二歳の誕生日から二年間。勉学や読書、イラストやパズルなどを時折挟みつつ、念能力の基礎修行や系統修行を継続した。そして、その合間合間に、前世の日本の話を求められ、母に多くを話した。
その国は独裁国家ではなく民主主義国家であり、豊かで、念やオーラという概念がない世界であること。
この世界によく似た世界を描写する漫画が有名だったこと。
この東ゴルトーが、漫画の中の東ゴルトーと同じだとは思わないが、とても似ている、ということ。
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。ハンターハンターのどこが好きとか、どのような展開を辿っていたとか。前世の僕が、少し妄想が得意なだけの、凡庸な人間であったことも。
母は、東ゴルトーの中流家庭で生まれた。そこから紆余曲折あってディーゴ総帥に見初められたため、母は本や映像でしか他国を知らない。
だからだろうか、母は外国の話に飢えていた。それがたとえ、僕の記憶の中にしかない前世の国の話だとしても。
私が話す日本は、母にとって理想の場所だったようで、随分色々な話をねだられた。日本人になりたいと人格の一人が呟いたら、それに賛同の声で十二の口が開いたこともある。
母も、日本の話の代わり、という訳ではないが、多くの話をしてくれた。
血縁上の父、マサドルディーゴのこと。ここに幽閉される前は、東ゴルトーの念能力者部隊にいたこと。
部隊での日々、そこからディーゴに見初められて、光栄だと思ったのも束の間。他の正妻・側妻からの嫌がらせに遭った話。
幽閉されたきっかけについて、詳細は話してくれなかったが、大まかには察せた。
主に、記憶担当のアヤ母さんが語ってくれたが、この記憶は共有されているらしく、他の人格も解釈を変えながら語ってくれた。
……ああ、一人称は『僕』に変えた。『俺』だとあまりに女らしくないから、本当は『私』が良いんだが、それはかつて男だった記憶が邪魔をした。『僕』だと中性的なニュアンスが強いから、妥協できた。
そんな今日は、記念すべき四歳の誕生日である。
「母さんたち。やっと、四歳の誕生日だ。ここまで、長かったけどあっという間な気もするね」
「「「ええ、そうね(そうだな)、おめでとう!」」」
僕の誕生日は、全人格が一斉に表出する数少ない日だ。
エリカ母さん、ノア母さん、ジュン母さん、ミヤ母さん、レイ母さん、ナオ母さん、ココ母さん、リナ母さん、カオル母さん、アヤ母さん、セラ母さん、ユウ母さん。
12の人格が、12の口で一斉に俺を祝福する。その言葉に照れつつも、素直に受け取ることにした。
「ありがとう。誕生日に、一つ、許してほしいことがある。念能力について。オーラ量も、長年念能力者をやっている母さんの総量と同じくらいはある。操作技術についても、基礎から応用まで最低限のものは身に着けたという自負がある。母さんたちの中で一番オーラの扱いがうまいナオ母さんに、『これ以上教えることはない』って言われたのは、十二人全員知ってるよね。だから、そろそろ、初めての"発"を作成したいんだ。良いかな?」
珍しく、無気力なノア母さんが最初に口を開く。
「私はあまり賛成できないわ。力を持っても、危険な目に遭うだけ」
しかし、念についての知見や技術に長けたナオ母さんは、それに反論した。
「私から見て、発を作る実力は十分に身についていると思うが?」
冷静な作戦・俯瞰担当のジュン母さんは、意見を付け加えた。
「身体が出来ていないのが、少しネックだと思う。でも、それを除けば十分に条件は揃ってる。何か、私たちも"発"を作って、念能力の発現をサポートするのもアリだと思う」
まとめ役である、エリカ母さんが、他の人格に問いかける。
「他に、意見のある人格はいるかしら。……いませんね。――では、決を取るわ。
エリカ母さんが、人格統制用念能力システム――"H.E.L.A"に決を依頼する。すると、母さんの身体の額に、円形のスピーカーのようなものが具現化された。
『了承しました。娘にして息子。マサドル・ヘライクレオスの"発"作成に賛同する人格――十。反対する人格――二。ただし、反対人格は強制拒否権を行使せず。可決されました。マサドル・ヘライクレオスの"発"作成に、当肉体は賛同します。続けて、第三人格ジュンの提案。マサドル・ヘライクレオスの"発"作成を補助するため、当肉体が新たな"発"を作成する件について、決を取ります。賛同する人格――十二。全人格一致で可決されました。全人格一致により、
