「ブラッドの様子がおかしい?」
「あぁ、なんだか落ち込んでいるのを良く見るんだが、本人に聞いても何でもない、の一点張りでな。カルメン何か知ってるか?」
「ふーーん?」
資料片手に話を聞くカルメンの姿は忙しそうに見えた。しかし頼れる相手がブラッド以外とすればカルメンぐらいしか思いつかなかったし、人を見る目はあるカルメンの事だから何か感じる物があればすぐに気づいている筈だ。
「って、何をニヤニヤしてるんだ?私は本気であの子の事を心配してだな…!」
「うわわ!ちょっと落ち着いて!た、多分私が思うに貴方が思ってる程深刻じゃないから!」
ふざけたにやけ面を矯正してやろうと剣を取り出し立ち上がると血相を変えてそんな事を言った。
「なんだよ、やっぱり知ってるんじゃないか」
「………いや、あの子にとっては深刻かも…?」
「………」
「うひゃあ!?」
……
「い、今のは違うのよ!?大人の私達には余り縁の無い純粋な悩みだから、私から見た感想であって、あの子の事を考えたら結構深刻な物かなって思ったから出た言葉であって、別に揶揄った訳じゃなくてね?!」
「知るかとっとと話せ」
「はい………」
何やら早口で喋っていたがどうでも良かった。青い顔から調子を取り戻したカルメンは
「質問だけどカーリー、最近はダニエルと居る事が多いでしょう?」
「…は?」
「ダニエルよ!ダニエル!…まさかあんなに一緒に居るのに知らないって事は無いわよね?」
ダニエル……。その名前を聞いて思い出すのは、最近しつこいアイツ。ヘラヘラとムカっ腹が立つ顔して私に絡んでくる奴だ。
「…あぁ、あの青い髪のボンボンか。それはアイツがしつこく絡んでくるからだな。最近は本当にしつこくてな…この前なんかは飯を誘われたんだぞ、困った事にな」
私が苛立ちを隠さず答えると、カルメンは驚いた表情をした。何でそんな顔をするのかは分からないが…そしてカルメンは恐る恐る聞いてきた。
「OKしたの?」
冗談じゃない。私は即答した。
「断った。当たり前だろ?……ってそれがあの子とどう関係あるんだよ?」
私がそう言うと何故かホッとしたカルメン。その意味はよく分からなかった。
それにしても…長ったらしく遠回りに話すのはコイツの悪い癖だ。もっとハッキリ言って欲しいものだが、言っても直らないだろう。私は諦めてカルメンに結論を迫った。
「ズバリね…ブラッドは寂しいんだと思うわ」
「寂……何だと…?」
思いがけない言葉に耳を疑った。しかし、言われてみれば最近のあの子の態度は何処かよそよそしいように思えた。だとすればカルメンの言っていることは本当なんだろうか。
「だってほら、カーリーがダニエルと話してる間はブラッドは居ないじゃない。多分二人の関係を何か勘違いしてたりとかで貴方から距離を置いてるんじゃないかしら。…あの子の想いを私から伝えるのは流石に悪いからね…」
「よし分かったありがとうカルメン。
「どうしてそうなるの!?」
「そうした方が分かりやすいし早いだろ」
「ほ、本人を安心させてあげた方がいいんじゃないかしら…?ほら、貴方ってあんまり自分の思いを自分から言わないじゃない?」
「…………そうかもな」
カルメンは本当に人の事をよく見ている。そう思ってしまったのは自分の中で納得できる所があったからだろう。妙な敗北感を覚えた私は逃げる様にその場を去った。
それからブラッドを探して廊下を歩いていた私はばったりと出会った。今一番会いたくない奴に。
「おや、カーリー。そんなに急いでどうしたんだい?」
「……」
「だんまりかー、君がそんなに急いでるなんて珍しいね?俺も手伝おうか?」
「必要ない」
ニコニコと人の良さそうな顔をするコイツはやっぱり何処か気に入らない。そもそもなんで私にばっかり突っかかってくるんだ?
