Heart for You   作:荒屋

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痛いの痛いの飛んでいけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗だ。

 

 

 

 

 "殺せ"

 

 

 

 

 何も見えない。

 

 

 

 

 "殺せ"

 

 

 

 

 誰かが囁いている。様々な声が入り混じったそれは知らない誰かの声だったり自分の声、或いはお母さんやお父さんの声にも聞こえた。

 次第に小さな声は次第に大きくなっていき、やがてそれは大きな叫び声に変わり、僕に襲いかかった。

 

 

 

 "殺せ!!"

 

 

 

 初めは必死にその言葉を否定した。聞こえないようにと耳を塞いだ。しかし、叫ぶ声ははっきりと僕の耳へと届いた。

 

 

 

      "殺せ!!"      "殺せ!!"

 

 

  "殺せ!!"       "殺せ!!"

 

 

    "殺せ!!"         "殺せ!!"

 

 

 

 頭が痛い。吐き気がする。心臓が激しく鼓動する。自分が自分で無くなっていく感覚がした。

 

 (そうだ、誰かを………誰かを殺さなきゃ……)

 

 怒りや悲しみ、絶望が混じり合う声。それはやがて馴染むように胸の内に入っていった。その言葉に突き動かされ、大きな怒りと殺意が胸の内から炎のように燃え上がった。

 

 (でも、一体誰を…?)

 

 誰かの声が囁いた。

 

 "悪い奴らだ。卑しく、下賎なあいつらは俺達の幸せを邪魔をしている"

 

 聞き慣れた恐ろしい声が囁いた。

 

 "幸せをくれた彼女に、深い傷を残そうとしている"

 

 包み込むような優しい声が囁いた。

 

 "ブラッド。貴方にはね、幸せになって欲しいの。この世界で、貴方の貴方なりの幸せを掴んで欲しいの"

 

 

 

 …あぁ、そうか。…それなら、うん。

 

 

 

 (殺してしまってもいいか)

 

 

 

 

 手を伸ばした。手を強く握り締めた。腕を勢いよく振るった。

 

 

 "殺せ!!"

 

 

 何かが折れた。なにかが千切れた。ナニカが潰れた。

 

 

 "殺せ!!"

 

 

 ナニカが叫んでいる。僕は気にもかけずに腕を振り続けた。

 

 

 "殺し続けろ!!"

 

 

 殺して殺して殺して殺して殺して殺してーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ブラッド!!」

 

 

 

 

 

 温かい手が僕の手を掴んだ。

 

 

 僕は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…あ?……なっ、なんっ…で、あれ……?」

 

 まるで夢から目覚めたみたいだった。いつの間にか僕は部屋の真ん中で立ち尽くしていて、ぼんやりとした思考が頭の中で困惑と混ざり合っていた。

 確かアパートの隣人たちが僕たちの家を荒らしていて…僕はショーンおじさんに捕まってて……それで……。

 

 「ブラッド……大丈夫か…?」

 

 愛しい人の声が聞こえた。そしてふと、下を見た。彼女の手が僕の腕を掴んでいることに気が付いた。

 

 

 

 

 僕の腕は血に塗れていた。

 

 

 

 「あ……………」

 

 

 部屋の中を見渡した。最早誰であったかすら判別出来ない頭の無い死体達、そこから飛び出た臓物が異臭を漂わせ、壁も窓も天井にも所々にまだ温かい血が溢したペンキのように飛び散っていた。

 自分に何が起こったのか、分かった。否、分かってしまった。その光景に見覚えがあったのだ。

 

 父親を殺した時と同じだった。

 

 

 

 「ぅあああ……う…うううう……!」

 

 

 目から止めどなく涙が溢れた。溢れた涙が顔にかかった血と混ざって共に床に零れ落ちていく。

 

 (僕が…僕が皆んなを殺したんだ……。ショーンおじさんもグースお姉さんも、お父さんも…………。僕は……僕は……)

 

 彼女の手を振り払って、ふらふらとした足取りで玄関へと向かう。嫌で嫌で仕方がなかった。自分が彼等を殺した罪悪感より、カーリーに嫌われたく無いという気持ちが強かった自分が嫌だった。

 

 「ブラッド待て!」

 

 彼女が僕を呼び止める。少しだけ歩幅が小さくなるもそれでも歩みをやめなかった。

 

 「ブラッド…!」

 

 背中から暖かい感触と好きなあの匂いに包まれる。僕は彼女に後ろから抱きしめられていた。

 

 「う、ううううぅ……!カーリー……」

 

 「すまなかったブラッド……私が、私が守らなきゃ行けなかったのに…怖かっただろう……」

 