その光景は、僕にとって初めてだった。
女性の合成音声によって、次々と決議が読み上げられる。それは、人格ではなく、念能力システムそのもの。普通であれば、念能力は人格の意志により"使われる"ものだ。しかし、システムH.E.L.Aは、人格を総合し、人格を"使う"念能力である。
その特殊性と、投票制度という強い制約により、強力な多機能を実現しているのが、"H.E.L.A"だという。
その一つである、
オーラが先ほどとは比べ物にならないほど強まった彼女は、十二の口を人格ごとに思い思いに微笑ませる。
エリカ母さんが、二コリと微笑む。
「心配だけど――あなたの意志だもの。私たちが、全力で支えるわ。だからあなたも、頑張りなさい?」
その眼には、しかし情熱の焔が宿っていた――気がする。
その後から、念能力開発のための新たな修行が始まった。
最初は、どのような"発"を作成するか。その、思索からだ。
僕の適性は、変化系にかなり寄った具現化系。水見式を行えば、不純物が現れることは確定している。
だが、それでも僕は水見式をやってみることにした。どのような味の、どのような不純物なのか。それでもっと詳細な適性が分かるはずだ、と。
結果。コップの中に現れた不純物は、『小さな心臓と、そこから流れ出す不透明な液』だった。
コップの中の水を舐めてみると、かつおだしと昆布だしを合わせて風味を飛ばしたような、純粋なうまみ成分を感じた。
前世を思い出す。前世において、僕は心臓を包丁で刺されて死んだんだっけ。そして、あの白い霧の空間を経てこの世界に誕生した。
心臓、いや生命か? それと、生死、霧、黒い狭間、邪神、白い孔、再誕。ああ、ペンと包丁も、かな。
転生時の出来事では、このあたりがキーワードだろう。
そして、前世では、黒歴史ノート、セキュリティエンジニアリング、CGグラフィック。そして最も大きいものとして、ハンターハンターという、漫画。
「……どうしよう、全く思いつかないや」
心臓にまつわる能力は数十ほど考えて黒歴史ノートに詳細を記したことがある。念能力として使えそうなものも、十種類ほどある。
しかし、そのどれもがしっくりこないのだ。何か、パーツが欠けている気が――。
「ヘラクレイオス。過去や適性に拘るのもいいけど、もっと重要なものがあるだろう? 大事なのは――」
ジュン母さんの言葉に、はっとした。そうだ。オリジナルの"発"を作りたい、という意識が先行して、それをどう使うかに意識が向いていなかった。
大事なのは。
「現在と未来、そして、目的」
ジュン母さんは、黙って二コリと口角を上げた。
「そうだ。――まず、この部屋から、母さんと一緒に出たい。広い世界を旅して、いろんなものを見たい。ハンターになるのも良い。母さんに自由になってほしい。ポジティブな動機は、こんなもの」
「ネガティブな動機も、割と重要よ。人間は前だけを向いて、生きていけない」
アヤ母さんの助言にも従う。
「ネガティブなものは、まず、母さんに不幸な目に遭ってほしくないし、失いたくない。そして――死にたくない。記憶を失いたくもない。アイデンティティを保っていたい。母さんと、例え別々になっても、それぞれ幸せに、楽しく生き続けていきたい」
「――悪くない。それらを統合すると、どうなる?」
ユウ母さんの誘導に従い、言葉を続ける。
「自分と、愛する人の自由と、生存」
「素晴らしい。自由と生存。それらを脅かす最も大きな障害はなんだ?分析しなさい」
レイ母さんらしい、現実に即した質問だ。
念能力は、夢を追うように作ってはいけない。そうだ。念は精神の産物であるが、この世界において決して空想のものじゃない。
「
「良い分析だね。では、能力のモチーフや詳細はともかく、だいたいどういう効果が得られるべきかは、当然分かるね?」
ナオ母さんの挑発的な質問に頷く。
「どんな大口径の銃や砲、爆弾の類でも、対処できる能力。そして、その能力は対念能力者の戦闘にそのまま転用できる。――僕が、強化系であれば、シンプルに強化系を極めるだけで良かったんだけど。変化に近い具現化系で、これは難しいぞ」
