Heart for You   作:荒屋

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紫色の蛇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変わらない朝だった。

 

 

 

 

 

 「………ぅん…?」

 

 「あ、起こしてしまったか、ブラッド」

 

 胸辺りに感じる温もりと微かに聞こえる布の擦れる音で目を覚ました。柔らかい声にぼんやりとしていた意識が呼び起こされ、下を見る。僕の細く、頼りない小さな腕の中から彼女は微笑んでいた。

 

 「おはよう、ブラッド」

 

 にこやかに今日が始まる挨拶をした彼女に僕も同じように返した。満足そうに笑う彼女をよそに僕は口から寝足りないと訴えるような欠伸が飛び出した。カーリーはそんな僕の様子を察したのか。

 

 「もう少し、このままでも良いか」

 

 と言って再び僕の胸元に顔を埋めた。くすぐったく感じたけど、それ以上に彼女の安心した表情を見れた事が何よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんな出来事があったにも関わらず、僕達の生活は何も変わる事は無かった。

 

 

 「じゃあ、行ってくる」

 

 「気をつけてね!」

 

 

 

 起きて、ご飯を食べて、カーリーが仕事に行って、僕が家事をする。カーリーが帰ってきたら、またご飯を食べて、一緒に眠る。それの繰り返し。

 

 

 

 でも、僕達の中で変わった事はあった。

 

 

 カーリーが今までよりも仕事を頑張るようになった。

 

 前まで空いていた日も仕事に精を出すようになり、僕が家に一人で居る時間が増えた。あの出来事が起きてから一人でいる事が何よりも嫌いになった。寂しかったけど、彼女が自分の為を思ってそうしている事を知っていたから我慢出来た。

 

 「おかえり!カーr…わぷっ」

 

 「ただいま、ブラッド。寂しかっただろう?」

 

 そして、カーリーは今まで以上に僕に対して過保護……というべきか、愛情深くなった気がする。まぁ、僕の勘違いだと思うけど。

 

 「だ、だいひょうぶばぼ(大丈夫だよ)……ふぁーひー(カーリー)…」

 

 体の小さな僕に対して少し強めの抱擁が僕を包み込んだ。

 良い匂いと共に息苦しさが頭の中に押し寄せてくる、いつもの事なので悪い気はしないがいかんせん息がしづらかった。

 

 「おっと、強くしすぎたな。ごめんなブラッド」

 

 「ぷはっ」

 

 息苦しさに悶える僕に気がついたカーリーが慌てたようにパッと僕の体から手を離した。このハグも日に日に多くなってるような気がしなくもない…。

 

 「今日はカーリーが好きな物作ったよ!」

 

 「おっ、それは楽しみだな」

 

 心なしにか胸を躍らせるカーリーに、無意識に笑みが溢れた。

 

 (良かった……。あんな事があっても、カーリーはまだ弱い人達を守る為に生きていけるんだ…)

 

 しかし、表情とは裏腹に僕の心の中には曇りがさしていた。カーリーに対してではなく、自分自身に対して。

 

 なら、自分はどうか? という疑問が頭の中で駆け巡った。稲妻が走るようにピリピリとした痛みが頭に響いて少し顔を歪めた。

 

 「ブラッド?」

 

 優しい彼女の顔が神妙な表情でこちらを覗き込む。

 

 彼女のようになりたいと願っていながら、彼女と同じ事が出来るだろうか。

 

 (僕には………)

 

 深く考えてしまっていたのか、いつの間にか頭の上に置かれていた温かい掌に気が付いたのはしばらくしてからだった。ハッとして顔を上げた、視界が彼女の顔で埋め尽くされるほどに近づいている。彼女の額と僕の額がコツンと小さく鈍い音が響いた。目線を合わせると、こちらを気に掛ける鮮やかな黄色い瞳が僕を映していた。

 

 「風邪……ではなさそうだな…大丈夫なのかブラッド?」

 

 「あ…うん。ちょっとボーっとしてただけだよ、ありがとう大丈夫だよカーリー」

 

 「そうか?そうなら良いんだが…」

 

 「大丈夫大丈夫!ほら、ご飯食べよ?」

 

 心の内にこびりついた蟠りに見ないふりをして彼女の手を引いた。上手く笑えていたんだろう。彼女の表情は嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から僕は少しだけ、嘘をつくのが上手くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず裏路地には血の鉄臭い匂いや、何と表現すれば良いか分からない悪臭が広がっていた。ツンと鼻の奥を刺激して、ついむせ返ってしまいそうだ。しかし、今は我慢しなければならなかった。

 

 (数は…5……いや、6人か…)

 

 息を潜め、物陰から向こうを見遣った。背の高い建物に囲まれた空間に小さな明かりが複数、笑い声を響かせながらユラユラと蠢いていた。その背景には錆びついたアパートがあり、窓からは光が漏れ出していた。

 

 "私の夫を殺した奴等に復讐して…!そして…できれば奪われたネックレスを取り戻して!……あれは夫から貰った大切な物なの…"

