走る。この奴隷船の船長、バドウから逃れるために。
「イーファさん、無事ですか!?」
「ああ、鉄剣使いは雑魚だった、剣に引っ張られて動いてるのが気色悪かったが、ぶった切ってやったぜ」
走りながらサムズアップを僕にしてくれるが、しかし脇腹から血がにじみ出ている。
「でも血が……」
「後で、トーヴの爺さんが治してくれるさ、それより嬢ちゃん、背負われた方が速いだろ? トーヴ爺に背負われてな!」
「お主が背負うんじゃないんか! まあよかろう、嬢ちゃん大人しくしておいてくれ」
トーヴがナイフで刺された傷は、血は既に止まり、治癒が始まっている。"
背負われながら頭を回す。あのオーラ量の強化系だ、"
思考を止めるな。何かヒントがあるはず。奴の言葉を、使用した能力を思い出せ――ん?
「イーファさん、氷を操る能力者なんですよね!?」
「正確には、『融点自在・沸点自在の純水』の性質のオーラだ! 今それ聞いて何になる!」
「なります! その性質のオーラの一部下さい! 船にある神字、全部消します!」
池の水全部抜く、ならぬ、船の神字全部消す。
十中八九、相手の念能力"
何しろ、今も船中からバドウにオーラが送られているのだから。おそらく、非念能力者が垂れ流したオーラを吸収する神字でも書かれているのだろう。
「私のもう一つの"発"は、念獣を描く能力です。他人のオーラを使えば、
「ああ、もう、分かったよ! たらふくもってけ!」
"
トーヴに背負われたまま、イーファが浮かべる直径1メートルほどの水球を、筆大筒の漏斗部分で吸収し、筆大筒を片手で持って大量に空に魚を書く。
魚は一筆書きで、魚というより透明なオタマジャクシのような形だ。
十秒で五十匹ほど描いたところで、素早く連続して目の部分に点睛する。
人間の単眼を持つ、奇妙な念魚が完成し、僕の意志の元に船中に散らばる。
「あ、イーファさん、今からまた霧を船中にばら撒くので強い"練"は避けてください」
念魚は雑に描いたため、おそらくそのままでは数分で消失してしまう。それを数十分に引き延ばすためには、白霧の具現化物体維持能力が不可欠だ。
「チ、またかよ! 風邪ひくわ!」
悪態を吐きながら、しぶしぶと従ってくれる。
今走っているのは、船の通路。"円"は使っていないが、それでも各部屋のそこかしこに怯えている人間の気配がする。
だが、救出は後だ。まずはバドウを倒さないことには、僕たちの生命は保障されない。
筆大筒を通じて、念魚たちの報告が大量に届く。順調に神字を発見し、逐次潰していっているようだ。金属に刻まれた神字でも、念魚が生やす氷の牙で削り潰せるようだ。
「クソがァアアアア! 俺の船を穢しやがって! 聖域だぞ聖域!」
念魚が数匹潰された。響く声からして、おそらくバドウの仕業だろう。しかし念魚はまだ大量にいる。
僕らを霧の中で見つけるのが先か、それとも念魚が全て神字を潰すのが先か。
スリル満点の鬼ごっこが始まる、と思った矢先。ぐらり、と床が揺れる。
「な、なんじゃ?津波か?」
「船だから荒波が来たら多少揺れるのは当然、今までが凪すぎただけっ、おっと。これはでかいな」
かなりぐらりぐらりと船体が揺らいでいるようだ。通路の奥にある窓の外には、荒波があるはず――違う、天気の良い、凪いだ海?
