HUNTEE+HUNTEE   作:砂漠谷

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イマジナリ・スクランブル

 七歳の誕生日。

 

 外には未だに、出ることができない。

 

 母親からの口伝てに加え、耳をそばだてることで外の会話を盗み聞きして、なんとなく外の状況を把握している。

 

 時折、ドアの外にいる兵士の会話に、『ビゼフ長官』という人名が出てきたのが最近である。

 

 前世の原作では、東ゴルトー共和国の裏のトップであるビゼフ。女好きの俗物ではあるが、その政治手腕は高く、原作ではメルエム率いるキメラアントたちに有能さを売り込み、最後まで生き延びた。

 

 前の国務長官が不審死し、その後釜にビゼフが据えられたというか、汚職と根回しで勝ち取ったということらしい。

 

 それは、母の地位が今より更に危うくなった、ということも意味する。

 

 母曰く。僕はマサドルディーゴ総帥の、実の子である。それも、()()()()()()。母はかつて、本物のディーゴの愛妾であった。だが、正妻になれず、正室や側室に嘲られるストレスで解離性同一性障害、つまり多重人格を発症した。その直後に、念能力が暴走し、ディーゴを傷つけたことで死刑囚として幽閉されることになった。

 

 ディーゴはその後、負傷によって総帥の責務を十全に果たせなくなったとして、隠居して影武者にその地位を事実上譲ることになる。

 

 だが、何の不幸か、母は幽閉後、ディーゴの子を孕んでいることが判明した。それを知った本物のディーゴの意志により、国の上層部は母を殺すことはできなくなったらしい。その時に交渉し、プライバシーを理由に監視カメラを外してもらった。だからこそ、こうやって部屋の中で念能力の修行ができるのだ。

 死刑囚から、『処刑できない危険な念能力者』に移り変わった母は、七年以上の間、この部屋に俺と共に閉じ込められている状態だ。

 

 今の母が生きながらえているのは、本物のディーゴの意志に従う幹部層の忠誠故だ。

 だが、ディーゴが隠居し、影武者にすり替わった今、幹部層のディーゴへの忠誠は薄れている。代わりに、金や女を部下たちに融通するビゼフ長官に支持が集まっているのだ。彼らがディーゴの意志を無視して母を処刑する危険は十分にある。

 事実、一年前に、僕が部屋の外にオーラを漏らした時。それを母の仕業だと誤認して、念能力者の兵士によって母は厳しい尋問を受けたのだ。ディーゴの側室である母を蔑ろにする土壌は、十分に整っている。

 

 潜在・顕在オーラ量は十分にある。普通の"練"は18時間連続でできるようになったし、型稽古をしながらの"堅"も4時間以上可能になっている。

 第二の"発"はまだ作成していないが、構想は十分に練っている。"白い恋人(アウターサイエンス)"を応用した技もいくつか開発した。

 

 食事も徐々に質素になっている。味と量、共に劣り始めてきたのだ。穀物は臭みのある古米が使われる。食パン一斤には小さなカビが少なくとも一つはある。野菜は虫食いが当たり前になっている。肉はそもそも極わずか。盛り付けもほぼされず、適当に加熱されたものをボウルの上にぶち込み、雑に塩をまぶしただけのものが多い。

 

 今はなんとかなっているが、これ以上悪化すると、母の健康と僕の成長のための栄養が不足してしまいかねない。母は多重人格故か、消費カロリーが多いし、僕も育ち盛りだ。部屋に食事を持ち込む兵士に苦情を言っても、睨まれた後に無視される。

 

 "MUGEN(イマジナリ・スクランブル)"によって精神空間に飛び、そこで計画を立てる。

 何の計画と言われれば、当然、この部屋の、そしてこの国からの脱出計画だ。

 

 母たちの念能力は、数は多いが単体で強力な効果を発揮するものは殆どない。

 十二人分ある容量(メモリ)は、しかし一人当たり元々の約半分程度しかない。それに、その内約10%は"H.E.L.A(Harmonized Ego Link Architecture)"の維持に費やされている。故に、一人格が使える容量(メモリ)は、多重人格になる前の約40%。割合はH.E.L.Aが算出した。

