Heart for You   作:荒屋

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 カーリーorゲブラーの小説もっと増えろと毎日祈っている作者です。



小さな兎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めての景色を眺めていた。

 

 暗くて、ジメジメしていて、空気は吐きそうなほど最悪。おまけに道行く人達は皆暗い顔を浮かべている。俺がこの前まで歩いていた景色とは真反対だ。

 

 都市の裏路地。俺は今、カルメン達に連れられて裏路地に足を運んでいた。

 

 何故こうなったのか。あの可笑しな誘拐劇の後、カルメンは図々しくも俺に協力を募ってきたのだ。彼女曰く、

 

 「大丈夫大丈夫!貴方は隣に立ってるだけでいいから!」

 

 ということらしいのだが、その後ろに立ってた二人が。

 

 「絶対あいつ碌でも無いこと考えてるぞ」

 

 「いつもの調子ならお金の匂いがするからって言いそうだもんね」

 

 なんて会話が聞こえたものだから思わず苦笑いした。

 

 それから結局、彼女の勢いのまま流されてうっかり「分かった」なんて言ってしまったんだ。

 

 そして今に至っている。……ホント、人生って何が起こるか分からないものだ。

 そう考えながら景色を眺めているとカルメンの歩みが緩やかになった。

 

 「ここら辺でいいかしら…」

 

 周りをキョロキョロと見渡したと思ったら彼女は俺の袖を掴んで無理矢理俺を隣に立たせた。

 それから何をするのかと思えばカルメンは突然、演説を始めた。

 

 

 

 "私達はみんな疲れていて、心に病気を持っている"

 

 "皆が皆、自分を押し殺し、他人を蹴落とし、死へと向かっている"

 

 "おかしな話だとは思わないかしら?"

 

 "私達はもっと、もっと自分の為に自分に正直であるべきなのよ"

 

 "一人一人が自分だけの翼を持って羽ばたけるようになれば"

 

 "そうなればこの都市も、ずっと良い物になる筈"

 

 "私は今、そんなみんなの心にある病を克服する研究をしている"

 

 "これを聞いている人みんな全員に一緒に克服できる人を募集しているわ"

 

 

 

 カルメンの演説を聞いていて俺はなんて曖昧で、デタラメな言葉なのだろうと思った。

 

 でも彼女はそんなデタラメな話を堂々と熱心に話していた。それを本気で信じてやまない人の声だった。

 彼女の前通る人はチラッとこっちを見るだけで、皆そのまま通り過ぎて去っていくだけだったのに、それでもカルメンは止めなかった。

 

 カルメンの姿は俺が今まで見てきた人とはとても違っていた。誰も行かない道を行こうとする人……こんな人が世の中に居るなんて思いもしなかった。

 

 結局、演説が終わるまで誰からも声をかけられる事は無かった。

 

 「ダニエル、今日は本当にありがとう。家まで見送るわ。安心して!うちのボディーガードは都市の中でも最も安心できるから!」

 

 いつもの事なのか、演説に耳を貸す人が居なくても彼女の明るい調子は変わらなかった。

 

 「……ボディーガードが居ないといけないほど大変なのかい?裏路地は」

 

 「「え」」

 

 「え?」

 

 カルメンとブラッドが信じられない物を見たかのような顔で俺を見た。カーリーの吐き出した溜息だけが一際大きく聞こえると、吐き出す様に呟いた。

 

 「とんだ世間知らずのボンボンなんだな」

 

 「…俺みたいに巣で暮らしてる人はこんな機会がなかったら裏路地で起こってる事なんて知る術は無いからね」

 

 「じゃあ帰りながら教えてあげるわ」

 

 カルメンは俺の前に立ち、深刻な顔を浮かべながら歩き始めた。僕もそれに続くと、カルメンは語り出した。

 

 「ここから先は危険だから、カーリーとブラッドの側から離れないでね?」

 

 「都市(この世界)はね……」

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺は見聞きした。裏路地の無秩序さは目の前に広がる地獄みたいな風景とカーリーやブラッドの話から、巣の理不尽さをカルメンから話で聞いた。

 

 人が平気で奪い合って、殺しあっている、それが当たり前である様に。

 人が無意味に搾取され続けている、それが初めから決められた事の様に。

 