「少し落ち着いて、コーヒーでもどうかな〜?今回のはブラッドに指摘して貰ったものだから、飲みやすい筈だよ?」
「…いらん」
ブラッドの名前を聞いて少し引っかかるも、コイツがブラッドのいる所を知っている筈も無い、聞いても無駄だろう。足を早めてその場から去ろうとした。
しかし、それもアイツの方から鳴ったアラーム音によって止まらざるを得なかった。
「あ、もうすぐ会議の時間だカーリー。君も行かないと」
……カルメンの奴、絶対忘れてたな。会議があるのなら、ブラッドと自然と会えるじゃないか。
そうとあれば、急いで向かうとしよう。
「あれ、カー…って、もう居ない…!?」
「………」
「俺、何か悪い事したかな〜?」
ーーーー
「二人って仲良いんだね」
「当り前よ!私達は昔から一緒だったんだから、ね?エノク!」
「うん。そうだね、リサ」
誇らしい顔を浮かべる少女とその様子を見て微かに微笑む少年。二人は血こそ繋がっては居ないが、確かにそこには確固たる絆があるように思えた。
研究所のちょっとした広い空き部屋はリサとエノク、二人の共同部屋として使われていた。僕はそこで、彼女達の様子を見に来ていた。
「僕にはブラッドにも似たような所があると思うな」
「えっ?そう?」
「そうよ、ブラッドとカーリーもいつも一緒じゃない」
「まぁ、言われてみればそうかも…?」
「でも最近はあの青い髪の人と一緒に居る気がする」
「ゔっ……」
エノクからの唐突な言葉のボディブローが決まる。子供故の純粋な視点が痛い。いや、だからなんだというんだ。ぼ、僕は気にしてなんかいない…!
「あ、気にしていたならごめん」
「自分よりも年下の子に気を使われた…」
「まぁ、僕達とブラッドは年齢も大して変わらないから、いいんじゃないかな」
どんな子供よりも大人びた言動のエノクに凄まじい敗北感を覚え、ガックリと肩を落とした。
「…?なんでブラッドはカーリーが誰かと一緒に居る事を気にしているの?」
「それはねリサ、ブラッドはーー」
「あーー!なんて事無いなー!あーー!」
「???」
リサがコテンと頭を傾げた。可愛らしい人形みたいなその姿は何も知らない無垢な少女そのものだ。どうかそのままでいて欲しい。
「リサはさ、僕が君を放って他の子供と遊んでいたらどう思う?」
「…寂しい」
「うん。そうだね、いつも一緒に居る僕達が急に離れてしまうと寂しい。ブラッドも、そういった所も同じなんだ」
「………」
な、なんだろう……。聞いてたら凄く恥ずかしくなって来た、もしかしてだけど周りからこんな風に見られていたの?僕、凄い嫉妬深い奴みたいになってる?
「ブラッドは、今寂しい?」
きっと恥ずかしさで真っ赤になっているであろう顔を見られまいと手で隠していると、リサがおずおずと聞いて来た。
「…うん。ちょっと寂しいかもしれない」
「そう……」
それを聞いたリサは顔を暗くした。優しい子だ、リサもエノクも。でも幼い子供にそんな顔は似合わない。笑みを浮かべて僕と似た色の頭を優しく撫でた、もう片方の手でエノクの頭も。
「でも、今はリサもエノクも居るから、寂しくないよ」
「本当?」
「本当だよ」
僕がそう言うと、リサは再び顔を明るくさせた。
「じゃあ、ブラッドが寂しくなったら、私達が居てあげるわ!ね?エノク?」
「……うん、そうだね」
「ふふふ、ありがとう二人共。それじゃあ僕はそんな優しい君達を守れるように頑張るよ」
「無理はしちゃ駄目よ!?」
「大丈夫だよ、リサ。…それにしても、リサはよく僕の事を気にかけてくれるよね、どうして?」
「えぇ!?そっ、それは……」
ふと思った疑問を彼女に問いかけると、俯いてしどろもどろになってしまった。どうしたんだろうか?