 「ごっ、ごめっ、ごめんなさいごめんなさい……カーリー……僕…僕…」

 

 「何も言うなブラッド……大丈夫…大丈夫だ…」

 

 カーリーが耳元で優しく子をあやす様に頭を撫でながら囁く。しかしその声は何処か少し震えているように思えた。

 

 「でも……僕は……」

 

 

 

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()人達を殺した……人殺しだ……」

 

 「!!」

 

 「もしかしたら、ちゃんと話し合えば、何とか出来たかも知れないのに……もしかしたら、そのまま事が終わるまで待っていれば、ショーンおじさんもグースお姉さんも皆んな、死ななかったかも知れないのに……!僕は……」

 

 「ブラッド………」

 

 彼女の抱きしめる力が少し緩くなる。僕は振り返って、彼女の顔を見た。哀しみと苦痛に歪んだ顔だった。しかし、決して涙を溢すことは無かった。

 

 「…私はな、ブラッド。私はお前が思っている程優しい人間じゃ無い。お前が手をかけていようがいまいが私はどちらにしろ彼等を殺していた。だから…」

 

 「そっか。それなら良かった」

 

 「……?」

 

 言葉を遮り、呟いた僕の言葉に彼女は不思議そうな顔を浮かべていた。僕は気にする事無く、彼女に少し微笑み、言った。もしかすると、上手く笑えていなかったかもしれないが。

 

 「カーリーが殺していたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。殺したのが僕で、良かった」

 

 「……………」

 

 彼女が僕の言葉に対して返したのは深い沈黙と、ただただ強く、そして優しい抱擁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び私達はベッドの中で眠りにつこうとしていた。まぁ、眠れる筈も無かったが。

 部屋中の血をある程度拭き取り、死体はあの後外に捨てた。今頃掃除屋達が彼等を綺麗に()()している頃だろう。

 

 (もう、終わった事だ)

 

 私の胸元で目を瞑る可哀想な彼を見た。恐らく眠ってはいないのだろう、それはそうだ、あんな事があったのだから。

 

 赤く目を腫らした彼の薄茶色の頭に触れ、少しでも心休まるよう祈りながら撫でた。

 

 (この子は優しすぎる…この世界で生きていくには、余りにも…)

 

 柔らかい髪を撫で続けた。

 

 (だからこそ、私が守らなくては…)

 

 撫でた。

 

 (…………)

 

 撫でた。そしてふと思った。

 

 (ブラッドも彼等の様になるのだろうか)

 

 撫でる手が止まった。

 

 (いずれかは、都市の悪意に飲み込まれ、アイツらみたいに…そしたら私は…)

 

 そこまで考えて、ハッとした。そして今自分が考えていた事の恐ろしさに気がついた。

 

 (何を…考えているんだ、私は。この子がそんな奴になる訳ないだろう…?)

 

 頭の中で必死に考えを否定するも、もう一人の私が問いかけた。

 

 "じゃあ何故、ショーンおじさん達はあんな事をしたんだ?"

 

 (それは…)

 

 "今日の事で分かっただろう?所詮は都市の人間。加害者になり損ねた被害者だ。私が守ろうとも、繰り返すだけだ。意味がないんだよ"

 

 (違う)

 

 "ブラッドだって、例外じゃ無い。本当に信じられるのなんて自分だけだ"

 

 (違う違う違う!!私は…!それでも……!)

 

 体が嫌なくらいに震えた、怒りに満ちていた。自分の愚かな側面に嫌気がさしたのだ。所謂自己嫌悪だった。

 

 考えれば考える程大きくなる嫌いな私とそれを必死に否定する私。最早どちらが本当の私なのか、分からなくなろうとしていた。

 

 

 その時だった、ブラッドが動いたのは。

 

 

 (……?)

 

 ブラッドの頭が胸元から離れていく。そして私の頭を追い越して、彼の胸が私の頭まで来た所でぎゅっと抱きしめられた。

 

 温かった。

 

 「カーリー……ごめんね…やっぱり悲しいよね……」

 

 頭の上から優しい声が響く。

 

 「だから……今は、今日だけはさ…誰も見てないから…」

 

 

 

 "我慢しなくても良いよ"

 

 

 

 「…っ!ブラッド………ッ!」

 

 さっきまでの気持ちがありのまま、涙になって流れていく。でも嫌では無かった。むしろ温かさすら感じた。

 

 しばらく涙を流した後、温かい気持ちのまま、私は眠った。

 

 

 この気持ちは一生、()()()()()()()()()()。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 彼は私の背中を撫でて、言った。

 
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