「いいかブラッド。戦いにおいて大切なのは相手の呼吸を感じて、それを合わせる事だ」
僕たちの家から少し離れた場所、僕等以外人の気配を感じられない開けた裏路地のとある場所で、カーリーと僕は鍛錬をしていた。
昔にカーリーがイオリさんに鍛えてもらっていた場所らしく、壁や地面には激しい斬り傷や何かが強く打ち付けられた様な凹んだ跡があちこちに広がっている。………人が居ないのは多分これが理由だと思うのは僕だけだろうか。
「呼吸を合わせる……うーん…?」
「わ、分からないか…」
彼女の教えは少しばかり難しい。あまりピンと来ない僕を見てしょんぼりとしたカーリーを見て申し訳なく思った。
彼女の教えは難しい、でもそれは彼女の戦い方において確信めいた、いわば真理でもあった。それを理解する事が出来れば、彼女により近づく事が出来るという理由の元、僕は思考を止めることは無かった。
「……イオリがまだ居ればな…」
カーリーが小さく呟くも、僕の耳にはしっかりと聞こえた。
「もうちょっと居てくれれば良かったのにね」
カーリーが三級フィクサーになった頃に彼女は姿を消した。短い文章だけが書かれた置き手紙を残して。カーリーと一緒に帰って来た時は変な人だと思っていたのだけど、段々と過ごしている内にちょっとした親戚の様な暖かな感覚を持っていたのを今でも覚えている。やけに僕に対して優しかったし、絆されるのも時間の問題だったのかも。
それでも彼女は手の内を明かさない…捉え所のない人だったけど、それはそれで良いと思っている。彼女には彼女なりの事情があったのだろう。
またいつか出会う事が出来たら、その時は彼女の事を沢山聞いてみようかな。
「……じゃあ、もう少し分かりやすそうなものをだな…」
カーリーがそう言うと僕の後ろに周りこんだ。一体何をする気なのだろう、そう思った矢先に背中から柔らかい感触が伝わって来た。
「わっ」
「ブラッドは剣を少し強く握りすぎている。そして構えはこうだ、こうすればある程度の方向からの攻撃に対処しやすいな」
剣を握る僕の手にカーリーの手が重なる。後ろから抱きしめられるような体勢で伸ばされた手はごつごつしているけどその割には弾力があって柔らかい。僕の心臓は飛び跳ねた。
「まぁ、構えと言っても多種多様だ。慣れてきたら相手に合わせて柔軟に対応するのがベストかもな……ってどうしたんだブラッド?」
「なっ、なんでも無いよ…」
いけないいけない。カーリーが真剣になって教えてくれているのに、こんな事で集中を削がれていては駄目だ。
集中集中……。
「……」
僕の手に重なっていた手が頭の方へと動いてそのまま優しく撫で始めた。そして頭の上からカーリーが呟いた。穏やかな声だった。
「あの幼い子供だったお前が、こんなにも大きくなったんだな。月日が経つのは本当に早い」
「…全部カーリーのおかげだよ。あの時、カーリーが手を差し伸べてくれなかったら僕はきっと、あの場所で死んでいたと思う」
「…………昔に言っていた夢。まだ諦めていないのか?」
「うん。諦めてないし、これからもずっと諦めるつもりも無いよ」
「そうか…なら…」
カーリーが背中から離れる。それと同時に撫でていた手が離れ、僕の背中を強く叩いた。ジンとした痛みが広がるも不快な思いは無い、寧ろ返ってそれが僕の心を奮い立たせた。
「もっと頑張らないとな。鍛錬を続けるぞ、着いて来れるか?」
「勿論」
力強く答えた。それに合わせてカーリーは笑った。
ーーーーー
ネオンサインの看板が、薄暗い裏路地を仄かに照らし出す。僕はその下でカーリーの帰りを待っていた。少し待っているよう言ってきた彼女に理由を聞くと彼女曰く、"恩返し" らしい。
それから間も無くして彼女が帰って来た。表情は何処か満足げだ。
「待たせたなブラッド」
「おかえりカーリー、"恩返し"はもう終わった?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
「…因みに何か聞いても?」
「昔、私が幼い頃に食べ物を恵んでくれたお婆さんが亡くなったんだが、その家族が葬式代を出せなくて困っていたらしくてな、代わりに私がその費用を出したんだ、昔の借りを返す為にな」
なんでも無いかのように話すカーリーを見て笑みが込み上げた。
「ふふふ…」
「………何がおかしいんだ?」
「いや?カーリーはやっぱり優しいねって再確認しただけだよ」
「……そうか?」
「そうだよ。カーリーは優しいんだ、これは絶対だよ」
「んな大袈裟にだな……私は別に…」
カーリーと談笑していると、僕達以外の人影がフワリと動いた。二人分の視線が人影を睨みつけると、僕達の前でピタリと止まった。人影の正体はいつの日にか見た、白衣を羽織った女の人の姿だった。にこやかな雰囲気を醸し出しながら、女の人は話しかけて来た。
「ねぇ、貴方達。ちょっといいかな?」
「………なんの様だ」
先程まで楽しく談笑していたカーリーの雰囲気がガラリと変わる。警戒した目つきだ、彼女は見知らぬ相手にはいつもこの様な態度を取っている。それでも目の前の女性は気にもせずに話を続けた。