 

 悲しみに暮れる依頼主の女性の顔が思い出される。目元は涙で赤く腫れ、深い絶望が痩せこけた頬に刻まれていた。見ているだけでも痛々しかった。

 

 そして私は彼女の依頼を二つ返事で受けた。だからここにいる。

 

 (奥のアパートが奴等の事務所だと考えると、数はもっといると思った方がいいだろうな……)

 

 依頼主の復讐相手はどうやらフィクサーらしく、素行が悪いと噂される底辺事務所に所属している人物だった。

 

 正面から突撃するのは無謀だ。数で押され、囲まれるのは一番不味い。

 

 (大丈夫だ……一人ずつ、相手を観察しろ…いつも通りだ…)

 

 手斧を握りしめた手に力が入る。そしてじっくりと相手の動きを観察した。

 

 

 しばらくすると、複数の明かりが一つを残して離れて建物に入って行くのが見えた。チャンスだった。

 

 (今だ……!)

 

 ゆっくりと、しかし速足で、息を殺して相手の背後に回り込む。服から露出した小麦色の肌に彫られた黒い入れ墨が目に入った。

 

 手斧を横に大きく振り、相手の首目掛けて振り下ろした。

 

 「がっ……!?

 

 水が弾けたような音と共に金属音が木霊する。相手は何が起こったか理解する間も無く首を飛ばされて絶命した。

 鮮血を吹き出しながら力無く倒れ込む死体を確認して後にしようとした。

 

 ガチャリ

 

 「なぁ、さっきの事だけどよぉ」

 

 「ーー!!」

 

 扉の開く音が聞こえ、同時に気の抜けた声が耳に入る。両者共目が合ってからの動きは早かった。死体を目の前の男に放り投げ、手斧を構え駆け出した。

 

 「お前っ!…うおぁ!?」

 

 いきなり死体を押しつけられた男は咄嗟に武器を手に取るも死体の重みにバランスを崩してしまう。

 私はその隙に死体ごと男を思い切り蹴り出した。完全にバランスを崩した男は死体と地面に挟まれるように倒れ込み、苦痛の表情を浮かべた。

 

 「ーふんっ!」

 

 「ぎゃっ!!?」

 

 自分の足で男の手を押さえ込み、無防備な男の喉元を手斧で掻き切った。パックリと割れた喉から噴水のように血が溢れ出し、男は恨めしそうな表情で私を見た。何かを喋っている様子だったが、口からは血と一緒に空気が出ているだけだった。

 

 「何か物音がしたぞ」

 

 建物内から複数の話し声が聞こえる。そして、その声は段々と近づいてくる。

 

 (クソッ…音を出しすぎたな…)

 

 (相手は今まで見た数だと四人…不意打ちで一人持っていって三人…やれない数では無い……しかし万が一……)

 

 「テメェ…何してんだ?!」

 

 「……!!チッ!」

 

 背後から声が聞こえ、思わず舌打ちが漏れる。自分が考えていた"万が一"が当たってしまったのだ。

 

 (二人……合わせて六人か……不味いな)

 

 最悪の状況に冷や汗が体から流れ落ちた。

 

 (ブラッド……)

 

 不意に、自身の家で待っている少年の事が頭によぎった。それは一種の諦めのように感じた。私は頭の中でそれを必死に振り払った。

 

 (いや、馬鹿か私は。こんな所で死ぬ訳には……)

 

 そう考えいる内に男達が私の周りを囲んでいた。男達の手にはそれぞれ武器が握られている。銃やボウガンを持っていなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 「女じゃねぇか。こりゃあ後でたっぷりと()()を返さなきゃなぁ!!」

 

 「手足もぐり取って、一生俺達で飼ってやるよ!!」

 

 男達がそれぞれ武器を構えて走り出した。目は血走り、欲望が渦巻く殺意が私の前までやってくる。

 

 (私はまだ死ねない…!あの子の為にも…!)

 

 胸の内の溢れんばかりの思いと共に武器を振り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おやおや。男が寄ってたかって女を襲うなんて、情け無いねぇ」

 

 声がしたと思うと、大きな影が私を覆った。私と同じように男達は驚愕していた。

 

 ()()()()()……と。

 

 「そんな奴らには、仕置きが必要だ」

 

 そして次の瞬間、男達目掛けて紫色の斬撃が振り払われる。自在に伸びる斬撃に蛇を幻視した。恐ろしいくらいの威力と速度だった。

 

 「〜〜〜〜っ!???」

 

 当然男達は何が起こったか分かる間もなく体半分を両断されて絶命した。

 

 「ふぅ、全く。やれやれだよ」

 

 大きな影と紫色の斬撃の正体がこちらに振り向く。紫色のコートに身を包み、大きな武器を背負った中老の女性だった。

 

 「大丈夫かい?」

 

 女性は私に手を差し出して、にこやかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 






 個人的に彼女と出会ったのはこの辺だと思うの。

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