、実存を、ありのままを。肯定してくれた。

 

 二回目の誕生日祝いは、俺がうれしさで泣きじゃくることで終了した。

 

 幸福に抱きしめられ、眠りに入る。

 

 ああ、重要なことを言い忘れていた。

 俺の名前は、性自認が男性ということで、新しく付け直された。

 

 かつての名前を、ディーヴァ。

 新しい名を、ヘライクレオス。

 

 名字は、以前と変わらずマサドル。

 

 血縁上の父は、マサドルディーゴという。

 

 ここは、東ゴルトー首都ペイジン、その離宮だ。

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