「貴方達、フィクサーよね?貴方達を見込んでお願いがあるのだけど……」
あぁ、そうだ思い出した。彼女、何処かで見た事があると思っていたけど、最近裏路地や巣で所構わず熱弁振るっていた人だ。確か都市の繰り返される痛みを治療するとかなんとか言っていたっけ。それを見たカーリーはもう直ぐ死にそうだと言っていたのを覚えている。
「カーリー。ほら彼女あれだよ。裏路地や巣で都市の繰り返す痛みを治療するーとか言ってた…」
「………あぁ、あれか」
「え!?私の事聞いてくれてたんだ!じゃあ話は早いわね!私はカルメン。最近は外郭の研究所でーー」
それからカルメンと名乗った彼女は勝手に話をし始めた。僕達二人は特に興味も無かった、都市の繰り返される痛みや苦しみは病からくるもので、治療法の目星はついている、それを終わらせる為に協力して欲しいと聞いた時には出鱈目を言っている様にしか思えなかった。
呆れてカーリーと離れようと伝える為彼女を見た。
ギリッ
(あっ、マズっ)
「ふざけんな!!てめぇみたいな良いトコ育ちのお嬢様が裏路地の痛みをどれだけ知っててそんな事ほざいてんだよ!!!」
歯軋りの音が聞こえたと思ったらカーリーが怒りの形相でカルメンに掴みかかっていた。
「幼い子供が血塗れの格好で外に一人で蹲っているのを見た事があるか!?仲良くしていた隣人達が金目当てに血相を変えて強盗を働くのを見た事があるのか!!?」
「お前みたいな力の無い奴が!!私の!ブラッドの!痛みが分かるか!!?」
痛々しい怒声が裏路地に響いて、消えて行く。残っているのは彼女の荒い呼吸だけだった。
カルメンを見た、僕もカーリーも彼女が泣き喚くだろうと思っていた、諦めるだろうと、だからこそ驚いた。
彼女の表情は崩れる事は無かった、そして厚かましくもカーリーに聞き返した。
「…じゃあ貴方は巣の痛みについてどれだけ知っているの?」
彼女を掴むカーリーの力が少しだけ緩まった気がした。
「巣の痛みについて教えてあげるから、代わりに自分に裏路地の苦痛を教えて欲しいの」
腕っぷしの力も無いに等しい彼女の言葉と目には力が込められていた。不思議な気持ちになった。どうしてそこまで真っ直ぐな目ができるのだろうと。
「確かに、私は弱いわ……でもね、力の無い人でも覚悟すれば頭まで十分に切り裂く力を得れる」
力強い目はカーリーを突き刺した。カーリーの掴む手が完全に緩んですとんと落ちた。
「私がその力を得られる治療をする………はい、これ」
彼女は懐から名刺を取り出してカーリーに差し出した。
「興味があれば来て。私はいつでも待っているから」
そう言ってカルメンは去っていった。その間カーリーはずっと名刺を見つめ続けていた。
「「ただいま…」」
そう言ったカーリーの声は重い。やはりさっきの出来事に、思う所があるのだろう。彼女は思い詰めたような表情でリビングの椅子に腰掛けた。
「何か作るね」
彼女を気遣い、夕食を作ろうと台所に向かおうとするとカーリーに呼び止められた。
「少し、話したいんだ」
「さっきの事?」
僕が問いかけるとコクンとカーリーは頷いた。僕も向かい側に腰掛けるとカーリーが話始めた。
「さっきの話なんだがな……私…アイツの話に乗ろうと思ってるんだ」
「………」
「今まで多くの詐欺紛いな奴らと出会って来たけど…あいつだけは、何か違う気がするんだ」
「……」
「コイツを守り抜けたら、世界を変えられるかも知れないって思っちまった………私みたいな境遇の奴が一人でも少なくなるかもって……ブラッドが幸せに暮らせるようなーーー」
「カーリーならそう言うと思っていたよ」
言葉を遮った僕の答えに、カーリーは驚きの表情を浮かべた。まさか、反対されるなんて考えていたのだろうか、僕の答えは一つしか無いというのに。
「僕はカーリーが決めた事なら反対なんてしないよ。カーリーの行く所なら何処へだってついて行くよ」
さも何でもないかの様に、いつもの調子で笑顔で答えた。視線を落としたカーリーは嬉しそうに微笑んで頬を赤らめた。
「……そうか、うん。そうか………」
ありがとう、ブラッド。
「………うん!」
果たして、この選択が正しかったのか、僕には分からない。でも彼女が決めた事だ、決して悪いようにはならない筈だ。そう思った。
ーーーーー
名刺に示されていた場所は彼女が言っていた通り、都市に近い所に位置しているものの、外郭の研究所だった。まだまだ建物内は完成しきっていないのか少しばかりボロさが目立っていた。
「こんにちわ、カルメン」
「………!!来てくれたのね!」
カルメンが僕たち二人の顔を見るや否や驚いていた。それはもう、大袈裟なくらいには。
「何でそんな驚いた顔をしている。そんなに私達が来たのが意外だったか?」
「ううん、そう言うわけじゃ無いの。貴方達が来てくれるとは思っていたけど、こんなすぐに来てくれるなんて思って無かったから」
そこまで話すとカルメンはニヤニヤしながらカーリーと僕の顔を交互に見て来た。
「あの時はあんな険しい顔をしていたのに、こんなにすぐに来るなんて……もしかして私の事が好きになっちゃったとか?」
「な、何言ってんだよ…」
えっっっっっっ!!?!!??