海が凪いでいるのにも関わらず、船体がぐらぐらと揺らぎ、ミシミシと音が鳴っている。
いやーな予感がする。もしかして、この船自体が……。
「あー、すまん。たぶん俺が殺した鉄剣使い、船の鉄筋構造の維持とかやってたみたいだわ」
「け、欠陥船舶ゥー!」
犯罪者がこんな巨大船舶をまともに入手維持できる訳がない。そういえば先ほどから乗組員も見当たらない。
おそらく、あの三人だけで。その念能力によって、奴隷船テラワロスを運用していた、という可能性に思い至る。
「……まずいの」「……まずいですね」「……何がまずいんだ? 船が崩壊しても俺らなら被害者を救出できるだろ? 崩壊しきる前にさっさと動かねぇと」
イーファのみが気付いていないようだ。頭上にオーラで作られたハテナマークが浮かんでいる。オーラ遊びする暇あったら頭回せよ。
「
轟。目の前に、莫大なオーラが先触れとして現れる。
そこから、徐々に姿を表すのは、おかっぱの男を背負った半裸のタトゥーの男。顔も含め、全身に刺青が刻まれ、それがオーラによって励起している。
おかっぱの男は、血反吐を吐きながら目を見開いている。タトゥーの男は、眼を瞑っている。黙祷だろうか。
「……ケンヂは俺たちの中で一番の阿呆でな。操作系の癖に戦いたがりなんだ。だから、死んだ」
バドウは、おそらく直剣使いのことを言っているのだろう。
「あいつの責任だ。自業自得、バカがバカやってくたばっただけ。――それはそれとして。お前らは殺す、必ずな。"
船に刻まれた神字に籠ったオーラが全て、白霧で減衰しつつもバドウの身体に流れ込む。
バドウの纏う顕在オーラは、今までが一等星だとしたら、満月にも思えるほどの眩さになっている。僕らは三等星、太刀打ちは当然できそうにない。
莫大な顕在オーラは、当然白霧が急激に吸収していく。しかしそれを加味しても
だが、潜在オーラはそこまででないことを、バドウ本人の他には僕だけが察していた。全オーラのほとんどを、制約と誓約によって力量を底上げした"纏"によって維持しているのだろう。
……海千の底が、見えた。
「イーファさん、トーヴさん。三十秒持たせられます!?」
「良いところ見せてやる、惚れてくれてもいいんだぜ?」
「――三十秒、まあなんとかなるじゃろ。そしてイーファよ、前から思ってたんじゃがお主ロリコ」「トーヴ爺さん、連携はBで頼む!」「んなもんないじゃろ」
イーファとトーヴも顕在オーラを身体に奔らせる。二等星が、二人。
僕も筆大筒を構え、全力で白霧を生産・吸収させてオーラを大筒の中にぶち込む。満タンになるまで、あと七秒。
おかっぱを地面に降ろし、拳を振りかぶるバドウと、イーファトーヴのコンビが距離を急激に縮める。
バドウの左拳とトーヴの右拳が激突する。衝撃により、トーヴの拳表面の肉が消し飛び、骨が露出する。一方バドウの拳は無傷だ。
「フン! その程度か腐れ外道よ!」
トーヴの拳は濃厚な培養液オーラに覆われ、再生を開始する。バドウが追撃をするようにもう一つの拳を振りかぶる。そこにインターセプト、イーファが挟みこんだ氷盾に拳は防がれる。
氷盾はひび割れ、一瞬で粉砕される。
割れた氷はつぶでとなり、バドウに叩き込まれるが肌に触れることもできず弾かれ、しかし。
「BOMB!」
沸点が一瞬でゼロ以下になり、氷の破片たちは、一部を除き全てが水蒸気に。
体積がおよそ6000倍になるという事実を別の表現で言い換えると、
氷の破片のうち数パーセントはオーラの鎧を貫く。それは肌に僅かな傷を与え、バドウは顔をしかめる。その隙は、僕らにとってのチャンスだった。
「
イーファの連打。超近接距離から拳、手刀、膝から足の甲を連続で叩き込む。疵は付いていないが衝撃によってダメージ自体は徹っているのは、バドウの表情を見れば分かる。
七秒間が過ぎた。残り二十秒で、筆大筒に貯蔵された白霧の性質調整を行う。
物理エネルギー吸収を切り捨て、オーラ吸収に性質を特化させる。イメージは、オーラを無限に呑み込む底なし沼だ。
「チ、フン!」
バドウは纏ったオーラを全方位に放ち、トーヴとイーファを吹き飛ばす。二人は壁に叩きつけられ、僕を守る人間はいなくなる。
「クソガキ、これで終わ――何!?」
換気口や扉の隙間、壁や天井のひびから数十匹の念魚が飛び出し、バドウに突撃する。半分以上が纏うだけのオーラに弾かれ消し飛ぶが、それでも目くらましにはなる。
筆大筒を抱え、ダッシュ。船内を駆けて逃れる。
「コラァ! んなデカブツ持って逃げられる訳がないだろうが!」
再度、オーラを全方位に放ち、うっとうしい念魚を全て消し飛ばす。バドウはそうして視界を確保し、僕に向かって迫りくる。
バドウは纏ったオーラが散らないように注意を払っているのだろうか、疾走せず、小走り程度で向かってくる。だが、それでも子供と大人の歩幅故に、距離は徐々に縮まり続ける。
正直、筆大筒は重く、太すぎる。本当にこのサイズで良いのか? この形で正解なのか?
