「は?詐欺師?」
「そう、この研究所の資金を持ち逃げした人がいたらしくて…」
カーリーがフィクサーとして名を上げ、"赤い霧" なんて異名が周りから言われるようになった頃、カルメンと話す彼女を見かけた。
カルメンと話しているのはよく見ていたのだが、それは雑談とか談笑の類、今回はそういった和やかな雰囲気は無い。カルメンは困ったような表情、対してカーリーはあまり穏やかな表情ではないのを見るに何やらトラブルに見舞われたのだろう。
「どうしたの二人とも、何かあったの?」
「あ、丁度いい所に来たわねブラッド。今カーリーに話していた事なんだけどね、今日はフィクサーとして二人にお願いがあったの」
「フィクサーとして?」
「えぇ、実はね…」
ここの研究所の資金を盗んだ詐欺師の捕縛、それがカルメンからの依頼だった。その依頼に僕たちは二つ返事で承諾した。
都市で生きる人達の為に日々研究を続けるカルメン達の大切な研究費を私利私欲の為だけに奪うなんて到底許されるものでは無かったからだ。
「で?どいつがやったのか目星はついてるのか?」
「え?あーー……えぇ!勿論ついてるわ!」
カーリーが誰が犯人なのか問い詰めると、カルメンは冷や汗を流し、ぎこちない笑顔を浮かべた。
何やら嫌な予感がして来た……。カーリーも同じように感じたのか、もの言いたげな目でカルメンを見つめている。
「本当か?どんな奴なんだ」
「えっと…身長は高めで…」
「それで?」
「…………詐欺師っぽい顔の人?」
大きなため息が空間いっぱいに広がった。額に筋を立てたカーリーが気分を落ち着かせる為にポケットから煙草を取り出して一口咥えると、火をつけて軽く紫煙を吹き出した。戦場に立ったかのような雰囲気が室内に広がった……正直とても怖い。
「じょ、冗談よ冗談!情報は他にもあるわ」
「なんだよ、勿体ぶらず早く言え」
「じゃあ、はい。これがここ最近で研究所を出入りしている人のリストよ」
「…待て、この中から探せってか?」
カルメンからカーリーに手渡されたのは、初めて研究所に入る際に作られる個人情報が書かれたリスト……の束だった。
「以外と多いね?」
「誰でも彼でも入れようとするからだな」
「あはは…」
バツの悪そうな顔をしているカルメンを尻目にリストをめくっていく。様々な経歴、出身が書かれたそれを見ているだけでも頭が痛くなる。それにここからしらみに潰しに都市中から探すとなると、かなり大変だ。
「もうちょっと詳しい情報は無いの?多分かなり時間がかかると思うんだけど…」
「そうだな。都市がどれだけ広いかなんてお前も知ってるだろ?」
「うーん…確かにそれはそうなんだけど……これでも絞ったつもりなのよね…」
「難しく考えなくてもいいんじゃない?ほら、例えば最近お金の話をした人とか……」
僕がそう言うと、カルメンが驚くように目を見開いたまま僕を見つめた。まるでその発想が無かったかのような………。
「それよブラッドーーーーー!!!!」
ビシッと勢いよく伸びた指が僕に向かって指された。一部始終を見ていたカーリーが溜息混じりに一言呟いた。
「科学者だったらもっと頭を使えよ」
それは今まで言われてきた言葉よりも鋭い言葉だったと後にしょぼくれたカルメンは語った。
煌びやかな街の明かりや装飾は今まで自分が生きてきた世界がまるで別世界であったかのような気分にさせた。
そして僕達の前を通る人は誰もが笑い、穏やかな表情をして歩いていた。でも、僕から見た彼等の顔はどこか乾いているように見える。
巣。都市の各区に存在する翼が直接管理した区域、羽達や富裕層の人達が住む場所。
僕たちは今、そんな巣の中に居た。
「…相変わらずだな。ここは」
カーリーが隣でポツリと言葉を落とした。その言葉はここの住民に対する皮肉のように思えた。
「カルメンの言ってたのが正しいならここの巣に犯人がいるらしいけど…」
「身長が高めの詐欺師顔…あと髪が青っぽい奴だったか?……ったくカルメンの奴、説明が適当だからな」
「あはは…まぁ、場所が絞れただけでも有難いよ」
「それで?どうやって捕まえようと思ってるんだブラッド?」
「あれ?僕はてっきりカーリーが捕まえるのかと思ってたんだけど…?」
「お前の意見が聞きたい。穏便に済ませられるならそれでいいって言ったのはカルメンだろ?お前なら何かいい案は無いかと思ってな…」
「うーん…」
腕を組んで悩む。穏便に穏便に……でも他人のお金を盗むような人だからなぁ、穏便に済むかどうか……。
そう悩んでいるうちにふと、一角にあるアパレル店に目がついた。もっと詳しく言えばガラスケースに丁寧に飾られた大きな鞄が……。
「後ろからゴンって気絶させて、鞄に仕舞っちゃう?」
「………」
(……はっ!しまった!)