カルメンの言葉に思わず部屋中に響くくらいの大声を上げてしまった。そしてその言葉が彼女の冗談だと理解すると顔から耳まで急激に熱を持ち始めた。
二人分の視線が僕に向けられた。一人はキョトンとした顔で、もう一人は面白い物を見つけたような意地悪い笑みを浮かべて。
「どうしたんだブラッド。いきなり大声なんて上げて」
「い、いやぁ……なんでもなーーー」
「ふーーーん?…………あはは!大丈夫よブラッド。彼女の事は
「ちっ違!違うから!!」
「ふふふふふ……」
ニヤケ顔にさらに拍車が掛かった彼女に腹が立った。僕の心の内は全て彼女に見透かされている……!
本当に違うのだ。別にカーリーが誰かと付き合うのは構わないんだけどもし彼女が誰かと付き合う事になった際に自分との時間が減ってしまって最終的にはカーリーに捨てられてしまうかも知れないという不安と焦燥感があるからというか何というかそう言ったアレなのだだから僕自体に彼女に対するそういった感情は無いのだ無いったら無い!
「もう嫌い!!」
「あらら、怒らせちゃったわね」
「何二人して騒いでるんだよ……?」
当の本人は全くついて行けない様子だった。本当にそう言うとこだよカーリー………。
「…これは気づかせるのが大変ね…」
「………うっさい…」
「????」
まぁ、それが彼女の良い所でもあるんだけど……。
今後の彼女の扱いに四苦八苦するだろうなと悩んでいるとカルメンの空気が変わった、その表情は暗い。
「あのね…私は裏路地の人達の世界や彼らの苦しみを知らないの。彼らが苦しんでいる間私は裕福で卑怯な人生を歩んで来たんだと思う。だから私は自分に置かれている境遇を恥じて生きてきたの」
「それは……」
違うよ。そう言いかけた、でもそれを言えるのは僕じゃ無い。様々な感情を抑え込む様に自身の口を閉じた。
「……そんなに大変だらけでも無いぞ。この子が居るからな」
カルメンへの慰めのつもりだろう。その少しの言動から彼女の優しさが垣間見えた。
「…ここに来るのは難しい判断だったでしょうね。本当にありがとう」
「遅かれ早かれ、ここには大きな苦難が訪れるわ。この世界は平和に解決するには難しい点が多くある」
「だから、貴方達を雇おうと思ったの」
「他の組織やフィクサーでも良かったんじゃ?」
「実は…上手くいけば安く雇えるかなぁ〜って思って…」
「「私(僕)は帰る」」
「待って待って!冗談だから!最後まで聞いて!」
重苦しい雰囲気だと思っていたが冗談が言える程の余裕はあるのか……無駄に心配して損した気分だ。
「私、貴方が見知らぬお婆ちゃんの葬式費用を肩代わりしているのを見たの。そんな貴方の優しさが好きで、私はそれに期待しているの」
「……ブラッドも言っていたが、私は優しさなんてもんは持っちゃいない。ただ…ネズミが増えると厄介だし、昔に食べ物を恵んでくれた借りを返しただけに過ぎない。優しさ、なんて縁の無い奴なんだよ、私は」
……それはひょっとしてギャグで言っているのだろうか。全く自分の人の良さを隠しきれてないよカーリー……ちょっと心配になって来たよ僕…。
「ふふふ…」
「何笑ってんだよ」
「いや、私の人を見る目の良さに感動しているだけよ。ふふふ…」
「何なんだよ、本当に…」
カーリーが悪態をつくも、満更でも無い様子だった。無意識だとは思うけど、彼女の事を気に入ったようだ。
しかし………。
「ねぇ、さっきからあそこでこっちを睨んでいる人は誰?」
「あ〜…それはアインね。ちょっと目つきが悪いだけで、そう言うつもりは無いの」
部屋の外からこちらを睨みつける様に覗き込んでいる白衣の男性。アインと紹介された男性は一言も話す事は無く、何処へ去っていった。……まぁ、そう言う人なのだろう、深くは聞かない事にした。
「………」
カルメンが無言のままカーリーの手を取り、そして僕達に言った。
「お願い、ここの人達を守ってあげて」
「貴方達が居れば心強いわ」
太陽の様な笑みを浮かべて彼女はーーーー。
そして、ようこそ。私達の研究所へ!
更新が遅いのに展開も遅い……そんな作品でそんな作者ですけど読んでいただければ幸いです。