「………一体どういう事だ…?」
カーリーは狼狽えた。イオリの口から出た言葉は確かに彼女の心を困惑に揺るがせていた。
「…まぁ、あくまでも可能性の話なんだけどね……」
と、落ち着いた様子で話す彼女。しかし、カーリーは彼女と同じようには居られるはずも無かった。
今まで自身を押さえつけていたカーリーだったが、イオリの一言で怒りを露わにした。
「そんな曖昧な理由で…!」
机から身を乗り出すカーリーをイオリは手で制した。
「質問がある。彼と出会ってから今までに何か、あの子に特異性は見られなかったかい?」
「それはっ……」
彼女の質問はカーリーの熱を冷ませるには十分だった。
すとん、とカーリーは落ちるように座り込んだ。頭の中に思い浮かぶのは、隣人達が自分達を裏切った時。ブラッドがショーンおじさん達を殺した、あの時だった。
ショーンおじさんの首を握り潰したあのブラッドの腕は決して人が持っている物では無かった。
「…あるんだね?」
イオリの鋭く、蛇にも似た瞳は、カーリーの微かな変化も見逃す事無く、彼女を見つめた。
「…………」
「詳しく、教えてくれないかい?」
カーリーは静かに頷いた。そして、あの出来事を包み隠す事無く、赤裸々と話した。イオリは終始、深刻な顔つきで話を聞いていた。
「………なるほど、あれの発生条件は媒体の心身による……」
イオリはうわ言のようにブツブツと一人で呟いていたが、それに痺れを切らしたカーリーが話を切り出した。
「なぁ、あんたは知ってるんだろ?あの子が一体何者なのか」
「……知ってる、って言うのは少し違うね。私はただ、数少ない情報を使って推理してるだけさ」
カーリーに向き直り、腕を組んで彼女は話し始める。
「私にはとある目的があるって事は言ったね」
「…息子を探してるんだったか」
「そう。私は息子を探す為、自分が持つ特別な力を駆使して探してまわっているのさ………今でもね」
「特別な力…?」
「この力の事は本来なら言うつもりはなかったんだけどね…状況も状況だ、良いタイミングだから、言っておこう………私はね、次元を移動する事が出来るのさ」
「…特異点か」
「あぁ。だが、次元と言っても簡単に言えば”ありえたかもしれない世界”と、いった所だけどね」
カーリーは目を見開き、驚いた。しかしそれだけだった。この都市ではそう言った特異な能力によって成り立っている事を知っていた為だ。それでもイオリが語った力は群を抜いた異常な力だと認識した。
「……それで?それが何の関係があるんだ?………ブラッドに手をかけようとした事と………!!」
先の見えない話にカーリーは苛立ちを隠すことなく、イオリに怒りをぶつけた。しかし、それでは話が進まないと、イオリは彼女を宥めた。
「……あんたと出会う前はね、別の次元の
「ブラッドと同じ傷を持った子供をね」
「…っ!?なんだと…」
「本当に偶々だった。まさかまたアレを見ることになるなんてね…」
「一体何なんだ?その組織は。そこで何をしていたんだ?」
「私もあの組織の真意までは分からない……あくまでフィクサーとしての仕事を全うしていただけだからね…。ただ、あそこはある目的があった。」
息を呑む。それは緊張であり、警戒でもあった。これから彼女が語る事を冷静に受け止める為の行動だった。
「不老不死。完全なる不死の実現さ」
「不老不死……」
「そう。K社のアンプルでも、血鬼のような長寿でも実現出来ない完璧な不死。それが彼等の目的だった」
イオリは口を止めない。カーリーが今、どんな風に考えているのかは分かっていた。それでも話さなければならない、彼と一緒に居るという事はどう意味を成すのかを。
「保護と称して実験台とされていた子供達は皆、共通して同じ能力を持っていた。類稀な再生能力、強化手術をしていないにも関わらず異常な身体能力を持っていたりね……。私からすれば一目見ただけでも十分都市にとって危険な存在だと思ったけど……それでも彼等は満足していなかったみたいだーーーーーー」
