にわかな所があるので設定ミスとかキャラの口調の違いとかが目立つかもしれませんが、その時は優しく教えて下さい。
裏路地・少年・出会い
僕は今、うずくまって泣いている。理由なんて子供らしい単純なもの。
暗い、寂しい、痛い、怖い。
薄暗くて、鉄臭い裏路地の道が怖い。夜になるとやって来る大人達が、怖い。道行く人達の視線が怖い。何もかもが知らない事、知らない物、それが怖くて怖くて仕方がなかった。まだ家に居た方が良かったかも知れない。
(…………やっぱり同じかも)
家、僕の家。もう帰れない。帰っても意味が無い、僕の家。
「お前は怪物だ」
まただ。家を出てからずっとこの声が頭の中で響いている。聞き慣れた、
「お前は怪物だ」
お父さんの声。その声は同じ言葉をずっと繰り返している。僕を縛りつけるかの様に、ずっと、ずっと。
「お前は怪物だ」
「うぅ………」
目を閉じても、耳をふさいでも、眠りについても、その声はやって来る。それが何よりも怖かった。
聞こえない、聞こえる筈が無いのに。
(だって、お父さんは)
僕の頭にポツンと冷たい何かが落ちる。それはどんどん勢いを増し、僕の体を濡らし始めた。
(雨だ………)
ちょうど良い、雨は好きだ。雨の音で声も聞こえなくなるだろう、そう思った。
(寒い…)
雨の冷たさが体の体温を奪っていき体をブルリと震わせた。少しでも暖かさを奪われない様に体を丸めて、自分の体を暖めた。その時にはもう恐ろしい声は聞こえなくなっていた。
暫くしても雨は止みそうになかった。
裏路地の壁や地面に染みついた誰かの血や肉片が雨に流され排水溝に落ちていく。自分もいつかこうなるだろうか、自分のそう遠くない結末を想像して少し、安心した。
もう怖い思いをしなくていい、その事実が何より嬉しかった。
震える体を抱きしめこのまま眠る。怖い大人達に見つかっても大丈夫、痛いのは一瞬だけだ。
どうか、早く僕を見つけて下さい。
どうか早く僕を。
水たまりに体を沈めて、居るかもわからない神様に祈りながら眠った。
ピチャピチャ。
ふと、雨に濡れた道を歩く音が聞こえ、目を覚ました。大人達に見つかったのだろうか、目をこすり、ちらりと音の方へ目を向けた。しかし、想像していたあの怖い大人達とは違っていた。
綺麗な赤い髪が印象的な女の人だった。傘を持って、険しい表情で警戒したような様子で歩いており、周りを寄せ付けない雰囲気があった。でも僕はそんな雰囲気よりも歩くたびに揺れる綺麗な髪に目を奪われていた。あまりにもじっと見ていたせいで女の人と目があってしまった。
ピチャピチャピチャ。
しまったと思い、直ぐに目を逸らしたが遅く、女の人がこちらへ気づいてこっちに向かって歩いてきた。水の弾かれる音は大きくなっていく。大きくなる度に今から起こるであろう事に恐怖した。自分で望んでいたことではいたが怖いものは怖かった。
彼女の足が目の前まで来たところで、彼女の手が動く。せめて痛みがありませんように、そう願いながら目をギュッとつむった。しかし何時まで経っても殴られる痛みも刃物で切られる痛みも来ない、そのかわりに体を叩き続ける雨の感覚が無くなった。どうやら傘をこっちへ向けてくれたらしい。
一体何のつもりだろうか?、恐る恐る顔を見上げた。鋭い目つきのままじっと僕を見ていた、そして口を開いた。
「大丈夫か?」
久しぶりに
誰かと話すのなんてしばらくしていなかったからどう返事をすれば良いのか迷っていた。
「ぇと、あ、あの」
しどろもどろになりながら話す意思はあるのだと伝えるため声を出す。女の人は意図をくみ取ってくれたのか、
「お父さんとお母さんはどうしたんだ?」
と聞いてきた。
「ぁ………」
そうだ、お母さん。僕の大切な人、お父さんと違って優しくて、温かくて。でも………。
家に居た時の事を思い出す、僕が家から出る前の最後の記憶、忌々しい恐怖の元凶、それは不意にフラッシュバックし頭の中を駆け巡った。お父さんが笑ってお母さんに掴みかかってナイフを振り上げた。お母さんが言葉にならない叫び声を上げながら泣いていて……、それを見て、何とか助けたくて、それで。
「お、お母さんは、死んじゃった……。お父さんがお母さんを………」
そこまで話すとボロボロと涙が溢れて零れた。話を聞いていた女の人が更に険しい顔をした。そして怒ったような低い声で。
「お父さんは何処に?」
と言った。僕は首を横に振る、女の人は不思議そうな顔で僕を見つめた。
「もう居ない」
何故と女の人が問いかけた。震える声で僕は言った。
「お父さんは僕が殺したから」
ーーーー
一回り歳が離れているであろう少年の口から出た言葉に耳を疑った。しかし、おびえながらも話す少年の様子から嘘をついているようには見えなかった。
この子と出会ったのは偶然だった。
フィクサーとしての仕事を終えた帰り道、たまたまここを通りかかった。
そこは私が覚えている中で一番古い記憶の場所だった。幼い私はここで同じように泣いていた。血と内臓がぶちまけられた裏路地の道でたった一人、周りは誰も居なかった。居ても掃除屋が皆連れ去るか、目の前で殺されるかだった。あの恐ろしい体験は今でも鮮明に思い出す。夢に出てくる事さえあった。
この子は私と同じだ。幸運でありながら、そのせいで不幸な状況に陥っている、悲しい宿命に囚われてしまった子供だ。
なら、どうするか。やる事はもう決まっていた。
「…………?」
少年に向かって手を差し伸べる。訳がわからないような顔をしてこちらを見ていた。
「とりあえず、私の家に来い。話はそれからにしよう」
差し出した手に対して少年は決めかねていた。手を取るべきなのか、取らないでいるべきなのか。誰かに縋ることができないまでに彼の心は摩耗してしまっていた。幼い子供に対してこんな世の中じゃ仕方のないことだった。
「私は、君が想像しているようなことは決してしない。まぁ、信じてはもらえないだろうが。決めるのは君だ」
「………」
少年はしばらく俯いた後、顔を上げて、ゆっくりと手を伸ばして私の手を取った。汚れた、冷たい手だった。あの時の私の手もこんな感じだっただろうか。
「………カーリーだ」
「…………ぼ、僕はブラッド」
短い会話を交わして私は手を引き、歩き出した。冷たい手を温めるように、離れないように、しっかりと握りしめながら。