 都市の現実を知ったその夜、訳のわからない罪悪感と恐怖で眠る事ができなかった。ただ、震える体を抱きしめて朝が来るのを待ち続けた。

 

 罪の意識と恐怖に支配された頭の中に唯一強く残っていたのはカルメンの言葉だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 死にたくない、どうか誰もあたしを見つけないで。

 

 そんな弱く、か細い声は目の前に広がる争いの熱にかき消された。絶叫、怒号に熱狂が渦巻く大騒ぎにあたしは逃げる隙も見当たらず、蛆虫みたいに這って動いて縮こまった。

 

 (死にたくない死にたくない助けて助けて…)

 

 誰も聞いているはずも無いのに、ガチガチと歯を震わせながら命乞いを繰り返して馬鹿みたいにこの騒動が終わるのを待ち続けていた。

 

 でも、ここは裏路地だ。そんな簡単に助かるなら、あたしはこんな目に遭っていない。

 

 ある組員の一人がとうとうあたしを見つけてこっちに向かってきた。勿論、殺意が込められた武器を向けてだ。

 

 (あぁ、あたしはこれで終わりか)

 

 死の感覚をすんなりと受け入れられる程には、何も無い人生だった。今までの記憶が走馬灯のようによぎる。ゴミを漁ってその日を食いつないで、野盗から命がけで逃げて、寒さに縮こまって眠る夜。もうたくさんだった。

 

 自分の死を悟り、目を閉じた。

 

 武器が空を切る音が聞こえたと思うと、そこに割り込むように剣が肉を切る音が聞こえた。

 

 (…………)

 

 剣で切られたら痛いと思っていたけど、あたしの身体は思いの外何ともなかった。死ぬ時というのは感覚が鈍くなるのだろうか?そう思うには余りにも意識がはっきりとしていた。

 

 (……?)

 

 いくら待っても意識は途切れない、不思議に思ったあたしは勇気を出して目を開けることにした。怖かったけど、どんな状況かは見る必要があったから。

 

 ゆっくりと目を開ける。そこであたしは見た、生涯忘れないであろう景色を。

 

 「ぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤く光る、英雄の閃光を。

 

 

 

 

 

 

 

 あたしの前に立っていた組員が力なく倒れこむ、その後ろに立っていたのは大きな剣を持った全身が真っ赤な人。

 その人はあたしを一瞥すると、目にも止まらない速さで他の組員を全部切り刻んでいった。

 

 ”切り刻む”っていう言葉が似合うくらいの大きな剣に為す術もなく人々が倒れていった。あたしは終始その光景を自分の身体の状態を確認する事も忘れて見とれていた。

 

 そして遂に最後の組員が倒された。その人以外誰も立っていない道は、争う人達に埋め尽くされていた先程までと打って変わって見渡せるようになるまでに広々としていた。

 

 いや、違った。その人だけじゃなかった。もう一人立っていることに気が付いた。

 

 真っ赤な人よりも少しだけ背の低い男の人が、真っ赤な人に駆け寄った。二人で何かを話している。

 

 それからあたしに二人分の視線が突き刺さった。真っ赤な人はあたしを見ると、そのヘンテコな剣で路地を指し示すと、

 

 「こっちに走れば逃げられる筈だから、あとは勝手にしろ」

 

 って言った。

 

 「ぁ………」

 

 あたしはその人達にありがとうって言おうとしたけど、出てくるのは情けない声だけだった。そんな声を吐き出しては震える足で壁に手を付けて立った。

 

 怖かった。他の人が押し寄せる前に指し示した方へ走っていかなきゃいけなかったのに、震える足はそれを拒否した。

 

 まぁ、あの赤い人の顔が怖かったってのもあったけど。

 

 戸惑うあたしに駆け寄る影が一つ、さっきの男の人だ。

 

 「大丈夫?上手く歩ける?」

 

 薄い茶色の髪があたしの前で揺れた。その優しい声色が恐怖に揺れる心に落ち着きを与えたような気がして、恐る恐る顔を見上げると驚いた。

 だって、そこにいたのはあたしと変わらないくらいの歳に見える男の人が立っていたから。

 

