「ふっ…はぁぁっ!」
とある裏路地の一角。そこで、金属と金属がぶつかり合う音が絶え間なく響き続けていた。相対するのは二人の女性、一人は赤い髪をなびかせ、もう一人の女性に向かって喰らいつくように剣を振り続けていた。
そしてそれを軽くあしらうように捌いていく黒髪の女性は余裕がある表情で赤髪の女性へと言葉を放った。
「踏み込みが甘いね。今までの奴等なら通用しただろうが、格上の相手には軽く流されるだけだよ。……こんな風に……ねっ!」
「……っ!?」
黒髪の女性…イオリが対する赤い髪の女性カーリーの放つ剣捌きを動きに合わせ、滑らせるように受け流した。カーリーはその勢いを抑えられずに前へ倒れこんだ。
倒れ込むカーリーの前にイオリの持った剣が地面に突き刺さった。チェックメイト、そう言いたいのだろう。
「………クソっ…!」
「休憩しようか」
カーリーの悔やんだ表情を尻目に、イオリがそう言うとカーリーは立ち上がり、服についた土を払い落とした。彼女の黄色の目は未だ闘志が燃え上がっていた。
「日に日に動きが良くなっているね、私の想像していた以上だよ」
イオリが先程の鍛錬の評価を下す。他から見ると高評価に思える言葉だが、評価を受けた本人は眉を顰め、腑に落ちない表情を浮かべた。
「………慰めは要らない。今までだって、あんたに擦り傷一つ付けられていない」
「…まぁ、私は特色だしねぇ……そう易々と負けられないメンツってもんがあるものさ」
元々の性格故だろう、カーリーの執念じみた強さへの向上心にイオリは苦笑いを浮かべながら、突き刺した剣を引き抜き、鞘に戻した。
「私達が初めて会ってからしばらく経ったけど…私が前に言った助言、覚えているかい?」
「………物事を広く見てみる事…だったか……」
「そう、覚えてるみたいだね………それじゃあ私からもう一つ、アドバイスだ」
イオリがカーリーに向けて白い指を指した。しかし、実際は彼女を指し示した訳では無く、彼女が持っていた剣を示していた。
「剣をしっかりと握り、離さない事。そしてその剣先を誰に向けているのか、よく考える事」
「それは……」
簡単な事じゃないのか。そう口にしようとしたカーリーを見透かすようにイオリは言葉を重ねた。
「簡単な事だと思うだろう?でもね、これが結構難しい事なのさ」
「………」
「刃が鋭利であればある程、相手を傷つけやすくなる。それと同時に気が付かない内に自分をも傷をつけ、血を流す事だってある……自らが己の身を滅ぼす事だってあるのさ。だから、しっかり剣を握る事が大切だ」
イオリの真意が掴みづらい話にカーリーは飽き飽き、と言った様子でため息を吐いた。
「…………また、難しい話なんだな……」
「ふふふふ……あんたにもいずれ分かる時が来るだろうさ」
「…またそれか……もう少しこう、分かりやすいアドバイスは無いのか?実戦で使えるような……」
「実戦で、かい?……うーーん、あんたは本当に優秀だからねぇ……」
腕を組み、唸りながら悩み果てるイオリを見てカーリーは不思議がった。自身の戦闘技術が他と比べて優秀であったカーリーはその自覚が無かったのだ。
だからこそ、どこまででも強くなる事が出来たのだが。
「そうだねぇ…じゃ、こういうのはどうだい?」
イオリが目の前から消えたと思うと、彼女の紫色の刃が全てを断ち切らんと目の前に迫った。カーリーは突然の事に驚きもしたが、これを落ち着いて己の剣で受け止める。
「紫の涙と本気の実戦」
その言葉を聞いたカーリーは獰猛な笑みを浮かべた。
二人の戦いは日が沈み込むまで続いた。
ーーーーー
「あっちゃー……」
やってしまった。
冷たい水の不愉快な感触が頭の上から滴り落ち、体中を濡らしていく。最悪だ、掃除のために持ってきた水入りのバケツを足を滑らせた拍子に盛大に溢してしまったのだ。
「シャワー…浴びなきゃな…」
