Heart for You   作:荒屋

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真っ赤っか

 

 

 

 

 

 

 

 全ての物語には起承転結がある。起は物事の始まり、承はそれらの掘り下げ、そして盛り上がりだ。転は展開や視点を一転させ、結でそれら全てをまとめて、物語が終わる。

 

 

 僕らの歩んでいる道を物語として例えるならば、今は転なのだろう。

 

 

 

 

 

 「うっ、うぅうぁ!エノッ、エノクゥ……!!」

 

 

 転。転機。ごろごろと何かが変わっていく。それに気づいた時にはもう、遅かった。

 

 

 少女の慟哭は止まらない。当たり前だった、残酷すぎる世界のたった一人のかけがえのない存在を亡くしたのだから。

 

 「………」

 

 カルメンは何も言わない。今まで見た事がない程暗い表情を浮かべ、少女の慟哭を静かに受け入れていた。

 

 僕がその場に居合わせたのはたまたまだった。僕は彼女を慰めるのも忘れて、ただ黙り込んでいた。それは周りに居た皆も同じだった。

 部屋中に深い悲しみと、後悔が入り混じる中、リサは涙と嗚咽に塗れた口から言葉を吐き出した。

 

 「あんたが……あんたが死ぬべきじゃない…!」

 

 その言葉はリサの本心から出た言葉では無かった。今の悲しみに耐えられず、溢れ落ちたものだったのだろう。皆がそう理解していたようだが、今のカルメンにそう思う余裕なんて無かった。

 

 それを聞いたカルメンは小さく口を開いて、絞り出したように声を出した。

 

 

 

 

 「そうね……私も……そう思うわ」

 

 

 

 

 がしゃん。と何かが、僕達を結び付けていた何かが、音を立てて崩れ去ったような気がした。

 

 誰もが固まり、カルメンを見た。カルメンの言葉には、確かに本心が込められていたからだ。

 

 

 「………」

 

 

 

 それからカルメンは日に日に調子が悪くなっていった。誰もが目に見えて分かるように。

 あの輝きを放っていた瞳は日を追って曇り、口数も少なくなった。皆を魅了したあの声も、意気込みは無くなり、死んだように冷たくなっていった。

 

 そんなカルメンを研究所の皆はそれぞれの目で見た。落ちぶれていく彼女を心配する人も居たが全てでは無かった。自分達をここまで連れて来ておいて責任を果たさないのかと責めるような視線もあった。

 

 それから数日間、カルメンは黙々と研究を続けていたようだったが、長くは持たなかった。恐らく皆、その事を何処か感じていただろう。

 

 

 

 

 

 そしてその時はーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン。

 

 

 硬い鉄のドアを軽く叩く。その先にあるのは彼女の部屋で、今は彼女が居る筈だ。

 

 

 コンコンコン。

 

 

 先程よりも早いテンポで叩く。それでも彼女が出てくる事は無かった。いつもなら、笑みを浮かべて私を迎えてくれる筈だ。なのに。何故。

 

 

 コンコンコンコン。

 

 

 「カルメン、居るんだろう。開けてくれ」

 

 

 コンコンコン。

 

 

 

 コンコン。

 

 

 

 

 コン。

 

 

 

 

 「カルメン……」

 

 

 

 コ…。

 

 

 否、分かっている、そんな事。彼女が今、どうなっているのかなんて事は…。

 

 彼女に持たされていたマスターキーを使い、無理矢理彼女の部屋に入った。何度も見た、思い出のある彼女の部屋はツンとした刺激臭に包まれていた。

 そして臭いの元は浴室に続いているようだった。

 

 俺は歩みを進めた。臭いは更に強くなっていくと共に自分の脳が警鐘を鳴らしたが、進めなければならない。

 

 俺は彼女の………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浴室に入った。

 浴室は質素な作りで、白いタイルに覆われた壁や床、シャワーと浴槽だけで構成されていた。

 

 

 

 そしてその浴槽に、カルメンは居た。

 

 

 

 「………」

 

 

 

 悲しみと苦しみでいっぱいになった、真っ赤な浴槽に浸かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして俺の光は消えた。そして長い、長い旅の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⠄⠕⠳ ⠾ 生きたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユラユラと煙草の煙が、私の前から登っていき、天井に当たるまでに消えていく。

 ボーっとそれを眺めながら、微かな虚しさに包まれた。

 

 「カーリー、こんな所に居たんだ」

 

 「ブラッド……」

 

 壁に寄りかかる私の隣に同じように壁に寄りかかったブラッドは私の顔を覗き込んで、少しだけ悲しそうに笑った。並んだ肩が、さほど私と変わらないぐらいにまで高くなっている事に今更ながら気がついた。

 

