学が無いので拙い文章ではありますが読んでいただけると幸いです。
特に意味はありませんがこの話はカーリーが二十歳くらいの時期からの話になっています。
温かな手の感触を感じながら階段を登っていく、その足取りは早くも遅くも無い、彼女なりの気遣いなのだろう、その少しばかりの配慮からこの人は他の人とは違うと思えた。
そうして長くは無い階段を登りきって廊下に出た。裏路地23区のとあるマンションの一室、そこがカーリーさんの家だった。
彼女が手を離して鍵を開けた。彼女の手の温かさが離れるのが名残惜しかったが、いつまでも手を繋いでいても仕方ないと諦めた。
「さぁ、入ってくれ」
カーリーさんがそう言って奥まで歩いて行った。でも僕は中に入る事を拒むように動く事が出来なかった。
「えっと………その……」
雨に濡れたびしょびしょの体、そこから滴る水が廊下に小さな水溜りを作っていたからだ。
こんな格好じゃ入りづらい………。
そんな僕を見てカーリーさんが気づいてくれたらしい。
「………あぁ、ごめん。タオル取ってくる」
と言って部屋の奥へ消えていって、しんと静かになった。聞こえるのは窓が雨を弾く音だけで多分住んでいるだろう隣人たちの声もしない、僕だけしかいない孤独の世界が再び訪れた。
……自分は本当に着いてきて良かったのだろうか。もう、今更な事だけど。
カーリー。僕をあの怖い裏路地の隅から連れ出してくれた人、ありがたかったけどでも何で連れ出してくれたのかは分からないままだった。
不安ではある、でもきっと、多分だけど、悪いことでは無いんだろう。
ギュッと手を握って手の温かさを思い出す、もういないお母さんの温かさに似ていたから。少しでも信じたいと思った。
「ほら」
彼女の優しい声がした。その手にはタオルを持っていて僕が受け取るのを待っていた。
「あ、ありがとうございます」
タオルを受け取ってまずは頭から拭いていく、タオルには黒ずんだ汚いよごれが染みついた。とても謝りたい気持ちになったけど、拭かないでいるほうが困らせちゃうなと思って入念に拭いた。
しっかりと体についた水分を拭き終わってから彼女に手渡す、黒くなってくしゃくしゃになったタオルを嫌な顔せずに手を取り、奥へと入っていく。
「適当な場所で座って待っててくれ何か食べるものを持ってくる」
恐る恐る部屋の中へと歩みを進めて、リビングに入って言われた通りに目に入った椅子に腰をかけた。すると徐々にいい香りが部屋の中に広がった。
美味しそうな匂いに誘われて、僕のお腹から間抜けな音が聞こえた。
「お待たせ。ほら、簡単な物だけど」
僕の目の前に置かれたのはなんて事はない普通のスープとパン。でも何も食べていなかった僕にとってそれは食欲を煽るには十分だった。
スプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
「おいしい……」
「それは良かった」
彼女の険しそうな顔が崩れて嬉しそうに微笑んだ。その顔を見た瞬間、僕の胸の鼓動が跳ね上がった、段々と顔が沸騰したかのように熱くなって、心臓がバクバクとリズミカルに高鳴っていく。
おかしい。今まで人と話す時にはこんなことにはならなかった。誤魔化すようにスープを掻き込んでいく、それでも高鳴る胸は止まりそうにない。
「そんなに慌てて食べなくてもおかわりはまだあるぞ」
テーブルを挟んで向かい側に座っている赤い髪の彼女がそう言ってスープを口につけた。
これって、も、もしかして僕ーーーーー。
「………へ、へっくし!!」
ズズッと鼻をすする。風邪をひいてしまったかもしれない。
「風邪か?」
心配するように黄色い瞳が僕を見つめた。
「ううん、大丈夫…です」
頭も別にボーっとするわけでもない、大丈夫だろう。
「そんなに畏まらなくてもいいんだぞ?」
そ、そうなのかな?年上の人にはこう話せってお母さんに教えられたんだけど、この人がそう言っているんだから大丈夫か。
それから会話は交わさず、スプーンが皿を叩く音だけが聞こえていた。彼女は何か考え込むように黙ったままだった。恐らく僕のこれからについて考えているんだろう、丁度いいタイミングだと思って僕は出会ってから疑問に思っていた事を聞いた。
「カーリーは何で僕を助けたの?」
「うん?」
手を止めて、思考に流されていた彼女の顔が僕に向けられる。
「だって、僕を助けてもカーリーに何一つ良い事なんてないなって思って。だから……」
僕がそこまで話すと彼女は口を開いた。
「……似ていたんだよ。昔の私と、君が」
懐かしむような、それでいて悲しそうな顔だった。
「え……」
「私も幼い頃、あそこにいたんだ。君と同じ一人で、泣いていた。周りに頼れる大人もいなくて、同い年の友達は皆、掃除屋に連れていかれて居なくなってしまったし、孤独…だったんだ」
「………」
「だからかな。君を見た時、あの時の事を思い出して居ても立っても居られなくてさ」
そこまで話すとカーリーは再び手を動かし始めた。
「………カーリーは、強いね」
ポツリと、呟いた。
「そうでもないさ」
そして、優しい。彼女はこうは言っているが、きっと僕じゃなくても、あの場所じゃなくても、この人は同じように助けただろう。
お母さんが言っていた事、お母さんとの約束を思い出す。まだ幸せだった、あの頃。
”ブラッド。貴方は優しくて、強い子よ。だからその優しさを使って、誰かを幸せにしてあげてね”
あの優しい声が話してくれた言葉の意味、今ならわかるような気がする。
「ブラッド」
彼女が僕を呼んだ。
「さっきから考えていたんだが。君はこれからどうしたい?君のことを引き取ってくれる人を探してもいいし、もし君が嫌じゃなければーーーー」
「カーリーと一緒がいい」
「………即答だな」
呆れたような顔で笑った。ちょっと早とちりしすぎたかな、恥ずかしくなってきた。
「分かった、君がそう言うならそうしよう。これからよろしくな、ブラッド」
「うん。よろしく、カーリー」
この人には初めて見せる笑顔で僕は返した。カーリーはちょっと驚いた顔をしたけどすぐに笑顔になった。
ーーーーーー
食事を終えて僕たちは寝ることになった。カーリーはソファの上で寝転がって、僕はベッドで寝ている。意外と強情だった彼女は僕の”一緒に寝よう”という提案を突っぱねて僕をベッドの中に押し込んだ。
ちょっと顔が赤かったし風邪を引いてると思ったんだけどなぁ、二人で寝ると暖かいし。
時計の短針は十時を指していた。カーリーもソファの上で寝息を立てている。でも、その上に何も掛けられていない事に気づいた。
外はまだ雨が降っていて少し肌寒い。僕は布団か抜け出して近くにあった小さい毛布を起こさないようにそっと彼女に掛けた。
それに満足して僕はベッドに再び入り込んだ。
そろそろ寝よう、そう思い目を瞑る。裏路地にいた時には考えられなかった、暖かさに包まれた睡眠だった。
これもあのソファで寝ているあの人のおかげだ。いつかこの優しさの恩を返さなきゃ。
明日から始まるだろう素敵な日々を想像しながら僕は眠りについた。
あの恐ろしい声が聞こえる事が無くなったと気づいたのはしばらくしてからだった。
終わりの始まり。