深いため息が溢れる。最近はこういった小さな失敗が増えている気がしている。水が染み込んだ服の重さが、自分の心を不安へと沈ませる錘のように感じた。
理由は自分でも何となく分かっていた。
それから気分が沈んだままシャワーを浴び終わると、同時のタイミングで、玄関のドアが開く音が聞こえた。二人が帰ってきたようだ。
珍しい。二人を見て思った。いつもならカーリーだけがボロボロになって帰って来ていたのだけど、今日は二人ともボロボロになっていたからだ。
そんな二人が僕を見ると二人はそれぞれ表情を変えた。カーリーはいつものように微笑んで、ただいまと言った。一方のイオリは、
「……ブラッド…その胸の傷は…?」
目を見開き、いつも怪しく微笑んでいる読めない表情を崩し、驚愕を露わにしていた。彼女の目線の先には僕の胸元、あの黒い傷に集中していた。カーリーといい、やっぱり気になる物なのだろうか。
「こら、ブラッド。そんな格好じゃ、風邪を引いてしまうぞ?」
「うん。着替えてくるね……って、うわぁ!?」
「ちょっと見させてもらうよ…」
着替えに行こうとした矢先、いきなりイオリが僕を持ち上げて胸の傷を凝視し始めた。
「これは………」
「………うぅ…?」
ぶつぶつと独り言を呟やきながら傷に触れるイオリ、本人は気にしていないようだが、僕としては何かこう……凄く恥ずかしかった。
「…おい!何ブラッドに変な事してるんだ!今すぐ離せ……!」
「カーリー、あんた……この傷の事知ってたのかい?」
「………そうだが…」
先程までの驚いた様子は鳴りを潜め、真剣な眼差しがカーリーを突き刺した。
「その傷が何だって言うんだ?確かに変わった傷だが、それだけだ。ブラッド自身も、今まで問題無いと言っていたぞ?」
「………そうかい、それなら……うん…分かったよ…」
何処か不安げに、歯切れの悪い口調で納得したように振る舞うイオリ、きっと彼女は納得していない、しかしそれが何故かまでは分からなかった。
彼女は何か知っているのだろうか。
その答えに彼女が去るまでに問いただす事は出来なかった。
ーーーーー
暗い部屋の中、イオリは立っていた。目の前には彼が眠っているベッドが置かれており、布団に小さな山ができていた。
「……………」
イオリは何も話さない、呼吸をしているのか分からない程に静かに佇んでいる。
彼女の右手には剣が握られていた。
そして紫に光る刃が、振り上げられる。剣先はベッドに向かって、振り下ろされるのを待っている。
「………」
暗い部屋の中では彼女の表情を読む事は出来ない。しかし、彼女が何をしようとしているのかは一目瞭然だった。
感情なき刃は持ち主の動きに従い、無慈悲にも振り下ろされた。
「おい」
刃が少年に突き刺さる刹那、低くドスの効いた声が部屋に響いた。刃の動きを止め、イオリは後ろに振り返って声の主を見た。赤い髪が怒りによって震えていた。
「……なんだ、随分早いシャワーだね」
「二人きりにしておくと、あんたは変な事をしかねないからな………それで?これはどういう事か説明して貰おうか」
冷静を装うカーリーだったが、震えた声からは怒りが滲み出していた。イオリはバツが悪いように感じ、ため息を吐いた。
「分かった。話そうか」
渋々、といった様子でイオリはリビングにある椅子に座る。それに釣られカーリーも、向かい側に座った。
リビングのオレンジ色の照明が灯る。イオリの表情は深刻そうな顔だった。
「さて、何処から話そうかね…」
カーリーは黙ったまま彼女が話し出すのを待っていた。怒りは未だ溢れ出し、部屋の空気を重い物へと歪ませていた。
「まず、結論から言うよ」
やがて、イオリが口を開いた。それはカーリーの心を揺るがすには十分過ぎる程の言葉だった。
「ブラッド………あの子はね……この都市を脅かす…危険な存在だよ」
ノロノロ展開申し訳ないです……次回か次々回からは進むはずです……多分。