「何ともなくてよかったね」
「…あぁ、そうだな」
「ほら、ブラッド。カーリーの心配をするのはいいけど、自分の体のことも労わらなきゃ駄目よ?」
あれからブラッドにされるがまま運ばれた私は、医務室のベッドで座り込んでいた。彼に大げさに騒いだおかげで精密な検査を受けることになったのだが、特に大きな外傷を受けたわけでは無かったので結果は異常なしと、何事もなく検査を終えた。
最も、検査を受けるべきは彼だったのだが。
「腕の方は大丈夫なの?また黒くなったって聞いたけど?」
「うん。こう…戻れ戻れ〜!ってブンブン振ってたら戻った」
「あはは何それ!まるで古い機械みたいね!」
エリヤはブラッドと仲睦まじく会話しながらもアルコールを染み込ませた布で彼の腕を優しく撫でていた。表情は変わらないが彼女なりに心配なのだろう。それもそうだ、彼は研究所内では一番若い、そんな自分よりも一回り歳の離れた子が正体不明の症状に見舞われているのだから。
だからこそ私は決めあぐねていた、彼に私の身に起きている事を伝えるべきなのか。
「…?どうしたの、カーリー?どこか痛む?」
「あ、駄目よブラッド、じっとしてなきゃ」
隣からツンとしたアルコールの匂いが漂ってくる。顔に出ていただろうか。私の様子を不審に思ったブラッドがベッドから起き上がり私を見るも、すぐにエリヤに制された。
「大丈夫だよこれくらい。もう傷も塞がったしね、エリヤもやることがあるんでしょ?僕のことはいいから」
「嘘はいけないわブラッド、さっきまで頭から血を流してたじゃな……って、あれ?」
エリヤが驚いたように目を見開いて包帯が巻かれたブラッドの頭を触り始めた。くすぐったいのか、ブラッドは目を細め、彼女の確認が終わるまで待っていた。
「おかしいわね…確かに傷が塞がってるわ」
「ね?言ったでしょ?」
勝ち誇るように微笑みながらそう言う彼に困惑しながらも、エリヤは小さく息を吐いた。
「無茶はしちゃ駄目よ?ブラッドはまだ子供なんだから」
「…あ、ありがとう」
「何かあったら誰か呼ぶのよ?」そう忠告するように言った後、エリヤはパタパタと足音を鳴らしながら部屋を出て行った。
「…僕はもう子供じゃないのに…」
俯いてそう言葉を落とした彼は不服そうに顔をむすっとさせた。ムキになっている所がまた子供らしいと口から出そうになったのを必死に引っ込めた。言った所で彼の怒りが増すのが目に見えていた。
それからしばらくして何かを思い出したのかハッとしたように顔を上げ、心配そうな顔を私に見せた。
「そういえばカーリー、大丈夫?何か随分と思いつめたような表情してたけど」
やはりバレていた。長年とも暮らしていた賜物だろうか、最近はどう誤魔化してもブラッドに言い当てられることが多くなっている気がする。
こう言われてはもう誤魔化すことは不可能だろう、諦めて彼に伝えることにした。
「実はだな…」
ーーーーー
「声かぁ」
ギョロリと赤く大きな眼がブラッドを見つめた。それに返すかのようにブラッドもまた私の剣を見つめていた。
「僕には何も聞こえないね、確かにカルメンがカーリーに渡したときから変な剣だとは思ってたけど」
「やっぱり私にだけしか聞こえないみたいだな」
赤い軌道が医務室で弧を描く、ブラッドが剣を振り回した。それから適当な言葉を話しかけたり、手でコツコツと叩いたりなど、彼が思いついた事を粗方試した結果、剣は嫌気が差したのか(そもそも意識があるのか?)特徴的な大きな眼をピタリと閉ざしてしまった。
「ありゃ、閉じちゃった」そんな声と共にブラッドは剣を握る手を緩め、そっと近くのテーブルに置いた。
「どうする?やっぱりカルメンに伝えた方がいいのかな?」
ブラッドが顎に手を当て、小さく唸る。確かに彼の言う通り、それが最善なのかもしれない。しかしどうしてか、私は自分の中でそれを拒んだ。これは私にとってあるべき存在、そういつの間にか思ってしまっていた。
「いや、カルメンに言うのは止めておこう。きっとこれは私が解決すべきなんだと思う、そんな気がするんだ」