念頭に置くのは、ウボォーギンやゴンさん。強化系を極めた彼らは、対物ライフルやロケットランチャーを生身で受けきり、キメラアントの護衛軍の一匹を瞬殺できる。
だが、僕は変化に近いとはいえ、具現化系。六相図においては強化系とかなり離れている。知恵を絞る必要性がある。
「対銃、対砲、対爆弾、可能ならABC兵器にも対処できる能力。自己だけではなく、少数人の他者も守れる能力。不意打ちや暗殺にも対処できるような、常時発動型の能力。自分や保護対象の自由を束縛しない能力。そのためには――うん、見えてきた」
机の上に紙を広げ、ペンを走らせる。雑なポンチ絵になるが、絵と文字を組み合わせてかき散らかし、概念を整理する。
「水見式で生まれた、心臓とうまみ。いや、解釈して、生命の躍動と、その栄養。これらにきっと僕の適性がある。
霧、黒い狭間、そして、虚空の孔。あの空間での出来事は、三年が経っても記憶から薄れることがない。イメージ修行は容易い。
前世での、黒歴史ノート、CGグラフィック、セキュリティ。特にセキュリティの各種概念は、ABC兵器対策で取り入れられそうだ。
今この場所に置かれている現状、閉じた部屋、閉じた空間。そして、その中に大切な人。この状況も、記憶から取り除けはしない。概念として、酷くしっくりくる」
しっくり来る。そう、能力は、精神の内側で組み立て、現実に持ってくるもの。精神の中にある材料をフルに使えば、その分強力な能力ができるはず――理論上は。しかし、余計なものをやたらめったらくっつけても、強力なものは生まれない。大事なのは、しっくり来るかどうか。言い換えると、精神の中の材料を、どれだけ洗練させて統合するかどうか。
解釈しろ。選択しろ。水見式の結果を。あの狭間の霧を。前世のセキュリティ技術を。この、閉じた世界を。
構想は、終えた。そのあとは、とんとん拍子で進んだ。
二週間。それが、最初の"発"を作成するための実時間だった。
母が補助として作ってくれた能力は、"
「この世界は、インクと紙で出来ている。この世界は、ペンで描かれた。この世界は――大傑作で、金字塔だ。それを、僕という存在が、冒涜的に塗り替える。――"
白霧を吐き出す。いや、呼気だけじゃない。纏うオーラの一部が、薄っすらとした、どこか奇妙な霧に変わる。
「この霧は、
あの狭間に、なぜ霧が在ったか、なぜ、二人が一人に減った時、霧が消えたのか。本来、あの場には一人しか存在することができなかった。それを、無理やり二人存在させるために、あの邪神が霧を設置した。霧が消えた時、存在力の低い死体は存在を維持できず、逆に霧にその存在を食われた。存在力の高い生きた魂である俺は、霧がなくとも消滅を免れ、転生を許された。
真偽は不明だ。だが、俺はそう解釈した。そして、その霧の性質を、限定的にでも、模倣して再現する。
"
白霧の性質は、以下の四つ。
一、対象を問わず、オーラによる具現化実体の維持のための負担を低減し、代替する。これはオーラ消費の負担だけでなく、維持のための精神集中やその他の制約による外部コストも低減・代替する。
二、オーラを持たない、実在する物質の持つ物理エネルギーを吸収する。吸収速度および優先順位は、原則として『運動エネルギー>熱エネルギー>電気エネルギー>音エネルギー>光エネルギー>化学エネルギー>その他エネルギー』。吸収したエネルギーは白霧の維持および増量・増幅に使われる。また、大きいエネルギーほど吸収速度は高くなる。
三、自分および指定した一名のものを除き、オーラを吸収する。これは念能力者が纏うオーラを含むが、"絶"により、ある程度の抵抗は可能。顕在オーラを増やせば増やすほど、吸収速度は上昇する。吸収したオーラは白霧の維持および増量・増幅に使われる。
四、白霧の中に念能力者が存在する場合、その念能力者の"誓約"の代償支払いを、『白霧の外に出る時まで』に猶予する。
制約は以下の通り。
・一度白霧に変換したオーラは、元のオーラには戻せない。
・このオーラは、非念能力者の目にも見える。これは"隠"を用いても変わらない("隠"を用いると、オーラを持たない普通の霧に見える)。
