カルメンが言っていた通りあれから深く問い詰められる事は無く、数日経った後通常の勤務に戻った。この事の所為で皆の見る目も変わってしまうんじゃ無いかと心配していたが、特に変わることがなかったのは皆の人柄のおかげだろう。
「おはようエリヤ。重そうだし持とうか?」
「おはようブラッド!大丈夫よ、これぐらいなら…………わぁっ!!?」
ふらふらと危なっかしく揺れる書類の山。その下で細い腕をプルプルと振るわせている女性は黄色混じりの茶色の髪を揺らしながら大きな音を立てて盛大に転んだ。研究所の廊下一面に書類が滑り広がっていく、その様子を見て彼女は大きく溜息を吐いた。
「……またやっちゃった…」
彼女はエリヤ、カルメンの研究所で働く職員の一人だ。人一倍真面目で勤勉な性格なのだが、かえってそれが空回りしているのをよく見ている。なんというか…見ているだけで危なっかしい人だ。
「怪我は無い?エリヤ」
「あ、ありがとうブラッド。私は大丈夫よ」
「無理はしないでね?ここには頼れる人がいっぱいいるんだから、皆んなに手伝って貰ったらいいんだよ?」
「うっ…うん、そうね…今度からそうするわ…」
しょんぼりと肩を落とすエリヤを尻目に床に広がり落ちた書類を拾い上げていくと、その中に一つ使い込まれたクリップボードを見つけた。
「何これ?」
クリップボードに貼られた紙には何やら色々書いている。研究のメモだろうか、難しい単語や記号やらが書かれていたり、様々な所が赤い丸で強調されていたりと個人的にとっているメモなのだろう。
「あ!それ私の!」
エリヤが僕が持っているメモ気づきそばに駆け寄って来た、どうやら彼女の物だったらしい。
「凄い頑張っているんだねエリヤ」
「いや、私なんてまだまだよ!この研究を必ず成功させる為にもっと頑張らなくちゃ!」
「何度も言うけど無理はしちゃ駄目だよ?」
「ええ分かっているわ!」
どうやら彼女は自分が思っていた以上にこの研究に対して執着があるらしい、それだけこの研究には価値があるのだと信じているのだろう、それは僕だって同じだ、だからこそ今自分に出来ることを精一杯やるべきなのだ。
目的の場所に着くまで彼女が運んでいた書類を代わりに運びながら他愛のない会話に花を咲かせた。
「それでね!ガブリエルがーーーっと、着いたわね。どうもありがとうブラッド!」
エリヤが扉の前で止まった。目的地に着いたらしい、中に入ると真っ白な部屋で一際目立つ紫色の髪が微かに揺れたのが見えた。
「…随分と遅かったですねエリヤ。書類は……あぁブラッド、ありがとうございます」
「うん、大丈夫だよガブリエル。このくらいならいつでも言ってね」
鋭い視線が僕を睨みつけた。いや、正確には彼自身睨みつけている訳ではないのだが、どうしても彼の表情や視線がそう思わせてしまうのだ。
そんな彼…ガブリエルは変わらない表情を浮かべながら渡した書類を眺めて淡々と言葉を告げた……主にエリヤにだが。
「……エリヤ、この書類は違います」
「え"っ!?ホントに?どこ!?」
「…!!…ここはですね……」
エリヤがガブリエルからの指摘を聞いて驚き、ガブリエルの肩がくっついてしまう程に近づき資料を覗き込んだ。その一瞬、ガブリエルの表情が明らかに動揺へと変わったのを僕は見逃さなかった。それと、エリヤに何か教えている間だけどこか楽しそうに見えるのも。
へぇ〜………ふぅん……なるほどねぇ……。
頑張ってね、ガブリエル。
言葉に出すのは野暮だと思ったので今は心の中から応援するとしよう。
ーーーーー
「ふんふふーん」
白い廊下を鼻歌混じりに歩く、気分が良い。二人のああいう関係は見ていて幸せな気分になれるから。…まぁ、ガブリエルからしたらお節介な物だと思うけど。
「あ、いた。おいブラッドー」
「カーリー!」
「全く、探したんだぞ。一体何処にいたんだ?」