カーリーから並々ならぬ圧を感じる……。今まで裏路地での仕事しかしてこなかったからつい野蛮なやり方を提案しちゃった!カ、カーリーに失望されちゃったかも…。
「ブラッド…」
「ご、ごめんカーリ…」
「お前、私に似てきたな」
「へっ?」
突然頭を撫でるカーリーに困惑を隠せなかった。
(こ、これはもしかして嫌われていない…?)
少し顔を見上げ、彼女の顔を見た。その顔はなんだか複雑そうだったけど、僕にはそこはかとなく嬉しそうに見えた。
ーーーーー
澄み渡る青い空、そこに張り付いた目が眩む程の太陽は朝の鬱屈とした心を洗い流してくれる。
「お待たせ致しました」
「あぁ、ありがとう」
目の前に置かれたこの至高の飲み物が淹れられたカップを持ち、軽く鼻を近づけて一息吸い込む。
うん。良い香りだ。
小鳥達のさえずりをメロディーに香りを楽しんだ後、カップに口を付け、少し飲んだ。
瞬間、目が見開く。
程よい苦味と酸味が互いに抑え、バランスを取り合っている。苦過ぎず、甘過ぎない。この洗練された味わいは今日一日の俺を奮い立たせてくれるかの様だ。
ひとしきり味を楽しみ、飲み込んで一息ついた。
嗚呼、やっぱり。
「コーヒーは最高だ…」
軽い足取りで街を歩く。先程のコーヒーのおかげで気分も上々、なんならスキップでもしたいくらいだ。
歩きながら街の人を眺めた。幸せそうな表情を浮かべた夫婦、その間には彼らの愛の結晶が同じ表情をしていた。
微笑ましい。それと同時に羨ましい、なんてふと思った。今まで生きてきた中で親からの紹介ばかりで素敵な出逢いは無かったから。
俺もいつか出逢えるだろうかーーーーーー。
ふと、視線を逸らした先を見て、足が止まった。
止まって、しまった。
そして目が合った。
この時から、俺の世界は変わったように思えた。
コーヒーの味なんて忘れてしまうくらいには、
綺麗だと思った。
彼女は赤い髪がたなびかせて、狭い通路へと消えていった。
誘われるように俺は彼女の消えた方へと歩みを進めた。少しだけで良い、もう少しだけ彼女を見てみたかった。
俺の中の衝動的に燃え上がった熱が、俺を危険な道へと突き動かした。
明るかった大通りから薄暗くなった誰もいない道へと迷い込んだ。しかし、彼女の姿は何処にも見当たらなかった。
気のせいだったのだろうか?いや、そんな筈は無い……。
この時の俺は誰が見てもみっともないと思っただろう。焦っていたし、分かりやすいくらいには浮かれていた。
だからだろう、後ろから忍び寄る人影に気付かなかったのは。
「おごっっ!?」
何かが風切る音が聞こえたと思ったら、後頭部から今まで受けた事が無い痛みと衝撃を受け、俺は情け無い声を上げながら意識が刈り取られた。
視界が薄れる中、最後に目にしたのはあの時見た赤い髪の女性の姿だった。
「カーリー、本当にこの人なの?優しそうな顔してるけど……」
「甘いなブラッド、こういう顔をしてる奴が一番危険だし、腹立つんだ」
「……最後のはカーリーの主観なんじゃ…?」
ーーーーー
「ゔっ…うぅん…」
頭が痛い………ここは何処だ……?
「あ!気が付いたよカルメン!カーリー!」
痛む頭を抑えようと手を伸ばそうとしたが何故か動かない。後ろ向きに紐で括られているのか?どうやら相当不味い状況らしい。
「あっ、ごめんね…今外すから」
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げながら顔を上げるとそこには俺よりも一回り歳が離れていそうな男の子の姿があった。そしてその後ろには黒い髪を後ろに束ねた白衣姿の女性と…、
あの赤い髪の女性が居た。
「カーリー、どう見ても彼の顔は詐欺師っぽく無いでしょ!」
「はぁ!?あんな顔誰が見たって怪しいだろ!」
「この際言わせてもらうけどね、カーリー。貴女は昔から人の顔を見分けるのが出来ないじゃ無い!何でブラッドに任せなかったのよ!」
「知るか!というか大体こうなったのはカルメン!お前がまともな説明もしなかったからだ!」
「や、やめてよ二人ともぉ…」
「???」
詐欺師?俺が?何故?全く意図がつかめない…彼女達が何をしているのか見当もつかなかった。
「それに!人の顔を見分けられ無いだと?ブラッドの顔ぐらい分かる!」
「それは毎日一緒に居るからでしょ!」
目の前に居る少年がオドオドしながら大の大人達の喧嘩を止めようとする光景に思わず笑ってしまった。漫才か何かだと思ってしまったのは俺だけじゃ無いはずだ。
「お、おかしくなっちゃった…」
「叩けば直るか?」
「…直るかしらね?」
今まで喧嘩していたのが嘘のように静かになり、笑う俺の方へ向いておっかない事を言っている二人に、そんな二人を止めようとしている少年一人。
「あはは、そ、それはやめて欲しいかな〜?」
これが俺、ダニエルがカルメンとカーリー、そしてブラッドと出会った馴れ初めだった。