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ジンジンと腕に痛みが広がっていく。泣く暇なんてものがあればどれほど良かった事か。
「いやぁ〜、ホント、今日は運が良いわ〜」
女が手元の肉切り包丁に付いた血を眺めながら呑気に独り言を呟いた。どうやらあの包丁に切り付けられたようだ。
「ブラッド!!」
カーリーが僕を抱き寄せて腕の方を見た、ドクドクと止まりそうにない血を見て顔を青ざめていた。
「あ、血は止めちゃって良いよー」
エプロン姿の女が僕達を見て言った。行動と言動が一致していない、その訳のわからない様子にカーリーも困惑していた。
「ごめんね〜、ホントは一発で
「………」
「ほらほら早く、勿体無いから。……それとも私が
女がニヤリと笑う。余裕がある態度にカーリーは睨みつけながら舌打ちをした。
そしてそこら辺にある服を破り、包帯の代わりにして僕の腕に巻きつけていく。
「少し、辛抱してくれ」
「うん、大丈夫だよ」
彼女を心配させまいと強がって笑顔を作った。しかし、強がっていた事がバレていたのか、僕の顔を見た彼女は悲痛の表情を浮かべていた。
……余計心配させちゃったかな。
「……すまない」
そう言って最後に布を強く締め付けた。試しに腕を動かしてみる、…うん、少しはマシになったみたいだ。まだ痛みは残っているけど。
腕の応急手当が終わり、僕の様子を確認してカーリーは立ち上がった。その顔は怒りに満ちていて、手斧の持ち手を握り潰さんとばかりに強く握り締めていた。そして、
「……っ!!」
「おっと!」
振り返ると同時に持っていた手斧を勢いよく女の頭に目掛けて下から上へ振り上げた。相手を戦意喪失させる為では無い、確実に殺す為の一撃は相手を仕留める事なく女の前で止まった。
金属と金属が勢いよくぶつかり合う音、血に濡れた包丁がカーリーの手斧を止めたのだ。
「…っ!…っ!」
「ちょっ…!力強いこの子っ!」
しかし、段々と女の方が押されていく、彼女の怒りに満ちた刃が女の首に近づいていくたびに余裕だった表情が崩れていく。
後一歩、踏み込めば女の首を裂く事が出来るであろう距離まで来たタイミングで女が不気味に微笑む。そして叫んだ。
「ロッヂ!!見てないで助けて頂戴!」
ロッヂ、とは誰だ。そう疑問に思っていると、カーリーの後ろから何かが近づいている事に気がついた。
「カーリー!後ろ!」
「!!」
僕の叫ぶ声に反応してカーリーが真横に飛ぶ。その刹那、大きな何かが風を切りながら地面に叩きつけられる。それは、エプロンの女が持っていた肉切り包丁と同じ物だったが、振り下ろしたのは彼女では無かった。
「随分とすばしっこい奴だな、ソーヤー。ただの女じゃねぇ、だがいい味がしそうだ」
そこには女の白い髪とは対照的な黒い髪を首元まで伸ばした男が立っていた。女と同じ血の染みついたエプロンを着ていて、顎の雑に生えた髭をいじりながらカーリーを睨みつけていた。
「でしょー!?この店の老いぼれなんか肉なんて少ないもんだし、ちょっと物足りなかったんだよねー!」
まるでカーリーや僕を宝物を見つけたような眼差しで見てくるエプロン姿の二人、女がソーヤー、男の方がロッヂ、という名前らしい。
「女の方は任せたよ!ロッヂ!後で丸ごと私が買い取っちゃうから!」
「随分と気前がいいな、ソーヤー。もう何作るのか考えてんのか?」
「老いぼれは皮をチップスにして酒のつまみでー。若い女の方は弾力がありそうだし肉ジャムにしちゃおうかなー」
「そこのガキは?血はジュースやらソースやらにするんだろ?肉は?」
「そんなの決まってるでしょ!」
ソーヤーは僕に包丁を向けて、狂気で満ちた満面の笑みを浮かべて言った。
「ミートパイよ!!」
「そうはさせるか!!」
カーリーがソーヤーに向かって駆け出す。しかし、狙われている当の本人は僕に夢中で彼女を気にもしていない。相方の方を信頼しているのだろう。