「エリヤの所でちょっと手伝ってたんだよ、ごめんね?カーリー」
「そうか、それなら良いんだが…」
理由を聞いたカーリーはバツの悪そうな顔を浮かべた。
「それで?何で僕を探してたの?」
「いや、カルメンに言われてな。用は私だけらしいんだが…」
「そっか。なら、早く行かないとね」
カルメンがねぇ…一体何の用なのだろうか。契約更新の時期でも無いし、それ以外といっても何も思い当たる節が無い。
(まぁ、行ってみたら分かるかな…)
「カルメン、来たぞ」
他の研究室よりも一際大きい部屋にカルメンは居た。カーリーが声をかけるまで何やら機械を触っていたが、やがてカーリーに気がつくとこちらへと振り向いた。後ろには何やら禍々しい肉塊が、ガラスに囲まれたショーケースに入っているのが見える。
「あ、カーリー来たのね!それにブラッドも!」
人が良さそうな笑顔をこちらへと振り撒くカルメン。背景と合わさってなんだか嫌な予感がするのは僕だけだろうかと顔が自然と引き攣った。カーリーに目をやると彼女も僕と似た表情を浮かべていた。つまりは苦笑いだ。
「カルメン……後ろのそれは何だ…?」
「そうそう!実はコレについて用があったのよ」
嫌な予感が的中した。
カルメンが再び、機械を触ると後ろのガラスが上へと上がっていき、やがて肉片が触れられるようになった。よく見ると肉塊には剣の様な刃が付いているのが分かった、それに握ることができそうなグリップも。
「二人にはE.G.Oについては話したわよね?」
「…人の心に反応する武器、だっけ」
「そう、これは偶々抽出できた物…カーリーってば良く仕事中に武器を壊してるでしょ?だからカーリーが嫌じゃなければだけど、良ければ使って欲しいな〜って思って」
ギョロリ。
「うわっ!?め、目が!」
「カルメン……こいつはあれか?そういう新しい特異点なのか?見た目が酷いぞ」
ギョロリ、ギョロリと真っ赤な肉塊の中から大きな物から小さい物まで複数の目玉が浮き出した。す、凄い気持ち悪い…!
「う、う〜ん。こればっかりは仕方ないわね、見た目は私が決められる訳じゃないから……これはまた実験が必要ね」
「そうか」
カーリーが剣に近づいた。その剣はカーリーの動きを一つ一つ観察するかのようにその目玉を動かした。
「…カーリー。渡す私が言うのも何だけど、気をつけてね。これは本当に運良く抽出できたE.G.Oで不安定だから」
「あぁ、有り難く使わせてもらう」
カーリーが剣のグリップを強く握り、持ち上げた。目玉は未だにカーリーを見つめている。カーリーはその視線を気にしながらも数回、素振りした後、満足そうに「うん」と呟いた。
「カ、カーリー…大丈夫そう?」
恐る恐る彼女に何か変化が無いか聞いてみる、しかし思いの外返ってきたのは以外な反応だった。
「ん?あぁ、別に何も無いぞ?見た目だけ除けばただの大きな剣だな。少しズッシリとしているが、まぁ問題ないな」
「そ、そうなの……良かったぁ…」
なんと、見た目に反して以外と普通らしい。彼女の胆力には驚かされる、僕だったら絶対嫌だね。
「あ!ブラッドにも新しく抽出できたらいるかしr「絶対ヤダ」そ、そう…」
食い気味に言った僕に対して少ししょんぼりするカルメン。僕は嫌だからね、ホントに。
「ていうか抽出って…何から抽出したのさ」
「ん?あ〜、外郭に住んでた人にね、少し手伝って貰ったのよ。酷くトラウマがあったらしくて、その治療と引き換えにね」
「ふ、ふ〜〜ん…」
あ、怪し過ぎる……!
「………」
「いや、二人ともそんな顔しないで!怪しく無いから!ホントーに!大丈夫だから!!」
僕たちはそそくさと帰る事にした。
しかしこの時、僕は気づかなかった。カーリーの持つ剣がこちらへと目玉をじっと向けていた事に。
……ホントに怖いんだけど!!
よくよく考えたらミミックって凄いフロム味があるよね。