 温かい手が優しくあたしの手に触れた。冷たい汚れまみれの手を平然と掴んであたしに励ましの声をかけてくれた。人に優しくされるなんて初めての事だった。そのどれもが温かくて、頬が自然と熱くなった。

 

 驚きも隠さない、馬鹿みたいな顔を浮かべていると、後ろから溜息が聞こえた、あの赤い人だ。その人はのそのそと近付いてくると男の人の隣に立った。

 

 瞬間、熱が冷える。再び恐怖が顔を出した。

 

 その威圧感にあたしはまたへたり込んだ。しょうがないと思う、だって鎧で武装した人間には到底見えない奴が赤い肉をべったりと付けた大剣を持って近づいてきたら誰だって腰を抜かすと思う。

 でも、隣の男の人はそんな姿を見ても何でもないかのように話しかけた。

 

 「カーリー…その姿じゃ怖がっちゃうよ?」

 

 「いいだろ別に」

 

 「またそう言って~…ホントは優しいのにそんな態度じゃみんな怖がるだけだよ?この前ミシェルが…」

 

 「はぁ…分かったよ」

 

 赤い人はやれやれといった感じであたしに向き直ると、ぶっきらぼうにあたしの腕を掴んで立たせた。そして淡々とした声で言った。

 

 ”いいか?この世界はな。強いやつが生き残るんじゃなくて、生き残るやつが強いんだ。だから…”

 

 そこまで言うといつの間にか両足で立っていたあたしの背中を押した。

 

 「走れ、立ち止まらずな」

 

 そうしてあたしは知らぬ内に走っていた。あの人達にありがとうも言えないまま…。

 

 でも、何も無かったあたしの人生に光が差した。

 

 いつかあの人と肩を並べられるくらいに強くなって、あの人達にお礼を言おう。

 

 今のあたしじゃ恥ずかしすぎるから。

 

 今度は堂々と、ありがとうって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっぱりカーリーは優しいね」

 

 「どこがだ…?」

 

 「あの子も大丈夫そうだし、帰ろっか」

 

 「……………そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 「でねー?カーリーが凄かったんだよ、優しいし、強いし」

 

 「……お前、ホントあの人が好きなんだな」

 

 カルメンの研究所の病室、僕はカーリーの素晴らしさをジェバンニに言いふらしていた。でも、彼から思いがけない言葉が飛び出した。

 

 「ぇえ!?なっ、なにが?!」

 

 「……声が上ずんでるぞ。図星だな?」

 

 僕の反応を楽しむジェバンニはいやらしくニヤついていた。と、年上の癖に性格が悪い…!

 

 「そんな事ないよ…本当に!ホントだから!そういうアレじゃないからね!この前カルメンにも言ったけど!」

 

 「安心しろ誰にも言わないから」

 

 「本当!?」

 

 「ほらやっぱりそうじゃねえか」

 

 「うがぁあぁぁ騙したなぁ!!」

 

 病人とは思えないくらいにゲラゲラ笑うジェバンニに僕のぶっとい堪忍袋の緒が切れた。ジェバンニ許すまじと、つかみかかろうとした所に、予想だにしなかった人物が現れた。

 

 「こんにちわ、ブラッド~。この前ぶりだね?」

 

 「あれ?ダニエル?何でここに居るの!?」

 

 青い髪にさわやかさが溢れた顔。その顔に人のよさそうな表情を浮かべているのはこの前の誘拐事件(誤り)の被害者、ダニエルだった。確かその時カルメンとカーリーと一緒に巣へ送り届けた筈だ。何で居るのだろう?

 

 「なんでってそりゃあ…」

 

 ダニエルがチラリと自分の立つ隣を見下ろした。そこには革製の大きいアタッシュケースが。

 

 「俺、ここで働くことにしたんだよね」

 

 「えぇ!?うっそぉ!?」

 

 「本当だよ~。………それでさブラッド、ちょっと聞きたいんだけどさ~?」

 

 「え、何?」

 

 「カーリーって何処に居るかな?」

 

 にっこりと微笑む彼に僕はとてつもなく嫌な予感がした。そんな予感を的中させるかのようにジェバンニが僕の隣で耳打ちした。

 

 その言葉に僕は今までに無いくらいの大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

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