 (あんなに幼かった子が、ここまで大きくなるなんてな)

 

 初めて裏路地で出会った時の事を思い出す。小さく、か弱い、心に傷を負った少年はいつの間にか私にとってかけがえのない存在になっていた。

 そんな子がここまで成長してくれた事、私はここまでこの子を守り通せた事。

 そう思うと、私を周りを包んでいた虚しさが消え去っていくように感じた。

 

 「カーリーはさ、大丈夫?」

 

 「ん?」

 

 「カルメンの事……」

 

 気まずそうに私の様子を伺う姿を見て、彼は私の心配しているのだと理解した。

 だから、心配させまいと間も空けず答えた。

 

 「…私は大丈夫だ。……あいつが死んだのは、残念だがな」

 

 彼の想像していた私の様子とは違ったのだろう。微かに驚きを見せたがすぐに納得したようで、彼は私に問いかけた。

 

 「…そっか……これからカーリーはどうするつもりなの?カルメンも居ない今、この研究が続くのか……」

 

 薄々、彼も私も感づいていたのだろう。カルメンが居なくなれば、この研究所はどうなるのか、なんてことは。

 

 しかし、それでも私は…私がここを信じられるのは……。

 

 「続くさ。続かなかったとしても、私はやるべき事をやるだけだ。………ブラッドは、どうしたい?」

 

 私がそう言うと、彼は口を噤んで俯いた。そしてしばらく間が空いた後に意を決したように口を開いた。

 

 「僕は…僕はカルメンが正しかったとは思えない…」

 

 静かに、そして重みを感じる彼の言葉は、本音なのだろう。微かに込められた怒りの言葉に私はただ、静かに耳を傾けた。

 

 「カルメンがエノクを犠牲にしてまで目指しているものが、素晴らしいものだなんて、僕は思いたくない」

 

 「けど、カーリーはまだ、信じてるんだよね?カルメンの事、皆の事…」

 

 私はゆっくりと頷いた。そしてそれを見た彼は続けた。さっきまでの怒りが込められた重い言葉ではない、何かを決意した言葉だった。

 

 「僕はカーリーみたいに彼女の事…ここ(研究所)の事を信じ切ることは出来ないけど…」

 

 「カーリーがまだ信じられるなら、僕もここに居る。君みたいに此処で出来る事、僕も手伝うよ」

 

 小さく笑うブラッドの姿はとても大人びたように見えた。嬉しい反面、この都市(世界)が未だ幼いこの子をそうさせた事に複雑な感情が私の中で渦巻いた。

 

 「……」

 

 「わっ!?」

 

 手を伸ばして頭を撫でた。困惑する彼の顔を見ながら、私は言葉を落とした。

 

 「……私がカルメンの研究を手伝うのはな、ブラッド。お前の為でもあるんだ」

 

 「え?」

 

 ブラッドは意外だと言わんばかりな顔で、私を見た。驚きで丸くなった瞳は私を捉え続けていた。

 

 「今まで私は、どうやったらお前が幸せになれるかをずっと考えていた。こんな世界で、優しいお前が都市(悪意)に呑まれぬよう、生きていけるかってな。そんな時だ、カルメンと出会ったのは」

 

 「……う、うん…」

 

 私の言葉にしどろもどろになってしまった彼、しかし私は止まらない。徐々にヒートアップしていく熱意が私の頭の中を支配した。

 

 「カルメンの言う病、それが治療出来れば都市はもっと良くなる、アイツはそう言った。こんな世界でも、いつか光が刺すと」

 

 「そこで思ったんだ。そんな世界でなら、お前は幸せになれるんじゃないかって」

 

 頭に置いていた手を離し、がしりと彼の肩に置いた。びくりと肩が跳ね上がったが気にしない。彼の顔を覗きこむように見た。

 

 私の頭は限界だった。彼への思いをありのまま、彼に伝えた。

 

 「だから、私は諦めない。お前が幸せになれる未来を、世界を、お前に約束しよう」

 

 私がそう言い切ると、しん…と周りが静かになる。いつの間にか熱くなっていた頭が段々と冷めていく、それと同時に強烈な気恥ずかしさが私に襲いかかった。

 

 チラリとブラッドの方を見ると、何故か真っ赤にした彼の顔が。

 

 私はもうどうしようもなくなってしまった。

 

 「……すまん」

 

 「あっ、えっ、ちょっ、カーリー!?」

 

 なんだか居ても立っても居られなくなり、その場を逃げるように離れた。

 

 いきなり彼一人残して離れていった事に申し訳無さを感じたが、仕方ない、今までから彼に自分の思いを曝け出した事はあまり無かったのだから。きっとさっきまでの自分はどうかしていたのだろう。

 

 あとで謝ろう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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