筆大筒のイメージは、まだ固まり切っていない。正確には、固まったがまだ可塑性が残っている。
もっと軽く。もっと細く。もっとコンパクトに。これは母へ捧ぐ復讐という決意の具現だが、決意が重く負担になるようでは長期間抱えきれない。
東ゴルトー転覆は一日にしてならず。
思想の遷移に応じさせ、筆大筒の形状は変化する。Gペン・シリンジ・漏斗という三つの意匠はそのままに。細く、小さく、長さはそのままに。振り回しやすいように変化していく。
「天才か、それとも創って浅いか……どちらにしろ、殺す」
どっちもだ。
筆大筒、改め、槍筆銃。サイズは、やや銃身が太い狙撃銃程度。短槍としても、銃としても、そして念獣を描く筆としても用いるつもりだ。更に"身長の伸びに応じてサイズを自動調整"と"その他の理由によるサイズ変更不可"を制約として決めることで、槍筆銃の強度と効果を高める。
これで、多少は軽くなった。だが、バドウも走る速度を上げ、オーラを撒き散らしながら僕に近づく。
残り十秒――だが、二度の全方位放出で消耗したこいつ相手なら、十分だ。
走りながら振り返り、放水機のように槍筆銃の先端から白い液体を噴射する。
「ッチ、その程度で!」
躱すことは難しいと見たのだろう、バドウはオーラを強め、更に腕で頭や胴体を守る。
白液を浴びるバドウ、何も起こらないと首をかしげるが、直後にオーラを白液に啜り取られ、膝をつく。
「? 酸の類じゃ、ねぇ……何を、しや、がった」
オーラ吸収に特化させた液状化白霧とバドウの顕在オーラ量の相乗効果により、大量のオーラを"
オーラを吸った白液はごぼごぼと沸騰するように蠢き、気化しつつもその質量を増やしている。
「お前がそれを知る必要は、特にない」
白液に塗れ、バドウは気絶した。
大量の白い汁を浴びて気絶する反社男性――これ絵面酷いな。
船が崩壊する瞬間に、そんな場違いな連想をした。
常識ではありえない頭脳派の強化系、バドウ
常識ではありえない阿呆の操作系、ケンヂ
常識ではありえない忠誠心の放出系、アッコ
「「「俺たち奴隷船テラワロス三頭狼!」」」
主人公「狼ってキャラではなくない?」
奴隷船の語源はテラワロスwwwwwではなくテラ(非常に)ワロス(古語のわろし、良くないの意味)。
Q.なぜ白液を酸だと誤解したの?教えてバドウ
A.「普通、白い気体と白い液体の効果が同じだと思わなくない? 思ったとしてそこまで強力に調整されてると思わなくない? 思ったとして性質調整とかいう離れ業を子供ができるとは思わなくない?」
ケンヂは鋼鉄操作全般やれますし、鋼鉄に触れた人間も操作できます。
その捜査範囲の幅ゆえに、出力自体は非常に低いです。操作系は早い者勝ちとかいうルールなのに後から来た操作系やら"意志の強さ"やらに負けるくらいには弱い。
気絶した人間に自分の系統を自白させるとかですね、できるのは。一応軽い記憶補正はあります。