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寒い。外に出てつい、ポツリと呟いてしまった。
冷たい風が裏路地の建物を縫うように吹いていて、ボロボロの服に空いた穴へ冷たい空気を送り肌を撫でている。撫でられた肌は無意識に鳥肌を作り続けていた。
鳥肌がブツブツと広がる腕を少しでも暖めようと擦っていると肩に何かが掛かった。
「ほら、少し大きいけど。何も羽織らないよりかはマシだろう」
寒がっているのを感じたのか、呟きが聞こえてしまったのか分からないがカーリーが自分の着ていた深い緑色のジャケットを脱いで僕に渡してくれたのだ。
「ありがとう………」
カーリーは大丈夫なのか。そんな気持ちを込めた瞳で彼女を見るも、平気そうな顔をしていた。それか単純に表情が読みにくいだけなのか。真偽は分からないが、彼女が大丈夫そうならいいと思って袖を通した。
ブカブカした服を羽織った瞬間、フワッと彼女の匂いに包まれる。どうしてかよく分からないが、とても好きな匂いだ。………そう、例えるならお父さんやお母さん特有の安心する匂い、みたいな感じ。
「……………に、臭うか?」
どうやら、ずっと匂いを嗅いでいたのを気づかれたようで、凄く不安そうな顔で自分の服に顔を近づけ、匂いを確認していた。
多分、自分が臭いと誤解しているようだ。
「ううん。カーリーの匂い、凄く好きだよ僕」
誤解を解こうと思い、満面の笑顔で答える。
……が、逆効果だった。
「…………あまり人を揶揄うもんじゃないぞ」
明らかに疑いを見せる彼女。その目は細く、ジトリと僕を冗談半分で睨みつけていた。
「えぇーー…本当なんだけどなぁ……」
本当だと、示すようにもう一回鼻を近づける。
スンスン
うん、やっぱりなんだか安心する。
スンスンスン
「………あーー………分かったから止めてくれ………」
降参したのか、吐き捨てるように言う彼女。その顔は手で隠れてはいるものの、隙間からでも分かる程赤く染め上がっていた。
その顔がなんだか可笑しく思えて。
「えへへー」
「………やっぱり揶揄ってるだろ……」
にやけた顔が止まらないのだった。
カーリーに手を引かれ、裏路地の中を少し早歩きで歩いていく。
あんなに怖かった裏路地の景色が不思議と怖くなかった。いや、理由なんて分かっている、カーリーが傍にいてくれているからだ。
「~~♪」
恐怖が無いと心に余裕が出来るのだろうか、怖いものしか無いと思っていた裏路地の街並みも今は少年の好奇心を刺激する物ばかりに見えた。
流し目で変わっていく景色を見つめる。血の滲んだ建物の隙間から獲物を狙う肉食獣の様な視線を送ってくる人相の悪そうな男達、虚な目でゴミ漁りに勤しんでいる人、点検なんてしていないであろうチカチカと点滅している看板を備えた店、料理店だろうか、煙が所々立っている。
「カーリー、あそこって何?」
「あそこは、飯屋だな」
「ふぅん」
やっぱりそうなんだ、一体どんな料理を出しているのか気になり建物を凝視して、点滅している看板の文字を見た。
"ソーヤーのミートパイ"
と、書いてあった。
みーとぱい。ってどんな料理何だろうか。辛いのか酸っぱいのか、それとも甘いのか苦いのか、カーリーなら知っているかもしれない。気になって彼女に聞いてみた。
「みーとぱいってどんな味なの?」
「あの店が気になるのか?」
コクリと頷く。
「ちょっとだけ」
それだけ言うと苦虫を嚙み潰したような顔したカーリーが答えた。
「………止めといた方がいいぞ。あそこの肉、人の肉使ってるからな」
「………」
「というか、ここら辺の店はほとんど人肉を使ってるな」
「うげぇ〜」
……前言撤回、やっぱり裏路地ってヤバい所だ。
それに、と一言付け加えられる。
「あいつらにとって、幼い子供の肉は高級品、だそうだ」
「え?」
カーリーの口から恐ろしい一言が出る。そ、それってつまり………。
「だから、ブラッドを狙ってる連中も居る。ほら、あそこの奴らとかな」