ロッヂがカーリーの前に立ちふさがり、包丁を横へと薙ぎ払う。が、その一撃は彼女の体を分断させることなく空ぶった。間一髪の所で頭を逸らして避けたのだ。
カーリーとロッヂとの攻防に注目していると頭の上から声が聞こえる。ソーヤーだ。
「………ちょっとくらい味見してもいいかもね」
舌なめずりをしながら僕の方へと向かってくる。その恐ろしい言葉に体が警告音を鳴らしているかのように心臓がドクドクと鼓動し、体からは冷ややかな汗が吹き出した。
「ブラッド!逃げろ!」
カーリーの叫ぶ声でハッと我に返る。
そうだ、逃げなきゃ。逃げなきゃ殺される。
ブルブルと震える足を無理やり立たせ駆け出す。しかし、恐怖に支配された足では上手く走る事すらままならない。
「逃げちゃ駄目だ………よっと!!」
「うぐぅ…!」
ソーヤーが振るった包丁が僕の肩を斬り、痛みに悶えそのまま倒れこんでしまう。
「いいねぇ、どんどん痛がってね!恐怖を感じたり、痛みを感じると肉の味に深みが増すからさー」
「うぅ………」
「血が勿体ないけど………ちょーっといただくねー」
彼女の手が僕の肩の傷口に触れる。触れられるたびに痛みが走り、涙をこぼしながら痛みに耐える僕を尻目にソーヤーが僕の血が付いた手を口に運んだ。
始めは期待に満ちた顔をしていた彼女だったが、味わっていく内にその表情はどんどん歪んでいき、そして最後は唾液と共に吐き出してしまった。
あり得ないといった顔をして僕に向かって叫んだ。
「まっっっずい!!!こんな味、大人でもこんな不味くはないわよ!?どうなってるの!?」
………どうやらお気に召さなかったらしい。
「もういいわ、血は諦めるとして………まぁ、しっかり血抜きをしたら使えるでしょう」
残念そうに大きなため息を吐いてから僕に向き直り、包丁を振り上げる。
「もう血の心配をしなくてもいいからねー、せめて最後まで痛がって頂戴ね?」
僕に向かって凶刃が振り下ろされる。全ての動きががスローモーションがかかったかのように流れていく。僕は全てを諦め、目を瞑った。
ごめんなさい、カーリー。
しかし、何時まで経っても痛みを感じることは無かった。
何故か。
「がっ、くひゅー………ごぇっ……」
口から空気が漏れ出たような声が聞こえる。恐る恐る目を開ける。そこに見えたのはソーヤーの首に手斧を斬りこんだカーリーの姿だった。
「………」
「あが…が………な……何で……?ろ…ろっぢは………?」
ソーヤーの首から血が噴水の様に吹き出しており、本人も訳が分からないようだった。カーリーの後ろには首の無い男の死体が横たわっていた。
「死ね」
カーリーの冷たく、非情な声が響いて首から斧を引き抜く、そしてまた同じ所へ向け、大きく振りかぶって………。
「あ”っ」
ソーヤーの首を跳ね飛ばした。
ドチャリ
頭が無くなった体は力無く倒れこんだ。首からはとめどなく血が流れ続け、店の床に血の池が出来上がった。
「大丈夫か、ブラッド?」
カーリーが此方へと振り向く、顔や服におびただしい程の返り血がついており、少し怖いと思ってしまった。
「ぁ………う、うん」
「………本当にすまない。さっきお前に危険な目に合わせないと約束したのにな」
落ち込んだ様子でカーリーが俯いてしまう。その声は弱弱しく、今にも消えてしまいそうだった。
「やっぱり、私ではお前を………」
「カーリー」
どんどん落ち込んでいく彼女を見ていられなくなって、言葉を遮り、そして抱き着いた。
「ありがとう」
僕の声を聞いて、何を思ったのか僕には分からない。でも、ゆっくりと僕を抱きしめ返してくれた。
多分、悪い事ではないはずだ。
僕はカーリーが満足するまで、ずっと動かなかった。
・ソーヤー "ソーヤーのミートパイ"の店主。8人のシェフを目指して美食を求めていた。一人娘がいる。
・肉屋のロッヂ ソーヤーに協力している肉屋。一人息子がいる。