「そっか」
納得したのか私を見てブラッドは微笑んだ、優しい笑みだ。私はこの笑顔にどれだけ救われただろう、きっとこの子は知らない。
「っと、そろそろ会議の時間だ。ブラッドはしばらく安静にしててくれ」
ベッドから立ち上がり、剣を持つ。とにかく、今はやるべきことをやらなければならない。カルメンの目標、それを守る私、そして。
「…?」
この子が幸せに生きていける世界をーーーーー。
『 hE h4s 1t }
「っ!」
まただ、声が、聞こえる。私は思わず頭を押さえた、やはり慣れない感覚だ。
【 Sh3 LL 〛
頭の中でうるさく、激しく木霊するそれは私を飲み込もうと、揺さぶるようだった。
「カーリー。また聞こえるの?」
「あぁ、聞こえる。大丈夫だ、このくらい」
「本当に?何かあったら…」
「心配するな、私は負けはしない」
それだけ伝えると、私は逃げるように医務室から抜け出した。早歩きで廊下を駆けていくが、声が途切れることは無く、むしろ強くなっていった。
〔tH4t 1S ª gⓇ3aT Sh 3 ll 』
始めは歪でしかなかった奇声も段々と聞き取れる程にまで鮮明になっていて、絶えずそれは何かを求めていた。
⦅ w3 Ne3D h uM4 N sH3lls to PR0t3C7 pE0Ple 〗
「殻…?」
それは殻だった。声は絶えず、それを望み続けていた。人を守るために、殻が必要だと。
意味は深くは考えないようにした、少しでも揺れてしまえば、この声に心まで喰われてしまいそうな不安に駆られたから。
そうしているうちに、声は殻という言葉を繰り返しながら小さくなってやがて消えた。結局、私は声を止める方法も思いつかず、無視をすることが最善の方法だと結論付け、大きく息を吐いた。
「カ、カーリー?どっ、どうしたの?」
背後からの声にハッと我に返り、後ろを見ると一本の特徴的なはね毛がビクリと動くのが目に映った。
「ミシェル…だったか。どうした?」
自分の心の内を悟られないよう平静を保ちながら声の主を見下ろした。
「あっ、えっと…その…な、何か困っていそうだったから…つい…」
おどおどとした様子でこちらの顔を窺ってくる少女は他の職員と同じくカルメンの下で働いているミシェルだった。白衣の下から見え隠れするベージュのワンピースの裾をぎゅっと握り、今にも泣きだしそうな顔でこちらを見ている姿はこの研究所には似合わない幼さを醸し出していた。
「いや、少しぼーっとしていただけだ」
「そ、そう…なんだ…」
「「………」」
気まずい空気が流れる。だからどうということは無いのだが、それに対してミシェルがいけなかった。
何か会話をしなければと言葉を探しているのか、視線が泳ぎながら口をパクパクと開閉している。表情も相まってなんだか私が悪いことをしているような気持ちになった。何か話す話題は無いか、頭を捻った。そうして思いついたのがーーー。
(確かブラッドと同じ…いや、少し年上だったか?)
とにかく彼女とブラッドは年が近かったはずだ、そう思い私は口を開いた。
「ミシェルはブラッドと年が近いそうだな?」
「ひえっ、あっ、は、はい…多分そうだと思います…」
「ブラッドは同い年の友達がいない。本人は私が居るからいいと言っているのだが、私としては心配でな…そこでだ」
がっしりとミシェルの肩を掴んで、真っすぐな目で見据えながら彼女に伝える。彼女の顔が真っ青になっている気がしたがそれは気のせいだろうと、言葉を続けた。
「ブラッドと仲良くしてやってはくれないか?」
精一杯の笑みで彼女にお願いした。
「はっ、はっ、はいぃぃぃぃ…」
私が話し終えるとダムが決壊したかのようにボロボロと涙を零すミシェルに私は思わず狼狽えた。
「な、何故そんなに泣く!?何かおかしなことしたか私??」
「あなた達何してるのよ…?」
会議室の扉から顔を出したカルメンはこの惨状を見て呆れた様子で私にため息を吐いた。
それから誤解が解けるまでかなりの時間を有したのは言うまでもないだろう…。