「おや、ブラッド。ここに居ましたか」
リサの事を気にかけていると、ドアの開く音が聞こえた。声のする方へ振り返るとそこにはベンジャミンが立っていた。どうやら僕を探していたようだ。
「どうしたのベンジャミン?」
「会議の時間ですよ」
「あっ、本当だ」
リサとエノクと話していて全く気にしていなかった。名残惜しいが、直ぐに会議室に向かうべきだろう。
「それじゃあリサ、エノク。また後でね」
二人に向けて手を振り部屋から出ようとした。しかしエノクは僕から離れる事は無く、トコトコと自分の後ろについて来た。
「僕も行くよブラッド」
「え?そうなの?」
「……カルメンさんに言いたい事があるんだ」
「それじゃあ一緒に行こうか」
手を繋ぐ為にエノクの前に手を差し出した。エノクはその行動に困惑しているような表情だったが、それもすぐに消えた。
エノクの手は子供らしくない冷たい手だった。それに気づいた時には強く彼の手を握ってしまっていた。
エノクは気づいていたのだろうか、彼もまた僕の手を強く握り返してくれた。
そしてそれが彼との最後の触れ合いになった。
会議室に入って、待っていたのはカーリーの突然の抱擁だった。悪い気はしないのだが、それよりも困惑の方が強い。彼女の肩越しから見える周りの視線が妙に温かく感じた。
カーリーは静かに、そして強く、僕を抱きしめ続けた。彼女に何かあったのか、そう思わずにはいられない程には最近の彼女にしては珍しい事だった。
「ど、どうしたのカーリー?何かあったの?」
「………っ」
「ぐぇっ」
僕の問いを返すみたいに抱きしめる力が強くなった。僕は潰れた蛙みたいな声が出てしまい、流石にマズイと思ったのかカルメンが声を上げた。
「カ、カーリー…会議を始めるからそこら辺で…」
「………分かった」
僕の側から離れたカーリーは名残惜しそうだったが、渋々としながらもカルメンの話を聞く事にしたらしい。
こうして会議は始まった。内容は今までと同じような感じだ。違う所があるとすれば、リサとエノクが居る所だろうか。
「ーーで、私達はこれからーー」
「少しずつでもいい、小さな進歩をーー」
カルメンが淡々とこの研究所の現状を話して纏め上げていく。研究以外での彼女こそ、少し抜けた所があるも研究や演説での彼女は見違えるようだった。
「ーーそれじゃあ、誰か質問がある人は居るかしら?」
彼女の話は少しばかり難しい、リサやエノクではあまり理解は出来ないだろうとふと、リサとエノクを見た。
リサはやっぱり暇そうでサイズの合わない椅子に座って足をプラプラさせていた。
そしてエノクはーーー。
「はい、カルメンさん」
皆の視線が一斉に一箇所に集まる。その先には手を挙げたエノクの姿があった。そして一言、彼は話した。
「僕を実験に参加する許可をして欲しい」
この世の全ての絶望と悲しみを知っているような目つきで、しかし話す言葉の一つ一つは簡潔明瞭で、彼は自分が持つ考えを皆の前で話続けた。死をも恐れないような、真っ直ぐで穏やかな声はもはや子供の物では無かった。
それを聞いた誰もが驚き、口をあんぐりと開けていた。カーリーでさえも驚いていた。
僕は反対だと言った、自分にはそんな権限など何一つ無い事なんて分かっていた。しかしエノクは子供だ、僕なんかよりもうんと幼い。深く成熟した思考はあれど実験の参加を許可してもいいという根拠なんて何処にも無かった。
でも、それを聞いたカルメンは悩んだ。そう悩んだのだ。即否定する訳でも無く、カルメンは保留したのだった。
それから会議が終わってカルメンは何日も夜を更かして悩み込んだ。
そうして結局実験は許可された。カルメンは何を考えていたのか、僕には分からない。
たった一人、小さな子供の手を引いて何をしようとしていたのか。そこまでする程、彼女らの研究は崇高な物だったのだろうか。
カルメンと共に実験室へと入るエノクの顔を僕は忘れはしないだろう。
後日、実験によりエノクが死んだ事が伝えられた。
あーあ…