 合計すれば六人分の容量(メモリ)になるのは事実だが、それでも"百式観音"や"玩具修理者(プライズドクター)"のような強力で便利な能力を持つことは難しい。

 だから、母は今まで脱出を諦めていたのだという。だが、銃器に強く視界阻害効果もある、僕の"白い恋人(アウターサイエンス)"によって糸口が見えてきた。

 

「ナオの寄生蠅ゼブブとセラの"隠"共有のコンボで偵察を進めている。"凝"が達者な念能力兵も何人かいるが、今のところは少数だ。蠅に顔を覚えさせて見つからないように動かしている」

 

 主導しているのはジュン母さんだ。それに、戦闘顧問担当のレイ母さんが付け加える。

 

「"凝"が達者ということは、戦闘も達者と言うこと。それに、"発"で初見殺しをかましてくる可能性も十分ある。相手の"発"の概要を知るために、何かしらちょっかいを掛けたい」

 

 殆ど出てこない危機管理担当、カオル母さんも、今回ばかりは口を出す。

 

「私は反対。能力の発動条件が、相手に攻撃されること、というパターンは多いわ。あくまで、兵士同士の会話や癖などから推測するのに留めるべきよ」

 

 十二の人格のうち、戦略に長けた三つが喧々諤々と精神空間で論を争う。精神空間では、人格ごとに一つの身体を持っているため、同じ顔が十二人いる。四年も共同生活を続けていると、表情筋の使い方だけでほぼ完璧に判別できるようになった。

 

「とりあえず、偵察は続けるが、今日のところは情報が足りない。修行に移るぞ」

 

「ああ」「ええ」

 

 会議は終了し、人格は各々、"MUGEN(イマジナリ・スクランブル)"の精神空間内部でイメージ修行や系統修行を行う。十分に精神が疲弊した後、更に現実世界に戻ってセラ母さんの"LIFE!(ナイトホークス)"でオーラを隠しつつ修行を行う。

 "円"の内部を吸音の性質を持つオーラで満たす"ひかりのなかに(ノーカントリー)"はノア母さんの念能力だ。これも必要に応じて併用する。

 僕はまだ成長途上であり、筋肉が身長の伸びを阻害するのは避けたいと思い、最初は体力作りに絞ってトレーニングを行っていた。だが、この世界では、鍛え方次第で小さな筋肉から大きな力を発揮することもできるというじゃないか。それを聞いて、トレーニングメニューには筋トレを取り入れた。

 

 

 ――そうして、三か月。食事の量と質が目に見えて減っている。時折、出ない日もあるのだ。衰弱死を狙っているのか。食事を一気に絶たない理由は、「飯がでない」と暴れられると困るからだろうか。

 食事に毒が混ぜられる時もあるが、それはミヤ母さんが具現化した念の果実、"蜜柑(ときのカケラ)"と一緒に食べることで解毒した。

 十分な食事が無ければ、トレーニングの効果も出ない。もう少しで能力の成長に歯止めが掛かる。その後は衰えていくばかりだろう。

 

 作戦はすでに、練り切った。

 脱出の機会は、今しかない。

 今が、扉をこじ開ける時だ。

 

 深夜、夜二時。兵士も殆どが寝静まり、看守の役割を担っている兵士もうつらうつらしている時。

 ノア母さんの吸音"円"、"ひかりのなかに(ノーカントリー)"。

 これを小規模に使いつつ、ジュン母さんの"Last Resort(ホットスポット)"で鍵の内部を露出させ、扉に付いている頑丈な物理鍵を開錠する。

 

 ガチャリという音は、響かない。

 

 扉の兵士に気付かれないように、扉を僅かに開いて、隙間から"白い恋人(アウターサイエンス)"の白霧を露出させる。

 熱エネルギーの吸収により、緩やかに気温が下がっていく。

 

 行動、開始。

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