彼女が目線だけ向けた先には血が塗りたくられた服に奇妙なマスクを被った男達。それぞれの片手には僕の腕くらいの長さはありそうな刃を持った鉈を握りしめている。そして、男達全員がこちらへ顔を向けていた。
あり得るかもしれない未来を想像して、自然と彼女を握る手に力が入る。
「怖いか?」
無言で頷く。
「……さっきまでのお前は裏路地に対して恐怖心が無いように見えた。だから、これだけは言っておく」
歩みを止めて二つの黄色い目が僕を捉える、真っ直ぐで真剣な目だった。
「恐怖を忘れるな、だ」
カーリーが話したその言葉に僕は理解が出来なかった。
「今はまだ分からないかもしれない、だがなブラッド」
カーリーは言葉を続ける。
「恐怖を忘れ、心にゆとりができてしまえば誰かがそこに付け入り、お前を傷つける。ここはそんな場所なんだ。だから恐怖は忘れてはいけない……常に周りを警戒する為に、そしてそいつらに打ち勝つ為にな」
彼女は手を僕の頭の上に乗せて、優しく撫で始める。
「私はお前に酷い目にあって欲しくないんだ」
「………」
「………って、何か説教臭くなったな。ごめんな、ブラッド」
僕の頭から手が離れ、バツの悪そうな顔をするカーリー。
「ううん。ありがとう、カーリー。僕、ちょっと浮かれちゃってたみたい」
これはきっと彼女なりの優しさから出た警告であり、教育なのだ。それだけは理解できた。そして彼女自身、今までそうして来たのだろう。なら、僕自身もそうしなければ、そう思った。
「そうか、分かってくれたなら良いんだ。…ほら、もうすぐ着く。服を買って、帰ったらお前に手伝って貰いたい事を教えてやる」
「ホント!?」
「あぁ」
彼女の役に立てる。その事実が嬉しくて少しばかり落ち込んだ気持ちも、嘘だったように吹き飛んでしまった。
早く行こうと急かす様にカーリーの手を引っ張る。困ったような表情を浮かべる彼女であったが、その顔はどこか嬉し気だった。
「ここだ」
大通りから外れた細く人通りの少ない道を抜けた先にそこはあった。同じ形の店が並べられた中の一つ、看板はとくには見当たらず、ドアの前に"OPEN"と書かれた札がぶら下がっているだけのこれといった特徴のない店だった。
中は少し薄暗く、とてもじゃないが客を呼び込もうとしている店には見えない、カーリーが特に気にしていない姿を見ているとこの店はいつもこんな感じらしい。
ドアノブに手を掛け開く、それと同時に鈴の耳に心地いい音が響いた。そして入って一番に見えたのはーーーーーーー
辺り一面の血だった。
「………っ!」
ツンとした匂いが鼻を刺激し、無意識に吸い込まないようにと手を抑えた。
店の見た目に反して狭くは無い店内に鉄臭い、そしてえずいてしまいそうなほどの悪臭が立ち込めていた。
ただ事ではないのは明らかだった。
「ブラッド、私から離れるなよ」
彼女が声を抑えて僕に語り掛け、警戒した様子で辺りを見回している。そして、僕の手を離さないようにと掴んでいる手の反対の手にはいつの間にか片手で持てそうな程の大きさの手斧が握られていた。
店の中をゆっくりと、少し腰を低くして歩いていく。周りに飾られている服は飛び散った血の赤い色のせいで本来の色を失っていて、床にべっとりと付いた血は何かを引きずったような跡を残してカウンター、店の裏側まで続いていた。
カーリーもその事に気づいたのだろう、警戒した視線は店の裏側に集中していた。
だからだろうか。
店内の角から飛び出してきた何かに気づかなかったのは。
「っ!ブラッド!」
腕が取れそうな程勢いよく彼女に引っ張られる。しかし、少し遅かった。
「アッ、うぅっ!!」
何かが風を切る音を鳴らしながら僕の腕を通り過ぎる、そしてその瞬間、腕に激しい痛みを感じ、思ず呻いてしまう。
手と肘の間、そこを分断させるかの様に大きな切り傷が出来ており、そこからとめどなく血が流れていた。
「あ~惜っしいなぁ~」
カーリーではない、知らない女の人の呟く声が聞こえる。見上げるとそこには血に濡れたエプロン姿の、そして頭にコック帽を被った女性が立っていた。
「老いぼれ婆さんに若い女、しかも子供までいるなんてね!今日は大量だわ~!」
女は獰猛な笑みを浮かべながら僕たちを見下ろしていた。