一体何が彼等を突き動かしたのか。そこに所属していた研究者の一人が言った。
全ての始まりは黒い欠片だった。外郭のとある悲惨な跡地からフィクサーが戦利品として持ち帰られた物だった。
都市に存在する物質とは異なる、未知の物体。我々は好奇心と、探究心に駆られた。
何年もの時間をかけ、それを調べた。全貌までは判明しなくとも、数年という時間がかかっても、気にもならないほどにその欠片には価値があった。
調べた結果、欠片は生物的な組織で作られており、外郭に居た
殻はかなりの耐久性を持っており、並大抵の事ではないと傷すら付かなかった。
更にこれは如何なる外傷を受けても元の形へと瞬時に再生した。HPアンプルの紛い物の再生能力では無い、完璧な再生能力を持っていた。
そして何よりも、我々が注目した性質があった。
それは、殻は他の物質を侵食し、同化するという物。或いは
我々は考えた。この性質を使えば、再生能力を付与した生物を作る事が出来るのでは無いのか。そうすれば、人間は新たなステップに到達することが出来るだろうと。
協議してからの行動は早かった。欠片を小さく砕き、破片を人に埋め込んだ。そして結果、どうなったか。
始めはただの小さな好奇心と探究心だったものが、いつしか大きな野望へと変わった。
そしてそれが、我々の破滅の始まりでもあった。
「それが……その結果が…ブラッドだって言うのか…?」
「…………」
「…おい」
(そんなの、あんまりだ)
「………」
「……とか言えよ……」
(それじゃあ、彼がまるで怪物みたいじゃ無いか……!)
「何とか言えよ!!」
カーリーは声を荒げ、力任せに机を叩くと、みしり、と木が軋む音と、イオリのため息だけが部屋の中に響いた。そしてしんと静まるとカーリーの中で、苦しいくらいの無力感に襲われた。
「あの子が起きてしまうよ」
「………………」
「まぁ、無理もない」
「…………………………」
「ただ、何度も言ってるけど、まだ確定した要素では無いってことは覚えておいて。あくまでも彼等に遭った事は別の次元の話さ……それに、ここではもうあの組織は無くなってたみたいだからね。一概にブラッドがあの組織で生まれた存在だとは言えないよ」
イオリは慰めのつもりで吐いた言葉では無かったが、カーリーにとっては痛々しさを含んだ憐れみを受けたように感じてしまった。鉛みたいな重みが彼女の心を次々と押しつぶしていく。やがてその重みから逃げ出すようにカーリーは立ち上がると、ベッドの横までふらふらと近づいた。そして古ぼけた布団をゆっくりとめくるとブラッドの寝顔が顔を出した。
穏やかな寝顔だった。無性に涙を流したかった。
”僕、カーリーみたいになりたいんだ”
ブラッドの声が響いた。部屋の中では無い、悲しみと無力感に包まれたカーリーの心を温かく溶かすように響き続けた。
”カーリーの匂い、好きだよ僕。温かくて、気持ち良い……”
(………そうだ、私は……)
「……………他には」
「うん?」
「他には無いのか?ブラッドについて何か知っていることが」
(私は、決めたんだ。彼のことを絶対に守るんだって)
「…私はブラッドが何者であっても、別になんだって良いんだ。今、分かった」
振り返り、イオリの顔を見た。その顔は驚きに包まれていたが、段々と表情を崩し、柔らかい笑みへと変化していった。
「ブラッドは私が守る。ブラッドに何かあれば、私があの子を止める。それだけだ」
あれ程感じていた胸の苦しさはすっかりと無くなり、熱く消えることはないであろう決意がカーリーの心全体を支配した。
「………覚悟を決めたんだね。その選択が、どういう結末を迎えるのか、見守ろうじゃないか」
その言葉をカーリーは微笑んで返した。確かな、力強い笑みだった。