・白霧がエネルギーやオーラを吸収したことで霧の量が増えた場合、自分由来の白霧の比率が低くなればなるほど、オーラの操作難度が高まる。
・"絶"状態であっても、一度白霧になったオーラは消滅せず、体内に戻らず、慣性に従う。"絶"を解除した場合、再度操作が可能になる。
・具現化したものを含む、固体に近い性質に変化したオーラは、吸収効率が下がる。(例えば、"
・具現化存在か、具現化していない変化オーラかの判断は、『"隠"を用いない場合、非念能力者の目に映るか』で判定される。
・"誓約"の代償支払い猶予時、その代償の大きさに依存して白霧が少しずつ消失する。
誓約は以下の通り。
・この念は、死後の念としての使用を禁ずる。死後の念として使用した場合、念能力によるものや神の御業、キメラアントの摂食交配によるものであっても、蘇生や復活はできなくなる。これは、能力第四の対象とならない。
"
銃弾や砲弾を、運動エネルギーを吸収することで減速させ、爆弾でさえも熱と音を吸収して無力化する。強化系のように皮膚で弾くのではなく、白霧の中を全て緩衝材とすることで、防御を発揮する。
ごく近くからの射撃には無力という欠点はあるが、近寄らせなければいいだけの話だ。オーラで肉体を守ることができない兵士は、熱エネルギー吸収によって下がった温度に震え、白霧の外に出ざるを得ないだろう。オーラを持つ念能力者でも、"練"を高めればオーラを白霧にかなり吸われるため、入るのを躊躇するはずだ。
また、自分が"絶"によって無防備な状況でも、白霧を味方に付けて行動することで戦闘を有利にすることができる。
この念能力は、具現化系のその他の能力と組み合わせることで真価を発揮するため、他の具現化系の能力も作成する必要がある。故に七つの制約と一つの誓約を作り、可能なことを制限することで
「――うん、これで良い。ナオ母さん、たしか具現化系だったよね? この霧の中に入れてみて、お願い」
「ああ。"
ナオ母さんが、念能力で生み出したのは蠅。それも、腹の中に小さな卵を複数抱えた半透明の念獣だ。
念獣を白霧の中に入れると、蠅はいきいきと霧の中を飛び始めた。
「――なるほどね。私は具現化系だから、念獣を遠くに飛ばす放出系のような技術は少し苦手だ。だから『寄生型』というアプローチを取ったんだけど……。今の寄生蠅、ゼブブは人ではなく霧そのものに寄生しているみたい。ただ、一つ気になることとして。ゼブブにかなり指示が届きにくいな」
ナオ母さんは、蠅を操作しながら冷静に分析を進める。
僕は、
「――ん?指示が通るようになったけど。何かしたかい?」
「うん。この霧は、念獣とかの具現化物質の維持を肩代わりする一方で、オーラや物理的エネルギーを吸収するんだ。ただ、オーラ吸収を闇雲にされたら困るから、僕と指定したもう一人は除外できる。それで母さんを指定したんだ」
「――なるほど。微弱なオーラで通信していたから、それが減衰していたという訳か。思念波を直接送って操作していたイメージだったが……無意識にオーラが媒介していたか。今後の研究に活かせそうだ」
ナオ母さんはそういうと、内側に潜って思索を始めたようだ。
修行担当のセラ母さんが続いて表出する。もう口の形で誰か判別できる程度には母さんたちには慣れた。
「ねえ、ヘライクレオス。この念能力の運用に必要なものは、もう分かるわよね?」
「うん、一つは、主武器となる具現化系の能力。もう一つは、霧を大量に生み出すための潜在・顕在オーラ量」
潜在オーラ量とは、体内のオーラ量。顕在オーラ量とは、体外に一度に出せるオーラ量のことである。セラ母さんは満面の笑みで頷く。
「そうと決まれば、とにかく修行よ! ……なんだけど。今のあなたのオーラ量でも、下手に全力の"練"をすると、外の念使いの兵士に察知されて酷い羽目になるわ。だから……私の念能力を使うわね。"
セラ母さんの放出系念能力、"
"隠"の維持はセラ母さんが担うので、発動をこちらが阻害しなければ、"隠"をしながらでも全力の"練"や"凝"、そして"硬"が可能だ。
更に、オーラが混ぜ込まれているので、オーラ操作を阻害することもできる。それを訓練器具のように使ってオーラを素早く動かす訓練にも使える。
母さんたちの助けを借りつつ、転生五年目六年目、そして七年目は、その殆どが修行によって過ぎ去った。